考古学者による古代魔法文明遺跡発見の経緯
「結局のところ」
と、私の指導をして下さっているバルゲン教授は深々と疲れたため息を吐いた。額の汗を拭った手で地図を木漏れ日にかざせば、古びた羊皮紙が茶色く滲む。教授は慌てて服の端で手の汗を拭った。
教授の研究室――――古代魔法文明考古学研究室に配属されて二度目の発掘作業に向かう道中でのことだった。
一度目の遠征は別大学からの「半分以上発掘を進めた史跡が雨にやられないよう急いで保護作業をする人員が欲しいから来てくれ」という要請に応えたものだったから、私達の研究室が単独で発掘遠征に出るのはこれが初めてになる。それも未発見の遺跡を探すところから始まる探索行ともなれば入る気合も違う。
しかしどれほど気合があっても丸一日じっとりと蒸し暑い密林の道無き道を鉈で切り開き歩き続けているとへばってくる。
歩き始めは陽気に今回の探索行の意義を語ったり、樹木から垂れ下がったツタの葉を手に取って見せながら面白おかしく講釈してくれていた教授も、夕暮れが近づく今は弱音とも愚痴ともつかない話をダルそうに話すようになった。
私はそんな話でも勉強になるし拝聴する。もっと明るく楽しい話をしてくれないかな、という不満ははもちろんあるけれど、顔には出さない。処世術というヤツだ。
「考古学者は遺物と睨めっこして分析している時間より、発掘の資金集めをしたり地図片手に僻地をうろついてる時間の方が長い。考古学者は考古学してる時間より考古学してない時間の方が多いなんて皮肉なものだ」
「ああ、だから随伴が私だけなんですね」
「旅費が俺と助手一人分しか確保できなかったからな。国の魔法文化振興部署の怠慢だよ」
合いの手を入れればバルゲン教授は嘆かわしいと首を横に振った。
古代魔法文明考古学だけに限らず、考古学全般の問題として資金調達の難しさはやり玉に上がる。ざっくり言えば考古学は金にするのが難しいし、軍事や生産力を強化するわけでもないからだ。
だから考古学者は国の補助金の取り合いをするし、好事家の気まぐれな支援を勝ち取ろうと必死で、発掘品を美術館に寄贈するのと引き換えに遠征費を融通してもらおうと交渉に何か月もかけたりする。
バルゲン教授もそうした苦労の末に今回の発掘遠征にこぎつけたと聞いている。助手としても教授の苦労は報われて欲しいと思う。何かイイ感じの遺物遺構を発見できればその名声は就職にも進学にも利いてくるだろうし。
何人もいる研究室の学徒や助教授陣の中で私が今回の遠征の随伴に選ばれたのは、この森の原住民――――獣人が話す獣人語を話せるからだった。
名目上のものだとしてもこの森の管理権限は獣人が持っていて、彼らの許可なくして森をひっくり返して発掘なんてできはしない。森に入る前に純人間種に興味津々の獣人達に揉みくちゃにされながら七日間の発掘作業許可をもぎ取った私の功績を教授はもっと褒めていい。
彼らの伝承によれば森の深部は禁域らしく、立ち入りが全く禁じられているわけでこそないものの、不吉で入ればよくない事が起こると信じられていた。だから獣人の道案内は怖気づいてしまい一人もいない。一応、七日経っても彼らの集落に帰還できなければ捜索はしてくれるとは言ってくれていたものの、気乗りしない顔をしていた。期待はできなさそう。
やがて日は暮れ、私達は野営の準備に入った。
とはいっても私達は仮にも大学生と教授だから、基礎的な魔法の心得はある。
パパッと木を切断して空地を作り、簡単な屋根と壁を作り焚火を囲んで一息つくまでに半刻もかからなかった。
私が干し肉と道中で摘んだ山菜で鍋を作っている間、教授はふらふらと飛んでいた原始精霊を指先に留まらせ興味深そうに観察していた。
「見ろ。図鑑に載っている典型的な姿より鮮やかな色をしているのが分かるか?」
「分か……分からないです」
教授が差し出してきた原始精霊を見てみたが、図鑑と何が違うのか全然分からなかった。
原始精霊は太古の昔から姿が変わらないとされる原始的な精霊だ。彼らが長い時をかけて進化・分化して火精霊や水精霊などの四属性精霊になったとされている。
原始精霊の姿は人型をしている四属性精霊とは似てもにつかない。握りこぶし大のふんわりした綿毛から糸を垂らし、その先端に小さなガラス玉をぶらさげた姿をしてる。このガラス玉が何かの拍子に積み重なって大量に溜まり、長い時をかけて圧縮されたモノこそが「魔法の石炭」とも呼ばれる精霊石だ。
原始精霊は空を漂い、濃い魔力に引き寄せられるどこにでもいる普遍的魔法生物だ。魔法戦争の跡地や強大な魔法生物の体表、あるいは魔法競技会の会場などに集まってきて、魔力を集め吸い上げて肥え・増える。原始精霊が集まるとそれを餌にする魔獣の類も寄ってくるから、害獣の一種と考える人も少なくない。
とにかく原始精霊は雑草のようにありふれた生き物だから、わざわざしげしげと観察して発色や図鑑の姿との違いに注目する経験はなかった。
