第三話:篠笛
「んー潮風って少しべたつくなぁ」
チュートリアルが終わった後、偶然というシナリオで出会ったとても親切な商人の方がシーザの街へ案内してくれた。それから街についての説明もしてくれて、ついでにこの街の地図もくれた。
そうして今はNPCの方にお礼を言って分かれ、何をしようかなーと考えながら海岸沿いをぶらぶらと歩いているところだ。
ちなみに左手には大通りで買った甘ダレたっぷりの焼き鳥を持っている。
……このあたりでいいかな。
手頃な砂浜に腰を下ろして海を眺めながら、焼き鳥にかぶりついた。
「……やっぱり凄い」
このゲームはグラフィックこそコメディチックになっているものの、感覚はリアルそのものだ。
風に揺られる波の音。磯の香り。肌に感じる少しべたついた潮風。香ばしいけれど少し甘すぎる焼き鳥。
ふと痛覚はどうなのだろうかと思い、自分の手の皮をつねってみれば黄色のエフェクトは出るが痛みは感じない。かといって感覚が麻痺しているわけでもない。つねられている感覚はあるのだ。
痛いはずなのにそれが無いという、なんとも不思議な感覚。
なるほど。リアリティはあるけれど、あくまでゲームといったところか。焼き鳥うまうま。
……さて、始めに何をしようか。
焼き鳥を食べながら考える。MMORPGなのだからストーリーというものがあるのかと思うのだけど、どこに行けとか何をしてくれとか言われた覚えもない。
……まあRPGの基本はNPCからの情報収集だよね。ひとまずいろんな人に話を聞いてみよう。
そう結論付けて立ち上がったところでテロンテローンとSEが鳴った。同時に視界右側に映る『通話:ナツ』と書かれたアイコン。
続けて出てきた『通話開始には耳に手を当てる』の文字に従って、顔の横へ手を持っていく。が、耳に手が当たらない。猫耳だから頭の上だった。
耳に手を当てるとすぐに声が聞こえ始めた。
『もしもしー?聞こえてるー?』
『えっと、どちら様?』
『千夏だよ! というかVIP機種でゲームやってる連絡先知ってる人って私だけじゃないの?』
『ああ、そういうこと』
そういえばゲームを始めるときたしかに携帯端末をゲームにセットしていた。
たぶんゲーム内でも端末から通話ができるんだろう。
『うん。そういうこと。でさ、今どこの街いる?』
『シーザの街。今は砂浜に座って海見てる。そっちは?』
『あっ、ちょっと待って』
そう言うと千夏の声が遠くなった。
それから待つこと数十秒。
「きーたよ!」
「うわっ!?」
『……うわっ!?』
急に肩を叩かれ、慌てて振り向くと背の高い女の人。
そして一瞬遅れて通話越しに私の声が聞こえた。
「……千夏?」
「正解っ! にしても優ちゃん、まさかこんなに可愛くなっちゃうとは……」
「そう言う千夏は……全体的に大きくなったね」
リアルではちんちくりんという表現がぴったりなほどに小柄で可愛かった千夏が……つまり、そういうこと?
