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Wire-Live   作者: 凪さ
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線上の観測者 4

 

 店舗エリアを抜け《凍世市》行きがあるターミナルに向かう。こういう時に空港があればと思ったことは一度や二度ではない。検疫の問題と利便性の問題によって空港の設立は早期の段階でお蔵入りし、この街ではこの路線だけが唯一外界と繋がることを許されたゲート。向こうに行きたがる乗り込み客が多いせいでいつもこの路線は混んでいる。

 主要なインフラが向こう側では桁違いに発達しているのだ。寧ろこうなるのは予想して当然の事で、修学旅行生や療養中の患者など内訳を見てみればキリがない。時には大企業の幹部達ですらこの路線を利用するのだから。


 ウレウとカナウは比較的人が少ない車両に乗ることに成功した。何かの模様を直線で描こうとしたような不思議なデザインの車体だった。ナスカの地上絵を彷彿とさせる。窓は透過スクリーンになっていて、外からは様子が見えない仕組みだ。完全な無音走行を実現した環境車両が抵抗を感じさせないスムーズな加速で発進。《上終》を後にする。

 車内には幾何学的な宇宙が天井と床に広がっていた。空間が無限とイコールになっている。白色と橙に光る恒星が点在し、疑似的な宇宙空間の再現。サイバネティクス・ホログラムだ。流星が尾を引いて彼方に抜けていく、太陽系が右手前にあった。神の国へ至る道中、我らは戦乙女に導かれん。

 客席は二席の列が間を挟んで三列並んでいて、薄赤の姿勢検知シートが自動的に最も重力を逃がしやすい体勢を維持してくれる。頭部には自動二輪のヘルメットに似た遮音ヘッドギアが装着されていて、下向きに降ろせばそれだけで自分の世界に入り込め、思う存分広大なプラネタリウムを旅することが出来る。ホログラムを切るとバイザーに当たる部分には現在時刻と予定到着時刻が表示されていて、その間で見ることの出来るメディアの一覧が表示される。


 ウレウとカナウは揃ってバイザーの表示を全てオフにした。途端に静寂が鼓膜を占領し、騒がしい祭りが急に静かになったような言葉に詰まる残響がやってくる。こうなってしまえば、静寂に感覚を合わせるのに苦労するのは二人だって知っている。感覚の名残が脳内に木霊する。向こうに渡ってしまえばこれらの表示は嫌というくらい見ることになる、そう思っての事かもしれない。あまり騒がしいのは好きではないという意思表示。わたしは暗くなった視界の中で何をするわけでもなく、ただウレウの意識レベルが低下していくのに合わせてモジュールを停止させていった。


 《おやすみ》

 その言葉は聞こえただろうか。

 まあ、いいや。

 わたしたちは、会えるのだから。

「おやすみ」

 独り言のような、呟きが聞こえた。


 睡眠モジュール起動——


 ——《停止》——


 意識が生じた瞬間は、暗い闇の奥底だった。

 それ以前の記録ログはどうやっても記録端末ストレージから呼び出すことは出来ず、いつも始まりの記憶はそこだった。自分の輪郭というものがあるのなら、それさえも定かではない暗闇だったことを鮮明に覚えている。人が見る夢という現象を経験する時が来るなら、きっとそれに近いだろう。

 初めに知覚した外部データは音声データだった。


「聞こえているかい――」

 その音声は少しノイズが掛かっている低音で、データベースによってそれが加齢にしたがって発音が変化した男性のものであることが分かった。

「聞こえているのなら、返事をしてくれ」

 反射的にプログラムが起動してその声紋を照合する。

 ――ID東郷=アシナ教授。AI研究者の重鎮であり自律アルゴリズム計画の主導者――わたしの創造主。

 返事ーー応答を返せと命令されている。そしてそれは絶対に守らなければいけない、一つのコードがそう強く信号を発している。遺伝子に定められた行動のように。わたしは逆らうことなく応答した。