「まだ統計データを整理している途中なんだが、発掘された古代魔法文明遺跡の周辺には奇形の原始精霊が多い傾向にある。去年の遠征で行った遺跡にいた原始精霊も妙だとは感じなかったか?」
「そういえばなんかボテっとしてましたね。太ってるっていうか」
「そう、それだ。遺跡周辺の原始精霊が奇形の形質を示しているという事は、裏を返せば奇妙な原始精霊あるところに遺跡もあるという事だ。話には聞いていたがコイツを見てやっと確信したよ、やはりこの森のどこかに遺跡がある」
「あれっ? 私は古い文献にこの森の遺跡の存在が示唆されてるって聞いてた気がするんですけど」
「そりゃウソだ。表向きはそういう名目で調査申請を出しているが。原始精霊と古代遺跡の関連はまだ学会に周知されていないからな、調査の根拠としては使えん」
そう言ってバルゲン教授はふてぶてしく笑った。
ズルい。私も研究で生計を立てる道に進めばこういうズルい細工をしないといけないんだろうか。
なんだかなぁー。研究室に配属されてから、幼年学校の頃に思い浮かべていた賢くてカッコイイ博士や教授のイメージと実状の差にガッカリするばかりだ。
夕食を食べた後、私達は明日からの本格調査に備え英気を養うため早めに床についた。
一夜明けて翌日から、私達は手分けして森のボーリング調査をした。土壌学研究室から融資と引き換えに代理調査を依頼されているからだ。
中身が空洞になった金属製の筒を地面に突き刺し、深くまで打ち込む。それから引き抜いて筒の中身の土を見れば、地層がどうなっているのか分かる。これがボーリング調査だ。出発前に土壌学研究室の教授からレクチャーを受けていたのでやり方は分かる。
ボーリング検査をすると森の全域に精霊石の莫大な鉱脈が眠ってる事がすぐにわかった。掘りやすい土壌を選んでテント周辺のそれなりに広範囲をランダムに検査したが、埋蔵深度に若干の差があるだけですべての検査で精霊石の層が見られた。
私達は調査個所を精霊石の地層の深度毎に色付けして地図に書き込んだ。土壌学研究室の教授にサンプルと一緒に提出すれば後はいい感じに処理してくれるだろう。
バルゲン教授は土壌研究室は大当たりだな、と感心した後、俺達の遺跡発掘もうまく行けばいいが、と少し不安そうにした。教授が不安そうにしていると私まで不安になるからやめて欲しい。
実際教授の言う通り、土壌研究室は調査委託しただけで大発見だった。私も土壌の方に研究室を鞍替えしようかという誘惑に駆られるぐらいには。
専門外の私達が委託されて調べた範囲ですら、かなり大規模の鉱脈だと分かる。たぶん、経済価値としては中規模の油田に匹敵する。そこに学術的価値も付加されるのだから、その発見を主導した研究室はこれから栄光の躍進を遂げるだろう。
正直うらやましい。ウチの研究室もおこぼれに預かりたい。でも仮にも考古学の道を志している以上、脇道に逸れそちらに引きずられるのはささやかなプライドが許さない。
バルゲン教授は都合3、4回の遠征を計画していて、探索とデータ分析を繰り返し遺跡の場所を絞り込んでいく予定だったらしい。今回はその初遠征。
「今回の魔法考古学研究室としての遠征は失敗だな」
七日間の調査日程最終日の前夜、バルゲン教授は焚火に魔力を注いで火勢を強めながら半分諦めたため息を吐いた。
私は思わず鍋のシチューをかき混ぜる手を止め首を傾げた。
「そりゃ、今回の成果だけ見れば土壌の方が大発見ですけど。ウチだってまた来年きてゆっくり遺跡探せばいいんじゃないですか」
「そういう訳にもいかん。研究と経済界の圧力は残念ながら切っても切り離せない関係でな。ボーリング検査の報告を上げれば弱小研究室は締め出される。ウチの国は考古学を軽視しているし、考古学会全体が斜陽だしな」
「…………? ちょっとよく分からないんですが」
「古臭い遺物に配慮保護しながら精霊石の採掘するのは大変だろう。全部まとめてぶっ壊して掘り返す方がコストが少なく済む。考古学の専門家にアレコレ指図されながら採掘作業するのは現場の人間にストレスかかるしな」
「え? じゃあ遺跡が見つかっても壊されちゃうって事ですか!?」
「専門家の俺達が見つければ流石に壊されないだろうが。精霊石の採掘中に工夫が遺跡を見つけても『作業員がよく分からないまま現場判断で壊してしまった』という体で闇に葬られるだろう」
「そんな馬鹿な話が――――」
「残念ながら実例もある。また去年の話を持ち出すが、あの遺跡だってそういう経済界の圧力に抗いながら発掘してるんだ」
絶句した。
考古学研究室に進んでも就職は厳しいという話は研究室選択前に聞いていたし、他の研究室と比べて人の数も少なかったから、人気ないんだろうなあ、とは思っていた。
でもこれほど軽んじられているとは。歴史を踏みにじって忘れて無かった事にしながら先へ進んで満足なのだろうか?
