その時、私達は
墓守りの建屋では、儀式服に着替えたグリーグとニアが、運び込まれた箱の前に立って居た。
「只今、御領主様より儀式の承諾を得ました。何卒宜しくお願い致します。」
エンルーダ要塞からの使いが、アースロの言葉を伝える。
「分かりました。では、始めます。」
ニアの言葉にグリーグと使いは頷くと、箱を運び入れた護衛達がぞろぞろと出ていく。
天井から光が降り注ぐ石板が白く光る中、グリーグが箱から骸袋を担ぎ出した。慣れた手付きで、グリーグが骸袋から遺体を取り出すと、そこにはニアがかつて出会った人物の顔が出てくる。
「!!!」
袋から出された遺体の顔を見たニアは、思考を止めた。
(やっぱり、あのガラテアだわ。随分年老いてはいるけれど、間違いない。マリアナだった時に、わたしが呪われていると占った魔法使い、、)
ニアが傍らで考えあぐねている間にもグリーグは、側の浴槽に溜めた聖水にガラテアの遺体を手際良く入れていく。リュリュアール山脈にある聖場から注ぎ込まれる清水で、まずは不浄とされる遺体を清めるのだ。
『ニア、精霊を呼べるか。』
グリーグが手順通りに遺体の禊を終えると、石板に遺体を担ぎ上げて整える。ニアが見ると、ガラテアの身体には無数の穴と、縛り上げた跡がくっきりと付いている。
(それにしても、こんな事は珍しいわ。グリーグが聖水で清めれば、大抵の傷は消えてしまうのに。いったい、どんな状況で亡くなったのかしら。)
固まったままのニアにグリーグが声を掛けた。
『ニア、、』
「大丈夫。精霊に呼びかけるわ。」
気を取り直し、ニアが精霊への詠唱を始める。光の属性を持つニアにとって1番親しい光の精霊へ呼びかけ。あたりの空気が揺らめき、目の前に光り輝く物体が現れた。
『モールか。』
グリーグの無言の問に、ニアは頷いた。両手を胸で組んだまま、祈るように精霊にガラテアの身体を、精霊界に運び入れる事を願い出るのだ。聞き届けられれば、ガラテアの身体は粒子になって消えていく。そして後には核石が残るのだ。
『美しい玉虫色の核石だな。』
先程まで石板の上に横たわっていたガラテアの身体は霧の様になって消滅している。その代わり玉虫色をした核石が、石板の上に残っていた。
「いつもと同じように、浄化はグリーグがする?」
『そうしよう。』
ここからは記憶を読みながら、核石の浄化を施していく。魔獣の核は魔道具などに使う素材になるが、人間の魔法コアになる核石には、其の人物の記憶が蓄積される。浄化は、記憶を意識を解して、解き放つのだ。
グリーグが、両手に核石を掲げ挙げる。緑の光が、輝くと核石から陣形が開いていく、まるで花が咲き乱れるように開く様は、グリーグの木の属性ならでは。
(優しい浄化だわ。)
ニアはグリーグの浄化を見守る。今エネルギーを流しているグリーグには、ガラテアの記憶が流れ込んできているに違いない。
「!!、」
グリーグの浄化が進むと、ニアの膨らみ始めた腹が張り、ムズリ始めた。
「何? もちょっとまってね。」
ニアが腹の子を寝かしつけようと、自分の身体を撫でる。
すると、自分の手から光が放出された!
(しまった!!光のエネルギーが勝手に!!)
グリーグの邪魔になると、光を戻そうとした途端、ニアの中に映像が流れこんできた。
(浄化の、、これはガラテアの?)
意識に流れ込むのは、若いガラテアの視点。その景色がニアの知る景色に見えてくる。
(もしかして、これって前世の国じゃない?マリアナの、、)
目の前に次々と映し出されるマリアナ時代の光景。其の中にとうとう、マリアナの姿をニアは捉えた!!
(あれは、初めてガラテアと会った、わたし。)
悪役令嬢の呪いのせいで、何をやっても悪徳な所業をはたらくように周りの人に映るマリアナ。その理由は、ずっと昔からの呪いだと、占ったのが若きガラテアだった。
(あ、あ。こんな 時も、見ていたの。)
次にでるのは、とうとう魔女の生まれ代りだと判決を受けて、断頭台で民衆が囲む中で、行われたニアの処刑の場面。
ほとんど千切れて役に立たない囚人服姿のマリアナに、無情にも民達が方々より石を投げている。
余りにも酷い光景に、ニアの目に涙がいつの間にか堪る。何故か、画面も歪んで見えた。
(その、後? だれ?頭を抱えて、それを見ているのは、、、あの令嬢だわ。)
マリアンヌの婚約者王子と、マリアンヌの後に妃となったであろう、令嬢の姿。忘れるはずのない相手だった。
(え、、国が滅んだ、、、どうゆうこと?)
ガシャーン!!ガガーン、ダダッバタバタ
さらにガラテアの記憶を見ようとしたニアがグリーグに近付いた時、建屋の窓を破る音と、複数の人間が雪崩れ込む様な雰囲気が隣の部屋でする。
「グリーグ!!何か起きている!」
まだ浄化に意識を流し込んでいるグリーグに、ニアは急いで声を掛ける。集中する浄化状態では、周りの様子に疎くなる。
『敵襲!!敵襲!』
(敵襲?!)
次に見えたのガラテアの記憶は、パメラに締め上げられているのか、視線が高くなり、目の前のパメラが鬼の形相で睨み付けながら、!!
(この人がパメラ?!それにこの襲撃も何?)
ニアがガラテアの記憶に踏み込む前に、隣の部屋からただならぬ雰囲気を読み取った!!
「グリーグ!!」
もう一度ニアはグリーグを呼ぶ!
『ニア、敵か』
グリーグが意識を戻したときだった。
ドゴッ!!!!!!
戸口の扉が飛んで土煙が部屋の中に流れ込む!
『ニア、ここ。』
砂埃で視界が悪くなる中、扉を飛ばす風圧を使って、グリーグがニアの元に飛んできた。素早くニアを担ぎ上げ、石板の下を持ち上げる!
(こんな空間が?!)
思う暇も無く、グリーグにその中にニアは放り込まれた!!
『逃げろ。これも、後は頼む』
次に乱暴に投げられたのは、ガラテアの核石。狙われるとすれば、国の大魔法使いの記憶そのものだ。
(グリーグは?)
『外からしか、締めれない』
言葉にしなくても、ニアの気持ちを読むグリーグが口をうごかして、容赦なく石板を閉じた。普段動くことなど考えられない死体を処理する石だ。動かす事さえ容易では無い事をグリーグがしたことで、グリーグの力の凄さをニアは感じる。
(大丈夫、グリーグは強いって、知っているじゃない。此処を守ることと、これを浄化する事が先決よ。)
ニアは自分に言い聞かせて、石板の下の空間を降りていく。
遠くに、人の怒号や悲鳴が、聞こえて闇に消える。
出口があるのか、何処にでるのか分からないまま、ニアは自分の腹を擦りながら闇の洞窟を逃げた。