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クレスが意識し始めた時には日天の獅子からの攻撃は既に始まっていた。
日天の獅子は岩を軽々引き裂くであろう凶爪を振り下ろさんと飛び掛かってきた。
「【星座武装 ヘラクレス・××××××】!」
(私はヘラクレスのような勇ましくて強い、アルゴお兄ちゃんの隣に立てるような英雄を目指すんだ!)
その心意気は良し、だが実力は確実に相手の方が上、振り下ろされる凶爪に対して棍棒を構えるが力で押し負け吹っ飛ばされた。
「キャッ」
年齢特有のかわいらしい悲鳴をあげるが敵は待ってくれない。
日天の獅子はもう一度飛び掛かり凶爪が振り下ろされた。
クレスはもう一度棍棒で受け止める。
今度は吹き飛ばされてこそいないモノの真上から受け止めたせいか日天の獅子の全体重を支えなくてはいけなかった。
「うぅぅぜったいまけるもんか~!!」
負けじと力を入れていくが日天の獅子の体重は骨格から換算すれば500キロはあろう巨体だ。
その巨体を身長140センチしかない少女が受けてめているのだ。
辛くない筈がなかった。
しかし少女は願っていた。渇望して止まない勝利ではなく未来の理想という名の己が信念の姿を。
その信念の名は
「【ヘラクレス・エンブリオス(英雄の十二試練)】」
今ここに【星座武装】が完成した。
クレスの棍棒は霞がかったままだがその肉体は身長を上げ170センチまで膨れ上がり服のサイズオーバーを起こして綺麗に割れた腹筋が見え隠れしていた。
「わたしはぜったい!アルゴお兄ちゃんの隣に立つ!!」
負けていた力も今では拮抗はまではいかないが僅差まで近づいていた。
だが油断することは無い。先日のアルゴの試合で学んだのだ。戦場は油断した者から殺されることを。
「Gaaaaaaa!!」
案の定、日天の獅子は炎の吐息を放ってきた。
「ハァ——ッ!!」
何と迫り狂うブレスを寸でのところ避け日天の獅子を押し上げた。
「はい、今日はそこまで!」
反撃をする前にアルゴが訓練を止める合図を出した。
「あ~マジしんどかった」
「この訓練以外にきつくないか」
「というか俺ら多対一って初めてじゃないか?」
「あれクレスちゃんが大きくなってる」
「本当だ」
「っていうことはようやく【星座武装】したんだね」
生徒らはその合図を皮切りに寝転がりだしたがクレスは不完全燃焼といった感じだった。
「クレス、言わなくても言いたいことはわかる。だけどもう時間で明け渡すから後で放課後に相手してやるから勘弁しろ」
放課後に相手をしてもらえるならと渋々了承しようとしたその時
「なんだなんだ【星々の加護】持ちはスライム如きに苦戦してるのか」
「すみませんね新任のアルゴ先生、生徒の躾がイマイチ成っていないモノでして。しかし、にしても戦闘訓練の相手がスライムとは。ん、なるほど………確かにこれなら実戦訓練に成りますね」
「なんだよ古座武郎先生あっちの方が俺たちより強いっていうのか」
アルゴの方に近づいてきたのを見れば白髪の如何にも歴戦といった老人と【前世】持ちのクラスの子たちだった。
「えっとあなたは確か戦場で何度かお会いしたことがありませんでしたっけ?」
「ええ、アルゴ先生には何度も助けられたのでよく覚えています。【佐々木小次郎の前世】古座武郎です」
「ああ、あの古座武郎将軍でしたか。積もる話は後にしまして今開けますので少々お待ちください」
「いえいえ、それには及びませんよ。しかしどうにも生徒たちが納得していないようなのでここは一つ勝負といきませんかな?」
「ほほう、それなら丁度不完全燃焼な生徒も居ますし交流戦の前に一つ競い合わせという形でファインドの撃退タイムを競うのは如何でしょうか?」
クレスはこの不完全燃焼をぶつけられると聞いて喜んだ。
なんせ力のなかった自分が力を持ったのだ。
振るいたくない筈がなかった。
「良いでしょう。私どもの方もファインドを用いた実戦授業の予定でしたのでファインドは一体だけなのですが今回の授業にアルゴさんのスライムを貸していただけるのでしたらファインドのタイムを競うという条件で構いません」
「では、そこの彼とうちのクレスでよろしいでしょうか?」
「ええ構いませんとも。私が出すのはキマイラ系ファインドなので、アルゴ先生のファインドには少々見劣りいたしますが十分でしょう」
「ええ、私もそのくらいに落とすよう命令しておきますので」
不敵な笑みを浮かべる悪い教師2人がそこに居たことを誰も気が付かなかった。
二名を除いて
——10分経過——
「じゃあルールは良いな、まずクレスから始めるぞ」
カンッ!!
試合のゴングが鳴った。
目の前の敵は典型的な蝙蝠の羽に双蛇の尾、獅子の身体をベースとしたキマイラだ。
「【ヘラクレス・エンブリオス】」
さあ血湧き踊る修行を始めよう
力こそ持てどクレスの根はクレスのままだった。少しでもアルゴのそばに居たいただその一心で戦う。
そしてアルゴに自分がどれだけ近づいたかを知れるのが楽しくて堪らなかった。
「カッ——!」
終わってみれば只の一瞬、キマイラはクレスの放った棍棒の一振りで気絶した。
「おや、彼女は見た感じですとまだまだ発展途上の【ヘラクレスの加護】のように見えますが?」
「ええ、まだ一つも試練を成し遂げていない段階です。つまりは」
「軍神アレスと同格の無垢な状態でしたか。ですが私の出した方の彼、ラクスは【五の試練を突破した前世のヘラクレス】そう簡単には行かないと思いますがね」
前世はいくつものルートから現れる。つまり言い方を変えるなら十二の試練を成し遂げていないヘラクレスが存在するということ。神話通りの過程を踏んだヘラクレスも居ればそうでないヘラクレスも居る。それだけ分岐ルートも多いのにも関わらず【前世】として現れるのは一人だけである。
今回の現れた【前世】のヘラクレスは第六の試練ステュムパーリデスの毒にやられて死んだのだろう。ヘラクレスの逸話の中には毒で死んだとされるものが沢山ある。これがスピアの間違った原因でもありある意味で合っているかもしれない神話の一つである。
今回の彼、ラクスの持つ【五の試練を突破した前世のヘラクレス】の実力は如何に
「さてスライム如きすぐぶっ飛ばしてやるよ。」
「主人、コイツ殺していい?」
「駄目だ分裂体でキマイラと同じくらいのにしておけ」
「わかった」
そういってスファニーは
「は、喋るスライムだか何だか知らないが偉大な【ヘラクレスの前世】を持つ俺様が負けるわけないぜ」
「ではゴングを鳴らします。開始」
カンッ!!
「【転生武装 ヘラクレス・アウゲイアース(川砕きの英雄)】」
主に腕部分が肥大化したラクスであったがそれだけだった。
スファニーは残像を出しながらラクスを滅多打ちにした。
「ちょっ卑怯だぞ」
「力技だけで戦場を打破できると思ったら大間違い」
スファニーはスパルタであった。
結局アルゴが止めるまでラクスは滅多打ちにされるのであった。
結果ラクスは全身骨折及び全身打撲を受ける羽目となった。
古座武郎はいい経験になっただろうと笑っていた。