25th pinch 〈魔石〉の正体
その夜。
玲也とエルシーリアは、帝国から歓待の宴を受けた。
贅の限りを尽くした料理を堪能しつつ、夜も更けてきた頃。
やっとお開きになった宴から玲也が部屋に戻った時、空の〈神の右目〉は随分と高い位置に昇って煌々と輝いていた。
「……」
部屋まで送ってくれた衛兵が立ち去るのを確認すると、玲也は静かに窓から庭へ降り、とある場所へと向かった。
「……一日に二度も、勇者がこんな場所に何のようだ? しかもこんな時間に」
それは、イサークの工房だった。
工房の前に着いたところで、イサークが扉を開けて出て来た。
(……気配、消してたはずなんだけど)
職人の勘とでもいうのか。
しかし玲也は、それよりどうしても確認したいことがあった。
「昼間見せてくれた、あんたが造ったっていう魔道具。
……あれに使われるのは〈精霊石〉だけ、なのか?」
静かに口を開いた玲也の言葉に、イサークは眉をひそませる。
「坊主、どこでそれを――」
その時。
「――そこまでだ」
それまで玲也の背後にいたその影が姿を表し、敵意を見せた。
背後から向けられる、冷たい言葉と剣の切っ先の気配。
「……あんたと会うのも二度目だな。確か名前は、ゼイルって言うんだろ?」
玲也は予想していた人物の登場に動揺などせず、振り向いてその声の主を確認した。
そこに立っていたのは、以前会った黒鎧の騎士と同じ殺意を放つ男だった。
その特徴的な浅葱色の髪と瞳が、空の天体の光を受けて鈍い光を放っている。
「……聖女から何を聞いた?」
玲也の問いには答えずに、ゼイルは冷たく言い放った。
「全部だ」
静かに答える玲也。
宴が開かれる前に落ち合ったエルシーリアから、事の経緯をすべて聞いていた。
彼らが何者であるのか。
そして、何を求めているのか。
「余所者が関わることじゃない。
余計なことに首を突っ込むと、これより上が失くなるぞ」
しかし玲也へ向けられたその言葉は、明らかに拒絶を示していた。
向けられている剣の切っ先も、玲也の喉元に届きそうなほど近い。
「余計なことじゃない。俺は勇者だからな」
玲也は平然を装って、ニヤリと笑ってみせた。
その耳にはゼイルが小さく舌打ちしたのが届く。
「勇者だから、帝国で起こっていることにも介入できると? 思い上がるな」
「そうじゃない。俺はこの世界に喚ばれた勇者だ。
なら、帝国で起こっている問題も、俺にとっては無関係じゃないだろ」
「傲慢だな。ただの人間風情に何が出来る?
いくらお前たちが手を尽くそうと、帝国は変わらない。無駄なことだ」
吐き捨てるように向けられたその言葉に、玲也は違和感と怒りを覚えた。
「無駄? そんなこと、勝手に決めるなよ」
しかし、玲也がそう告げた次の瞬間。
「勝手だと!? ふざけるのも大概にしろ!」
玲也はゼイルに胸ぐらを捕まれていた。
睨み付けられる瞳の中にあるのは、憤怒の一色だ。
「どうにもならないってことは、帝国にいる俺たちが一番わかってるんだよ!!
勇者気取りの子供の思い付きで、これ以上……俺たちの人生を狂わせるな!!」
そして何より、怒りのその裏には悲壮の感情があった。
とは言え、こちらにも言いたいことがある。
玲也はゼイルの腕を掴み返し、はっきり言葉を口にした。
「ああ、俺はまだ子供だよ。
けどな……〝助けて〞って言葉以上に、動く理由なんかあるわけないだろ!? バカ野郎!!」
「……っ!?」
「……そこまでにしておけ。ゼイル」
そう言って、二人の間に入ったのはイサークだった。
「……」
「坊主。今のお前の言葉、覚悟として受け取った」
イサークは静かに首を工房の方へと向けると、玲也に着いてくるように示した。
玲也が工房に入ると、作業机の上に昼間はなかったものが置かれていたことに気づく。
「これは……」
それは、両腕で抱えるサイズの籠に積まれていた。
どれも伸ばした掌ほどの大きさで、一見すると変わった形の石のように見える。
表面も僅かに光沢を帯びていた。
その石のようなものに、玲也は見覚えがあった。
「……魔獣の角?」
そう。
剣の強度を上げるために用いられる素材の中のひとつ、魔獣の角に似ていたのだ。
しかし、イサークは首を横に振った。
「いや、魔獣じゃない。
これは……魔族のものだ」
「……っ!?」
玲也は耳を疑った。
エルシーリアから聞いていたことは、彼女が知っていたことすべてだった。
だがそれ以外にも、知るべきことがある。
そんな気がした。
◆
「この国の魔族を……助ける? どういうことですか?」
目を丸くしたエルシーリアに返ってきたのは、落ち着いたレーネの微笑みだった。
