わたあめで釣れる彼女
興味を持ってくださった方々、ありがとうございます
――――季節は夏。
夏と言えばそう、花火大会だ。
俺の地元で開かれる花火大会は全国でも有名で毎年沢山の人が訪れるこの市のビックイベント。
真っ黒な夜空には七色の花が咲き乱れ、誰も彼もがお祭り気分で浮かれ放題。
それに乗じて繁盛するのが祭りではお決まりの屋台だ。
食べ物に飲み物、くじに射的。着物にお面、片手にわたあめの三点セットはお決まりだろう。
そんなお祭りの中、楽しげな人々を横目に俺は今日もわたあめを販売していた。
「いらっしゃいませー! わたあめ、いかがですか~」
高校二年の貴重な夏休み。それも花火大会という正に青春のお決まりイベントを俺は父親と二人っきりで過ごしていた。
「誠哉! この袋にわたがし入れといてくれ!」
「あいよ」
父からアニメのキャラクターがプリントされている袋を受け取り中にパンパンになるように作ったわたあめを詰め込む。
「ああ! ○カチュウ! ママ! あれ欲しい!」
「はいはい」
こういったモノに入れるだけで子供が反応してくれるから助かる。
売り上げの一部は俺の懐に入るのだからドンドン売らなくては。
五百円玉を受け取りわたあめの入った袋を渡すと子供は笑顔で去って行った。
そうしてわたあめを販売していると一発目の花火が打ち上がった。
「お、始まったな」
父も作業の手を止めて花火を確認する。
花火が打ち上がってるのは近くの河川敷からである。屋台や見物客はやや離れた川沿いの広場でスペースを陣取り夜空を見上げている。
俺たちの店はその広場からやや離れた道路で店を開いているがここからも花火がよく見える。
俺も右手に持った割り箸でわたあめを大きくしながら花火を見る。
打ち上がった音に反応して見ると赤い花火が大きく咲き、数秒遅れてドン! と鳴り響く。
それを皮切りに次は緑、青、紫と色違いの花火が次々連続して打ち上がった。
「おぉ~、初っぱなからハイペースで打ち上げるなぁ」
「だな……って、誠哉! そいつはやり過ぎだぞ」
「うん? あ! やっべ」
花火に集中していると巨大なわたあめを作ってしまっていた。通常の倍サイズだ。
「そいつはデカすぎて売れないな。仕方ない。丁度花火も始まったし少し休憩して良いぞ。そいつがまかないだ」
「これじゃ腹は膨れないよ」
と言いつつも俺はわたあめを片手に少し休憩と言うことで店を出た。
花火が始まったので一カ所で見る人が増えたようだがそれでも通行に苦労するほどの人で一杯だ。俺はわたあめを一口食べると、少し歩いたところに人が少ない場所を見つけ、そこに移動した。
「ふぅ、ようやく一息つけるな」
人混みに酔うほどではないが多少の息苦しさを感じていたので助かった。しかもそこはゆるく傾斜になっていたので草原を歩いてわずかだが上へ移動する。
「お、いい場所じゃん」
周りに人がいないので花火がよく見える。今は小さな花火が勢いよく連続で打ち上がっているようだ。形も輪状だけでなく四角や三角と様々。その景色に満足していると……
「……ねぇ」
突如後ろから声をかけられた。俺は知り合いかと思い後ろを振り向く。
するとそこには黒の長髪に浴衣がよく似合う美少女が立っていた。
俺は一目見て驚いた。何か、と訪ねようとしたがその綺麗さに声が出なかったのだ。顔を整っていて青と黒の浴衣がその少女の雰囲気にとてもマッチしている。見た感じ俺と同じ高校生だろうか? 俺の知り合いにこんな子が居たか、と必死に記憶を遡っていると、返事をしない俺を不審に思ったのか、向こうが更に話しかけてくる。
「あの……」
「……」
「ねぇ、ってば……」
「……っは! あ、ご、ごめんなさい」
驚きから解放されるのにやや時間がかかってしまった。俺は何とか声を振り絞って返事をする。
「貴方が立っているこの場所、私達が借りてる有料スペースなんだけど。関係者?」
「えぇ!?」
なんとここは有料スペースだったのか。道理で人がおらず、花火もよく見える場所な訳だ。などと関している場合ではない。
「あ! すみません! 今出て行きますので!」
「待って……」
「……え?」
退散しようとしたが呼び止められた。するとその少女はどこか一点を見つめていた。最初は自分かと思ったがどうやら俺が手に持っているわたあめを凝視しているようだ。
「それ……」
「えっと、これ?」
「そう。なんて言うの?」
「わたあめ、だけど……」
「あめ? ってことは食べられるの?」
「うん。食べられるよ」
「……」
急に会話が止まる。
しかし今の会話からするとこの少女はどうやらわたあめを知らないようだ。食べ物かと確認しているのだから間違いないだろう。
今もわたあめから視線をそらさない。
もしかすると食べたいのだろうか?
