ハイファンタジーの皮を被ったホラー小説
ハァハァと荒い息が漏れ出る。あらんかぎり全力疾走してるためだ。
見れば純白の法衣で全身を包んだ女性神官が廊下を必死に駆けている。長年手入れされていないために埃が積もり、古びているとはいえ豪奢な内装の館に設けられた廊下なのに彼女の不作法を注意するものは誰もいない。
力の許す限り走っている女神官には作法を気にしている余裕などなかった。女神官らしい清楚で美しい顔は、恐怖と教義が許すはずもない生存への欲求に染まり、背後から何か迫りくるものはないかと仕切りに後ろを気にしている。
どうしてこんなことにと女神官は過去を振り返る。
女神官は、正式な聖職者ではあるが、社会に奉仕するために神殿ではなく、怪物退治を担う傭兵もしくは民兵といえる冒険者に属し、神官特有の権能を活かして戦いを送る人間であった。
その日も彼女は、チームを組んでいる冒険者とともにとある怪物退治の依頼をこなすために鬱蒼と茂ったある森へと足を運んだのが、全ての始まりだった。怪物退治そのものは、問題なく終わったのだが、運の悪いことに森から帰還する途中に悪天候に見舞われてしまい、深い森だったことも災いして位置を見失ってしまう。
遭難しながらも現在地や雨風を凌げる場所を探していた彼女たちの前に現れたのは、朽ちた屋敷だった。無人になってから何十年もたつと思われた屋敷は恐らく貴族か富裕な平民の別荘かなにかだろう。
ますます激しさを増すばかりの雨風を凌ぎ、体勢を立て直すために彼女たちは屋敷で一旦休むことを選んだ。この時雨風に晒されたとしても、屋敷に入らなければよかったと女神官は思わずにいられない。
何故ならその屋敷は、地縛霊の巣窟だったのだから。魔法が普遍的に人々に受け入れられ、神官が神に祈念することで行使できる権能が存在するこの世界では魂の存在も認識され、幽霊の実在も確認されている。
地縛霊とは、幽霊の分類の一つで基本的に特定の土地や建物の中で人々に危害を加える悪霊を指す。女神官達が入った屋敷は、過去に何があったのかは知らないが地縛霊型の悪霊が何十もすくう地獄だった。
屋敷に入った当初は、問題はなかった。悪霊達は、神官である彼女にも感じ取れないほど気配を隠し通していた。しかし、屋敷で過ごしているうちに徐々に不可思議な現象、謎の声や廊下を通る人影を見たり、物が突如として落ちるなどの出来事が起こり、異常を警戒しながらも仲間たちの姿は消えていった。悪霊に一人一人殺されていったのだ。
悪霊の存在に気づいた時は、何もかも手遅れだった。仲間を密かに殺されたために戦力不足に陥り、悪霊が張り巡らした強力な結界のせいで屋敷からは抜け出せそうになかった。
何より悪霊の群れは極めて強かった。これが実力が高い冒険者達ならば撃退できたかもしれないが、悪霊の実力は彼女達の実力で討伐できるものではなかった。悪霊に有効な神官の権能ですら致命傷にならないのだから。
残された仲間が悪霊に立ち向かい無惨に殺されてゆく様を見た唯一の生き残りの女神官は、狂乱し、どこを走ってるかもわからずに屋敷の中を駆け巡った。
それらを経て彼女は今に至る。そうして彼女の逃走劇にも終わりが訪れた。
ギィっという音とともに彼女の前に位置する扉が開く。そのなかからでてきたのは、彼女の冒険者仲間である女戦士だ。
但し、彼女の首から上は存在しなかった。頭もないのにどのような原理で動いているのかは知らないが、変わり果てた女戦士は緩慢な動きで女神官めがけて歩み出した。
この屋敷で殺されたものは、悪霊の力で悪霊の仲間と化すのだ。
女神官も冒険者であるため惨たらしい遺体を見た経験はあり、ゾンビの類も見たことはある。が、精神的に追い詰められていた彼女は声にならない叫び声を上げながら床にへたり込み、後ろに向けて情けなく這いずった。
コツンと彼女の体がなにかに触れた。背後にある何かから噴き出している赤い液体が法衣を汚し、血液とは別に生暖かい物が体に触れている。
恐る恐る振り返った彼女が見たものは、やはり仲間の男性戦士の姿だー全身から滝のような血を尽きることなく噴き出し、大腸や小腸が剥き出しとなっていたが。女神官の体に触れた生暖かいものは、ほかほかと湯気が湧くほど暖かいグロテスクな腸だったのだ。
女神官はたまらず、今度はあらんかぎりの力を込めて恐怖の絶叫を叫んだ。それと同時に彼女の意識は失われーーーまともにこの世から成仏することもなかった。
女神官がどのような存在に変貌したかはあえて語らないが、真紅の法衣に身を包んだ女性が地縛霊の悪霊の群れに仲間入りしたと告げておこう。
森の屋敷にすくう悪霊達は、高位の冒険者か神殿に仕える騎士団かはたまた強力な怪物などに討伐されるまで運悪く迷い込んだ人間や怪物を残虐に殺していくのだろう。
Jホラーの貞子VS伽倻子や来るで強力な悪霊を霊能者が認識していたり、悪霊の実在を確認しているようファンタジー系作品のように現代みたいに幽霊の存在が不確かではなく、幽霊の存在を認識した世界でレベル違いの悪霊になすすべなく殺されるというのをやってみたかったからかいてみた。
まあ内容はやりたい内容よりもガチホラーみたいなものだが。