第6話 芽生えたモノ
帰りのHR。
結局あれから二人は一言も交わさないままだった。
美少女同士って相性悪いのかね?
そんなこんなで俺が今日のごたごたについて考えていると、前の席の柏木が急に振り反った。
「平野ぉ、ついにこの時期が来たようだ」
「あん?」
そのにたにた顔がとっても殺意を駆り立てる。これも才能の一つなのかね。
ともあれ、俺はそのにたにた顔の原因であろう渡されたプリントに目を落とす。
「……嘘だろ?」
その薄っぺらいただの紙切れには、赤い文字で神風特攻隊へ徴兵する――――、と書かれていたわけではモチロンなく、大きな字で授業参観のお知らせと書かれていた。
「はぁ〜、実に楽しみだな!ひ・ら・の・くんっ!」
そう言うと柏木は授業中のダルさが嘘のようにきゃぴきゃぴとウインクを決める。
…………よし。誰も見てねぇ。今ならこいつを消せるっ!
「え? ちょっと平野君? 笑顔で三角定規を磨ぐのはやめよう?!」
「許せ柏木。これも世界が良くなるためだ!」
こいつがいなくなったら少なくとも俺の世界は良くなる。だからそれで良しとしようではないか。
「良くない良くない! 全っ然良くない!だから早くこの喉仏をくすぐる三角定規をおろしてくれ!」
おお!柏木の妙に本気で焦ってる感が楽しいっ! もうちょっといじるか。
俺は興味本位で三角定規をさらに喉仏の奥へと押し付ける。
「あぁ……あんっ!あんっ!あっ!あぁ〜っ!」
「ぶはっ!!」
俺はほとんど反射的に柏木の口を塞いでいた。
っていうか今の何?! 何なのあのおぞましい恐怖の雄叫びは!
あまりの吐き気に一瞬意識が遠くなったぞ!
それで危うく気絶しそうなのをなんとか堪えて一息ついていると、柏木が何故か必死にん〜! ともがいているのが分かった。
あ、俺が手で抑えてるんだった。
「ぷはー!はぁ……死ぬとこだった……はぁ、はぁ」
俺が手を離すと、柏木は相当苦しかったらしく目に涙をためながら息を荒げている。
そして俺はそんな柏木に恐る恐る真実を問う。
「柏木。その〜なんだ、さっきの不気味な泣き声は……なんだ?」
その質問の意味がよくわからなかったのか、柏木はふぅ〜っ、と深呼吸すると首を傾げた。
「そんなの決まってるじゃないか。断末魔だよ」
嘘だっ! あんな声を死に際に出す奴がいるなんてっ!
…………次からこいつを殺る時はガムテープが必要らしい。
するとさすがに騒ぎ過ぎたのか、前の先生の冷たい視線と目があった。
あれ?なんか先生目で喋ってる? さっそく聞いてみよう!
(あぁ、俺もこいつらみたいにきゃぴきゃぴしたいっ!)
今初めて読眼術習ったの後悔しました。
そんなで世界がちょっと嫌になって目線を伏せると、再びあのプリントが目に入った。
授業参観、か。
やっぱり親が来るのだろうか。
そりゃそんなの当然のことなんだけど、俺にとっては違う。
忘れもしないあの日。中学三年最後の授業参観。
そこで俺の父親は、とんでもないことをやらかした。
「裕也〜!愛してるぞ〜!」
――――そう叫んだのだ。
なんの前触れもなく。
しかも授業中に。
いきなりの出来事に辺りは一瞬静まり返り、誰もが後ろ振り返って驚愕していた。いやもちろん1番驚愕したのは俺だけど。
辺りにちょっと酒の臭いがしていたからどうやら酔っていたらしい。
その後親父は何度もしゃっくりしながら、何事もなかったみたいに出ていった。だけど、大変なのはそれからだった。
クラスは大爆笑。あげくの果てに俺にはホモファザコンという原始人みたいなあだ名までつけられた。
今だから笑って話せるが、当時は本当に心が折れて死にたいとさえ思ったさ。
まぁ今思えばたいしたことないんだけど、その時の俺はほんとに何もかも嫌になってこう言ったんだ。
「おまえなんか親父じゃねぇっ!」
ってな。それから親父とは一言も口を聞いてない。
それに親父は酒には弱いけど、普段は真面目で頑固だからこのまま笑って水に流すなんてこと絶対にないだろう。
後悔……はちょっとしてる。言い過ぎたとも思ってる。でも、俺が悪いことしたわけじゃない。
親父の口からちゃんと謝罪の言葉を聞きたい。
それに……いや、あるいは――――、
「な〜に考え事してんだ?」
「うっ……」
どうやら気づかない内にしかめっつらになっていたらしく、柏木はにたっと笑いながら覗き込んできた。
「心配するなよな。おまえの中学校の友達は、ここにはいないんだから」
え?