「えーと……食べます、か?」
「……いいの?」
「別に構いませんよ。ただ、俺がもう口付けちゃいましたけど……」
「私は気にしないわ」
ということなので手に持っていた巨大なわたあめを彼女に渡した。
彼女は全体を興味深そうに観察したあと、小さな口でわたあめにかぶりつく。一、二度咀嚼した後、驚いたのか目をわずかに見開いた。
「……とっても甘いわね」
「原料が砂糖だからね」
「すぐに口の中で溶けたわ」
「砂糖だからね」
その後も黙々とわたあめを食べる彼女。その姿は先ほどの綺麗と言った印象とは異なり、まるで小さな子のように可愛らしかった。しばらく見ているとこのわずかな時間で全て食べてしまったようだ。
「どうもありがとう」
お礼と言わんばかりに手に持っていた割り箸を俺の方に突き出す。
それはもうゴミなんだが……
「随分珍しそうに食べてたけどわたあめは初めて?」
最初の驚きのせいかずっと敬語だったがわたあめを食べる姿で年相応の印象に変わり俺の口調も自然と普段通りに変わっていた。
「ええ。見たのも初めて。最初、どうして蜘蛛の巣を持っているのかと不思議に思ったわ」
わたあめ初見の人あるあるだ。あと雲って言う人もいる。
「ははっ、確かに初めて見るならそう思うよな」
「わたあめに免じて、貴方がこの場所に居たことは黙っておいてあげるわ」
「げぇ、そうだった。それは助かる」
そう言えば俺は不法侵入もどきだったのだ。わたあめ持ってて良かった。
「おーい、里香! こっちに来なさい!」
大きな男性の声。それも四、五十代のだろう。恐らくだが彼女の……
「私の父の声だわ。行かなくちゃ。貴方も早く出なさい」
父と言う言葉で思い出した。そういう俺は休憩中だったのだ。腕時計を見ると想像以上に時間が過ぎている。これは帰ったら父親から怒りのお言葉を頂戴するだろう。
「俺も仕事の休憩中だったんだ。それじゃ!」
「ええ、わたあめ、ありがとう」
こうして俺は踵を返して屋台へ、彼女も父親の元へ帰ろうとする。しかし俺はこのまま彼女と別れるのが少し寂しかった。せっかくの花火大会で会えた美少女。駆け出す直前、ダメ元で声をかけた。
「明日もわたあめ、持ってくるよ!」
大きな声で叫んだから彼女にも聞こえただろう。里香と呼ばれた少女は振り向いて俺の方を見ると……
「ええ、待ってるわ」
と言って、わずかだが口元を綻ばせた。
俺はその笑顔にまたもや見とれてしまったが彼女が再び歩き出したので我に返り、自分の屋台へと戻っていった。
屋台へ戻ると一人で忙しそうにしている父からお怒りの言葉と売り上げの配分をわずかに減らされたがそんなことは気にならないほど俺は心を弾ませていた。
――――花火大会、二日目
花火大会は三日間行われる。二日目の今日も昼頃には店の準備を始め開店に備える。
