スキル【剣悪感】
「父上。今までありがとうございました」
俺は屋敷を前にして、深々と頭を下げた。
屋敷で荷造りをしている間、父も使用人も一切口を聞いてくれなかった。
だが、それに対して特に言うことはない。
俺にとって父上は尊敬できる人物であり、超えるべき目標。
その気持ちは追放された今でも変わってはいない。
ここまで育ててくれたことには素直に感謝している。
メイスン家の人達には幸せになってほしいと思う。
「さて、行くか」
特に考えがあるわけではないが、俺は武芸の道を歩むことに決めていた。
もともと難しいことを考えるのは苦手で、座学も小さい頃にやめてしまった。
商人や職人、農民なんかも俺の柄ではない。
だから、行き先はグレンの町にする。
あそこは武芸者の町として知られていて、技を教えてくれる道場もいくつか建っている。
自分のこれからについて、何かのヒントを得られるような気がするのだ。
「よし。じゃあ、まずは地図と食料だな」
グレンの町への方角はだいたい分かるが、正確な道筋は分からない。
所持金も一ヶ月ほど生活できるくらいならある。
道中で倒れるなんてことにならないように、準備はしっかりやっておきたい。
俺は道具屋に向かうことにする。
「地図? 食料? そんなものはないね」
道具屋のおばさんは、肩肘を付きながら面倒くさそうに答えた。
店主なのに、態度が悪い。
「おい。そりゃあ、ないだろう。地図はともかく、食料はそこに並んでいる」
「あれは客に売るものだ。あんたに売るものじゃない」
俺は客じゃないと、そう言いたいわけか。
まあ、理由は少し考えれば分かる。
たぶん俺が追放されたことが噂になっているのだろう。
ここに来るまでにも、ヒソヒソと話し声が聞こえていた。
メイスン家はこの町ではかなりの権力者。
商品を売ってしまうと剣聖の反感を買うと思っているのかもしれない。
これ以上、粘っても時間の無駄だと思ったので、俺は店から出ることにした。
すると、ちょうど入口から誰かが入って来た。
「いらっしゃい」
先ほどとは打って変わって、営業スマイルのおばさん。
入ってきたのは女の子のようだ。背が低くて、目元がくっきりしている。服装も凝ったデザインの変わったもので、この辺りでは見かけないタイプだ。
少女はまっすぐカウンターに向かうと、店主に注文した。
「地図と食料は、ありますか?」
「もちろん、あるよ」
少女はお金を払って商品を受け取ると、その場で荷物に詰めた。
荷物は二つで、一つは大きなリュックを背負っている。
もう一つは長い布袋。おそらく杖ではないかと思う。
ということは、彼女は魔導士か。
なんでもいいが、荷物の量から見ても彼女がよそ者なのはバレバレだ。
先ほどから、キョロキョロと周りを見てるし、危なっかしい感じがする。
あのままでは、誰かに襲われてしまうのではないか。
俺のその予想はあっさり的中することになった。
「お嬢ちゃん。ずいぶんと大きな荷物を持ってるじゃないか」
「俺たち困ってるんだよ。有り金を全部分けてくれねぇかなあ」
店を出るとすぐに、少女は柄の悪い男たちに囲まれてしまったのだ。
体格の良い冒険者のような奴らで、腰には武器を装備している。
少女は荷物を抱え込むが、逃げることもできずに怯えている。
あんな風にされたら普通の大人でもビビッてしまうだろう。少女が尻込みしてしまうのも仕方がない。
じりじりと詰め寄られ、少女は壁際まで追い込まれていく。
もう見てられない。
俺は助けてあげようと、彼らの間に割って入った。
「なんだおまえは!」
「邪魔すんじゃねぇ!」
男たちが凄んでくる。
当然、俺はそんなことをされても、怖くもなんともない。
もっと凄まじい気迫を持つ男を小さい頃から見て来たからだ。
「おまえたち、分かっているのか? ここはメイスン家の住む町だぞ。こんなところで強盗でもやったら、剣聖が黙っていないぞ」
「は? 何言ってんだ? 剣聖様が俺らみたいな下っ端を相手にするわけねぇだろ」
正論ではある。父上はこんな奴らを相手にするほど暇ではない。
「面倒だ。おまえも、ここでぶっとばしてやるぜ」
男たちが指を鳴らし、迫ってくる。