「……そんなに気にしてたんだ」
「なんか視点が一箇所に固定されてるけど違うから! 別にそんなに気にしてるわけじゃないけどさ? やっぱりリアルの体型とは違う方が良いっていうか、楽しそうってだけだから!」
「……うん。そうだね」
「やめてー! そんな温かい目で私を見ないでー! というかそれを言うなら優ちゃんもでしょ!?」
うん。間違いない。
隣の花は赤いし、隣の芝生は青いのだ。
私がリアルの自分に無い『可愛さ』を求めたように、千夏はリアルの彼女に無い身長とバストを求めたのだろう。
まあ、わざわざ肯定はしないけども。
「それで、千夏もシーザの街だったんだ?」
「話逸らした!?」
「千夏はなんでシーザの街にしたの?」
「なんでって……そりゃあ加護目的?」
なるほど、加護目的。まあ降りる街を決める基準なんて立地と加護くらいか。
「ところでこの街の加護ってなんだっけ?」
「えぇ……? 把握してないのにこの街にしたの?」
「いや、なんとなくは覚えてるよ。歌がどうとかいう加護でしょ?」
呆れた目を向けられた。何故。
「歌と楽器に追加効果、ね。でも、正直ちょっと意外だったかなぁ」
「なにが?」
「だって優ちゃんって目立つのとか苦手じゃん? 歌とか人前で歌えないんじゃないかなぁと」
「楽器はともかく、歌は恥ずかしいかも」
「だよねー。でもそうなると加護を利用しようとしたら楽器装備じゃないと難しいかもね」
楽器装備かー。そういえば楽器も枠組み的には武器? それとも仕込み刀みたく楽器にも武器が仕込まれているのだろうか。
「ところで楽器って強いの?」
「うん。シーザの人に限ると強いみたいよ。弾き語りスタイルでミューズの加護全部乗せがシーザの街だと割と人気。ただやってみた感じ難易度は高めかな」
「やってみたんだ」
「前からこのスタイルにするつもりだったからね。街に着いてすぐに売れるもの売ってお店駆け込んだんだー。それで手に入れたのがこれ……よっ、ほら見て見て」
そう言うと千夏の手に急に楽器が現れて、こちらに見せてきた。
えっと、これは……。
「アコースティックギターってやつ?」
「そうそう! でもアンプにも繋げるからエレアコかな」
えれあこ……? そういえば千夏って軽音部でギター弾いてたね。
「やっぱり楽器って弾けないと戦えない?」
「一応音さえ出せれば戦えるし、オート操作で曲を弾くこともできるよ。あとこのギターなんかは一応カテゴリー的には鈍器」
「鈍器!?」
「ゲーム的耐久性で壊れないからね」
ゲームだからって楽器が鈍器にもなるのか。楽器って大体硬いし、たしかに角で殴ったらだいぶ痛いだろう。リアルでやったら絶対壊れるけど。
まあそういうことなら楽器装備はいいかもしれない。
「その楽器ってどこで買えるの?」
「武器屋だね。大通りの東門の近くにあったよ」
「武器屋なんだ……」
「そりゃあ装備カテゴリー武器だし、そういうものだよ。今から買いに行くの?」
「うん。そのつもり」
「そっか。じゃ、私はギター背負って魔物狩ってくるから! またねっ!」
「またねー……って足速っ。もう見えなくなっちゃった」
それじゃあ私はのんびり武器屋にでも行きますか。
そんなわけでやってきたのは大通り沿いにあった武器屋の看板が張り出された石造りの一軒家。赤煉瓦作りの家が多い中で、その建物だけは塗装も何もされていない灰色で、微妙に場違い感があった。
ごめんくださーい。
心の中でそう呟きつつ扉を開ける。中には数人のプレイヤーと思しき人たちが居て、壁際に置かれた階段状の石棚には様々な武器が置かれていた。
剣、槍、斧、短剣。これは木の棒? ……杖だって。値札がついてる。36000G? 単位はゴールドかな? そしてこれは高いのか、それとも安いのか……。
一旦メニューを開いて自分の所持金を確認……あった。メニュー画面開いたら右上の方に書いてある。現在の所持金は29600G。……この杖、高いね。見た目ただの木の棒なのに。
それから他の棚も見て回ってみる。棍棒、刀、弓、スリングショット、エトセトラエトセトラ……。
一周回った。楽器が無かった。棚を見るのをやめて顔を上げて回りをみたら、壁に張り紙を見つけた。『楽器は奥の部屋にあります』という文字と、部屋の方向を示す矢印。どうやらそういうことらしい。
その矢印に従って進むと、一度外に出て廊下を渡り別の建物に入る。
おー、結構あるんだね。
そこの棚には先ほどの部屋にあった武器より圧倒的に多くの楽器が置かれていた。
棚を見ていくと、ギターにバイオリン、太鼓にタンバリン。カスタネットなんてのもあった。
