【コミカライズ】帰宅途中OLを召喚したのはソシャゲβ版の最強魔導師でした
帰宅していた私は、曲がり角を曲がったところで突如宇宙空間に召喚された。
「へえ、本当に召喚できるものなんだ」
目の前で眼鏡の男性が面白がるように笑っていた。
「……ここは?」
ファンタジックな白衣を着た男性は私をじろじろと観察しながら、目の前の空間で足を組む。
「ノスタルジアファンタジアって分かる?」
「あ、さっき駅につくまでプレイしてたゲーム」
「そう、それ。ここはそのベータ版に作られてたけど、そのまま破棄された空間」
彼が言いながら宙を撫でると、パチパチと静電気みたいな光が弾け、書斎のような屋敷の中が構成される。顎で示された窓を覗くと、さっきまで立っていた宇宙の遠くに何か地球のような輝く物体が見えた。
いや、地球じゃない。天動説の世界で見たような、大地と空と、空に繋がった海があるような不思議な世界――
「これローディング画面で何度も見た」
「そう。あれがオープン版の世界。そしてここは、僕のデータだけがある空間」
「……ど、どうして?」
「僕が聞きたいよ。気がついたらここにいて、あそこに正式な世界があって、僕が持っているのはこの容姿と、伝説の魔導師という設定だけ」
原理はよくわからないが聞いたことはある。
アプリゲームの何かをどうのこうのすると、使われていないデータや未公開のデータが抽出されることがあるらしい。そういう方法のでネタバレ情報が出ているのを、今まで何度かまとめブログ記事なんかで見たことがある。
「確かに、私はあなたのようなキャラを……見たことないですね」
「設定だけ作ってボツになったんじゃない?」
彼は肩をすくめる。
「で、ヒマだったからためしに召喚魔法を使ってみたら、君が出てきたんだ」
「なんで私が……??」
「知らないよ。ここは破棄された場所なんだから、なんでもありなんじゃない?」
彼はそういうなり指を鳴らして書斎を消し、再び空間に座って目を閉じてしまった。
「……私は、どうしましょう」
「好きにすれば? ただもう元の世界には戻れないと思うけど」
「ひ、ひどい」
彼はそれ以上何も言わなかった。私はため息をついて正式世界をぼんやり眺める。
私は会社から帰宅途中だった。満員電車でもみくちゃになってとぼとぼ帰っていた真っ最中だったので、今はとにかく疲れている。
「せめて椅子が欲しい……」
ポン。
つぶやきに応じたように、ポンとソファが出てきた。
私は驚いて彼を見るが、彼は目を閉じて寝に入ったままだ。
「……ど、どこでも◎アー……??」
今欲しい物を口に出してみれば、再びポンと見慣れたピンク色のドアが出てきた。
ドアを開いてみれば、そこには駅前商店街の夜景があった。
――簡単すぎてあっけない。
パタン。
「帰らないの?」
寝たふりをしていた彼はこちらを見ていた。私は首を横に振る。
「……いつでも帰れるのなら、しばらく帰りたくないです」
正直未練はない。ちょっと現実に疲れていたところだったから。色々と。
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あれから色々と試行錯誤して、少し状況が分かってきた。
私はどうやら創造主と同じ世界から出てきたので、この世界においては何でもありの能力を持つ存在になっているらしい。
こちらで当分過ごすと決めた私は早速ドアを通じていったん故郷に帰って辞表を出して仕事の引き継ぎと有給申請を済ませ、親にしばらく留守にする連絡をして、友人に心配をかけないようにラインをして、一人で必要な家財道具をこちらに移してあとは引き払った。
最低限の義理は通しておかないと、あの世界で引き続き長く生きる人々に申し訳が立たない。
「大変だね、つながりがあるって」
宇宙空間に座卓を置いて「年賀状不要」の連絡を書く私に、彼は他人事のように言う。
「貴方はずっと一人なんですか?」
「一人だよ。設定も半端だから、親兄弟がいるかどうかも友人がいるかも知らない。とにかく、僕はただの名もない伝説の魔導師だ。」
「それは何よりではないですか。自分でいちから人間関係も居場所も作れますよ」
私の言葉に、彼は足を組んだまま面食らった顔をしていた。
彼が諦観と退屈以外の表情を見せるのは初めてだ。
「何か変なこといいました?」
「……別に」
