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血燃ゆる家族

 ニアがグリーグに入れられた石板下の空間は、考えている以上に広い空間だった。というのは語弊がある。


「ここって、穴ではなくて、、通路なの?」


 グリーグに石板を外から閉められてしまえば、一時は暗黒の世界となったが、目が闇に慣れると意外に光が上から差し込んでいる事に、ニアは気がついた。要するに床下の石畳みの組み方に空気孔が出来る仕様となっているのだ。


「もともと脱出用の隠し通路ってことなのね。」


 ただ床板のすぐ下ではなく、床からもかなり地下を掘られた通路なのだろう、地上の様子は全く伺えない。


壁伝えに歩いて行く内に、ゆっくりと道が勾配になって上がっていくのが解る。


「もしかして、エンルーダ山脈側に向かっているのかしら。、、城に?」


 そう思っているニアの視界にほのかな明かりが見えて来た。


「もしかしたら外に出れるのかもしれない。」


 僅かな期待を胸に歩みを進めれば、其処には外への出口は無く、今度は一段と狭くなった通路。ただ、先程の通路とは違い上からの光ではなく、横からの光が隙間から入り込んでいた。


「もしかして、野壁の中が隠し通路になっているの?」


 ニアは予想した自分の考えに驚く。それもそのはず、野壁はエンルーダの処々に張り巡らされた小高い莇地の様なもの。まさか、その中が通れる様に作られているとは、エンルーダを自領とするニアでも知らなかったのだ。


 思いつくに、領主一族でも限られた者だけがつかえる非常通路なのだろう。


 「待って!!あ、れは、、グリーグ?」


 その野壁の処処が意図的に、隙間を開けた構造になっている。外を伺えるようにした空気孔といえばいいのだが。


「考えようによっては死界からの攻撃穴だわ。で、グリーグが。」



 (戦闘を舞っている、、、)


 目の前の穴から見えるのは間違えるはずないグリーグの姿。


「あんなにも強いなんてまるで闘神だわ。」


 たった独りで上下に大きな鎌をつけた武器と、

靴にも反り返った歯が付いた武器を装着し、


竜巻のように旋回しながら暗殺部隊と思われる敵の首を

一振りで刈り切っていくのだ。

 

辺りは鮮血が花が開くが如く飛び散っていく。


 (初めて、、見た、、)


 何より、ニアが驚いたのはグリーグの瞳。


 『真っ赤に光る瞳孔は、エンルーダ一純血族の証。』


 普段のグリーグは前髪を長く垂らして髭も蓄えている為、顔の形でさえ認識出来ないのだ。今グリーグは、長い前髪を、後ろの髪と一緒に纏めている。


(あれは、女性物の髪飾りよね。)


 ニアはグリーグが狩りをする姿さえ見たことが無かった。さぞかし、髪が邪魔な具合で仕事をしているのだと思っていた。


「、、、奥様の、、だ、ね。」


 ニアも母親は乳母として迎えられた後妻の連れ子とはいえ、エンルーダに迎えられた際に教育を受けている。

 その中で聞いたのは、かつての領主の妻であったのにも関わらず、側妃にと皇族に召し上げられた女性の悲劇。


 グリーグが先ぶれに、『エンルーダ―卿』と呼ばれた瞬間に、ニアには其の悲劇の領主が『グリーグ・エンルーダ―』なのだと悟った。


 小さな穴の向こうで、まるで絵物語のように凄惨な戦闘を繰り広げる元領主は圧倒的な力で襲撃者達を制圧していく。そう思えた。


瞬間。


 ニアの視界の隅に大砲の様な機材が並ぶのが見え、


『ドドガーーー―――――――ンッ・・』

     『ドガガーーー―――――――ンッ・・』

          『ドガーーー―――――――ンンッ・・』


 一斉に咆哮が閃光を放ったのが見えた!!


「っつ!対魔獣器?!!!ですって!!」


 四方八方から空中を戦風の如く舞うグリーグに、咆哮口が向けられ、


 グリーグの屈強な体をクモの巣状に滅多刺しにした!!


