ファンタジー好きの幼なじみ
……まぁ、いろいろと突っこみどころはあるが、とりあえずこの件は保留だ。
それよりも――。
「その、香苗…………まさか、香苗も異世界に来ていたなんて、驚いたぞ……」
「う、うんっ……わたしも、道人くんと再び会えるなんて思わなったよ」
俺は香苗と話すことにした。香苗とはリリの城や戦場でも顔を合わせたが、こうしてちゃんと会話できる状態は初めてだ。
「香苗は異世界に来て八年って言ってたよな。その間、魔法の鍛錬をしたのか?」
「う、うんっ。ルルさまの役に立ちたかったし、……わたし、魔法使いに憧れてたから。その……趣味で異世界転移ファンタジーもののネット小説を書いてたりしたから……だから、魔法が使える世界がすごくうれしくて……」
「ああ、香苗は読書好きだったもんな……」
香苗は、小学中学とずっと図書委員だった。創作の世界が好きな香苗は、自分でも小説を書くようになっていったようだ。ネット小説を書いていたってのは初耳だが。
やはり好きこそものの上手なれ、ということだろう。ミーヤが、英雄級とか言ってたぐらいだから、本当にすごいレベルということだ。
「み、道人くんも鍛錬すればきっとすごい魔法使えるようになるよっ」
今の時点でそこそこの魔法を使えてるんだから、そうかもしれない。だが、香苗ほど魔法に思い入れが強くないから香苗と同等というと難しい気もする。
そもそも、俺は囚われの身だ。魔法の鍛錬どころか、好き勝手暮らせるかどうかわからない。その点について、ルル姫が口を開いた。
「悪いけれど、魔法の鍛錬は認められないわ。鍛錬中に逃げ出されても困るし、お兄ちゃんに強くなられるとパワーバランスが崩れるし……。わたしの国に忠誠を誓ってくれて、一生あたしのお兄ちゃんになってくれるというなら別だけどね? 力をつけたところでリリのところへ行かれたら目もあてられないわ」
「というか、やはりぜんぶ事情を話して、リリと仲直りすべきじゃないのか? 亜人と戦うっていっても、リリと協力できたほうがいいだろ? それに、亜人以外の国だって、攻めてくることだってあるだろ? そのときに隣国から支援が受けられるかどうかは大きいと思うぞ」
俺の言葉に、ルルは顎に手をあてて考えるそぶりを見せる。
「あなた、やはりただの若者じゃないわね。見た目は十八歳ぐらいなのに」
「ああ、前の世界では社畜……えっと会社っていう商業のための組織に属して働いていたからな。それなりに社会経験は積んできたさ。まぁ、最後は働きすぎで過労死しちまったんだが。ちなみに享年三十三だ」
管理職になる以前に過労死したんだから、ただ使い潰されただけで、社会経験と呼べるか微妙かもしれんが……。
「そう……。お兄ちゃん、かなり苦労してきたのね」
「道人くん、大変な思いしたんだね……」
ルル姫と香苗から同情の眼差しを向けられる。
「いや、まぁ、俺は自己管理がなってなかったところもあるし……香苗のほうが理不尽だったろ……事故死なんだから」
「……う、うん……あの事故の瞬間は、今でもたまに夢に見るよ……」
「っと、すまん、いやなこと思い出させて」
「ううん、大丈夫だからっ、気にしないでっ。今は楽しくやってるし、魔法が使える世界に来られて、よかったなって思ってるから」
創作やファンタジーが好きだったのなら、この世界は本当に理想の場所だろう。
「……ええと、ともかく、ルル。とにかく、リリと仲直りしよう。それが一番だ。さいわい、お互いの兵に傷もついていないし、事情を話せばリリだってわかってくれるだろ」
「甘いわ、お兄ちゃん。リリは闇落エルフ子さんの『異世界から召喚した婿とキャッキャうふふライフ♪』の熱心な読者なのよ! わたしの中では低評価なんだけどね。逆にリリは、あたしの崇める『生き別れのお兄ちゃんをペットにしてイチャラブ家畜ライフ♪』を駄作って断罪したのよっ! あの作品こそが、闇落ちエルフ子さんの隠れた至高の名作だというのに!」