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廃棄世界に住むと決意した私は彼に、大地を作ること、屋敷を作ること等の許可を求めた。
「昼夜もないしお腹もすかないから、家も何もいらないんだけど」
「そうは言っても、これから永遠にあの正式世界を眺めるだけで過ごすつもりですか? いい加減飽きたから、私を召喚してみたんですよね」
「……う」
「せっかく伝説の魔導師と何でもありの私で、この広い空間を好きにできるのですから楽しみましょうよ」
「じゃあベッドを作れ。君の世界の知識でいっとう上等なベッドを。そしたら僕は永遠の惰眠を貪るから」
「ベッドを作るのはいいですけど、ちゃんと8時間で起きてくださいね。生活リズムを作って、運動してご飯を食べて健康に暮らしましょう」
「どうせ破棄空間のデータでしかないのに、何が健康だ」
「せっかく綺麗なキャラデザなのに、不摂生でだらけたらイラストレーターさんも悲しみますよ」
「……」
「まずは一旦やってみましょうよ。面倒になったら辞めればいいんです。私のことも、やっぱり気に入らなければ追い返せばいいんです。どうせ破棄世界なら、なにをやっても自由ですよね」
「ふん。…………いいよ、好きにすれば。ただ僕は一切手をかさないからね」
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許可をもらった私は、シミュレーションゲームの気分で一から世界を構築していった。
まずは土地を作り、屋敷を作り、庭を作った。
宇宙空間は昼夜が移り変わる空に変えて、輝く正式世界を月の代用にした。
彼のリクエスト通りの最高の寝室を作り、書斎を作った。
私は何でも出てくる冷蔵庫と生活家電を整え、床暖房を入れ、現実世界を参考にいい感じの住まいを整えた。
あっという間に生活感あふれる空間に作り変えてしまった私に、彼は呆れているようだった。
「何が楽しいのかわからないけど、ベッドと風呂は褒めてやる」
「そりゃそうですよ。ずっと憧れてたハイブランドのベッドに日本各地の温泉! 日替わりでお湯が変わりますからね」
「なんだ、その癒やしに対する過剰な執着は……」
最初はつまらなそうにしていた彼だったが、日を追うごとに変化していった。
作業する私を傍で眺めてみたり、「これはなんだ」と言いながら近づいてきたり。
「森に生き物がほしいな。でも植生とか生態系とかどうしよう……ほどよく害虫が出ず、ほどよく楽しめるだけの森……」
「飾りの森が欲しいだけだろう? それなら正式世界の森の様子を幻想で映し出すようにすればいい」
こんなふうにアイデアに困っていると、時々アドバイスをくれるようになった。
「でも、幻想なら森の匂いとかもふもふの温かいのとか、味わえないですし」
「……視覚に五感が連動するように幻想を弄ればいいだけさ。幻覚作用に近いけど」
「幻覚の森って(笑)」
彼が手を貸してくれると素直に嬉しい。
次第に私達は二人で世界を作るようになっていった。
幻想だけでなく本物の生き物も少しずつ増やしていった。
ここは永遠の楽園だから、彼らも平和に暮らしている。
昼下がり、私達は庭で紅茶を呑みながら、鳥を眺めながら森を楽しむのが日課になっていた。
空には真昼の月のように、正式世界が浮かんでいる。
「僕は、ぼんやりとあの星を眺めること以外知らなかったけれど…………こういう暮らしも、悪くないね」
独り言のように呟く彼に私は耳を疑った。
驚く私に彼は苦笑いする。
「ここなんて、どうせ捨てられた世界なのにさ。……よくここまで作ったものだよ、君は」
「……あえてこの言葉を使いますが。『どうせ捨てられた世界』だからこそ、あっちを気にせず好きにすればいいんですよ」
彼は私の顔をまじまじと見つめた。何か、すとんと腑に落ちるものがあったのかもしれない。
「ああ……そうだね」
言いながら彼は紅茶に目を落とし、ゆっくりと味わうように口にする。
美味しそうに目を細めるその顔は、とても破棄されたデータとは思えない。
「あっちに捨てられたからって、こっちがあっちに焦がれ続ける必要は……ないんだよね」
「そうですよ。好きに生きればいいんです、あっちもこっちもお互い」
少し寂しそうな顔をして空を見上げる彼に、私は追加の紅茶を注ぐ。
「そうだ、他の人間も召喚してみたらいかがですか? 街を作ってにぎやかに暮らすのもいいかも」
「今はいいかな。君ひとりで十分騒がしい」