花火が打ち上がるのは七時半で、休憩を挟みおよそ一時間半ほど。
俺は昨日の件もあったが無事に空いてる時間ならば休憩の許可を貰え(勿論時間はしっかりと決められたが)里香と呼ばれていた彼女に会うのを楽しみに黙々と仕事に打ち込んだ。
そして気づけば時刻は八時。父親の許可を得て休憩を貰った俺は彼女に渡すためのわたあめと自分で食べるようのわたあめを二つ作っていた。
(俺のは普通のでいいけど、彼女のはちょっと特別にしたいよなぁ)
小さな事かもしれないがせっかくだし昨日と同じというのも味気ない。自分の分は普通の白いわたあめを作るともう一つは彼女のイメージと合う水色のザラメを使い青いわたあめを作った。
父に二つも食べるのかとからかわれたが、「友達と一緒に食べるから」と納得させ、昨日の有料スペースへと向う。人混みを進むこと数分、昨日と同じ場所にたどり着くと草原の上に座って花火を見上げている彼女が目に入った。
ここで名前の一つでも呼びたいところだがそんな仲ではないのは重々承知している。近くまで行くと俺の足音に反応してこちらに気づいたようだ。
「ごめん、昨日より遅くなって」
「来てくれたからいいわ」
昨日より遅くなったことを気にしていたが彼女の様子を見ると対して気にしていないようだったので安心した。すぐに楽しみにしていたであろうわたあめを彼女に差し出す。
「はい、わたあめ」
「……昨日より小さいわね」
「き、昨日のヤツは失敗したというか、まかない用というか。けど、今日のヤツだって普通のじゃないぞ? 色違いだ」
「色違い?」
「ほら、よく見てみてくれ」
近くの外灯のわずかな光ではわかりにくいようだったので俺の携帯のライトを当てる。すると俺のモノと色が違うのがはっきり見て分かる。
「……本当ね」
「だろ?」
「味は何か違うのかしら?」
「……特に変わらないです」
ザラメに食紅で色を付けただけなので味に大きな違いはない。こういうのは見て楽しむモノだ。
彼女は昨日と同じく青いわたあめをしばらく興味深そうに監察した後に口に運ぶ。少量口に含ませると味わうように口を動かし、しばらく何も反応がなかった。
もしや何か失敗したか? そう言えば彼女と会える喜びで浮かれ、普段しないようなミスでもしてしまったか? と内心で焦っているとようやく彼女は口を開いた。
「……甘い。昨日のより甘いわ」
「そ、そうか? そんなに変化はないと思うけど……」
「ええ。それに……昨日のより美味しいわね」
「なら良かったけどさ」
正直昨日と今日で味に変化があるとは思えない。しかし食べた本人がそう言うならそうなのかもしれない。それに不味いと言われたら落ち込むが美味しいと言われると悪い気はしない。
「それより座ったら?」
そう言って彼女は自身の隣の芝生を手で叩いた。ここに座れ、と言う意味だろうか?
