表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

第五話:笛吹の白猫

 その日、シーザの街から東に広がる平原に、とても美しい笛の音色が響いていた。


 滑らかに紡がれる旋律は、まるで宝石のように綺麗な幻影を纏い、音色に惹かれた魔物達へ降り注ぐ。


 その音の中心にいるのは、綺麗な和装を身に纏った小柄で白い、猫耳の少女。


 しなやかに動く細い指と、それに合わせて僅かに身体を揺らす様は、まるで舞を踊っているようであった。

 笛の音を響かせる愛らしい少女の周りには、そんな彼女を彩るように魔物の変化した白色の粒子が浮かび、陽の光を乱反射させ鮮やかな虹色に輝く。まるで光の精霊が少女を祝福しているかの様に。


 ――笛吹の白猫


 やがて匿名掲示板上でそう呼ばれることになる彼女が、初めて第三者に目撃された瞬間であった。


 ◇◆◇


 ゲームを始めて2日目の朝。

 ベッドから起きて、顔を洗って、歯を磨いて。1階へ降りて朝ごはんを作って、2階に上がって花恋の布団を引っぺがし、花恋の文句を聞き流しながら朝ごはんを食べ終える。


 そんな日課を終えてゲームを起動し――それから約1時間後。


 〜〜♪ 〜〜〜〜♪


 私は今、いつになくご機嫌で笛を吹いていた。

 その理由(ワケ)は今の服装にある。


 身体には赤紫を基調とした着物を纏い、足には走り回っても何故か脱げない厚底のオシャレな草履を履き、頭の上には銀色の装飾がついた花の髪飾りをしている。


 そう。つい昨日はその価格に打ちひしがれて諦めざるを得なかった、合計25万9600Gという大金のかかる高価な装備達だ。


 なぜそんな格好になっているかといえば、もちろん買ったからである。お金は魔物を倒した素材を売ったら手に入った。高価な素材もあるものだね。


 確率は知らないけれど、お店の人曰くかなり希少な素材だったらしい。見た目は少し綺麗な普通の小石だったのだけど、もしかしたら宝石だったのかもしれない。まあもしそうであったとしても光物に興味のない私には無用の長物か。


 それに、欲しければまたドロップするまで狩ればいいのだ。この平原の魔物は弱いからか、倒すのがとても簡単なのだし。


 もちろん、初めは笛で倒せるか不安だった。しかしその不安は杞憂であった。

 普通に笛を吹いていたら魔物が近くに寄ってきて、敵意を向けるつもりで笛を吹いたらあっさりと魔物に攻撃できた。


 攻撃力もそこそこ大きいようで、この辺りの敵だとずっと吹いていれば接敵前に倒せた。

 近づいて倒すのは少し怖かったから、そこも私的にポイント高い。


 たぶん、こんな風になって欲しいという思いを込めて旋律を紡げば、なんだかそんな感じの効果が現れるのだと思う。本当にそうなのかすら分からないが、こんな曖昧な解釈でもなんとかなっている。


 ちなみに敵に攻撃する時の具体的なメロディーラインも覚えていないため、毎回即興。

 そのせいでメロディーがコロコロ変わっているけれど、それでも問題なく攻撃できてる。まったく、一体どういう仕組みなのか。


 ~~♪ ~~~~♪


 そんな風に考えながら、相も変わらず平原の真ん中で笛を吹く。魔物を倒す時の音が『カシャン』と軽いものが壊れるような高い音で、笛の音色と絶妙にマッチしていて、それがまた楽しい。

 そうやって楽しく笛を吹いていればどんどん魔物が集まって、私に触れる前にどんどん倒れていく。

 まさに無限機構だ。


 と、少し疲れてきたし、そろそろ一旦止めようか。


 そうそう。問題が1つあるとすれば、演奏を急に止めてしまうと魔物の倒しそびれが起こってしまうこと。

 先程はこれで本当に困った。止めたくても止めたら()られる! って、5分くらい止めたり吹いたりを繰り返してた。

 けれど、もう解決策は見つけたのだ。


 ――――♪ ――――♪


 今まで意識していた『気持ちのいいメロディー』を無くして、『敵意』の感情のみで旋律を紡ぐ。少しおどろおどろしいメロディーラインになっている気もするけれど、敵意マックスで吹くとそうなってしまうのは致し方ない。


 そんな雰囲気で暫く吹いていれば、やがて周りには魔物を倒した後に残る光の粒子だけになった。そろそろいいかと笛を吹くのをやめてみても、近づいてくる魔物は見当たらない。


 どうやら上手くいったらしい。

 そして改めて思うが、楽器武器はだいぶ強い。


 遠距離攻撃ができて、命中率は恐らく百パーセント。しかも死角が無くて背中側の敵にすら当たる。

 デメリットといえば……身動きが取りづらいことくらい?

