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激怒しなかったメロス

作者: 青水

 メロスは激怒しなかった。かの邪知暴虐の王など放置しておけばいいじゃないか。メロスには政治がわからぬ。ついでに経済もわからぬ。彼は笛を吹き、羊と遊んで暮らしている。なので、当然、邪悪に対しては人一倍鈍感であった。


 ある日、メロスは妹の結婚の諸々を買うため、十里離れたシラクスの市にやってきた。それらを買った後、暇を持て余したので、通りをぶらぶら歩いた。

 歩きながら、そういえば、と思い出す。メロスにはセリヌンティウスという竹馬の友がいる。彼は今、この市で石工をしているのだ。彼とは久しく会っていなかったので、訪ねてみようと思った。


 そうして歩いているうちに、街の様子を怪しく思った。既に日が落ちているが、異常なほどひっそりとしているのである。道行く若者を捕まえて、何があったのか尋ねてみる。しかし、若者は唾を吐き捨てるとメロスを無視して去っていった。最近の若者はマナーがなっていない、とメロスは激怒しそうになった。


 今度は老人に同じ質問をしてみた。老人は痰を吐き捨てて立ち去ろうとした。最近の老人はマナーがなっていない、とまたしてもメロスは激怒しそうになった。しかし、なんとか激情を抑え込むと、もう一度語勢を強くして質問をした。無視された。両肩を強く掴み、睨みつけ、三度同じ質問をすると、ようやく答えてくれた。


「王様は人を殺します」

「ふうん」

「なぜ殺すのか、知りたいですよね?」

「いや、別に」

「王様は人々が『悪心を抱いている』と思っておるのです」

「まあ、そういうこともあるかもしれない」

「誰もそんな悪心など持ってはおりませぬ」

「そう断言する根拠は?」

「根拠はないです」

「だったら、悪心を持っておるかもしれないじゃないか」

「うるせえ! とにかく、誰も悪心など持っていないのじゃ! 尋ねておいて、ぐちぐち口を挟んでくるな!」


 そう吐き捨てると、すっきりしたのか老人は何事もなかったかのように話を続けた。


「王様はたくさんの人を殺しました。まず初めに王様の妹の婿を。それから、自身の世継ぎを。それから――」


 長々と続いたので、メロスは夜空を眺めていた。


「なるほど、国王は乱心か」

「いいえ。乱心ではなく、人を信じることができぬ、とのことです」

「俺もあまり人のことを信じていないな。信じられるのは、妹と我が友セリヌンティウスくらいか……」

「なんと、今日は六人もの罪なき人々が殺されました」

「へえ、六人も……。呆れた。でも、まあ、俺はシラクスの人間ではないから関係ないな」


 メロスは単純な男であった。セリヌンティウスに会いに行くのをやめて、すぐにシラクスから村へと帰ることにした。国王に目をつけられ捕まり磔になるのはごめんだ。メロスは走りながら、セリヌンティウスのことを思った。


「そういえば俺、あいつに多額の金を借りていたんだ……。どうせ会いに行ったところで『金返せ』と言われるに決まっている。シラクスに行くのはしばらくよしておこう」


 メロスは一睡もせず、村へと帰った。

 疲労困憊のメロスに、妹は笑顔で声をかける。


「おかえりなさい。……シラクスで何かあったの?」

「何もない。何も、なかったさ」


 その後、メロスは妹の結婚式に出席した。

 この平和が、幸せがずっと続くものだと思っていたのだが……。


 ある日、国王の部下がメロスのもとへとやってきた。話を聞くと、国王に激怒したセリヌンティウスが無謀にも短剣片手に王城に突撃して呆気なく捕まった、とのこと。もう少しよい手段はなかったのだろうか?


「セリヌンティウスは妹の結婚式に出席するために、メロス――お前を人質とするように王様に求めた。『自分が帰ってこなかったら、メロスを絞め殺してください』とのことだ」

「そんな馬鹿なことがあるか!」


 メロスは抗議した――が、無視されて、セリヌンティウスの人質になることが決まった。

 兵士たちに王城へと連行されながら、メロスはぽつりと呟いた。


「はて、セリヌンティウスに妹なんていただろうか……?」


『走れセリヌンティウス』に続く?




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