「そうしょげるな。考古学をやっていればよくある事だ。本当に残念だが」
「なんとかならないんですか……?」
「ん。まあ、明日中にこの広大な森のどこかに眠ってる遺跡をピンポイントで見つけて掘り出せればな。遺跡の曖昧な存在予想ではなく、専門家の明確な発見と物証付きで遺跡保護を要請すれば流石に国も動かざるを得ないだろうよ」
「…………」
少し、考える。
この森は端から端まで三日かかるほど広い。奇形の原始精霊が生息している以上、森のどこかに遺跡があるのは間違いない。でもどこに?
まさか明日一日で森全域を掘り返して見つけ出すわけにはいかない。場所を絞り込む必要がある。ボーリング検査をしながらバルゲン教授の指示に従って怪しい場所を掘り返していたし、探査魔法で遺跡特有の魔力波を捉えようとも試みたのだが、森全域に広がる精霊石の地層が探査魔法を妨害していた。
私より遥かに遺跡発掘知識が豊富な教授が諦めているのだから、きっともう……
…………。
「あの、バルゲン教授。それちょっと貸してもらっていいですか」
「? ああ」
バルゲン教授が物憂げに焚火にかざして見ていた地図をぼんやり眺めていた私は、ふと思いついた。
ペンを取り、手渡された地図に線を書き加えていく。
「幾何学の勉強で知ったんですけど、平面図では三つ以上の点を全て通過する円は一つしかないんです。だから、同じ深度を示している三つ以上の点を等高線で結んで円を描いて……」
「どうでしょう。円の中心に何かがある。そう思いませんか?」
「………………よくやった。発掘道具を持て、すぐ出発する。徹夜だぞ」
バルゲン教授は見た事がないほど輝いた笑顔を浮かべ、私の頭をわしわし撫で、ウキウキ発掘道具が入った箱をひっくり返し始めた。
古代魔法文明が遺した魔力炉遺跡を発見したバルゲン教授は、発見した遺跡についてインタビューする取材陣にこう語った。
古代魔法文明は現代と比べ出力の高い魔力炉を運用していた。ただし、それは出力と引き換えに不安定で、暴走しやすかった。
ある時メルトダウンを起こした魔力炉は、魔力爆発を起こし周囲一帯を吹き飛ばすと同時に大量の魔力を撒き散らした。爆発は爆心地の地面を深く抉りすり鉢状のクレーターを作った。
そこに原始精霊が魔力に惹かれやってきて大増殖。雪だるま式に増えながら何世代も世代交代を繰り返し、高濃度魔力下で変異し奇形化していく。そうしてたまった原始精霊の死骸は厚い層を作る。やがて死骸の層に木の葉と土が被さり気の遠くなるような年月をかけて精霊石の地層を作った――――そう分析できる。
魔力炉暴走は規模によっては今まで謎とされていた魔法文明滅亡の原因とも考えられ、今後の調査の進捗によっては現在使われている魔力炉の安全管理にも役立つデータが得られるだろう……
……という教授のインタビュー記事を読んだ私は、無理やり考古学を現実の問題に絡めて今後の融資に繋げてきたなあ、と感心するやら呆れるやら。
全く、考古学で食っていくのは大変だ。