しかしどうもピンとくるものが無い。カスタネットやマラカスなんかは簡単そうだけど、私は音階がある方が好きだ。ギターやバイオリンなんかの弦楽器は弾くのは楽しそうだけど、なんとも重そうだ。あと嵩張る。そこにくるとハーモニカなんかは良さそうだけど、ただ置いてあるハーモニカはメタリックな配色であまり可愛くない。
そうしてうんうんと心の中で唸りながら見て回っていると、それを見つけた。
「……あっ、これ可愛い」
小さな、白い横笛。40センチくらいだろうか。
気になって手に取ってみると、なんだかとても手に馴染んだ。
篠笛かな? 懐かしい。昔お祖母ちゃんに教えてもらって吹いたなぁ。
昔のことを思い出して、気が付いたら小さく笑みを浮かべていた。
うん。これにしようかな
昔吹いてたおかげで吹き方もわかるし、小さくて軽いから持ち運びやすい。あと可愛い。
お値段は……7000G。杖と比べたら安い。単純な大きさの問題なのか、それとも原材料の値段が違うのか。まあどっちでもいいか。
それから笛を購入して、武器屋を後にした。
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グレイス Lv1
装備:
初心者の篠笛(白)
駆け出しの服(上下)
駆け出しの靴
魔記章:【繊細】【魔物使い】
称号:なし
所持金:22600G
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うん。なんというか……ダサいね。
メニューからキャラクターを選ぶとステータス状況や装備、現在の外見が見られることに気が付いた。そしてそれを見て、やっぱりかとため息を吐く。
街に入った時に歩いているプレイヤーの服装を見てもしかしてとは思っていた。千夏の着ていた服を見た時に、だいぶ確信はしていた。
そう。今装備している駆け出しセットの見た目がダサいのだ。
と言っても別に色がパステルカラーだったり、色彩構成がありえないものだったり、デザインが奇抜だったりするわけではない。ただ、地味なのだ。一般的な無地の服に一般的なズボン。オシャレのオの字も無い。
これは由々しき問題である。現実世界の私は背が無駄に高いということもあって頑張っても可愛くない。しかし今の私は顔が整っていて小柄で猫耳があって可愛い姿をしているのだ。着飾らなくてどうする。なんのための可愛さだ? たしかに今のままでも可愛い。でもこの可愛さを更に映えるものにできるのがオシャレだろう。
なんとも不思議なものだ。現実世界では自分の見た目など気にもしたことも無いこの私が、自分の格好にここまで頓着しているのだ。
やっぱり可愛いは正義ということだね。
ともかく、そんなわけで今度は服屋を探すことにした。
◇◆◇
SIDE:鈴原千夏
「ラストぉ!」
私は掛け声と共に大きく振りかぶったギターをヒラヒラと浮かぶ紙の魔物、クロウに向かって叩きつける。すると、すぐに身体から粒子を散らせて消えていった。
「よしっ、レベルアップ!」
これで5レべだ。初めはギターを弾き語りながら倒すつもりが、気がついたらギターを振り回している。
まあこの方が効率が良いのだから仕方ない。弾くことでダメージを与える方法は見つけたが、この周辺は雑魚しかいない。曲を弾く暇があったら近づいて殴った方が速いのだ。
「……せめて敵がまとまってくれたら一掃できて気持ちいいんだけど」
音色の追加効果となったダメージの大きさはそれなりに大きかった。けれど1秒あたりのダメージ量……DPSを考えると、どうしても一度に多くの敵を巻き込めないと弱いのだ。
最低でも3体……いや、4体は一度に倒せないと雑魚狩りには使えないと思う。
「もっと敵が湧く場所なら効率良さそうなんだけど、これは地道にやるしかなさそうかな」
そう一人で愚痴り、また平原にいる魔物をギターでなぎ倒し始めた。
「……にしてもこれ、ギターだから物理攻撃でどうにかなってるけど、笛とかカスタネットだったら軽いしダメージ与えられないんじゃない?」
そうなると攻撃手段って演奏の追加効果だけ? ……いやさすがにそんなことはない?
んー、でも優ちゃんも楽器買うみたいだったし、一応言っておいた方が——
一瞬そんなことを考えてメニュー画面を開いた、が。
——いや、優ちゃんなら大丈夫か。
すぐに思い直した。だって、あの優ちゃんだ。普段全くやる気ない癖に大体のことが何故か人より上手いとかいうあの優ちゃんだ。
正直、小さめな笛とかカスタネットとかを選んで苦戦している姿を見てみたい。優ちゃんの困っているところはレア中のレアなのだ。
「あーあ、可愛いからって理由で小さい笛とか選ばないかなー」
私はそんなことを密かに期待しつつ、また狩りに戻るのだった。