27th pinch 一縷の光
◆
深夜。
火の番をしていたアルバートさんに起こされ、私は通信をしてきた玲也たちから事情を聴いた。
帝国の新皇帝のこと。
開発されている魔道具の数々のこと。
レーネとゼイルという二人の魔族と出会ったこと。
そして、そのゼイルという青年が、私たちを襲った黒の騎士の正体だということ。
「それじゃあ……そのレーネさんなら、ジャックス君の呪いを解けるのね?」
『……ごめん。
それは、俺たちにもわからない。リアが彼女から聞いた話だと、魔族の怪我を治し続けてるってことくらいで』
「ううん、それだけでも十分よ」
通信用の魔道具越しからでも申し訳なさそうな顔をしている玲也の顔が目に浮かんで、私は首を横に振って答えた。
「ありがとう。あとはこちらで考えるわ」
通話を切って、今後の対策を話し合うことにする。
(とはいえ……)
私は横目でジャックス君へ視線を投げる。その顔色は昨日より悪くなっていた。
「……そうでしたか。帝国に魔族の生き残りが……」
エルドラが顎に手を当てて思案顔になった。
私は、玲也から聞いた時点で疑問に思っていたことを口にする。
「ねえ、魔族は魔族領にしかいないんじゃなかったの?」
帝国に魔族の生き残りがいたことは玲也から聞いた事実だ。
けれどなぜ、帝国の魔族が私たちを襲ったのか。その理由がわからない。
私の疑問に答えたのはエルドラだった。
「いいえ。今から三百年前までは、我々もこちらの大陸に住んでおりました。
戦争の折、その大多数が今の魔族領へと移動しましたが、中には生まれ育った場所に残ると言って、こちらに留まった者たちもいましたので……件の魔族たちはその子孫かと」
(取り残されたことへの恨み、というわけではない、のかしら……?)
そこで再び疑問が浮かぶ。
「元をただすと、魔族の大移動のきっかけは、その三百年前の戦争なのよね? そもそも戦争の原因はなんだったの?」
私の問いに答えたのはクリストフさんだった。
「世界各地に発生した瘴気です」
「瘴気?」
「ええ。瘴気は、大気中の魔力とは反対の、言うなれば負のエネルギー体です。
そこに長時間晒され続ければ、作物であれば毒素を帯び、人体であれば不調をもたらす危険なものとなります。人間は我々よりも脆いですから」
「有毒ってことね」
理解し頷く私に、アルバートさんが焚火を見つめながら、おもむろに口を開いた。
「……当時、世界各地に発生したその瘴気の影響で、各国の作物や人々に甚大な被害が出たんだ。
そして俺たち人間は、その発生の原因を魔族であると結論付け、魔族討伐の軍を編成した」
「その根拠は?」
魔族領にいた時も、これまでの旅の中でも、瘴気の話題が上がったことなんて一度もなかったのだ。だから瘴気の発生原因が魔族だと言われても、いまいち釈然としない。
私の純粋な問いに対して、アルバートさんは首をすくめた。
「さあな。俺も詳しくは知らない。教会がそう結論付けて発表したから、それを信じるしかなった」
(――なん、ですって……?)
開いた口が塞がらなかった。
国教でもある教会の発表となれば、何でも鵜呑みにされてしまうのか。
私は納得できないまま、エルドラやクリストフさんの方に視線を向ける。
「……それで、瘴気の原因は本当に魔族だったの?」
私の問いに、エルドラが答えた。
「当時、我らも瘴気の被害を多少なりとも受け、その原因を究明しておりました。その点の報告については、クリストフが一番の適任者でしょう」
「……結論から言って、瘴気の発生原因は未だにわかっていません。
発生源は世界各地。とりわけ魔族や人間の居住地付近に頻発して分布していることまでは分かっています。
けれど、瘴気が発生する条件がそれだけでは、もっと世界は荒廃していたでしょう。だから我々は、瘴気が発生する場所には何かしらの共通点があるのではないかと推測しました。
ですがそれを突き止める前に、魔族と人間との交戦は始まってしまいましたので、調査は打ち止めとなったというワケです」
「え……瘴気の原因が魔族じゃないかもしれないのに、人間からの戦いに乗ったの?」
「その逆ですよ」
エルドラが溜め息交じりに首を横に振った。
「瘴気の原因が我々だと決めつけられ、一方的に弾劾されるなど、当時の魔王が許すはずがなかった。
ましてや、仕掛けてきたのは魔王が下等と見下していた人間です。
このままでは魔王は、人類すべてを滅ぼしかねない。
そう判断した当時の魔王軍大将の一人だったベルガスヴラドは、一計を案じました。
一部の魔族を率い、勇者一行を迎え撃つという名目で各地の人間たちと交戦しながら、裏で魔族たちを魔族領へ逃がすための準備を始めたのです」
アルバートさんが自嘲気味な声を上げて肩を竦める。
「で、俺たちの足止めをしつつ、俺たちが魔王と対峙する前に、そのベルガなんとかってやつが魔王を倒したのさ。
結局、魔王の死とともに戦争はうやむやに終わって、人間たちが気付いた時には、こちらの大陸から魔族はほとんどいなくなっていた。
そして、魔族が姿を消したことに比例して、自然と瘴気の発生も局所化し始めていた。だから人間たちは〝やっぱり、瘴気の原因は魔族たちだった〞と結論付けたってわけだ」