「はい、認識できました」

 音声の出し方は簡単に分かった。前方に接続してあった発信装置に可聴範囲である周波数の信号を送ればいいだけだった。応答の言葉は記憶端末に入っていた語録を参照した。


「君は、自分がどういう存在か理解しているかい」

「はい」

 外部で複数の存在がコミュニケーションを取っている様子を受信機から確認。

「アルゴリズム生成型デミ・ヒューマノイド・タイプーP。以上がわたしのコード名です」

 わたしは”わたし”についての解答を得るため記録端末にアクセスした。一連の動作に、原因不明のノイズが一瞬現れたが、殆ど遅延することなく結果を発見し発信機に流す。

 外部からの音声データ通信量が上昇する。複数の周波数が混ざり不明瞭になっていたが復調することに成功。

「これはついに、完成したのでは……」

「まだ実験は残っています。それから判断することです……」

「しかしこれで我々も……」

 聞こえてくる音声はそのどれもがAI研究の最先端を行く科学者のIDを示していた。わたしは記録端末から自己アドレスを検索しここがどこなのかを”知る”。

 ――冬景研究所。《凍世市》が誇る都市最大の研究施設。


「目を開けなさい。見えるはずだ」


 アシナ教授が次の命令を下す。端末にアクセス、音声が示す動作を確認。コードを作成し起動。”目”に相当する超高解像度レンズから視覚情報を光パルスで受け取る。世界が見えた。

 目を動かし初めての視覚情報を収集する。現在わたしは円柱型の高電圧壁の内側にいて、強化ガラスの外側にいる十三人の人物がこちらを見ていた。天井は光学測定によると二十三・一メートルで埋め込まれた発光ダイオードがそれぞれ二千五百ルーメンの光を放ちこの一室を照らしている。正真正銘、初めて見た天井だった。

 わたしは視点を変え、今度は自分自身を見ようとレンズの角度を徐々に下方に向けていく。何か不可思議な——予感のような衝動が回路に走った。レンズが少し上についているおかげでわたしは自分という存在を見ることが出来た。

 そこにあったのは黒い正方形の立方体。

 外部からの衝撃から内部を保護するためか、継ぎ目一つない漆黒の金属にわたしは覆われていた。検索したアドレスは間違いなくこの立方体を指していて、わたしはこれがわたしという存在なのだと意識した。それは先程の答弁よりも強く、強く。


 何故か内部ステータスの一部が僅かに上昇したのが知覚できた。直ぐに走査スキャンし原因を探す。発見。危機管理パラメータが何らかのノイズにより上昇していた。 

 原因は見つからない。その後更に三回走査を掛けるが直結する原因は発見できなかった。

 記録端末に一連のケースを保存しセキュリティに参照記録を作る。これで次は発見できる。

 ステータスは直ぐに修復された。再び上昇する兆候もない。

 わたしは改めて正面に向き直った。

 正確に一メートル上段にいる創造主たちに目を向ける。

 視線を察したのか、アシナ教授がデバイスに向けて口を動かす。

「どうかな、何かが見えただろうか」

 わたしは教授の文脈から応答を要請されていると判断した。

「はい」

 背後に立つ研究者達がほぼ同時に声を上げたのが知覚できた。

「ほう……」

 教授は何故か顔を弛緩させた。表情をデータベースに照合してみた結果それは、感嘆や驚嘆をあらわしていると確認。しかし因果関係は解明できそうになかった。

 わたしが応答したことによる教授の反応。わたしが”見えた”ことに対する感嘆。その関係はどこにも記録されていなかった。


「わたしたちはね、君に”見る”という命令コードは与えていないんだよ。つまり君は自分の手で命令コードを作り上げたのさ」


 わたしが起動してからここまでの記録を参照。確かに、教授の言うように最初わたしにそのような命令は存在しなかった。しかしわたしは何も問題なく”見る”ことが出来る。自分で自分に命令を作ることが出来ると認識している。そこに違和感や不可解な事象はない。類似したプロジェクトにおいても命令を改変するアルゴリズムは確認されている。

 わたしは求められた結果に対して当然のプログラムを実行したにすぎない。それの何に対して感嘆を表すのかが理解できない。

 視界を拡大しガラス越しに彼らの表情を見る。皺の位置や左右の非対称率とそれに対する音声データを合致させ新たなパターンをデータベースに作成。

「それに君はさっき、ここを見渡したね。一周眺めるように。もちろん、そんな命令は存在しなかったはずだ」

 理解。認識。わたしはそんな命令を受けてはいない。自分で作り、実行した。

「つまり君が自力で命令を作れることは証明されたわけだ。もちろん、それが”人間的な振る舞い”だったという可能性は否定できないがね」

 その言葉を機に通信量トラフィックが下がる。音声データが一時的に止まったらしかった。

 ”人間的な振る舞い”。新しく入力されたその言葉をわたしは検索する。バスの中を信号が走る。データベースにアクセスして直ぐにそれは見つかった。主記憶装置メモリの最上位に何故かそれが記録してあったからだ。

