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Wire-Live   作者: 凪さ
5/6

線上の観測者 5


 降り立った時に感じたのは、圧倒的な情報密度の熱だった。

 《凍世市》の街並みは《上終》とは何もかも違って、海辺の都市に吹く、少しだけ潮の名残が感じられる風が体を撫でていく気さえする。環境建築とその精神を引き継いだ無排気自動車サイレント・ヘッドによって浮遊物質が抑えられた結果、潮騒が街中まで届くようになっていて、もう時間は夜を越え深夜に差し掛かろうとしているが、その明るさたるや昼に劣らない輝きがある。

 AIRを起動させた瞬間勢いよくそこかしこで展開されるホログラム群。まだ駅の中だというのに、既に人に酔ってしまいそうだった。ショーケースに展示された女優のホログラムが周期的に服とポーズを変えて表示され、視点を映せばそれがウレウに変わる。様々な服を着せ替えられるウレウは常では見られない微笑みを浮かべていて、わたしはそれが少し面白い。


 体が軽くなった気分だった。実際、相対的に考えれば翼があるのとないくらいの差が《上終》と《凍世市》にはある。ここには数え切れないだけのレンズがあり、毛細血管よりも細かいネットワークが張り巡らされているからだ。

 わたしはウレウから飛び出し、近くのレンズに潜る。地下通路を歩く二人が集団を引き裂くように進んでいるのが見える。直線ストレートだ。タスクに集中していたのだろう、一人がカナウにぶつかりそうに寸前、ウレウが男を押しのけるように払う。一目でわかるブランドのスーツに痕がついた。公開IDに表示されているインデックスの社員は驚いた表情で二人を目で追っている。誰しもが似たような印象を受ける顔立ちで、似たような体型だった。


 生まれながらにして得た体を好きなように改造できるようになった人類は大体共通の道を歩くようになり、その結果がこれ。想像力に欠ける人間のやることと言えばつまり二番煎じ。いつの時代も美しさというものは何かの流行があって、何故か人類はそれから外れることをよしとしない。よく見れば同じようなパターンのモデルや広告に憧れ、気付かない内に全員が似たような存在になってしまう。 

 細胞造成技術セル・バイオ・テクノは存在の定義を増やしたようで真実はその逆に他ならない。

 自由という権利を与えられた人間は誰かに倣い似せたがる。

 だからこそわたしには何色にも染まらない二人が一際輝いて見えた。


「今からログインって出来たっけ」

「出来るよ。あの子はいつもこの時間帯がメインじゃなかったな」

 現在時刻は十時二十八分。まだ夜はこれから。《凍世市》はこれからが本番。

「どこか、キオスクで食べよっか」

「コーヒーで新作やってたよ」

 二人は店舗エリアの右端にあったコーヒー・キオスクに立ち寄った。カジュアルな明度の低い照明に照らされた雰囲気の良い内装だった。

 そこでドリンクとオーガニック・チキンカットを頼み席に着くウレウ。結局カナウの言った新作は頼まなかった。

「どうして頼まなかったの」

 新作、と大きくパッケージに書かれた濁ったドリンクを手にもってカナウ。

「いや、どう見ても飲み物じゃないでしょ、それ」


 ウレウの言った通りそのドリンクは、飲み物というよりは流体爆薬パラドンに似た漆黒の輝きを放っていた。店内のレンズを拡大して見てみるとそれがよりはっきりとわかる。ウレウの視界に表示された成分表にはコーヒー豆が原料として書かれているがとてもそうとは思えない。新手のテロリズムだろうか。こんなに手を混んだことをする《レッド》は記録にない。

 カナウはひるむことなく口の中にそれを流し込んでいく。

「飲めるよ。少し、いや、かなり歯ごたえあるけど」

ディッシュで出すべきじゃないかしら」

 カナウはしきりに口を動かし咀嚼しているようだった。何か、ごり、という音まで聞こえるあたり確かに”歯ごたえ”がありそうな感じ。

「それ流行ってるの……」

「みたいだよ」

 見てみると確かに店内にも同じパッケージを並べている客が何人かいる。すこし、いや、かなり意味が分からない。やはり新手のテロリズムだろうか。少なくともウレウには十分に効果を発揮しているように見える。

