表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/26

6th pinch 決着

いつもご覧いただき、ありがとうございます!

ブックマークもしていただいているようで、感激です。


前回と今回は視点切り替えが多めでしたが、明日からはまた主人公視点で進みます。


 ギラリと光る、バルナバスの瞳。


「な……っ!?」


 次の瞬間に、腹部に強い衝撃と痛みが走った。


 くの字に曲がった身体はそのまま後ろ方向へと飛ばされ、競技場(コロセウム)の壁に激突する。


 衝撃と突風で、再び土煙が宙に舞った。


「ぐは……っ」


 死ななかったのが不思議なほど痛かったものの、それよりも自分の口から女子とは思えない低い声が出たことに驚いた。


 それに、か弱い女に腹パンチ喰らわすなんて、この人でなし。いや、確かに魔族だけども。


(でも……私のこと、見えてないはずなのに、なんで……っ!)


 〈影纏い〉は確かに効いていたはずだ。だのに、どうしてバルナバスは私が正面から来ることを知っていた?


 私の疑問を見透かすように、バルナバスの嗤い声が前方の方から聞こえてくる。


「おいおい、どうしたぁ? 気配も隠さず突っ込んでくるから、何か他に策でもあるんじゃと思っちまったじゃねえか……」


 そう言いながら一歩ずつ近づいてくるバルナバスの手には、開始直後に私へと投げられた、あの棍棒が握られていた。


《カンナ! 大丈夫!?》


 ジークリンデの声が聞こえる。


(だ、だい、じょう、ぶ……)


 強がってそう答えたものの、思うように身体が動かなかった。


(どう、すれば……あいつに勝てるの?)


 加えて動かす度に身体に走る激痛が、私の思考を鈍らせる。


 次第に頭もぼうっとしてきた。


(でも、まだ……倒れるわけ、には……っ)


 私は辛うじて瓦礫の中から身を起こし、立ち上がった。


 その時。


「けほっ、けほっ……」


 間違いない。それは少年の声だった。


 声のした方に目をやる。


 すると、瓦礫に紛れて、一人の少年がうずくまるように身体を曲げて倒れていた。


「……っ!?」


 どうしてと疑問が声になる前に、その理由には見当がついた。


 私がぶつかったことでできた壁の亀裂が、競技場(コロセウム)の上に設けられていた観客席まで届いていたのだ。


 そのせいで観客席の一部が崩れ、フィールドに落ちて来てしまったのだろう。


 私は痛む身体を堪えて大声を出した。


「バルナバス、ちょっと待って! 他の魔族が巻き込まれてるの! 一旦避難させなきゃ!!」


 けれどバルナバスから帰ってきたのは非情な笑い声と無情な言葉だった。


「へっ、避難だぁ? 自分(てめえ)の危険すら回避できねえ雑魚を、俺が助ける義理なんてねえな!」


「あんた……最低ね!」


 形式や格式だとか、自分より弱いものには手を出さないとか、魔族は変なところで律儀だから、もしかしたら義理なんてものもあるのではと思い始めていたのに。


「俺は、ただ強者の魔王(おまえ)に勝てればいい。どのみち遅かれ早かれ、弱い時点でそいつは死ぬ運命だ」


 言い返す暇もなく、バルナバスが私へ向けて手を伸ばした。


 そして私は、それが先程と同じ火の玉が生み出される合図だとわかる。


(本気で、この子を巻き添えにする気なのね!?)