(あの森も……)
彼が住んでいた賢者の塔がある不死の森も、元々は瘴気の発生源のひとつだったらしい。
「それじゃあ、魔族がこちらに住むようになったら、瘴気はまた増えるの?」
「それは何とも」
全員が解らないと答える。
困った。
ここに来て、もうひとつの課題『魔族が瘴気の発生源ではないと証明する』が見つかってしまった。
けれど瘴気の発生は三百年も前の話で、聖都での会談の場では瘴気の話しなんて誰一人話題に出していなかった。
なら、今の時代では瘴気の影響はなくなっている、ということだろうか。
「……なにはともあれ、ジャックス君を助ける手掛かりが見つかったんだもの。一刻も早く帝国に潜入して、レーネって人に合わなくちゃ」
今はもう、悩んでいる時間はないのだ。
「簡単に言ってくれるな」
私の言葉にアルバートさんが肩を竦める。
「え? ダメですか?」
「帝国は退魔系の魔道具が豊富なんだろう? ということは、魔力探査の手法も長けていると考えるべきだ。
こちらの正体がバレる前提で策――例えば囮を使った陽動作戦を取るにしても、こっちの数が足りない。下手すりゃ袋叩きだ」
アルバートさんの言葉に対して、エルドラが鼻を鳴らして一蹴する。
「帝国兵、ましてや人間に後れを取るつもりはない」
「はいはい。言い方が悪かったな。
お前たちの旅の目的はなんだ? 人間との諍いを起こすことか? 違うだろう。前皇帝を殺害した真犯人を探し出した上で自分たちの無実を晴らし、協定の締結をさせることのはずだ。
その中で、下手に人間と衝突してみろ。その目的は永遠に果たせなくなるぞ」
アルバートさんの冷静な声と言葉を聞いて、私は再び頭を抱えた。
そうだ。ここに来て闇雲に騒動を起こすのは、魔族の風評を悪化させる下策だ。道中の玲也との八百長とは理由が違う。
「まあ、最悪の場合は俺がこいつを不死者にするって手もあるがな」
「ちょっと! 縁起でもないこと言わないでください!」
ちょうど手伝いも欲しかったしとまんざらでもないような発言をするアルバートさんに、私は食って掛かった。
(時間も人手も足りない……どうすれば……)
せめて、私がリンデの魔力を使えることができれば――
その時。
《……環奈、聞こえる?》
焚火を枝でつついていた手が止まる。
(――来たっ!)
ラジオのチューニングが悪いときみたいに途切れ途切れではあるけれど、その声の主に確信があった私はその場で立ち上がった。
「すみません。ちょっと、席を外します!」
「はい。お気を付けて」
「あんま遠くにいくなよー」
「……」
各々の反応を背中に受けつつ、私は〈神の右目〉に薄く照らされた森の小道を足早に進んでいく。
◆
「おい」
ジークリンデが去った森奥を横目で見ていたクリストフに、エルドラの声が投げられた。
「なんです? エルドラ。君から話しかけてくるなんて、珍しいですね」
「珍しいのはお前の方だ」
クリストフが振り向くと、エルドラの眼が金色に光っている。
「――なぜ、あの塔から出る気になった?」
「……」
「ずっと気になっていた。魔族嫌いのお前が〈魔の大迷宮〉から出てきたことも、使節団に名乗りを上げたことも」
鋭い声に対して、クリストフは飄々と受け応えた。
「それは、純粋に陛下のお力になりたいと思ったからですよ」
「何よりそこだ。お前、陛下がお生まれになってから、まともに言葉を交わしたことがないだろう。
そんなお前がなぜ、この視察団に加わり、あまつさえ陛下へ目を掛ける? いい加減、白状したらどうだ?」
さすが知恵者の異名を持つ魔族だ。〈魔喰い〉と恐れられている自身にここまで食い下がってくるとは。
「これはこれは、信用がありませんね」
「……以前のお前なら、他人のすることに興味すら持たなかったはずだ」
「あはは。酷い言われようだねえ」
「……単刀直入に訊く。あの御方は本当に、我らが魔王ジークリンデ様なのか?」
表情を変えずにクリストフはエルドラに向き直る。
「どうしてそう思うんだい?」
「以前の陛下は、あそこまで自身の想いを口にすることはなかった。まるで、鏡に映っている、別の――」
言い淀みつつあった彼の言葉をクリストフは遮って続けた。
「別の誰かを見ているようだ、かな?」
「……」
沈黙ということは合っているのだろう。しかし、今ここでエルドラにすべてを知られては、余計なリスクが生まれる。
「きっと、何か心境の変化があったのでしょう。陛下なりに我ら魔族を想っての行動かと」
「それは理解している。だが……」
「だとしたら、どうするんだい?」
「な、に?」
「もしあの御方が以前の陛下とは別人だったとして、君はどうするんだい?」
向き直ったクリストフの赤い眼に、エルドラの姿が静かに映る。
少しの沈黙の後、彼の口は開いた。
「――だとしても、私の忠誠は変わらない。私は魔王ジークリンデ様についていくと決めた」
(……眩しいね、君は)
「なら、私も君と同じ理由ですよ」
魔族にも人間にも興味はない。それは本当だ。
だが、あの彼女が成すものを見てみたい、と思ったのも事実だったのだから。




