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決断

俺は平原のど真ん中に出現した。

 出現位置は、ルリアとミーヤの二十メートルほど前方だ。


「あら~、ミチトさん~」

「助太刀を頼んだ覚えはないぞ! 早く下がれ!」


 ふたりは俺のほうに駆け寄ってきた。


「……俺、香苗とルル姫を説得してみます! だから、戦うのはやめてください!」


 できるかどうかはわからない。でも、ここでやらずに本格的な戦闘が起こってしまったら後悔してもしきれない。なら、やるしかない。


「この状況で停戦交渉ですか~。相手は聞いてくれるでしょうか~」

「バカな! ここまで攻めてきた相手が引くものか! こうなったら一兵でも多く道連れにして騎士の意地を見せてくれる!」


「いざとなったら、俺が投降します! そうすれば男を奪取するという相手の目的は達成できて、兵を引くはずです!」


「ミチトさん~……つまり~、身を挺して、わたくしたちや皇国のことを守ろうというのですか~?」


「なっ!? 騎士が守られるなどという生き恥をさらすことは、耐えられん!」


 ミーヤは落ち着いて聞いてくれているが、ルリアは騎士としてのプライドがあるのか興奮していた。だが、ここでルリアが死ぬことこそ最悪だ。

 リリを悲しませるわけにはいかない。


「お願いします! 香苗は幼なじみだから話せばきっとわかってくれるはずです! あいつ争いとか嫌いで臆病なタイプだから! だから、ここで待っててくれ!」


 香苗は心優しくて、動物を愛するおとなしい女子だった。俺がバイトで忙しいときも、晩御飯のおかずを作って持ってきてくれたりした。


 もし俺がバイトや勉強で忙しくなかったら、香苗とつきあうという人生もあったかもしれない。だが、結局、俺と香苗はつきあうことなく、それぞれの生涯を終えた。


 ここで会ったのも、なにかの縁だ。

 香苗だって、戦争になることも、誰かを傷つけることも望んではいないはずだ。


 俺の気迫が伝わったのか、ミーヤとルリアは黙りこんで、動きをとめた。ふたりに背を向けて、相手方の軍勢の最前線――香苗とルル姫のいるところへ進んでいく。


 敵方は一瞬ざわついたが、ルル姫が騎馬隊を制止するように手を横に伸ばすと、すぐに静けさを取り戻した。


 香苗は俺のことを見て驚いたように目を見開く。遠くからだが、香苗が動揺しているのはよくわかった。ステッキを抱きしめるようにして、おろおろしている。


 俺は攻撃がこないことを確認して、そのまま進み――大きな声を出せば聞こえるという位置までやってきた。

 そして、俺は大きく息を吸いこみ――呼びかける。


「香苗! ルル姫! 俺の話を聞いてくれ!」


 自分で思った以上に、俺の言葉は響いた。

 これなら、後方のルリアとミーヤにも届いただろう。


「戦争なんてやめてくれ! 争ったところで、誰も得しないだろ! 命は、ひとつだ! 死んだらおしまいなんだぞ!」


 一度死んだからこそ、俺も命の大切さがわかった。

 死ぬほど働いたところで、本当に死んだら終わりだ。


 そして、香苗だって――まだまだやりたいことがあっただろう。それなのに事故で未来のすべてを失った。


 理不尽だが、人生は一度きりなのだ。だから、人が死ぬことを防げるのなら防ぎたい。それができるのは、いま俺だけなのだから。


「ミチトくんっ……」


 最後に俺が見た香苗は、遺影の中だった。

 リアルで会ったのは、いつだったか。

 ほんと、こうして再び会って話せる日が来るとは思わなかったな。


 ……まぁ、お互い異世界に転生して、こうして戦場の最前線で対峙することになるなんて、夢でも思わなかったけれど。


 そんな中、ルル姫が口を開いた。


「わざわざ最前線まで自分から来てくれるなんて殊勝なことだわ。あたしとしては、あなたがあたしのものになるのなら兵を引いてもいい。いたずらに兵の損害を増やすのは、国主としてすることではないしね」


 リリと違って小生意気で傲慢な感じだがルル姫も国の統治者だけあって話はわかるタイプのようだ。ここで俺とルリアとミーヤで戦うという選択をとるよりも、やはり俺が投降したほうがいいだろう。

 俺ひとりの身体で戦争を回避できて、多くの人が助かるのなら。


「ああ、こうなったら、投降する。ただ、絶対に兵を引いてルートリア皇国に二度と侵攻しないでくれ。リリは本当に民のことを思っている。それを踏みにじるようなことは絶対にやめてくれ」


 俺の真剣な感情が伝わったのか、ルル姫も笑みを消して、真面目な顔で頷いた。


「……わかったわ。あたしとしてもリリの内政能力については認めていたから……。男が……お兄ちゃんが手に入るのなら、それであたしは満足よ」

「ん? お兄ちゃん?」


 思わぬ単語が出てきて訊き返した俺だが、リリ姫は急に顔を赤くして慌て始めた。


「な、な、なんでもないわよっ! とにかく、投降するなら、その場にじっとしてなさい! 念のため魔力を封じる腕輪をしてもらって、その持っている魔術書を没収するわ! やりなさい、カナエ!」

