貴方から見た記憶の、あの夜
この質問に来て、初めてウイルザードが顔を耳まで朱色に染めながら、照れ隠しなのか自分の口元を片手で覆う。
「実は、本物の彼女。エリザベーラと学園で結ばれたんだ。」
「な、?ん?ウイル、それって、、聞いてないんだけど、、!!」
思いもよらないウイルザードの仕草と言葉にルイードが固まる。いつなんどきも、ウイルザードは幼少から理性的な行動をしてきた男だと覚えているルイードが、信じられないものを見る目でウイルザードを見つめた。
そんなルイードの様子に構う事なく、ウイルザードはルイードに己が行った所業を告発すると、
(あれは、間違いなくエリザベーラだったということだ。)
ウイルザードは改めて、あの日の夜に起きた奇跡を思い返した。
(この事態になったとなれば、結果として夏至祭の学園夜会を、仮面舞踏会に提案したのが僥倖だったわけか。でなければ今も、あの女をエリザベーラと思いこんでいただろう。)
リュリアール皇国の都シャルドーネで大々的に行われる夏至祭。
皇国内を挙げて精霊の守護に感謝をする日とされ、精霊界との境が薄くなると云われる。
その祝賀は特に都シャルドーネで賑やかな祭りが行われ、民衆が仮装をしながら城下の至る所で踊りが行われるのだ。
それに倣って、皇国学園でも毎年舞踏会を開催するが、一部の令嬢から城下と同じく、仮装の提案があった。始め、ウイルザードが会長を務める学園議会では、風刺を乱す様な終日仮装は却下せざるを得なかった。
その代わりに学園企画委員から代案として提出され、ウイルザードが通したのがホールでの仮面舞踏会。
(あの日のエスコートも、普段ならば寮の部屋からするのが常だったのを、学園企画委員から、両者仮面でのホールからパートナーを探し当てるとの企画になった。だから、ホールで見つけた金色の乙女をパメラだと感じた、はずだったが、、)
いつもとは別世界の様な幻想的な装飾を施され、流れる曲も聴き慣れない音楽。
まるで媚薬の魔法を仕掛けられたかに錯覚するホールで、豊かな金の髪がたわわと揺れ、妖艶につり上がった目元の仮面。
なによりも彼女が着ていたドレスが最初の前世、ウイルザードがジョシューだった頃に贈ったエリザベーラのデビュタントドレスと同じだったのが決め手になる。
(ジョシューだった頃のデビュタントで、エリザベーラに誘われ、大人に内緒で結ばれた、、あの夜の熱を、俺の身体が覚えていたことに、どんなにおどろいたか。)
自分がかつての前世で散らした処女の記憶と、何度も生まれながら再び結ばれる事を夢見たウイルザードは、彼女にダンスを申し込み、その手を取った。もしも噂に聞く、獣人世界のような『運命の番い』があるならば、間違いなく彼女が運命の相手であるエリザベーラなのだと。
相手の手から流れる柔らかくも甘い感覚に、探していた彼女がパメラだと思ったウイルザードは、貪るように時間を忘れて、ホールダンスを何曲も踊る。
(彼女も全身から喜びが溢れていた。だから、もう一度あの前世の夜を再現したいと思い、あの言葉を彼女に囁いた。)
『秘密の巣箱にかくれないか?』
それは前世、公爵子息ジョシューと公爵令嬢エリザベーラの幼いころの合言葉。
大人に連れられ義務で参加する夜会は退屈で、子供のころから、2人は夜会を抜け出すと個室の休憩室でお菓子を食べて話をしていた。たまには他の子供たちを誘ったりなどして。
(そうしたら、彼女は仮面越しにわらって、)
『甘いお菓子を用意しているわ。』
エリザベーラが必ずジョシューに返す言葉。
(仮面越しに笑う彼女は、そのままホールを抜け出した。その背中を追いかけて、学園の休憩室に入ったが、、)
「じゃあ、あれは誰だったんだ、、」
色とりどりの花がそこかしこに咲き乱れる学園には、夏至祭に合わせてホールのみならず、回廊や控室の一つ一つにも花が飾られ幻想的だった。
(まちがいなく、彼女はエリザベーラだ。あのバラの痣が足の付け根にあったのだから。だからあの夜、情事の合間、エリザベーラが純潔を散らし、俺の形へと覚える快楽に委ね始めた時、思わずその腹に聖紋を刻んだ。、、絶対に彼女は離さない為に。そう、あの痣は間違いなく『マリアナのバラ』だった。)
最後の前世、自分がセイドリアン王子だった時に処刑してしまった婚約者マリアナ。最後の断罪は、民衆にマリアナが魔女だと罵られながら公開処刑となる。
(断頭台に上げられたマリアナは、身にまとう衣服も殆ど千切れ、腿も露わになっていた、、)
その痩せて汚れても美しい肢体に、セイドリアンでさえ固唾を飲んだ。その白い肌にまるで大輪の薔薇が咲くかに見える痣があったのだ。
(忘れもしない、あのバラの痣。間違いなくマリアナの足にあった物と同じ痣だ。)
学園の控室で、花に酔うように前戯にと口づけながら互いの身体を弄りあう2人。顕になる華奢で白い彼女の肩から括れた腰へとウイルザードの片手が撫で降り、たくし上げた記憶のドレスの合間から見えた太腿のバラ。
(淡桃色をした春の薔薇が咲く形の、痣。)
ウイルザードの理性は拍車をかけて暴発した。
初めての前世、ジョシューがそうした様に、エリザベーラのドレスが白泡で濡れぬよう、手布を宛てがい事に及んだ。エリザベーラの時と同じ喘ぎ声を上げながら処女を散らした彼女の中で、再び聖紋に光の属性の全てを注ぐ。
全属性を持つウイルザードから、光の属性が消えた瞬間でもあった。
(それでも後悔はしなかった。光は属性の中でも癒しと守護の力が強い。彼女を守るに必要だったのだ。が、彼女がパメラでなければ、誰だったんだ。本当のエリザベーラは、、)
「おい、ウイル。もしかして、その聖紋が初夜でパメラ嬢に無いから、偽物だと分かったのか?」
それまで、黙ってウイルザードの話を聞いていたルイードが堪らず声を上げた!
「そうだ、パメラに痣が無い事に気が付いた時、はじめはもしかすれば妃になる為に回復魔法で治療をしたのかもしれないとも考えた。それで、魔力を直接聖紋に流し込もうとしたら、、無かった。」
「確かに痣や外傷なんて、どうとにもなるからな。だからって、ウイル、、さすがに聖紋の刻印、しかも子宮になんてやり過ぎだ。パメラ嬢も、夜会のお相手もね。」
悪気の無い顔で当然だと返すウイルザードに、引きつった視線をルイードが投げる。そもそも聖紋はマーキングだけでは無いのだ。他の男の侵入さえも阻む術も含む。
「もはや、相手に同情するよ。本当に、合意であると願うばかりだ。それで、相手は分かったのか?ウイル。」
「、、、フローラ、、今世パメラが目の敵にしていた令嬢は複数いた。それに、刑に掛けてしまったかもしれない、、ひとり、令嬢には覚えがある。」
「あー、パメラ嬢が、やたら髪色の明るい令嬢に牽制していたヤツね。牽制程度じゃないだろうけど、、それって、もしかして卒業の時断罪に掛けた令嬢か!!」
「わからないが、パメラからの進言で俺が直接に手を下したのは、1人いた。パメラが内密に始末した令嬢となれば、わからない。」