闇落エルフ子さんの著書を巡って、ファン同士が争っているようにしか見えないが……。というか、闇落エルフ子さん、影響力ありすぎだろ……。
まぁ、宗教の経典の解釈を巡って、派がいくつかに別れて争うということは歴史上多くあることだが……著書を巡って、こんなことになっているとは。ある意味、闇落エルフ子さんのファンによる代理戦争であり、信者による宗教戦争じゃないか。
「み、道人くんも、闇落エルフ子さんの著作を読めば、よさがわかるよっ」
そして、当然――本好きの香苗は読んだらしく、熱心なファン(信者)になっていた。リオナさんが言っていた『闇落エルフ子さんの作品の話をすればあらゆる国の人との話題に困りません』は正しいようだ。
「まぁ、まだ文字を覚えてないんで、おいおい読ませていただきます……」
「そうだわ、お城にいる間はひたすら文字を覚えなさい。そして、一日でも早く闇落エルフ子さんの『生き別れのお兄ちゃんをペットにしてイチャラブ家畜ライフ♪』を読んで崇め奉るのよ! そうすれば、素晴らしいお兄ちゃんになれるわ!」
「わ、わたし、道人くんに文字を教えるよっ! 読んでほしい本、たくさんあるからっ! 闇落エルフ子さんの本、本当に面白いんだよっ」
ふたりとも完全に熱烈なファンというか信者だった。というか『生き別れのお兄ちゃんをペットにしてイチャラブ家畜ライフ♪』のタイトルはやっぱりインパクト強すぎだ。読んだ結果、変な性癖が芽生えたらどうするんだ。
そんなことを考えていたところで――。
「あっ! る、ルル様っ、伝令の魔法使いの方から報告がきましたっ。山岳から亜人……というより亜獣……というか、モンスターの群れがこちらに向けて押し寄せてきたみたいですっ!」
テレパシー魔法を受信したらしい香苗が、重大な報告をもたらした。
「あら、ついに動いたのね? でも、北に備えて守備隊は置いてあるんだから心配はないはずだわ」
「り、リリさまっ! モンスターはすごい数みたいで、次々と防衛線が突破されているみたいですっ!」
「なんですってぇっ!?」
これまで余裕を失わなかったリリが素っ頓狂な声を上げる。
「き、騎士団を蹴散らしたあとは脇目も振らず、荒い息を吐きながらお城を目指しているみたいですっ!」
「うげっ、そいつら亜獣というより本当にモンスターそのものね! というか獣種族の発情っぷりを舐めていたわ。そこまで必死になって男と子孫を残したいなんて……。もはや、ケダモノね……」
つまりこれは、完全に俺との子作りを求めてモンスターの群れが殺到しているということか。……うわぁ、すごい、怖い!
「これだから品性のかけらもない獣やモンスターは嫌いなのよ! しかたないわ、先ほど帰ってきたばかりだけど遠征軍へ伝令よ! 北に向かって、モンスターたちを迎え撃つように言いなさい! そして、王都防衛部隊は北の城門に集結! 一匹たりともモンスターを城壁内に侵入させないようにするのよ!」
「わ、わかりましたっ……!」
こちらの城での軟禁生活を送るどころでなく、いきなり戦乱状態に陥りそうだった。ヌーラント皇国とルートリア皇国の争いも今回のモンスターの襲来も、俺が争いの種になっているというのが、非常に心苦しい。
……とはいってもモンスターに貞操を差し出すということは、いくら訓練された社畜の俺でも無理だ……。
「み、道人くんっ、大丈夫だからっ、わたしが絶対に守るからねっ」
伝令を飛ばし終わった香苗に励まされるが、ことがことなだけになんとも微妙な気分だ。
俺が伝説の勇者で、それを殺そうとモンスターが迫ってくる――とかならテンションも上がるかもしれないが……俺を求めてモンスターが殺到とか、恐怖しかない。
「ともかく全力で食い止めるわ! モンスターなんかにお兄ちゃんを絶対に渡せないんだから!」
こうして、俺をめぐってヌーラント皇国とモンスターたちとの全面戦争が始まったのだった……。