なんで? だってこいつ馬鹿だと思われるのが嫌だから俺とは高校からの付き合いだって…………
――――こいつ、まさか本当は俺のためにそんなことを……?
そんな俺の視線を感じたのか、柏木は優しく微笑む。
「だって馬鹿だと思われたくないしぃ!」
「おまえーっ!!」
すると柏木はいつものようにキャー犯されるーっ!とか言って前の席に戻って行った。
だから本当はどう思ってるかなんて俺にはわからない。わかる必要もない。
ただ
ここに居たいって思えた。
今は、それで十分。
◇◇◇◇◇
放課後になるとやっぱりやつが、ずかずかと俺の席にがやってきた。
「おい平野!今日は弁当ありがとう!」
礼を言いつつも顔は明らかにふてくされた様に引き攣っている。
なんでだよっ!
っていうか俺感謝されてるんだよね?
「またまた二人ともラブラブなのか?」
「ち、違うぞ! ただ弁当のお礼を言ってただけなのだ!」
北川もニシシシと太陽のような笑みを浮かべてやってきた。
どうやらみんな暇らしい。柏木もふわぁとキモい欠伸をしている。
キモいっ!!
心で叫ぶのは唯一の自由だぜっ!
…………イラッとしたからやってみただけだもん!別に痛くなんかないもん!
こんなことやってる俺も結局暇ってわけだ。
「なぁ平野」
「なんだ?」
鳴宮は改まって一呼吸置くと、こちらに向き直った。
…………まさか告白?!
そんな考えが過ぎった瞬間、もの凄い速度で鳴宮の右腕が振り抜かれて
「せいっ!!」
「ごふっっ!!」
ってなんで俺の腹にクリーンヒットしてるんだよ!
い、いかん……溝に入った。
俺はあまりの衝撃でその場に崩れた。
「……一応聞こう。なぜ殴った?」
どーせ理由なんてないんだろうけど。
けれど鳴宮は少しも考えるそぶりもなく口を開いた。
「むしゃくしゃしていた。誰でもよかった」
おまえは通り魔かっ!
こんな理不尽な状況の俺に、北川は混じり気のない真っ直ぐな笑顔を向ける。
北川はやっぱり本当は純粋な子なんだ…………もしも両手を合わせてご愁傷様!って言ってなかったらな!
「とにかく、暇なのだ!」
「あのなぁ、だったら口で言えばいいだろ」
「殴った方が早いではないか」
鳴宮はいつも通り、自分が正論! とでも言いたげな顔をしている。
ったく、どんな風に育ったらこうなるんだ?