「は、はいっ、ルル姫さまっ!」


 カナエは近くに待機していた騎士から金色に輝く腕輪を受け取り、代わりに杖を預けると、俺のほうに近づいてきた。


「ご、ごめんね、ミチトくん……腕輪はめさせてもらうね?」

「ああ……」


 腕輪をはめられた瞬間、みなぎっていた魔力が急速に萎んでいくのがわかった。

 魔導書を取り上げられてしまい、俺はただの社畜に戻った。


「それじゃ、ミチトくん、行こう?」

「ああ……」


 俺はそのまま香苗とともに、ルル姫のところへ向かう。

 だが、そこで――。


「待て! このまま一方的にやられてリリ様の婚約者をおめおめと渡せるか! 皇国随一の剣の腕を持つわたしを倒してから連れていけ!」


 ルリアが抜刀して、こちらに駆けてきた。


「ご、ごめんなさいっ、で、でもっ、邪魔しないでくださいっ」


 カナエが両手をかざすと、ルリアを阻むように透明なバリアが張られた。


「くっ! こんなもの、わたしの剣で!」


 ルリアは上下左右あらゆる角度から斬撃を繰り出すが、そのバリアを破ることはできなかった。ミーヤがルリアの傍らまでやってくる。


「ミーヤ、手を貸せ! おまえの魔力でこの壁を吹っ飛ばせ!

「気持ちはわかりますが~……ミチトさまが戦うことでなく平和を望まれたのなら~、わたくしとしては魔力を全力で使うわけにはいきません~……」

「し、しかし!」

「この魔法バリアの精度からすると~……カナエさんという方は~、わたくしよりも上位の魔法使いだと思います~。ですから~、本気で戦った場合は、おそらくわたしたちは勝てないと思います~」

「だが、勝てないからといって、ここで引くなどっ――!」


 やはり、ルリアはは騎士としてのプライドが高いのだろう。そのプライドを傷つけることになってしまったのは申し訳ないが、ここでカナエたちと傷つけあうことだけは絶対に防がねばならない。


「すまん、ルリア、ミーヤ! だが、わかってくれ! 戦争を回避するためには、これしかなかったんだ。俺だって、みんなやリリと一緒にいたい。でも……こうするしかないんだ……ふたりになにかあったら、リリはどうする? まだまだふたりがリリを支えかなきゃだめだろ?」


 いまだにルートリア皇国の軍勢はぬいぐるみのまま。対するヌーラント皇国の騎馬隊はいつでも突撃できる体勢だ。

 しかも、香苗の魔法が尋常でないことが改めてわかった。


 このままルリアの暴走するままミーヤも戦ったとして――もしふたりになにかあった場合はリリにとっても国にとっても、ダメージが大きすぎる。


 ふたりは、リリの両腕とも言える存在なのだ。もしそのふたりが仮に死んだら、防衛力が落ちるだけでなく、権力闘争的なものも出てくるだろう。

 そうなると、リリの地位や命が脅かされることだってゼロではないと思う。


「くっ……」

「ミチトさん~……そこまで考えておられましたか~」


 リリのことを考えたことで、ルリアも冷静さを取り戻したようだ。


 そうだ、俺なんかのために国を危険にさらすことはない。内政で築いた平和な楽園を騎馬隊の馬蹄で踏みつぶされるようなことは防がなければならない。


「あら、見た目はただの若い男だけど、なかなか物事の道理がわかっているのね? あなた、ただの異世界人ってだけじゃなさそうね」


 俺が見た目通りの高校生だったら、ここまで冷静ではなかったかもしれない。


 社畜経験によって、ある程度、物事がどうなるかということについて冷静に考えることができた。


 あとは……社畜ならではの滅私奉公、自己犠牲精神というものも多少はあるかもしれない。人に迷惑をかけるぐらいなら、自分が犠牲になるというか。


「うふふっ♪ いいわね、その自分を犠牲にしてまで他人を救おうとする精神。ますます気に入ったわ」


 ルル姫はご満悦といった表情だ。この自分勝手さと傲慢さにまったく怒りを覚えないわけではないが、いまは粛々と従うほかない。

「ミチトくん、ごめんね、こんなことになって……」


 ルル姫の代わりというわけではないだろうが、香苗が謝ってくる。ヌーラント皇国に香苗がいてくれたことだけが、俺にとって不幸中の幸いだったかもしれない。


 ……まぁ、香苗のチート級な魔力のせいで軍事面におけるパワーバランスが崩れてしまったとも言えるが……。


 ともかくも俺は香苗とともに、ルル姫のところまでやってきた。


「目標達成ね。それじゃあ、撤退するわ。香苗、相手が追撃してこれないようにバリアの効力を上げて、範囲を広げておきなさい」

「は、はいっ、ルル姫さまっ」

 香苗は預けていた杖を受け取ると、体を回転させながら魔法バリアを唱えた。ルリアたちと俺たちを隔てるように、巨大な光の壁が数百メートルに渡って出現した。


「くっ……! なんという魔力だ!」

「これは~、もはや英雄級の魔力ですね~」


 ルリアとミーヤの驚く声が聞こえてきた。俺も魔法を使えるようになっているからこそ、香苗の魔力が尋常ではないことはよくわかった。


「それでは、撤収するわ! リリ、悪く思わいでね。これからこの世界は乱れに乱れる。ルートリアのような内政特化の国では絶対に『お兄ちゃん』を守りきることは不可能だわ! リリ、これはあなたのためでもあるのよ!」


 また『お兄ちゃん』呼ばわりされているが、なんなんだろうか……。

 それに、世界が乱れに乱れる……?


 いろいろと気になることを言っているが今の俺にはよくわからないことだ。

 そんな俺を見て、ルル姫はくすっと笑う。


「お城に戻ったら説明するわ」


 俺としては、今はなりゆきに任せるしかなかった――。


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