9th pinch 美しき再会……のはずなのに! お姉ちゃんだよ!? 勇者くん!!
私たちが案内されたのは、テノト大河沿いに布陣していた連合軍の天幕の一つ。
他の天幕と比べて規模が大きいことや天幕内にある長テーブルから、そこが連合軍の司令室なのだと推測できた。
テーブルの前にそれ同じ素材の椅子が用意され、私は使節団代表ということで着席する。他の面々は静かに壁際に立っていた。
今この場にいるのは、私たち使節団とヴィック氏、そして彼の部下二名だ。
ヴィック氏は着席すると咳払いをして、天幕内全員の注目を集めた。
「……先程も申し上げたように、私は連合軍の総指揮を、聖都の教皇より暫定的に任されている身に過ぎません。
ですので、あなた方の要求を私の一存で飲む訳にはいかないのです」
「なるほど。そちらの状況はわかりました。ですが我々も、このまま引き下がるわけには参りません。
もし連合軍を統率しているのが聖都レイトラルの聖教会教皇というだというのなら、教皇へ使者を送り、連合軍へ軍を派遣している全国家の代表と和平について、話し合う会談の場を設けていただきたいのです」
「それは……」
ヴィック氏の言葉がつまる。
まあ、国家元首たち全員に会わせろ、という無理難題は最初から叶うわけないとは思っていたけれど。
私が再び口を開こうとした時、天幕の外側で馬のいななく声が聞こえてきた。
そして金属が地に着くような、がちゃんという音と、近づいてくる足音。
「おうおう! 坊主たちを送り届けるついでに近くまで来てたんだが……。
なかなかどおして、面白い話になってるじゃねえか!」
そんな豪快な台詞と共に天幕の入り口から入ってきたのは、大柄なヴィック氏よりも一回り大きい男性だった。
「フィート王!」
私はヴィック氏の発言に目を見張る。
(今、王って言った!?)
フィート国と言えば、テノト大河に面する三つの人間の国のうち、ここから一番遠い国だ。
「――で、そちらにおわすのが、かの魔族の王ってわけか?」
フィート王から視線を向けられ、歩み寄られる。
私は席から立ち上がり、一種族の王として対応する。
「お目にかかり光栄です、フィート王。私は魔族の王ジークリンデと申します」
「ほう。こちらこそ、かの魔族の王にお目にかかれて光栄の極み。私はフィート国国王カスト=クレメンテ・フィートだ」
王から握手を求められ、それに答える。
顔同様に大柄な手は日に焼けていて、握った手も固かった。
これまでにいくつもの戦闘を経験したのであろうことがわかる。
「それで、その魔族の王が人間と和平を結ぶ目的ってなんだ?」
身に付けていた鎧のまま、席に着くフィート国国王カストは、単刀直入に話題を振ってくる。
「それは――」
私は、連合軍が結成される原因となった一つの事件について触れた。
それは、魔族が人間に目撃されたという事件だ。
けれどその後の調査では、魔族領の魔族たちは人間の国に訪れた者がいないということがわかった。
つまり、目撃されたのは元々人間の国のどこかに隠れ潜んでいる魔族であり、彼らは私たちの支配下にはないのだ。
私はゆっくりと言葉を選んで、最後の言葉を結ぶ。
「――我々魔族の存在があなた方の目に触れたことで、人々に無用な不安を与え、争いの火種を蒔いてしまったことについては謝罪します。
ですがどうか信じていただきたい。我々にはあなた方と敵対するつもりは毛頭ないのです」
「ふむ……」
カスト王は、口の前で手を組みながら思案顔を浮かべていた。
「お前さんたちの言はわかった。だが、さすがに連合軍に軍を出してる俺でも、全軍を退かせられるわけじゃない。ここはお前さんの言う通り、聖都に使者を出して会談の場を設けた方が早そうだな」
「えっ」
「フィート王!」
驚いた。ここまで話がスムーズに行くなんて。
ヴィック氏も私たちと同様の反応をしていたけれど、カスト王の挙げられた手によってその言葉は喉の奥に沈んでいく。
王は、自分の耳を指差しながら言葉を続けた。
「俺には〈風〉の加護があってな。風たちの噂で大抵の情報は集まるし、大抵の嘘は見抜ける。
