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黒幕と覚しき女は

『ブオオォロオオオ。』

       『ブオオォロオオオ。』


 幾つもある赤く光る目を、異様に動かせながら、イグザムとザネリが各々背中へ飛び乗った猿人魔獣達は、熱に浮かれた如く一目散に走り出した。


 猛スピードで走る理由。


 それはエンルーダー領主であるアースローや取り巻き達が、 辺境の隔離場から外へ猿人魔獣を放つ際に使う薬の為。


「どうやら此の猿人。境界に向かって走っている様ですよ!若、どういたしましょう。」


 手足を使い四つん這いで走る猿人魔獣の背中から、ザリアがイグザムに問う。


 猿人魔獣は本来、本能のまま弱い家畜を貪り食う。

 それでは魔獣戦を領土に仕掛け、襲撃して来た敵を直ぐ様殲滅する事が叶わない。


「乗り移りますか?若ー!」


 故に幻覚剤を使って食欲機能を緩くさせ、まずはエンルーダ領内中へと、猿人魔獣達が拡散するのを狙う。


「いや!今直ぐ、乗り移れそうな奴が見当たらない。 1番に飛び出して来た奴だ!足も速いだろう。」


 先行で隔離場から飛び出て来た猿人魔獣に飛び乗ったイグザムが、耳に仕込む魔道通信でザリアに答えた。


「其のうち他の猿人魔獣が追い続けば、早くても共食いに入るかもしれない。其の際を見計らって飛び移る。」


 だからと言って必ずしもイグザムの考え通り、墓守の建屋に此の猿人魔獣が向かうとは限らない。

 現に今イグザムが飛び乗った猿人魔獣は、思惑よりもやや違う方角に向かって走っているのだから。


「かしこまりましたよ。 」


 ザリアは諦めた様に、イグザムは返事を返してきた。


 手に汗握るとは此の事。猛スピードで走る猿人魔獣から振り落とされぬ様、2人は会話をしていた。


 猿人魔獣はある程度食物がなくなれば、今度は互いに同族同士で共食いを始める。

 

『ブオオォロオオオ。』

       『ブオオォロオオオ。』



 エンルーダ領土の『自領』において魔獣戦をするにあたり、此の特性が最大のポイントだった。


「 若!!前方に何か見えます!」


 気が付けば、イグザムやザリアが乗る猿人魔獣より早く前に、走り出した数匹がいた。

 やはり自分たちが背中に乗っている為、此の個体の疾走速度が、落ちているのだろう。


「襲撃団の物見か、大型の武器でしょうか? !魔獣対戦用の武器かもしれません!!」


「なるほどな。」


(もしかすると伯父上が屠られたのは、あの武器を使われたからか?ならば、クズのやる事だな。)


 イグザムは、己が腹の底より怒りが湧くのを感じて、掴む手を握り込んだ。


「どうしましょう?!此の猿人で太刀打ち出来るでしょうか?!」


 俄に近づいてくる敵襲の団。


 そこへ先駆けて走り込んだ猿人魔獣が、暴れ始めるのが見える。

 猿人魔獣にとって敵の黒装束達が、家畜よりも良い肉の塊と認定された瞬間だった。


「案ずるなザリア!敵の武器程度じゃ此奴等は、くたばらん!!」


(あんな武器を持ち込んだとて、 此奴の腕が全て弾くだろうからな、ざまあみろだ。)


 イグザムは、自分が乗っている猿人の背中毛をしっかりと握りながら、振り落とされぬ様に足を踏ん張る。


「あっちの指揮官で、頭がまともなら直ぐに引くだろうがな。!!」


 俊敏な理由である猿人魔獣の手が、背中より生えているが為、其の中心の部分の感覚が魔獣は疎い。


『ブオオォロオオオ!オアン』

       『ブオオォロオオオ、、ゴァ。』


 更に言えば、幾つも生える手は、生え際に届く事が出来ないのだ。 

 そこが盲点ではあるが、かといって弱点では無い事はイグザムもザリアも、エンルーダーの男達は知っている。


「若どうしますか?このまま合流しますか?」


「横に逸れる猿人がいれば、其奴に飛び移る。あんな処に用は無い。墓守の建屋に直ぐに行く!」


 何せ背中の中央は固く強固で、容易に傷つける事が出来ない。

 かろうじて、生えている毛を手で掴み込み気配を消しながら、移動する鞍代わりにするのだ。


 とうとう敵の軍が目の前に来る!!


