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8th pinch 出立


 和平使節団出発の日。


 魔王城の入り口には、見送りにくるたくさんの魔族がいた。


「へっ、陛下!」


 そのなかで、ジャックス君が自身の装いについて私に物申してきた。


「ほっ、ほんとに、僕がこんな服来ていいんですか!?」


 彼、だけでなく使節団全員が着ているのは、魔族のなかでも最良品質と呼ばれる蜘蛛女(アラクネ)の糸で編まれた服。


 蜘蛛女(アラクネ)の糸は、火に弱い変わりに、強度や耐久力には優れているのだとか。


 今日、この日に間に合わせるため、蜘蛛女(アラクネ)さんたちには大分無理をさせました。ありがとう。


「うん、勿論! とっても似合っているよ。ジャックス君」


 使節団は、言わば外交官にも同じ。

 派遣国の国力を示すためにも、それなりのものを身に付けていく必要があるのだ。


 けれど、私の心配は他のところにあった。


「……」


 使節団のメンバーは、私、エルドラ、クリストフさん、そしてジャックス君の四名。


 なかでも魔王である私とその右腕とも呼べるエルドラが揃って魔族領を空けることになるという不安が拭えていなかった。


 そんな私の心配をよそに、豪快な笑いと共に、バシバシと私の背中を叩いてくる手。


「なに、そんな時化た顔してやがる! 心配すんな。お前らが留守の間は、しっかり俺が魔族領(ここ)を守ってやるからよ」


「いたたっ……ありがとうございます……バルナバスさん」


 振り向いた先にいるのは、あのバルナバスだった。


 なんと、彼は私たちが不在の間、魔王代行を勤めると言ってきたのだ。


(ほんとに大丈夫かな……)


 これが〝強者に従う〞魔族ということなのだろうか。


 けれど一度決闘で勝ったとはいえ、バルナバスは過激派の魔族。これが心配しないわけがなかった。


 そこに後ろに控えていたエルドラが、そっと私に耳打ちをする。


決闘(あの)日以来、バルナバスは目立ったことをしていません。長たちにも注意しておくよう申し伝えておりますので、何かあればすぐに連絡を寄越すでしょう」


「それなら……」


 不安を飲み込み、私は顔を上げた。


 私たち四人は、これから魔族領を出る、

 目的地は、テノト大河の対岸に布陣している人間国の連合軍の野営地。


 そこで最大の難関となるのが、テノト大河の渡り方だった。


 地図を目安にすると、この大河の全長は約六千キロメートル、幅は約十キロメートルを越えている。


 通常であるなら、魔族も人間も簡単に渡りきれる距離ではなかった。


「……もうそろそろで」


 魔王城の入り口で私たちが待っていると、その姿は上空から大きな旋風と共に現れた。


「あっ! フリードさん!」


 それは一匹のドラゴン。種族は地龍と言うのだそうだ。


 土色の鱗に金色の瞳を持つその姿は、ファンタジー小説などの表紙や挿し絵で見た姿と瓜二つだった。


《すまんのう。時間に遅れてしもうたか?》


「いえいえ。時間ぴったりです」


 高齢のお爺ちゃんのような声。それは外見の迫力とのギャップで私の心をなごませた。


(お祖父ちゃんがいたら、こんな感じなのかな……)


 フリードさんは先代魔王の代からの付き合いらしく、その娘であるジークリンデとは面識があったそうだ。


 だから今回の頼み事をお願いした時は、二つ返事で引き受けてくれた。


 祖父母がいない私にとっては、フリードのことがまるでお祖父ちゃんのように映っていている。


《じゃあ、約束通り乗せてってやるからのう》


 そう言って、フリードさんは前屈姿勢になった。


 始めにエルドラが登り、上から用意した紐梯子を掛ける。

 次にジャックス君、クリストフさん、最後に私が上った。


「それじゃあ、お願いします!」


《ほっほっ、人を背中に乗せるなど、実に三百年振りじゃのう》


 姿勢を戻したフリードさんは、翼を何度か羽ばたかせると、宙へと飛び出した。


 後ろ足で弾みを着けたことで、同時にスピードも出る。


 あっという間に、魔王城の高さを越えて、地上と雲の間へと到達した。


「うわーっ! すごーい!!」


《しっかり掴まっとれよ》


 そこから見る景色は、ビルの屋上から見た景色とはまた違った光景が広がっていた。

 飛行機に乗った時の感覚は、こんな感じなのだろうか。


 すべてを俯瞰できる視界。


 人生で一度も味わったことのない感動を、私は今この世界で味わっていた。


《目的地は、対岸でよかったのだな?》


「はい。降りられそうなところで、降ろしていただければ」


 その時、不意にジャックス君が不安げに言った。


「でも、大丈夫でしょうか……僕たちが突然現れて、攻撃してくるのではないかと思われたら……」


「そのための正装でしょ。身だしなみをきちんとして、正々堂々、誠心誠意話せば、会談の場くらいもうけてくれるわ」


 本当なら、事前に書簡とか使者とかが必要なのだろうけど。


(魔族には戦闘の意思はないってきちんと伝えれば、きっと……)