 いや、やろうと思えば曲の効果で移動速度上昇とかできそうだ。やっぱり無敵かもしれない。


 メニューを開いてみれば、1時間ほど狩り……というか演奏を続けていたおかげで、レベルがいくらか上がっている。これで昨日、花恋に教えてもらった『魔紀章』の要素に手を付けられるわけだ。


 ――レベルを上げるとBPが手に入って、それで魔紀章を成長させられるの


 昨日言われた言葉を思い出しながら、メニューにある魔紀章という項目をタップしてみれば、装備中の魔紀章と所持BPが見れた。


 今のレベルが3で、所持BPが10。レベルをひとつ上げると5BP貰えるって感じだろうか。


 そんな風に考えながら、試しに成長させてみようと【魔物使い】という魔紀章を選択してみる。すると画面が切り替わると同時に目の前にテロップが現れた。


『チュートリアル:魔記章の成長』


 すぐにシャルちゃんの声で読み上げられる。

 昨日ぶり、今日初めてのチュートリアルのようだ。


「なるほどね。とりあえず両方上げていくかぁ」


 チュートリアルの内容は分厚かった。全部説明したら原稿用紙が3枚埋まるくらいだ。

 全部理解できたかと言われれば全くできてない。私は所詮一般JK。習うより慣れろ派なのだ。


 とりあえず『この魔法陣みたいな魔紀章のマス目――エレメント?をBP使って起動していけば強くなるんでしょ』と理解しておくことにする。たぶん大体合ってる、はず。


 ひとまず、ものは試しと魔紀章中央付近のエレメントを選択。エレメントの上に『魔物使いの心』という表示が出た。たぶんこれが起動すると取得できるのだろう。


 早速と起動しようとすると、今度は『BPを1消費してエレメントを起動しますか?』という確認表示。イエスマンの如くノータイムで"はい"と答えて今度こそエレメントを起動。


 ――魔物使いの心を理解しました――

 ――魔物を仲間にできるようになりました――


 そんなテロップが現れ、暫くして消える。


 流れた文章を見るに魔物を仲間にできる効果っぽいけど、やり方は全くわからない。

 メニューを戻ってアビリティの欄を見てみても無いからアビリティではなく常時発動な気がする。


 なんだろう。魔物を倒したら突然起き上がって仲間になりたそうな目でこちらを見てきたりするのだろうか。ぼく悪いスライムじゃないよ。プルプル。


 まあ深く考えるのはやめて、とりあえず残り4BPを全て使って【魔物使い】の魔紀章を4つ追加で起動しておく。

 全部ステータスアップ系って感じ。なんか魅力とかHPとか少し上がったらしい。


 メニューを閉じて、ぐーっと伸びをして。それから強くなった身体を試そうかと考えたところで。


 ――予期せぬエラーが発生しました

 ――Now loading

 ――幽玄の魔紀章から離脱します


 予期せぬエラー? セーブとかしてないけど大丈夫?


 そんなことを考えてる間に、ホーム画面に戻ってきていた。


「お姉ちゃん! 大変なの! はやくはやく!」


 トントン、と軽くゲーム機を叩きながら私を呼んでいたらしい。なるほど、軽くでも外を叩くと強制ログアウトするのか。


 とりあえず妹が危機らしいので私はゲームの電源を切って外へ出る。クーラーがまだ効いていて涼しい。


「で、どうしたの?」

「今帰ってくるって、電話あって」

「帰ってくる? あー……お父さんじゃなくて?」

「違う」

「じゃあやっぱり?」

「うん」

「マジ?」

「マジ」


 短いやりとりで全てを把握する。なるほど。これは間違いなく緊急事態だ。

 いや、でもまだ慌ててはいけない。あの人にも万が一はあるのだ。


「えっと、一応聞くけど、いつ?」

「今日」

「このあと?」

「すぐ」


 無かった。万が一なんて無かった。

 そして溜息を吐きたくなっている私に花恋が聞いてくる。


「どうしよっか?」

「どうしようもないね」


 どうしようもないのだ。いやだって、こんなことを言っているうちに。


 ピンポーーン


「ほら、もう来てるじゃん」


 帰ってきたのだ。我が家の稼ぎ頭、玲姉さんのご帰宅である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