(もしかして、あれが襲撃の黒幕か? )


 一際に黒装束の男達が集まり、1段高くなった櫓の部分で、動いているのが見える。

  

 敵は、早くも到着した猿人魔獣達を囲む。

 猿人魔獣も喰らい襲いかかっている!!


「御意!!しかし、あの中に合流しそうです!」


「仕方があるまい!」


 イグザムとザリアが乗る猿人魔獣二匹が、其のまま黒装束と揉み合いになっている一団と合流しかかった時、イグザムは櫓に立つ人物に目を向けた。


(女?)


 イグザムは視力が悪いわけでは無い。むしろ良い。


『何をしているのよ愚図!直ぐに口を狙いなさい。って言ってるじゃない!!口の中だって!この役立たず!!グダグダしてたら、どんどん奴等がやって来るじゃ無いの!!死ぬ気でやれってのよ!』


 イグザムが集団から見つけ出した視線の先に居るは、意外にも男では無く女の指揮官。

 其の声女の声が、修羅場なった揉み合いの怒号に混じり、聞こえてくる。


『とにかく其奴を1匹先に仕留めて、それで共食いをさせろっていってるじゃ無い!直ぐに口の中を狙えって馬鹿!!』


 傲慢を絵に描いた様な令嬢の姿は、ひと目で高貴な存在だと解る程。

 しかも釣りがった目頭の横顔は、類に見ない美しさとはいえども、形相と放つ禍々しいオーラは妖艶な鬼神にも見えた。


 其の声を聞いたザリアが、


「イグザム様!女ですよ。相手の指揮官は女です!」


「いや、それだけじゃ無い。あのブロンドヘアーに青い瞳、やけに高けぇ服に身を包んだ女は、、パメラ皇太子妃か?」


 イグザ厶は普段は辺境を護る為、都に行く事は少ない。

 其の為、皇都シャルドーネの貴族達の人相に明るくは無かったが、唯一婚姻の儀式にて公布された皇太子夫妻の肖像や、一度きり参加をした貴族学園で見た顔を覚えていた。


(あんだけの美貌なら、皇太子も骨抜きにされるってもんだろうが、、、あれは本当にパメラ皇太子妃なのか?)


「パメラ皇太子妃ですって?!しかし、明らかに隣国と思われる襲撃隊と一緒にいますが。、、」


 ザリアが一瞬言葉を切る。


「裏切ったという事ですか?」


「そうかもしれんが、、ザリア!あの女の言っている事、気にならないか? 」


『いってるでしょ!速く口の中を狙って!ぐずぐずしてるんじゃ無いわ。 』


『さっさとしないと山の奴等が、橋を落としに来るじゃ無い。そうなる前に猿を倒して、ガラテアの核石を取りに行ってくんのよ!!』


 扇で口元を隠しながらも大声で言い放つ、其の台詞にイグザ厶が固まった。

 女が無造作に放つ言葉は、余りにもエンルーダの秘密に関わる内容過ぎたのだ!!