親の顔が見てみたいっ! でももし親子揃って凶暴だったら…………想像したくない。
「でもよ、もうすぐ夏休みだし、みんなでなんかやるってのよくね?」
そう言って北川は楽しそうに微笑む。そんな光景を想像してるのだろうか? まぁ北川らしい提案だな。
「それいいな!しかも鳴宮さんという美少女と一緒に……」
その瞬間、鳴宮の瞳が獲物を捕らえた猛獣のようにギラリとイラついた。
ああ、やっちまったな。
「ふんぬっ!」
そして案の定マッハの一撃が柏木の中心を撃ち抜いた。
「ふぐうぇあっ!」
…………今のはプロボクサーでも避けられないかもしれない。
きっと何が起こったかさえわからないであろう柏木は、すごい奇声と共に床に倒れこんで泡を吹いている。
あの威力からして鳴宮はよつぽど怒ってるのか? そんなに柏木がキモかったのか。その気持ちはわからなくはないけど…………
と思って鳴宮の顔色を伺うと、そこには物凄い怒りの業火を瞳に宿して般若のように顔をゆがませている鳴宮がいた――――と思いきや、鳴宮はなぜか頬を赤く染めてむくれている。
「び、美少女だなんて……その、は、恥ずかしいだろっ!」
…………っ、えええっ!
恥ずかしいから殴ったんですか?! それおかしくないですか?!
なんだか最近こいつの理不尽さが増しているような……
「愛の鞭だな!レオナ!」
「どこに愛があると言うのだーっ!!」
「はぐべっ!!」
そしてここにバカがいたよ。
再び鳴宮から繰り出された剛速球は、今度は迷うことなく北川の顔面を捕らえた。
女子相手にも容赦ねぇ! これだから友達ができないわけだよ! …………改めて考えてみると、俺はとんでもなく凶暴なやつと友達になってしまったらしい。
からかうのは本当に楽しいんだけど、選択肢ミスると罵倒だけじゃすまねぇよ。
そしてそんな一撃を受けた北川は、余裕にも、うわっ!うわっ! うわっ! とかやられたときの効果音を出しながらばたりと床に倒れた。
「くらっちまったぜ!」
そしてすぐに立ち上がるとマンガの主人公のように鼻を擦った。
って立ち直りはやっ! 柏木なんてまだ口からかぽかぽ変な液体出してるのに!
「北川が変なこと言うからいけないのだぞっ!」
「おうっと! 俺は真夏でいいぜ! 友達だろ?」
そうやって太陽の様にへへっ! と笑う北川は真っ直ぐで、明るくて。鼻血が流れてるのは若干気になるけど、それでもとても可愛かった。
鳴宮はそんな笑顔を向けられて少し恥ずかしいのか、また頬を赤く染めて顔をしかめている。
それでも北川が、なっ? と手を差し出すと
「お? おお……」と戸惑いながらもしっかりと手を握った。
…………なんだ。友達、できてるじゃねぇか。多少俺が関与したこともあるけど、これはきっと鳴宮自身で掴んだものだ。
鳴宮一人で。
――――突然あの時の鳴宮が頭に浮かんだ。
友達になってくれ!なんてて素直に言えばいいじゃねぇか。
ってなんで俺はキレてんだ? ちっ、柄じゃねぇな。
「わ、私もレオナでいいからなっ!」
「も〜分かってるぜ! レンレンっ!」
「って変な呼び方はやめろっ!」
「はぐっ!!」
そうやって殴る鳴宮も心から楽しそうに笑っている。
……よかったじゃねぇか。
「あんな美少女二人がじゃれ合ってるの見ると癒されるなぁ」
「うぉっ! おまえいつの間に復活したんだ?!」
床で泡を吹いていたはずの柏木はいつの間にか俺の横でしみじみと二人の光景を見ていた。
「愚問だな、平野。美少女あるとこ柏木あり! だ」
そう言って柏木はグウッと嬉しそうに親指を突き立てた。
いやおまえが言うと犯罪にしか聞こえねぇんだけどな。
そう心の中で突っ込んでいると、じゃれ合っていた二人がこちらに向かって手招きしている。
「おーい平野! みんなで何をするか決めるのだ!」
「早くしねーとなくなるぜ〜!」
その声を聞いて柏木はおおっ!と目を輝かせる。
「ほら平野! 美少女達が御呼びだ!」
「別におまえを呼んだんじゃねーよ!」
そう突っ込んでから俺達はゆっくりと歩き出した。
なんでだろう、さっき感じた感情は嘘のようになくなっていた。