 私は少年を抱え、どこか身を隠せそうな場所を探した。


 この決闘は、文字通り互いに命を賭けている。


 けれど、それはあくまで私とバルナバスだけのもので、他の魔族は関係ないはずだ。


 耳の奥で、ジークリンデが叫んでいる。


《カンナ! 落ち着いて! ええっと……まずは水魔法で回りに結界を張って……ああっ、でもカンナは同時に魔法を使えるかどうか――》


 けれど最後の方の言葉はまるでノイズが混じったように聞き取れなくなっていた。


 その変わりに、身体の中に流れる血液が一気に沸騰するような感覚が、鳥肌と共に全身を駆け巡る。


 そして。

 頭の中に流れ込んでくる、誰かの声。


 それは明らかに、ジークリンデのものではなかった。


《我が意志を継ぎし血族よ――同胞(はらから)を護れ》


 どくん、と心臓の鼓動が高鳴ったのを最後に、私の意識は水底に沈んでいた。



 ◆



 競技場(コロセウム)の端。


「陛下っ」


 片方の入場口側で戦況を伺っていたエルドラは、目の前で魔王が壁に激突するのを目撃し、彼女へ駆け寄ろうと一歩踏み出していた。


「待ちなよ」


 しかしそこに、彼を止める声がかけられる。


「お前はっ!?」


 声のした背後へエルドラが振り向くと、そこに立っていたのはクリストフだった。


 クリストフ=ヴレットブラード。またの名を〈白き死神〉。


 ここ数百年〈魔の大迷宮(グランド・メイズ)〉から出てこなかったはずのクリストフが、なぜここにいるのか。


 その疑問をエルドラが口にするより前に、当のクリストフが言葉を紡ぐ。


「今君が行っても、何の意味もないだろう?」


「だが……」


 頭で理解していても、納得ができなかった。


 今から百二十年ほど前。


 彼女――ジークリンデを魔王へと仕立てあげたのは、先代の魔王であるベルガスヴラドの命令を受けた、エルドラを含む現魔族の長たちだった。


 血筋も問題なく、魔力の強さも父親譲りのジークリンデは、まさに魔王の器として申し分なかったのだ。


 そして()()は成され、ジークリンデは魔王となった。


 しかして謀略の果てに魔王へと据え置かれた彼女は、言わばエルドラたちの傀儡であり、そこに意思は何もなかった。


 そこにいるだけでいい。

 ただただ、エルドラたちが提案することに対して、頷いていればいい。


 そんな扱いを受けてもなお、ジークリンデは自身の置かれる状況に異を唱えることはなかった。


 不服とするどころか、望んで受け入れているようにすら思えた。


 それが、エルドラの僅かに芽生えていた、彼女へ対する後ろめたさを削いでいた。


 しかし、人間たちとの戦争の可能性が現れた途端、彼女はそれまで意に介することのなかった魔法や魔術に関する文献を読み漁り出したのだ。


 エルドラは夜な夜なそれらの文献にあたるジークリンデの姿を目撃した時、彼女が魔王として、窮地に立たされた魔族に何か光明をもたらすのではないかと、内心期待していた。


 そしてついに先日、彼女から提案された和平使節団の創設。


 衝撃的な内容ではあったが、それよりも彼女が描く魔族と人間との将来像に目を見張った。


 その時、エルドラは気付いたのだ。


 今まで自分たちが蔑ろにしていた魔王は、自分たち他の魔族にはない価値観や視野を持っていると。


 彼女の抱いた理想がどこまで続いていくかは、知恵者と謳われるエルドラの〈叡智〉を持ってしても、正直不鮮明なところではあった。


 それでも、エルドラはこれからは彼女に、誠心誠意尽くそうと決めていた。


 それは、これまで蔑ろにしていた彼女に対する贖罪の意味も込めているのと同時に、自分の考え得なかったその道の先をみてみたいと思ったからでもある。


 だからこそ、今、彼女を失うわけにはいかない。


「――だが、私は陛下の臣下だ」


「だとしてもだ」


 行く手を阻むように、エルドラの腕をクリストフが掴んだ。


 その手に込められる力さと、白髪に潜む眼光の鋭さはどちらも強い。


 それでも、とクリストフがその手を振りほどいた時。


 背にしていた競技場のフィールドで、大爆発が起こった。


 爆風と共に、熱気と水蒸気が伝わってくる。


「なんだ!?」


 観客席にいる魔族たちも、同様にどよめいてる。


「陛、下……?」


 土煙が収まったフィールド上を見渡しても、魔王の姿はどこにもなかった。


「あれは……誰だ?」


 隣でクリストフが、独り言のようにポツリと呟いた。


 その視線は、競技場(コロセウム)のフィールドではなく、その上空。


 そう。()()は宙に浮いていた。


 地上からの距離でいうと、大人二人分の高さはゆうに越えている。


 そして彼女のその背には、黒き翼が生えていた。


 エルドラは思い至る魔法を口にする。


「あれは――飛行魔法!?」


 飛行魔法。

 その難易度は、他の魔法に比べて桁違いに高く、消費する魔力も尋常ではない。


 魔王である彼女からすればわけもない魔力の消費量なのかも知れないが、この競技場(コロセウム)にいる魔族のなかでそれを使える魔族の数は片手にも満たないだろう。


 そして、驚愕を顔に浮かべているのは、エルドラだけではなかった。


 会場全員が、戦況の変貌に固唾を飲みつつ、空に浮かぶ魔王をただ見つめている。



 ◆



「う……っ」


 少年――ジャックス=クロムウェルは、辛うじて意識を取り戻した。


 記憶の最後に残っているのは、魔王陛下の活躍を一目見ようとして、競技場の客席の最前列まで言ったところまで。


 それ以降だと、あとは朧気に耳許で誰かと誰かが叫びあう声が聞こえたものの、その内容までを聞き取ることはできなかった。


(そうだ。僕、客席から落ちて……)