(皇太子妃は一体何者だ。エンルーダの事を余りにも知り過ぎている。それに、、)


「やたら口の中を狙えだと?、、」


「イグザム様!あの女は本当に我が国の妃なんですかね? 間者とかでは?本人に扮している隣国の者とか!」


 イグザムはそれまで乗っていた猿人魔獣から離れ、別の個体へと背中を移っていた。


「今は、それどころじゃねえ!」 


 少々の距離ならば自分達の跳躍でも個体の背中を移るのは、ボウガンで鎖を貼らなくてとも可能だ。


 疑似をしながら飛び移った先で、イグザムとザリアが互いに視線を交わす。


(あの女は危険だ。何か途轍もない事を知っている。)


 敵も対魔獣武器を駆使し、猿人魔獣の身体に矢弾を連続して打ち込んでいくが、背中から生えた無数の手が矢弾を全て掴み取り、今度は相手に投げ返していた!!


「あちらさん、敗戦状況になりつつあります!此処にいる必要はな無いのじゃないでしょうか。」


「だな!しかし。、まずいな。 」


 敵は隊を崩し、猿人魔獣に食い散らされている。

 

 間も無く撤退するのは、火を見るよりも明らかな状況でありながら、イグザムの中に新たな懸念が生まれた。


(もしかすれば此処で巨大化するかもしれん。)


 イグザムが心配し始めたのは、墓守の建屋に行く前に猿人魔獣同士が共喰いを始める事。


(どれでもいい、今から此の修羅場から離脱しようとしている2匹捕まえるしか無い。 )


 共喰いを始める猿人は、次第に身体を大きく変化させ、最終的には最大個体同士が食合いを始めるのだ。


「いや、若!もう遅いかもしれません。もう後ろの奴らが共喰いを始めました!!」


 エンルーダでの最終的戦法は、無数の猿人魔獣が敵を殲滅した後に、領土内で共喰いをさせ、最後の一匹になったところを総力戦で狩り上げるというもの。

 

「いや、まて!あの女、、」


『此の愚図!!一体何をやっているの?!共喰いが始ったじゃない!!今直ぐ口の中を狙いなさい。巨大化したら手に負えない、とにかく、、あら?』



「!!!!」


(疑似する俺等に気が付いただと?!)

 

 イグザムがパメラと確認した女が、、一瞬イグザムを見るとニタリと笑った様にイグザムには感じたのだ!


 大声を上げながら櫓ごと女が退却していくのが見える。


『ああ、もういいわ!!魔法使いの核石は後で必ず取りに行ってやるから!とにかく退散!山の奴ラが来て、橋を落とす前にエンルーダを出るのよ!! 』


 ザリアも個体を移りながらも、放たれてる女の声に反応する。


「あいつら下がっていきますよ。」


「あの女、奴等が共喰いで巨大化する事を知ってやがる。」


 イグザムは、墓守の建屋方面へと走る猿人魔獣の背中に移りながら考えあぐねる。


(結局、皇太子妃らしき女が隣国の敵を忍び入れ、更にはガラテアの核石を取り出そうとしていたという事なのか。何の為にだ?)


 敵襲の真意は未だに解らないが、仮説としてイグザムは目の前の光景から考えを弾き出した。


「女が荒れ狂うにゃ、さほど理由はねぇ。あの目は嫉妬だ。」


「は?パメラ皇太子妃の奇襲の理由ですか?」


 イグザムの呟きを、耳に拾ったザリアが聞き返す。


「ザリア、山の人に今直ぐ橋落としの合図をしろ。」


 イグザムはザリアに答えるよりも先に、腰から狼煙用の閃光弾を引き千切ると、ザリアに投げた。


「若!それはアースロ様の指示です!」


 ザリアが、受け取り手にした閃光弾に顔色を変える。


「いいから!あの女をエンルーダから逃せば終わりだ。」


 それでもイグザムはザリアに怒鳴り、墓守の建屋の方角を赤い眼光を放ちながら睨んだ。


(あの女がパメラ皇太子妃ならば、あんの糞皇子がタニアにした事を許すとは思えねぇ。)


「なら、猿人に喰わせるまでだ、、エンルーダを業火で落とした女だ、容赦はしねぇぞ。」


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