「分からない……」


 ウレウが心底、といった様子で呟く。わたしとウレウの感情パラメータは大体のベクトルを共にしているが、それでも完全一致することなどまずない。それでもわたしは寸分の違いなく情感パラメーターが一致した気がした。チキンにかじりつくウレウとよく分からない飲み物をもつカナウはやはり輝いてる。線画の中で、一際鋭く抜けていくあれだ。在り方が違う、ここにいる人間とは根本的に。

 二人はキオスクを出たあとは止まることなく出口に向かって進みだした。時は偶然にも週末の夜。一刻ずつ人が増えていく駅内に二人の線が抜けていく。人口密度が上昇を続ける中でもはっきりと見える二人の形。何が違うのかと考えた時に気付く。無駄な装飾が一切ないのだ。様々な年代の人間がそれに合わせて身に付けていく虚栄が一つもない。ありのままのデータがありのままでそこにある。

 データにもデザインが求められるようになり、似たようなエンブレムが量産され配布されている時代にあって、そのシンプルさはある種の刃にも見える。純粋さという凶器だ。二人はそれを無意識に体現しているように見えた。


 ――羨ましい。

 そう思う。

 自分が単なるプログラム群、それも群を抜いて装飾過多なプログラムだからそう感じるのかは分からない。

 だからわたしは、せめて形だけでもそこに近付きたかった。あの洗練されたデータに。データの沃野にあってなお輝く二つの恒星に。

 だから――


 ――《起動》――


 『 H program――start up 』


「遅いよ、待ちくたびれた」

 わたしたちはこうして、会うことが出来る。


 

 《凍世市》ネットワークを可視化してみよう。

 とりあえず単位の基準は《上終》。一連の極小機械群ナノマシンが発進する通信量トラフィックは当然〇。従って最小単位はおのずと携帯デバイスやコンピューター定格の数百メガバイトから数十ギガバイトの集団となる。これが青。大企業のオフィスクラスでようやく緑、オレンジ相当の数百ギガバイトから数十テラバイトの通信量トラフィックが見えてきて《上終》は大体これらの色で斑模様に染まっている。どこかの物好きが打ち上げた人工衛星《宇宙の旅》が赤い彗星となって空を横切ることがあるがこれは比較に入れない。


 ――目の前が太陽になった。


 白、輝く純白で覆い尽くされて人波の影すら見えない。時折見える赤は奇跡的に生まれた情報過疎地帯で、直ぐにそれも白の波に隠されてしまう。最小単位を引き上げなければいけない。直ぐに一ピクセル当たりの最小単位をテラバイトまで引き上げる。これでよし。目の前はようやくオレンジと赤で表示される赤外線の世界となった。大分視界は確保できたと言っていい。でも依然として輝度が高すぎる感は否めない。上空に張られている電子天幕《絨毯》なんて真っ赤だ。もっと上げなければ。人の識別すら危うい。単位をペタバイトまで一気に上げる。一転。青と緑の視界。落ち着いた。これでようやくわたしも安心して声をかけられるだろう――

 

 

 駅を抜け、仮想現実と本当の現実が融合し曖昧になった世界で、わたしたちは精神的な再会を果たす。《凍世市》の在り方だ。ここまで来なければわたしは視界に入ることさえ許されない。ホログラム・ジャック。有象無象の虚像を合成しわたしは自分自身をそこに転写する。手順は意外と複雑。レンズにハックして位置情報を投影機に転送して更にそこから投影機の内部処理を改竄しなければならない。もちろん記録ログをいじるのも忘れてはならないポイントだし、それらをリアルタイムでやるから実際の処理はもっと大変。わたしはそこまでだとは思ってないけど他の誰かにやらせたら発狂もの。

 なら計算はどうするのかって聞きたい人は大丈夫。なぜならここにはたくさんの計算機が歩いてる。面倒なことは全て”貴方たちの”マシンが処理してくれているのだから。


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