「え? 隣に座ってもいいの?」
「貴方だけ立たせてるわけにはいかないでしょ? それにここは他に人も来ないし大丈夫よ」
そう言えばここは彼女達が借りてるのだった。本人がそう言うのであれば遠慮無く座らせて貰おう。
「それじゃ、失礼して……」
彼女の隣にあぐらで座る。こんな美少女と至近距離で、しかも良い匂いなんてしてくるので俺は内心とても落ち着かないで居る。心臓なんて全力疾走した後並に脈を打っていた。
が、横にいる彼女は俺の事なんて気にもとめず青のわたあめに夢中だ。作った俺としてはわたあめに夢中になってくれて嬉しいような俺に全く関心が無いようで悲しいような心境である。
ここでようやく彼女をちゃんと見た。今日の服装は昨日と違い深い青と薄い水色で織られた浴衣だ。正直昨日のより似合っているように感じる。
髪も昨日は長い黒髪をそのままにしていたが今日は後ろで一つに束ねている。結果真っ白いうなじがはっきりと見えてそれも更に俺のドキドキを加速させる。
もはやお互い花火に目もくれず彼女はわたあめを、俺は彼女をじっと見つめている。
「ねぇ……」
「……はっ! な、何?」
「私にくれたこのわたあめ。どうして青なの?」
「どうして、か。うーん、君に似合う色は青かなって思ったからかな?」
「……そう」
正直に答えたがいけなかっただろうか? そんなことを自問自答する。
彼女の方を見ると表情に変化はなかったし、純粋に疑問に思っただけのようだ。
彼女の表情が変化したのは昨日の別れ際だけだ。あの時の微笑みをもう一度見たいが切り札たる青いわたあめは彼女の手の中だし、もうなくなりそうだ。自分の分は既に食べ終えており、どう会話をしようかと頭を悩ませていると彼女が急に語り始めた。
「私、花火大会って嫌いなの」
「え? そうなの?」
「ここの花火大会には毎年来てるけどいつも父の付き添い。他の人は基本父の関係者ばっかりだから同学年なんてほとんど居ないし、話し相手もいないから毎年一人で花火を見てたわ」
「……それは、つまらないな」
花火の楽しみ方は人それぞれだ。ただやはりみんなで見るスタンスが最も多いだろう。一人で楽しむ人も勿論いるが彼女の場合好きで一人で見ているわけではないようだ。
何より親の付き添い、と言う部分に共感するモノがある。俺の場合はおこづかいがもらえるから父の屋台を手伝ってはいるがそれにしたって同学年の友達と一緒に花火を見たいと言う気持ちも多いにある。
「実は俺も毎年父親の手伝いで屋台で仕事してるんだ」
「わたあめ屋さん?」
「そう。小学生の頃からずっとね。だから純粋に花火大会を楽しんだことがないんだよ」
「……そうなのね」
だから君と同じだ、などと言うつもりはない。ただ似たような共通点があるだけで嬉しかった。
「……名前」
「うん?」
「まだ貴方の名前聞いてないわ」
「あ、そうだったな。俺は水谷誠哉。そっちは?」
「桜庭里香よ」
「桜庭さん、でいいかな?」
「ええ。私は誠哉って呼ばせて貰うけど」
「……だったら俺もり、里香で」
「ふふ、どうぞお好きに」
俺は嬉しさのあまり顔が綻ぶのを必死で食い止める。とは言え嬉しいモノは嬉しい。心の中で叫びっぱなしだ。
「毎年花火大会は来るのが憂鬱だったけど今年は来て良かったわ」
「……え?」
「だって誠哉と会えたし」
そう言ってにやりと笑う里香。昨日の別れ際のような笑みでは無く、まるでいたずらを仕掛けた子供のような笑みだ。彼女のまたしても違う一面に心を乱され、更には彼女の言葉で脳がやられた。
「そ、そそ、そうか?」
「ええ、そうよ」
動揺を悟られたくなかったので急いで返事したが帰って墓穴を掘った気分だ。完全に声は裏返っているし言葉は詰まるし。
(くっそ!)
自分の顔が真っ赤になっているのがわかる。今が夜で助かった。
しかし言われっぱなしは悔しい。息を整えた後、わずかに反撃に出る。
「な、ならさ。これからは毎年、花火大会の日はお、俺に会える日って考えれば……いかがでしょうか?」
言ってる途中から恥ずかしくなって最後は敬語になってしまった。反撃に出たつもりが自ら弱点を晒したようなモノだ。滅茶苦茶恥ずかしい。
「……ぷっ! あはははぁ! そうね! 誠哉に会えればわたあめもただで食べれるし!」
里香がこの二日で一番の笑顔で笑っている。良い笑顔だ。しかし俺の内心は全く穏やかじゃない。
「本命はわたあめだろ! そ、そろそろ時間だから戻る!」
「あら? もう行っちゃうの?」
本当はもっと居たい。しかし時間的にもそろそろ危ないだろうし、何より今はとても平常心では居られない。また明日も会えるだろうし、今日はここまでにしておこう。
「また明日も会えるから良いだろう?」
「ふふ、それもそうね」
「それじゃ、また明日な」
「ええ、また明日」
こうして明日また会えることに期待し、二日目は終わっていった。
――――しかし次の日、俺と里香がこの場所で会うことは無かった
――――花火大会、三日目。
今日も父親と二人で準備する俺だったが頭の中ははもう里香に会うことで一杯だった。早く休憩にならないか、今日は多色のわたあめでも作るか、そんなことを考えながら作業をする。
しかし祭りの最終日だけあり昨日より客足が多い。俺も父も作業の手が止まることがない。作っては売り、作っては売るの繰り返しだ。
そして時刻は七時半を過ぎ花火が見え始める。昨日までより一際大きな花火を見ながら俺は焦っていた。
(お客さんが全然引かないぞ。これ今日休憩入れるのか?)