 そこまで思い至って、私は懸念点をもう一度フリードさんに尋ねた。


「ねえ、フリードさん。本当に、私たちの言葉って人間に通じるの?」


《心配ないはずだがのう。三百年ほど前は通じていたぞ?》


「三百年前か……」


 言語体系は、文化の交流や歴史によって、絶えず変化するものだ。

 他国との交流が増えれば、その国の言葉を話す機会も自ずと増える。


 逆に魔族領のように閉ざされた空間では、移動の制限などもあり著しく変化することはない。


 だから、陸続きの人間の世界は、どこまで変化してるのか未知数だった。


(最悪、ボディランゲージで通じればいいけど……)


 今はその心配をしても仕方がない。

 そう結論をつけて、私はフリードさんの背から、澄み渡った水面がキラキラと輝く様を見ながら、対岸に到着するまで時間を潰した。




《ここら辺でよいかのう》


 フリードさんが旋回をして告げたのは、魔王城側から見てテノト大河の対岸の左側。


 連合軍が布陣している右側にはフリードさんが着地するような場所はなく、連合軍へ無用な刺激を与えないためにもそういう選択をとったのだけれど。


「あーやっぱり気付くよね……」


 恐らくは、飛行するフリードさんを目撃したのであろう、人間たちの姿が着地場所からも伺えた。


 数は数十人。そのほとんどが鎧を装備している。


「いい? 全員、打ち合わせ通りにね」


 まず紐梯子からエルドラが降り、私が続けて降りた。


 彼らと同じ目線で立ってみると、人間の皆さんの表情は、一律険しいのがわかった。


 それも仕方がない。

 彼らにとっては未知との遭遇。まあ、それは私も同じだけど。


 私は両手を頭の上に掲げ、武器を持っていないことを示す。


 そして。

 静かに呼吸をひとつして。口を開いた。


「人間族の皆さん。私たち魔族に、あなた方人間と敵対する意志はありません」


「……」


 人間の兵たちは、黙って私に視線を向けていた。


 待って。ノーリアクションが一番きつい。


「繰り返します。人間族の皆さん。私たち魔族に、あなた方人間と敵対する意志はありません」


 そして来たのは、同じような反応。

 埒が明かないので、私は予定していた次の台詞を口にする。


「私は魔族を統べる王、ジークリンデと言います。どうか、責任者の方にお目通りを願いたい」


 いつの間にか兵の数は増えていて、半円状に人だかりが出来ていた。


 そして、悲しい無反応にめげず、もう一度言葉を繰り返そうと口を開いたその時。


「この連合軍の司令官は私だ」


 聞こえてきたのは、男性の声。


 そしてその声に従って別れるように開いた人の波の道から出てきたのは、壮年の男性だった。


「私はヴィック=レスト。暫定ではあるが、この連合軍の総指揮を任されている」


 ヴィックと名乗った男性は、鎧や甲冑は着ていなくとも鍛えてることが人目でわかるほどしっかりとした体格だった。


 私とは頭二つ分ほどの身長差がある。


「改めまして。私は魔族の王をしているジークリンデです。後ろにいるのは、配下の者たちです」


 私は、握手を求めようとヴィック氏に左手を差し出した。


 もしかしたら握手の文化がないのかもと不安に刈られたものの、氏はぎこちなくもそれを握り返してくれる。


「……それで、その魔族の王たる御方が、なにゆえこちらに?」


 落ち着いた口調と言葉とは裏腹に、その眼光は鋭く私を見据えていた。


(きっと、ここで言葉の選択ミスをしたら大戦が勃発するんだろうな)


 危機感があるのかないのかわからなくなる感想を抱きながら、私は後ろで控えるエルドラに手を翳して動きを止めさせる。


 もし人間側と決裂するような事態になったら、一番手をつけられなくなるのはエルドラだった。


「先程も申し上げたように、我々魔族には、貴公ら人間と敵対する意志もなく、争いも望んでおりません。なので――」


 ここで言葉を区切り、もう一度続ける。


「――どうか、我々と和平を結んでいただきたい」


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