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第2話 柏木彰の憂鬱

窓越しの景色はいつにもなく俺を憂鬱にさせる。それも最近はいつにもなく五月雨が降り続けているから。

そんなただ落ちては降るだけの雨を見ていると、どこか妙な安心を感じて俺は段々と睡魔に襲われて、知らぬ間に意識がぷつんと途切れていた。


耳に響くのはチャイムの音だろうか。

気がつくと教室には既に弁当特有の生暖かい匂いが漂っていた。っと、どうやら昼休みまで寝ていたらしいな。


俺がやる気なさげにあくびをしていると、前の席がくるんと俺の方に回された。

「雨が降るとなんか憂鬱になるよな〜」


とかなんとか言っていつでも幸せそうな面をしてるこいつは柏木彰。一応中学からの知り合いなんだが、本人は俺とそんな関係だとバレると

「同じ馬鹿だと思われる!」とかなんとかで、知り合ったばかりを演じている。

なんか馬鹿にされてる気がするけど、意外にそれはそれで好都合だったりもするんだ。だって中学からの知り合いはこいつだけだから、事実上俺の過去を知ってる奴はいないって設定になってるわけだからな。


「俺はお前のその平和そうな貧乏面を見る度に憂鬱になるんだけどな」

「ふっ!甘いな平野。脳ある鷹は爪を隠すっていうだろ!」

「それを言うなら、脳じゃなくて能だろ。それだと全ての鷹が爪を隠すとかいう前代未聞の集団的生態進化が起こることになるぞ」


なんかこいつに馬鹿だと思われてると思うとすごく腹が立ってきた。ていうか、なんかもう切ないよ。


「うっ!そんなに揚げ足取らなくたっていいじゃんか!平野の馬鹿ぁ〜!」


馬鹿にバカにされたのがよっぽど悔しかったのか、柏木は

「うえ〜ん!」と気持ち悪い、というよりはもはやえげつない泣き顔で子供のように俺の机に突っ伏した。

そのおかげで俺の机にしゃんと並んでいたはずのマイペンソゥ達はそれぞれバラバラに床へと散らばっていってしまった。


えげつないのは顔だけにしてくれって言いたい。物凄く。


「あ〜もう。お前のせいで俺の大事なペンソゥ達がどっかいっちまったじゃねえか」

「ペンソゥだけ故意に発音良くするのやめてくれ、気が狂う」


散らかした当の本人は探す気もないのか、机に突っ伏したまま死んだ様に動かない。

その様子に多少はムカついたけど、今日だけはこいつもいろいろと大変なんだろうってことにしといてやる。


聞くところによれば最近柏木の両親は仲が良くないらしい。もしかしたら離婚したんじゃないかって噂も聞いた。

多分それは嘘だと思うけど、いつも能天気なこいつが最近俺には少し不安なように感じられる。

今は梅雨、五月だから……ちょうど一ヶ月前くらいに俺達揃って初めてこの学校の門を通った時にはお互いこれから始まる高校生活への期待ばかりで、不安なんてこれっぽっちも感じられなかった。


だからそれは最近のことなんだと思う。


そんな風に一人で無駄に考え事をしながらマイペンソゥ達を拾っていくと、ちょうど一本足りてないことに気がついた。


「あれ?一本ねぇな……」

「はい」


机の中を必死で探っていた俺の目の前に、一本の細くて綺麗な腕が差し出された。その手には確かに俺のマイペンソゥの中の一本である、お気に入りの黒いシャーペンが握られていた。


「あ、ありがとう……」


その手があまりに綺麗で、俺の汚い手で汚さないようにそっとマイペンソゥを引き抜くとその腕はすっと直ぐに引き戻された。


誰だろう、こんな優しいことをしてくれるのは。まさか鳴宮じゃないよな。


そう思って顔を上げると、そこには意外な顔があった。

長めのさらっとした髪は美しいツインテールに仕立て上げられ、きりっとした綺麗な瞳からは清楚さが漂っている。そして脚が長く、ものすごく良いスタイル。それは誰もが羨む才色兼備の美少女、早乙女ルイだった。

正直言うと初めてこんな近くで見たのだが、めちゃめちゃ綺麗だ。それでいて一年生なのに生徒会長なんだから、女子からも男子からもものすごい人気があるのだ。

一言で言うなら、嫁にしたい。


そんな俺の視線に気付いたのか、早乙女は少し怪訝そうな顔で俯いて、


「別に平野のために拾ったんじゃないわよ。たまたま通りかかったから助けてやっただけ」


そう一言呟いくとさっさと教室から出て行ってしまった。

俺なんか嫌われるようなことしたかな?

でも今俺のこと平野って言ってたよな……名前覚えられてるよ!

この俺がそんなことで興奮するんだから、それほどに早乙女は美しかったのだ。

「なぁ柏木、これってもしかしていろいろ展開しそうな予感かな?」


俺は柄にもなく嬉しくなって、未だに机に突っ伏したままの柏木に話しかけてみた。


「ぶりの煮付け食べたい」

…………返事はない。ただの屍のようだ。

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