物事や人生とは時としてどんなに臨もうと自分の思い通りにならない時がある。部活や仕勉強でいくら努力しようとも結果が出ないときもあるし、自分の望んだ結果になることの方が稀である。
そして、俺にとって今日が正にその時であった。
『本日の花火は終了しました。これにて今年の花火大会を終了いたします。お帰りの際は――』
時刻は九時過ぎ。
近くの電柱に取り付けてあるスピーカーからそんなアナウンスが流れる。花火を見ていた人達は次第に次々と拍手し始め、店を出していた人達も片付けムードに入る。
俺の父も「くぅ~、終わったな~」なんて言いながら動かしていた体を伸ばしている。
対して俺は一人だけお通夜ムードだ。結局休憩には入れず、もしかしたら里香が買いに来ないかなと期待していたがそれも無く。一、二日目が楽しかっただけにショックが大きい。
「あーあ、終わっちゃったか」
「ほら、誠哉。片付けて帰るぞ」
「……わかってるよ」
父が車を近くまで引っ張ってくると駐車場に向い、俺はそのうちに屋台の道具を片付ける。
(こんなことなら連絡先くらい聞いておけば良かったな)
後悔先に立たず。あの時こうしておけば、何て後悔はひどく無意味だ。その反省を次に生かす、それが理想である。しかしその次があるのかすら分からない。里香は毎年来ていると言ってたしチャンスがあるとしたら一年後。
(遠い……)
しかしいつまでも手を止めているわけにはいかない。流石に動くかと決意した瞬間――
「……まだわたあめは売っているかしら?」
あまりにも悔やんでいたので一瞬幻聴かと思った。しかし顔を上げるとそこに今日一日中ずっと会いたかった人物が立っていた。
「里香!!」
「……さ、流石にそんなに喜ばれると、照れるわね」
どうやら俺は今満面の笑みのようだ。しかしそれも仕方の無いことだ。もう一年は会えないと思っていた里香に会えたのだから。
「それで、まだわたあめは売ってるの?」
「あぁ! 急いで作ってやる! 注文は!?」
「青いわたあめをまかないサイズで、ね」
「了解! あ、今日はお金取るからな」
「失礼ね。ちゃんと持ってきてるわよ」
里香はポケットから一万円札を取り出す。
いや、屋台で一万円はおつりがなぁ……
と思ったがそんなことはどうでも良く俺は機械を動かし急いで特大サイズを作る。
「……悪かったな。今日行けなくて」
「忙しかったんでしょ? それくらい分かるわよ」
「そう言ってくれたら助かる。……ほら、出来たぞ」
こうして青色の巨大なわたあめが完成。念のため割り箸二本で支えて里香に渡す。
「ふふ、本当に大きいわね」
「ほら、五百円」
「はいどーぞ」
「……一万円、お預かりします」
こうして九千と五百円を返す。見ると里香はもうわたあめを堪能しているようだ。
「あ、千円取って良いわよ。昨日と一昨日のお金よ」
「あれは俺のまかないだから気にするな」
「けど……」
「だったら……来年も来てくれよ。そしてまた買ってくれ」
来年の約束を取り付けるのに千円なら安いモノだ。
「……ふふ、わかったわ。来年も必ず来るわ。というか嫌でも来ないといけないし」
「そうだったな」
「あ、けど来年からは花火大会に行くのではなく、貴方に会いに行く日になるんだったわね」
「ど、どうせわたあめ目的だろぉ!」
昨日の恥ずかしいセリフを蒸し返してきたので思わず大きな声で反論してしまった。
里香のヤツ、完全に遊んでやがる。
「まぁね。私はわたあめで簡単に釣れるわよ?」
「それはチョロすぎだろ」
チョロすぎて不安になるぞ。とは言えそれが俺をからかう目的だと言うのも理解している。
「何て言うか、一目見たときと今の里香は随分印象が違うよ」
「あら? 貴方が一目惚れしたときの私と今の私は違うのかしら?」
誰が一目惚れと言ったんだよ。……一目惚れしたけど!