 けれど、頬に僅かに流れる匂いは、先程までの土のものではなかったと気付く。


 ゆっくりと目を覚ましたジャックスの視界に最初に映ったのは、風に豊かに靡く赤髪だった。


 その赤髪は〈神の左目〉の光を受けて、神々しく輝いている。


 髪と同じ色の瞳は凛々しさの中に強さが感じられていて、つい見惚れてしまった。


「え……っ?」


 次にジャックスが目をやったのは、自分の置かれている状況。


 そこは、空だった。


 ジャックスは空にいたのだ。

 否。正確には、空に浮かぶ魔王ジークリンデの腕の中にいたというのが正しい。


 そして魔王の背には黒々とした羽を持つ翼が生えていた。


「――そこまでだ。バルナバス」


 不意に、自分を抱える本人――魔王ジークリンデの口から言葉が紡がれる。


 堂々とした口調。

 彼女のそれはまさに、魔王を感じさせる風格だった。


 そしてその視線は、真っ直ぐに地上にいる魔族――バルナバスへと向けられている。


 バルナバスは驚愕の表情を浮かべながら、こちらを見上げていた。


 魔王はなおも言葉を続ける。


「汝の強くあらんとするその心は、我が魔族にとっても美点でもある。しかし、同胞への不要な暴挙を、これ以上見過ごすわけにはいかない」


 格闘場(コロセウム)の観客席は、皆沈黙していた。


 一体、何が起こったというのか。


「なっ、なんだよ! これまでは手ぇ抜きやがってたって言うのか!?」


 苛立ちを押さえきれない様子のバルナバスは〈火玉(ファイヤー・ボール)〉を放とうとしていた。


 しかしそれを見据える魔王の瞳からは、一切の不安を感じられない。


「……?」


 ジャックスには、魔王がバルナバスへ向けて何かを呟いたように見えた。


 それが詠唱呪文だと気付いたのは、バルナバスの周囲にどこからともなく水の渦が現れ、その姿を丸々と飲み込んだ時である。


 詠唱が途中で途絶えた〈火玉(ファイヤー・ボール)〉は跡形もなく消え、その場には、水球に飲み込まれてもがくバルナバスの姿のみがあった。


(省略詠唱で、この威力!?)


 ジャックスには、ただただ驚愕の光景だった。


 省略詠唱とは、読んで字のごとく魔法の発動を唱える呪文を省略して行う詠唱方法である。


 省略詠唱は魔法の威力が半減する代わりに、魔法の発動速度を早められるという利点があるのだが、それが、魔族一人を意図も容易く飲み込むほどの大きさの水球を産み出すという規模なのかは、ジャックスには図りかねるものがあった。


 加えて、ここは〈地〉の力が強い競技場(コロセウム)


 大気中から〈水〉を発生させるという荒業は、きっと他の魔族では同じようにはいかないだろう。


 それほどまでに強い力を持ち、それを制御できる存在。


(……これが、魔王陛下の力……)


 ジャックスは釘付けなっていた魔王の横顔から視線を向けられ、心臓が萎縮した。


「……大丈夫か?」


 言葉での返事ができずにこくこくと首を縦に振ると、魔王は地上へと降下を始めた。


 そして二人が競技場(コロセウム)のフィールドに足を着いた時、バルナバスを飲み込んでいた水球が割れる音と共に、その中からバルナバスが倒れ込んだ。


 その意識は既になく、駆け寄ってきたエルドラによって、この決闘の結果が競技場(コロセウム)全体へと告げられる。


「――勝者、ジークリンデ陛下!」


 ジャックスは、歓声が沸く光景に目を見張りながら鳥肌を覚えた。


 しかし、視界の端に映った影が傾いたことで、そちらへと視線が動く。


 その正体が先程まで立っていた、魔王ジークリンデであることに気付いたのは、彼女が倒れる直前だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