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――次第に。
彼は少しずつ笑ったり感情を見せたり、面白がったり、怒ったりすねたりするようになった。
「元々の設定では魔法学を探求していたからね。せっかくだからもっと研究をしよう」
「そうですよ。そうだ、研究所を作りましょう。図書館とか、研究室とか」
「君! 朝と夜を自分で作った割には夜ふかしがすぎるぞ!」
「あはは……夜、日記を書き始めたら夢中になっちゃって」
「日記?」
「この世界に来てから毎日の記録です。いつか読み返したら楽しいと思います」
「――君、起きなさい。森でひな鳥の泣き声がする。この世界で初めての新しい命だ」
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人間らしい生活をする中で、彼は弱さも見せるようになった。
「僕はどうせ要らない存在だ。正式世界ではきっと、僕を元にした『本当の僕』が生きている」
「さあ。私は見たことないですけどね。貴方みたいに綺麗で、強くて、臆病なキャラ」
私がきっぱりと断言すると、彼は言葉を飲み込むように押し黙る。
「ご存知かもしれませんが――同じDNAを持つ一卵性双生児でも別の存在です。大人になって離れて暮らしたらなおさら人生は被りません。それなら、万が一多少出自がかぶってる「誰かさん」が向こうの世界にいたとしても、貴方とその人は別ですよ」
「そんなの、半端な破棄データではなく、君みたいなちゃんとした人間の話だろう! 詭弁でしか……」
「あの。こうして同じものを食べて寝て、暮らして、触れ合えて、それでこういう時だけ違う生き物ぶるほうが詭弁ですよ」
「……手を、繋ぐな。こんなときに」
「β版で貴方のデータが作られた段階で、貴方の淋しさや不安や……この手の温かさなんて、設定されていた訳、ないじゃないですか。貴方はもう貴方として生きてるんです」
「……」
「ほらほら、拗ねる暇があったら美味しいもの食べましょう。久しぶりに地元でスイーツ買ってきましょうか」
「いや、…………違うのがいい」
「ん、じゃあ何がいいですか?」
「君が作る、甘いものを食べたい」
「うーん、わかりませんね……」
「あの、………………ふ、ふかふかの、蜜がかかった、」
「スフレパンケーキですか。あれ作るの、結構たいへんなんですよね~」
私がちょっと意地悪を言うと、彼はしょげた子供のような顔をする。私は笑った。
「しょうがないですね。作ってあげましょう」
彼がすねた時、喧嘩したときはきまって私はスフレのパンケーキを焼く。
彼は蜂蜜をたっぷりとかけながら、すねた顔を作って食べている。食べる勢いと輝く目で、全然拗ねてるようには見えないけれど。
「……僕は最近、君に子供扱いされている気がする」
「子供扱い、いいじゃないですか。だって貴方、作られてまだ3年くらいだし……来年は七五三しないとですね、七五三」
「シチゴサン?」
「子供が無事に育ったことを祝うお祝いのことですよ。3歳、5歳、7歳。その年まで生きられたらまずは万々歳ってことです」
「……子供の命って、儚いものだな」
彼はめずらしく、月のように浮かぶ正式世界を見やった。倣って私も空を見上げる。
「はじまりすらなかった僕たちの世界はともかく――あちらの世界は、どれくらい生きられるのだろう」
――ノスタルジアファンタジアの正式版がスタートになって、もうすぐ3年だ。
ソーシャルゲームの寿命は3年未満がほとんどだと言われている。
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お茶をした翌日、早速だがサービス終了のお知らせが告知された。
「いや、タイミング良すぎない!?」
故郷に戻って確定申告の手続きを済ませてきたとき、ついで見たネットニュースで知らされた。
私は転がるように破棄世界に戻り、慌てて双眼鏡を出し、月のように浮かぶ正式世界を覗き込む。
双眼鏡で見るだけでも、それはそれは大騒ぎだった。
突然姿が消えていく冒険者と消えたクエストのせいで、彼ら向けに栄えた産業社会が崩壊している。
それはすべてサ終のせいです。
――なんて都合、ノスタルジアファンタジアを現実として生きている住民たちは知るよしもない。
私と彼は交互に双眼鏡を覗き込み、そして顔を見合わせた。