「う、」


 そして留めとばかりにグリーグの額に向け、太い魔獣矢が貫いた。

 その余りの威力でグリーグの身体が野壁に向かって吹っ飛ばされる。


「グ、、グリ、、グ」


 否、飛ばされたのか、飛んできたのか、、

 

 ニアが覗き見る穴に、グリーグの瞳が覗いたのだ。


「あ、、グ、、、あ、、」


 声を出せば、子を腹に宿したニアが見つかる。ニアは絶叫しそうな己が口を両手で必死に抑えた。が、歯が手を傷つける程に、喉から嗚咽が止まらない。


 5回。


 

 5回の人生を死んでは他者となって生き戻ってきたとて、愛情溢れる生き様からは程遠いニアの生だった。


 たとえ公爵令嬢になったとしても、王女となっても、両親からも婚約者からも、兄弟からも愛を受け取った覚えは全く無かった。


 それが、、

 6回目の人生の様な今の生活で、グリーグに出会って初めて家族愛らしきものを、他人にも関わらず、寡黙な言葉で示してくれた。


( 口が きけなくても、、充分 過ぎるくらい、、に。)


 穴の向こうのグリーグに意識があるのかは分からない。

 開ききった真っ赤な瞳孔にニアは、いつもの口読みの形で伝える。


(だから、、おいて、、いかない、、でよ。)


 野壁越しに、グリーグの冷たい体温が伝わる気がして、ニアは声を殺し涙を流す。グリーグの瞳は全く動かない。


 ニアは再び縋る様にグリーグを見つめる。本当なら直ぐにでも此の場を離れて、野壁の中を逃げ切るべきだ。でも、それが出来ない。


 「グ、う、う、」


 と、グリーグの瞳に映る自分が何かを口読みで言っている。


(!!!)


 合わせ鏡の様に映るはずの瞳のニアは明らかに、


『儀式を。』


 そうニア自身に叫んでいるのだ!!


「ぎ、し、き」


 ニアが考えあぐねていると、グリーグの目や口から血が吹き出る。


(!!!、グリーグの核石?!!)


 グリーグの背中に心の蔵へ向けて敵の刃が抉られた故に、臓器から血が溢れたのだと気が付きニアは、拳を握りしめた。


(魔獣の様に殺して、さらに人体から核石を取り出すだなんて、人を人と思っていない所業!!)


 「ぎ、し、き、、わかった。グリーグの魂は今すぐわたしが送る。」


 グリーグの核石を略奪される前に、ニアが墓守りの儀式で送る。それがグリーグの核石を守る唯一の方法となる。

 本来は骸に触りながら行う秘儀を、ニアはおずおずと指を伸ばしてグリーグの動かぬ瞳に触る。


 ぬるりとした感触がする目玉は、もはや血で真っ赤に塗られている。


『ニア、、』


「大丈夫。精霊に呼びかけるわ。」

 

 まるでグリーグの声が聞こえた気がして、ニアはいつもの様に声にする。


 エンルーダに戻り、墓守りのグリーグを手伝ってきた。


(お腹の赤ちゃん、、わたしに勇気をちょうだい。)


 ニアが精霊への詠唱を始める。あたりの空気が揺らめき、目の前に光り輝く物体と、、


『モールだな。』


「ええ、それに、、ノームス?」


 両手を胸で組んだまま、祈るように精霊にグリーグの身体を、精霊界に運び入れる事を願い出る。


すると今度はまるで

グリーグが儀式を行う時に現れる緑の光と、

輝くと大木の様な核石から陣形が開き

光森が広がる様は、

『パ―――――――――ン!!』



土から吹き出る泉のような柱が立ち上る。



「あ、、」


グリーグの瞳が、身体が、

粒子になって消えていく。

そして光となって打ちあがったのは


(グリーグの核石が、、狼煙になった、、)



『美しい核石だな。』


「いつもと同じように、浄化はグリーグがする?」


『そうしよう。』


 在りし日の記憶を読みながら、ニアは空に消えたグリーグの核石を思う。


 人間の魔法コアになる核石には、其の人物の記憶が蓄積される。浄化は、記憶や意識を解して、解き放つ。


 ニアは野壁の中で両手を掲げ挙げる。


 (グリーグは、、奥様も送ったの?、、なら、、その記憶は、、)


 グリーグは愛する人の最後の記憶を読んだのだろうか。


「わたしは、 目の前で ちゃんと見届けたよ、、天へ帰れた?」


エンルーダの上空に、

かつての領主が核石が弾け、

それを見たエンルーダ―領民のあるものは戦いながら、

あるものは身を隠しながら、

虫の息になる者も


祈った。



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