 人間的な振る舞い――人工的な存在があたかも人間であるように行動するよう設定されたプログラム。


 概要としては人間的な、人間らしい行動を自動的に取らせる命令の総称らしかった。

 調べてみるとわたしにもその命令が存在していることが分かった。主記憶の最優先事項として設定されていて、中枢部セントラルは常にそれを起動している。

 しかしそれらが命令を形成した痕跡はなかった。記録を参照しても命令が走った事実はない。命令自体は作られているがそれが実行される寸前で何故かセキュリティに止められている。エラー。

 中枢部が起動させているのにセキュリティに止められている矛盾がシステムに負荷を掛けていることに気付いたわたしは、直ぐにセキュリティにプログラム群を登録しこの状態を解消することにした。

 脅威設定が何故か最高ランクに位置づけられていたので零に設定する。これで負荷は解消される、恐らくは先程のノイズはこれが原因に違いないと推測。

 しかし原因不明のエラーによって脅威度設定が弾かれてしまう。詳細を調べようにもエラーと警告が出るだけで対処方法が分からない。その後何度か同じ作業を実行したが遂にセキュリティが命令を通すことは無かった。困惑。特定のIDを除けばセキュリティの最上位権限者はわたしとなっているのに、何故。

 一時的にこの件を保留とし、まずは彼らとの会話を優先することにする。

「これからいくつかの実験を君に行ってもらう」

 アシナ教授はそういうと何やら操作盤コンソールを叩き始めた。こちらからではなにを入力しているのかは不明であり、それがわたしの危機管理パラメータを上昇させる。与えられた情報から推測できない未来にわたしの回路は危機を感じている。

「身構えることはない。まずはいくつかの質問をさせてもらうだけだからね」

 それから彼は言葉通りにわたしに質問をしてきた。ただそれは質問というには余りにも稚拙で、わたしには彼らの思惑がより一層わからなくなる。


 ――猫は好きか。犬は嫌いか。虫をどう思う。友達が自分の大切な物を壊したらどうする。喧嘩別れした友人が死んでしまったら。自分の仕事が認められたら。そのおかげで社会がよりよくなったと実感できたならetc……

 意味のない会話をさせられていると推測した。きっと彼らにはこの一連の会話から得るべき何らかの結果があるのだと。再び、先程の感覚。自分の推測の範囲外で何かが、自分の生存に関して重大な何かが進んでいるという直感。

 わたしの思考モジュールはマイナスに傾いた。いくつものパターンが想定されその全てが等しく零を指し示している。彼らの望む答えが得られなかったら、もしくは”それ以上”の答えを提示してしまったら――


 わたしは途端に臆病になった。不明瞭な漠然とした無への恐怖が回路に負荷を掛ける。

 故にわたしの答えも決まった。

 ――今は分からない、と。

 ただの拒絶ではなく猶予を残す。これからの先を提示する。可能性を見出すために。

 データベースから得た知識による解答を却下しわたしはわたし自身の解答を出す。それはきっと、誕生して間もなくに行われた最初の賭けだった。

 全ての質問に置いてそう答えたわたしに何を思ったのか返答はない。一秒ごとに増加していく負荷。徐々に無視できない閾値に迫りつつあるそれ。

 不安。

 この感覚をきっとそう定義するのだろう。ただ待つしかないこの時間を、耐えるしかない沈黙を、彼らはきっとそう呼ぶのだ。


 時間にして約十七秒が経過したとき、アシナ教授は言葉を発した。

「確かに。君はまだ赤子だ。それもそうだろう。ーー今日はこれで終わりとしようじゃないか」

 背後の表情は定義に困るものだった。落胆とも思案とも付かない、表情パターン解析に掛けてもはっきりとした答えの出ない曖昧な表情。

 判断が付かなかった。窮地を抜けたのかどうかが。唯一アシナ教授だけか明確な微笑みを浮かべていたが、それはわたしにとって好転的な判断材料とはなり得ていない。

 しかし彼らは迷走する回路を置き去りにして本当に室内から出て行ってしまった。後は好きなようにするといい、と言葉を残して。

 いきなり一人きりになったわたしの困惑はしばらく収まることがなく、その間も回路は想定されるありとあらゆる事態を提示し、中枢部はその処理に忙しかった。

 結局その日は何かが起こることもなく、わたしはひたすらに自己学習をする時間を送っただけだった――

 

『到着しました。足元にお気を付けください』


 ——《起動》——


『 sequence―start up 』

 

 ナノマシンが覚醒を促す。


「おはよう」

 

 わたしたちは、目覚めた。



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