「破棄世界は、どうなってしまうのでしょう」
「……さてね」
――結局。
正式世界の混乱をよそに、告知通り故郷の終了予定時刻に合わせてサービスは終了した。
私は恐る恐る目を開く。
破棄世界も、私を抱きしめる彼のぬくもりも、何も消えていなかった。
「何泣いてるのさ」
「消えなくてよかったなあって……」
「ばか。廃棄世界の僕でさえ存在し続けていたんだから、そりゃあサービス終了するくらいじゃ消えないよ」
「でも貴方も手が震えてましたよね。最後の夜だからって、あんなことした癖に」
彼は私の口を塞いで黙らせると、望遠鏡で正式世界を確かめた。
あちらの世界も消えることなく、そこで暮らす彼らはただ突然の大不況に右往左往するばかりだった。
「ハッ、創造主に愛されてた世界があのザマだ。はしご外されたらそりゃ大変だな」
「まあまあ、あちらにとっては初めての経験なんですし慌てるでしょうよ……ってか消えないんですね、向こうも」
「『概念』として――一度世界が生まれてしまったら、消えないんじゃないかな。永久に」
「……それはそれで大変ですね」
破棄世界は最初から創造主から見捨てられていた。
しかし正式世界は違う。
手塩にかけて世界が構築され、創造主によって与えられ続ける未来があった。
それがいきなり消えたら――生きている人たちにとっては阿鼻叫喚だろう。
「でも私達は、白紙の未来に生きるのに慣れてますもんね」
「君は、これからどうしたい?」
「そうですね……しばらく、あちらの様子を見て楽しみましょう」
私はアリの巣観察キットを思い出していた。
「向こうには貴方のようなパワーバランス崩壊させる『伝説の魔導師』もいなければ、私のようなイレギュラーもいません。これから彼らが力を合わせて努力して、世界の続きを作っていくのを楽しみませんか」
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私たちは、彼らの暮らしを覗く超超高精度な望遠鏡を作って観察を始めた。
彼は観察を通じてあちらの世界の魔法を分析し、さらなる研究に生かし始めた。
最近では大規模な闘技場を作って、彼らを模した幻影と戦って楽しんでいる。
「おい君! 今日はやっと向こうの一番強いやつに勝てたぞ!」
「おめでとうございます。すごいボロボロ。早くお風呂入ってきてください」
「今日はどこの湯だ!?」
「武雄です」
彼は何かあるたびに、広い世界を翔けて私を探して報告してくる。
抱きしめられると温かい陽の匂いと、汗ばんだ彼の匂いがする。
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年月が経てば人は環境に順応していくもので。
あちらの世界も私達のように、創造主の手から離れ独自の文化を構築し始めるようになった。
攻略しつくされたダンジョンをいかに楽しく攻略するかの娯楽が生まれた。
技術の発展によりモンスターは駆逐、調教可能な存在となり、モンスターと戦ったり飼育したり育成の出来栄えを競う娯楽が生まれた。
ぼろぼろになっていた産業も社会もゆっくりと回復していき、次第に元よりずっとにぎやかに栄えていった。
人の命が何度も循環して、あの世界で産声を上げ――それを繰り返し、どれくらいの年月が経っただろうか。
私達は正式世界を観察しながら、せっせと破棄世界の開発にも勤しんだ。
あちらも独自の世界を構築していくあいだに、じわじわと世界が広がっているようだった。
もちろんこちらの世界も拡張している。
そして……いつしか、私達の空間は繋がった。
「なんだここはー!」
ようこそ破棄世界へ。
「いきなり世界に新しい空間ができたぞ!!!」
そちらの基準で、千年以上前から存在してます。
「魔王だ!魔王だ!!」
ただの私と、彼です。
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「……魔王ですって」
「魔王ねえ」
あっという間に、正式世界の住人たちの中で荒唐無稽な伝承が作られていった。
神がこの世界を造り給うた時、世界を破壊する畏れのある一人の魔導師を『破棄世界』へと封じた。
魔導師は世界を恨み魔王となり、その甚大な魔力で異世界の魔女を召喚した。
魔王は魔女と共に永久の楽園を作るに飽き足らず、この世界の支配も目論んだ。