たしかに、男たちは体が大きくて筋肉もある。それに数も三人。一度に相手するのは面倒な数だ。戦い慣れない者なら、彼らに苦戦してしまうかもしれない。
だが。
舐めてもらっては困る。
俺は剣聖の息子なのだ。
「はあああああっ!」
メイスン流。
――破壊光閃。
俺は一瞬にして、剣を抜き……抜き……。
「……あれ?」
慌てて腰に手を当てると、そこには本来あるはずのものがない。
そこで思い出した。
「ああ! そうだ。俺、剣を持ってなかったんだ」
外れスキル【剣悪感】の効果で、家から剣を持ち出すことができなかったのだ。
俺が覚えている技はほとんどが剣技。
したがって、剣を装備していないと使うことができない。
「ギャハハハハ! バッカじゃねぇの?」
男たちに大笑いされている。
「……くっ」
情けなくて、涙が出てくる。
剣聖である父に認められたくて、一生懸命に剣の修行を積んできたのに。
その成果である剣技をまったく使うことができないなんて。
「そうか。思い出した。こいつラルフ・メイスンだぜ」
「あの外れスキルか」
やはり俺の噂は出回っているのか。
そして、ふたたび大笑いしている。
……なんで、こんな奴らに馬鹿にされなきゃならないんだ。
「くたばれ! 外れスキルの無能野郎が」
まずい。
今の俺は丸腰だ。
そんなときに奴らは剣を抜き、一斉に切りかかってきたのだ。一撃だけならまだ避けられたかもしれないが、三人同時に攻撃されたら、俺に回避の手段はない。
逃げ出すか。
ダメだ。俺の後ろには震えてる少女がいるのだ。
彼女を放り出して自分だけ逃げ出すなんて、俺にはできない。
「くそ……!」
なかばヤケになって俺が飛び出した、その瞬間。
『いやぁぁぁぁあああっ!!』
いきなり悲鳴が聞こえて来た。
女の声。
しかし聞き覚えがない。後ろにいる少女の声とも違う。
まさか……。
俺の直感が正しければ、この声は――。
『やめてぇぇぇえええっ!! わたしはこの男にぃぃいいっ!! ラルフ・メイスンなんかに触れたくなぃぃいいっ!!』
剣だ。今まさに俺のことを傷つけようとしている剣が、金切り声を上げているのだ。
俺のことが嫌いだから。
バチン!
剣は俺の皮膚に当たる寸前で弾け飛んだ。
「うおっ!」
その反動に耐えかねて、装備していた男の体も吹き飛ばされる。
ドカンッ!と壁にぶち当たると、ショックで男は気絶してしまった。
「……て、てめぇ、何しやがった」
それは、こちらが聞きたい。
今の場面。俺はほとんど目の前で突っ立っていただけだ。
そして、男の方が勝手に衝撃波のようなもので、ぶっとばされた。
「……まいったな」
俺はそこまで剣に嫌われているということか。
切ることも、皮膚に食い込むことさえも嫌だというのか。
外れスキル『剣悪感』。
恐ろしい。俺はきっと剣士に戻ることはできないだろう。
だが、考えようによっては、もっと隠れた使い道がある気がする。
「よし。試してみよう」
俺は男の一人に向かって行った。
「……く、来るな」
先ほど吹っ飛ばされたのを見て、動揺しているのだろう。
かなり萎縮しているが、俺は構わずに、男に攻撃を加えた。
正確に言うと、男の持つ剣。
その剣に、俺は根本から掴みかかる。
「何しやがる」
両手でがっしりと掴み、離れないようにする。
もとは剣士なので、握力にも腕力にもそれなりに自信はある。
「さあ、触ったぞ」
こうされた場合、剣はどうするのか。
俺のことが嫌で嫌で仕方がない剣は、弾けてしまいたいだろう。どこかに逃げてしまいたいだろう。
だが、もしも弾けて吹っ飛ぶことができないなら。
逃げ出すことができないなら。
そのとき、剣はどうするのか。
『やめろぉぉおおっ!』
次に聞こえたのは、高めの男性の声で、どうやら少年のようだった。
「離せぇぇええっ!』
「…………」
『早く離してくれないとぉぉおおっ! わたしは、わたしはぁぁああっ!』
ピシッ! と音がすると、剣に亀裂が走った。
それは二つ、三つと数を増やしていき、やがて、無数に広がっていく。
そして、ついに。
パリィィィィィィィン!!
まるで硝子が砕けたような音と同時に、その剣は粉々に砕け散ってしまったのだ。