「簡潔にお答えすると……私たちは、貴女方が〝魔族〞と呼んでいる者の血を引いているのです。
生まれ育ったのは帝国ですが」
「それは……」
訊ねたいことが山ほどあった。
どうして、魔族領にいるという魔族が帝国内にいるのか。
どうして、帝国側はそれを容認しているのか。
そして最大の疑問は、なぜ、彼女たちは自分に助けを求めているのか。
「実際に見ていただいた方が良いでしょう」
レーネは自分の腕を前に出したかと思うと、どこから手にしたのか、ナイフを取り出した。
そして。
「あっ!」
レーネは何の躊躇いもなく、自分の腕にナイフで一線を描いていく。
「――っ」
僅かに歪んだ彼女の眉は、深く刻まれた腕の傷跡から血と共に痛みが溢れていることをエルシーリアに教えていた。
すぐに駆け寄って止血をしようとしたエルシーリアに対して、レーネは首を横に振った。
「……え?」
その意味がわかったのは、レーネの唇が再び通常の呼吸を取り戻した時。
通常では考えられないことが起きたのだ。
「加護の力?」
何の前触れもなく、彼女の腕に出来ていた切り傷は跡形もなく消えていた。
だが、例え加護の力であったとしても、なんの呪文の詠唱なしに傷跡を消すことなど考えられない。
「魔族には、人間以上の自己再生能力があると聞いています。
帝国の魔族の血は薄くなってはいるはずですが、その力が残っていることに変わりはありません。
そしてその自己再生能力を利用して、帝国は魔剣と〈魔石〉を造っているのです」
レーネが額の額飾りに填まっている一番大きい黒い宝石に触れた。
「〈魔石〉?」
エルシーリアの聖女としての直感が〈精霊石〉とは〝何もかもが違う〞と告げている。
「これは、帝国にしかない魔力を秘めた人造石……私たちは〈魔石〉と呼んでいるものです」
その言葉を聞いても、エルシーリアの疑問は解決しなかった。
どれだけ思い出してみても、〈魔石〉にまつわる情報はひとつもないのだ。
レイヤと旅をして来たけれど、どの国でもそんな石の存在は聞いたことがない。
「――この〈魔石〉の原料は、私たち魔族の血なのです」
「――っ!?」
「〈精霊石〉が乏しいこの国では、それに代わる〈魔石〉は貴重なもの。
だから、私たちは生かされているのです」
「人の命をなんだと……」
エルシーリアには帝国に対する失望と嫌悪が生まれていた。
「はい。けれど私たちにはもう、帝国に抵抗するだけの精力も体力もないのです」
口を固く結び、静かに俯くレーネ。
「あの……っ!」
エルシーリアは、ずっと気になっていたことを口にした。
「この魔剣で出来た怪我を治すことは可能ですか!?」
そして懐から例の魔剣を取り出し、レーネへと見せる。
彼女はこくりと小さく頷いた。
「ええ……その魔剣はこの国で造られたものですから。これで出来た傷なら、私が治せます」
「本当ですか!?」
なんという僥倖なのか。
これでジャックスを助けることができる。
エルシーリアは、改めてレーネへと向き合った。
「どうか、あなたの力を貸してください!」
しかし。
レーネが頷くよりも前に、彼が口を開いた。
「――随分と勝手だな」
それまでずっと無言だった、浅葱色の髪と瞳の男――ゼイルが怒りを含んだ声で告げる。
その容姿から、彼もまた人ならざる者の力を持っていることが伺えた。
「リーネ。俺たちを見捨てて魔族領に籠った連中を、助ける義理なんてない」
辛辣な言葉は、明らかにジークリンデたちへ向けられている。
初対峙の時から思っていたが、彼の魔族に対する憎悪は誰よりも頭一つ分飛び抜けていた。
「あなたたちは同じ魔族でしょう? なのに、どうし――」
「何が同じだ! 俺たちを見捨てた魔王が、今さら〝和平〞だと? ……笑わせる。
大体、あの魔王だとかいう女も、俺たちを助ける気があって帝国に来てる訳じゃないんだろう?」
全てお見通しなのだろうか。
とは言え、彼女たちにも事情はあるのだ。
「それは、あなたたちのことを知らなかっただけで……」
「はっ! 俺たちの存在を知らなかっただと? 寝言は寝て言うんだな。
……三十年前、俺たちを助けたのはその魔王だっていうのに」
「それはどういうことですか!?」
彼女が困っている人を見過ごすなんてあり得ない。
「彼女は絶対にそんなことをする人ではありません」
「どうだかな」
取り付く島もないゼイルの言葉に、エルシーリアは首を横に振った。
「……あなたよりも、私は彼女を知っています。
彼女は、人間であろうと魔族であろうと、困っているなら手を差し伸べてしまう人なんです」
そう。かつて、聖国の路地裏で少年を助けた時のように。