「最初は大人しくお淑やかかと思ってたけど、今のお前はいたずらっ子だ」
「そんないたずらっ子の一面を見れるのは貴方だけよ?」
……こいつはマジで。いちいち俺の心臓に大ダメージをあたえるのは辞めて欲しい。もう保たないぞ。
「あー、うん。その……」
何を言おうか、言いたいことは様々あるが悩んでいると後ろから父の大声が聞こえてきた。
「おーい! 誠哉、片付けは進んでるか?」
「げぇ! もう来やがった」
「残念だけど時間ね」
里香は俺の作業を見るために近くに座っていたが帰ろうと立ち上がった。
その表情も先ほどまで俺と楽しく話していた顔から初めて会ったときのような無表情に戻っている。俺にはその顔が寂しそうに感じられた。
ここで先ほどの後悔を思い出す。次はこの後悔を生かすようにと考えたばかりではないか。
俺は去ろうとする里香に話しかける。
「け、携帯番号!」
「……え?」
「携帯の電話番号、教えてよ。また話したいし……」
段々声が小さくなっていく自分を情けなく感じながらもとりあえずは言いたいことを言えた満足感で満たされた。しかし里香は……
「あ、ごめんなさい。私携帯持ってないの……」
「……マジ?」
「マジよ」
何と持ってなかったようだ。俺の勇気を返して欲しい。
一瞬気まずい空気が流れ今度こそ里香が立ち去ろうと歩き出す。
「その、また来年、ね」
「……いや! ちょっと待ってくれ!」
俺は会計用のメモ用紙に自分の番号を書くと里香の元へと走り渡した。
「こ、これ! 俺の番号だから。暇なとき、かけてくれよ」
里香は数秒ポカーンとしたがすぐに笑い出した。
「ふ、ははぁ! 全く貴方って本当に面白いわね」
「面白いって、お前なぁ。こっちは本気なのに……」
「わかってるわ。ごめんなさい」
里香は謝ると俺の手かそのメモ用紙を受け取り大事そうにポケットにしまった。
「暇なとき電話するわね。必ず」
「あぁ、待ってるよ」
そして今度こそ里香は帰って行った。俺はその後、片付けが進んでないと父に叱られたがそんなことは気にならないほど心はスッキリとしていた。
――――こうして俺の高校二年生の花火大会は幕を閉じた。
~十数年後~
「……って感じかな。母さんと初めて会った花火大会は」
「きゃー!! 素敵!! パパが一目惚れしたのね!!」
「いや、俺じゃなくて里香が……」
「あの時のお父さんたらすごかったわよ。お前じゃなきゃダメだ、ってね」
「きゃぁぁぁー!!」
「おい、嘘を言うな嘘を」
「パパ! 私わたあめ食べたくなってきちゃった!」
「明日屋台で作るんだからそれまで我慢しなさい」
「え~」
「それより花火大会に行きたいなら宿題終わらせなさい」
「はーい、すぐ終わらせてきまーす!」
「それからあなた。私は今すぐにわたあめが食べたいわ」
「……お前のわたあめ欲は止められないからな。わかったよ」
「青い色で……」
「まかない用のビックサイズ、だろ?」
「ふふ……ええ、とびっきり甘く、ね」
最後までご覧いただきありがとうございました!
……花火大会、行きたいっす。