そいつらの話によると、お前さんは〝真っ直ぐ〞なんだとよ。勇者のあいつと同じ評価をされちゃあ、信じねえわけにはいかねえさ」
「〝真っ直ぐ〞?」
言葉の真意を図りかねたものの、どうやらこちらに争う気はないというのは伝わったらしい。
「聖都への使者に持たせる書状には、俺の名も書こう。それで――」
「師匠! 魔王が攻めてきたって本当ですか!?」
カスト王の言葉を遮って、勢いよく天幕の入り口の布が開けられ、入ってくる二つの影。
そこに立っていた片方は、見知らぬ――わけなどない、少年だった。
私はその声を聞いて振り向き、目に映る顔を見て確信へと変わる。
「玲、也……」
そこにいたのは、正真正銘、弟の玲也だった。
黒髪に黒目。
一般的な日本人の面立ちに加えて、弟のコンプレックスである吊目も完全に一致している。
最後に見たときより少し体格がしっかりしているような気もするけれど、高校生なのだから成長期と言えるだろう。
とはいえ間違いなく、私の目の前に立っていたのは、血を分けた弟である宮内玲也本人だった。
「陛下? いかがされました?」
私の異変に気付いたエルドラが、すぐさま壁際から近寄ってくる。
「……お前が魔王か」
吊目を余計に強張らせて、玲也が言う。
その手は、腰に帯剣された剣の柄まで伸びていた。
「おうおう、待て、レイヤ」
カスト王が私たちの間に入り、弁明をしてくれる。
「確かにこっちの嬢ちゃんは魔王だが、俺たちと戦う意志はねえそうだ。一旦、落ち着け」
「師匠たちは騙されてるんですよ! そんなの、魔王なら魔法でいくらでも誤魔化せます。
それに――」
玲也には、もっと魔王を敵視している理由があるのか。
そう思って息を飲んだ私が聞いたのは、次の言葉だった。
「――それに〝争いたくない魔王〞が出てくるラノベなんて、読んだことないですよ!」
(知らないわよ、そんなの!)
心の中で毒づいた私は、ふと天幕から入ってきたもう一つの人物へ目を向ける。
天幕に入ってきたのは、人目で美少女とわかる少女だった。
整った顔立ちの彼女は白い装束を纏い、長い杖を持っている。
「エルシーリア様!」
ヴィック氏が途端に大声を上げた。
「ヴィック卿。総司令の代行、ご苦労様です」
鈴を鳴らしたような声。
絹の糸のようにさらさらなストレートの金髪を耳にかけながら、その青い瞳でヴィック氏へと労いの言葉をかける少女は、どこかあどけなさな残る割りには、凛とした印象を受ける。
そして次に彼女は、天幕内にいた私たちへと視線を寄越した。
「そちらの方々が、魔族の……」
途切れる言葉を補強したのは、カスト王だった。
「魔族の王であるジークリンデ殿とその部下で和平の使節団である方々です」
カスト王が敬語を使うということは、この少女はただ者ではないと私の勘が告げている。
「申し遅れました。私は、聖都レイトラルで聖職に勤めております、エルシーリアと申します」
エルシーリアと名乗った少女は、左胸に手を置き、軽く会釈をした。
「それで、魔族の皆さんは、争いを起こす気などはない、そう仰るのですね?」
「リアまでそんなこと言うのか!? 第一、魔王を倒すために俺が呼ばれたんだろう?」
もはや玲也は、自分中心に世界が回っていると思っているようだ。
(ダメだ。早くこいつをなんとかしなきゃ……って、ん? 今、〝呼ばれた〞って……)
私の問いは、すぐに解決した。
「〈召喚〉で俺がレイトラルに来た時、勇者じゃないと魔王を倒せないって言っていたじゃないか。
それなのに、その魔族が人間に和平を求めるなんて……絶対何かの陰謀だよ!」
(はぁ? あったっていいでしょ!?)
でも、これで確定した。
レイトラルに現れた〈光の柱〉が召喚したという異世界人は、他ならぬ玲也だったのだ。
頭の固い弟の発言に一つの解決策を導きだした私は、咳払いをして皆の注目を集める。
「ええっと……レイヤ、さんでしたか? あなたのいう言葉はもっともです。
ですからどうか、我々にあなた方を害するつもりはないことを証明させていただく機会をください」
その場の全員を代表して、カスト王が口を開く。
「ほう……具体的には?」
「親善試合ということで、私と勝負をしましょう。レイヤさん」