かくして我らの世界と魔王の『破棄世界』が接続され、我が世界の危機が訪れようとしていた――
「魔王と魔女を滅ぼせ! この世界を守るんだ!」
サ終して以来、すっかり鳴りを潜めていた彼らの闘争心に火がついたらしい。
彼らの中で魔王討伐がブームになってしまった。
彼らは弱かった。
弱いのに破棄世界にやってきては、彼制作による闘技場に吸い込まれ、幻影にやられ、すごすごと去っていった。幻影の攻撃なので、彼らは勿論死傷することはない。
だからかえって、私達の闘技場は何度も何度も何度も挑戦者を迎え入れる羽目になった。めんどくさい。
「……破棄世界で森を創造した頃、覚えてる?」
「ああ、今は妖精の森になっている、足を踏み入れたらラリっちゃうあそこ」
「……あそこを造ったとき、君が害虫を嫌がっていた理由をようやく理解した。なるほど、これはめんどくさい」
「どうします? もう世界を切り分けちゃいます? 私の力を使ったら分離できると思いますが」
私達は闘技場に新設した観戦席で高みの見物をしながら話していた。
冒険者のご要望にお答えして、悪の魔王と魔女っぽいコスプレをちゃんと整えている。
「でもせっかく作った世界を、こっちが切り分けてやるのは癪だな」
「それならダンジョン作りませんか? ダンジョン。闘技場にたどり着くまでに、とりあえず900階層くらいのものを」
「名案」
そうして私達は魔王と魔女らしく、勇者たちのレベルに合わせた懇切丁寧なダンジョンを構築した。
ゲームバランス無視で作られた彼と、そもそも異世界転生でチートな能力を持つ私。
私達が出てしまえばあっという間に彼らを壊滅させてしまう。そこまでするのは勿体ない。
退屈しのぎをさせてくれる彼らをダンジョンでもてなして。
ダンジョンクリアできた精鋭を、闘技場で幻影と戦わせ、それを眺めて楽しんだ。
たまに興が乗った時は突然登場してなぎ倒してあげることもある。
「うおー! 俺たちを高いところから嘲笑いやがって!」
「降りてこい! 勝負だ!!」
「おい迂闊に煽るな! 帝国四天王が魔王の吐息で全治一ヶ月になったのを忘れたか!?」
「全治一ヶ月で済んだのも魔女が薬を出してくれたからだぞ!?」
「ううー なんでそんなに強いんだ、魔王と魔女……」
「俺らも強くなるぞ! 涙の数だけ強くなれるはずだ!」
魔王と魔女を発見してから、向こうの世界の彼らは生き生きとしていった。
私と彼も、彼らと遊ぶのを心から楽しんだ。
今日も闘技場まで達成した勇者たちの奮闘を見物していたところで、私はふと、あることに気づく。
「あの、貴方。……故郷で『ソーシャルゲーム』として作られた世界がここでは現実なんですよね」
「分かりきったことを、今更どうした」
「ええ。あちらで紡がれたシナリオが終了しても、ゲームが消えてもまだこの世界は動いている――」
「何がいいたいんだ」
「……仮に、仮にですよ? 私がシナリオを書いて、故郷に持っていって……投稿するなり、発表するなりしたら、もしかしたら世界は私の筋書きでまた動き出すのかな、なんて」
これはあくまで、ただの仮説の話だ。
正式なシナリオライターがゲームに参加して書いたシナリオでなければ影響を与えない可能性が高い。
それでもそろそろこの魔王と魔女ごっこにも飽きてきた頃だ。また新しい刺激が欲しい。
提案した私を見ていた彼は、ふっと微笑んで私を引き寄せた。
腕の中にすっぽりとおさめて、眼鏡の奥から優しい顔をして笑う。
――柔らかなその瞳に、魔女の姿をした私が映っている。
「新たな刺激は歓迎するが――しかし僕はもう少し、この時間を楽しみたい」
「……そうですか?」
「君を独り占めできない世の中になってもらっては困るからな。刺激があるのは大歓迎だが」
はるか下、闘技場から怒りの声が聞こえてくる。
「あっ、おい見てみろ! 観戦席で魔王と魔女がチューしてやがるぞ!!!」
「よ、余裕ぶっこきやがって!!!」
私達は終わった世界で楽しく過ごしている。
お読みいただきありがとうございました。
よろしければ他の連載作も楽しんでいただけると嬉しいです!
●新連載
とろとろにしてさしあげます、皇帝陛下。〜無実の罪で処刑未遂の最強巫女、実は隣国皇帝お気に入りの『伝説の巫女』でした。陛下を夜伽(健全)で癒しながら宮廷にて万能に活躍いたします〜
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