23th pinch ヴェルゲン帝国と新皇帝
玲也とエルシーリアの二人が帝国の中心部である帝都へと着いたのは、翌日の昼過ぎだった。
勇者と聖女である二人は、帝国領へ入って早々に近隣の街の警備隊と接触。
事情を話し入国の許可を求めると、なんと新皇帝自らが歓迎するとして、直ちに帝都へ招かれたのだ。
警備隊の転移の魔法陣を用いて帝都ヴェルグストへ着くと、皇宮は盛大な歓迎ムードに包まれていた。
そして。
「これはこれは、勇者様と聖女様。遠路はるばるよくお越しくださいました」
皇室の役人と思われる人物に通された広間で二人を出迎えたのは、先日このヴェルゲン帝国の新皇帝の座に即位したレーヴィスだった。
喪に服している彼は、全身に黒衣を纏いながらも穏やかな表情を二人に向けている。
落ち着いた印象の藍色の双眸が、二人を捉えていた。
「ヴェルゲン皇帝陛下。此度のお招き、心より感謝いたします」
社交に優れたエルシーリアが、会釈と同時に礼の言葉を述べる。
その一方で、玲也は無作法ではあると思いつつ、目礼をするにとどめていた。
(〝勇者たるもの常に厳然・毅然・泰然であれ〞か……)
以前、カスト王に言われたことを思い出す。
この世界では、聖女や勇者は各国の国王と対等な立場とされていた。
それは世界に愛された〝聖女〞と世界に喚ばれた〝勇者〞には、世界を動かす力があるという伝説があるかららしい。
だからこそ各国は二人を国賓級に扱いもてなし、反対に聖女と勇者は、各国と距離を保ちながらも有事の際は彼らに力を貸すのだという。
上の空になりそうだった玲也を、レーヴィスの言葉が現実に引き戻した。
「武勇に優れたお二人をお招きするのは、この上ない喜びです。
我が国一同、お二人を心より歓迎いたします」
その様子は落ち着いており、どこか明るささえあるような気さえする。
(空元気か?)
とは言え、一国の皇帝が外交の場でそうそう弱味を見せるはずはない。
「えっと……この度はご愁傷さまでした。
それと、合わせて言う言葉じゃない気もするけど、即位おめでとうございます」
玲也は前皇帝との面識はほとんどなく、あの和平会議の場であったのが初めてだった。
最低限の礼として、お悔やみと即位についての言祝ぎの言葉を口にする。
「これはご丁寧に」
若き皇帝は小さく微笑み、玲也へと言葉を続ける。
「本来ならば、宮内も喪に服さなければならないのでしょう。ですが、それでは魔族に殺された父の無念も晴れません。
父の敵である魔王を討つためなら、我が国はどんなことにも協力いたします」
帝国へは、魔王ジークリンデが帝国領内へと逃げた可能性を提示して滞在許可を得ていた。
「……感謝します」
玲也の隣にいたエルシーリアが小さく口を開いて感謝の言葉を述べる。
「……?」
しかし、その様子に彼はどこか違和感を覚えた。
レーヴィスが部屋にいた役人へ向けて何かの指示を出すのを見計らい、玲也は彼女へと小声で訊ねる。
「リア? どうした?」
「ううん。ちょっと……」
彼女自身、なんと言葉にしてよいかわからないというような複雑な表情をしていた。
「――ちょっとだけ、あの人から魔力を感じたんだけど……」
わずかに眉間にシワを寄せるエルシーリアは、まるで自分を疑うような口調だ。
この世界の人間には、カスト王のように魔力を持つ人間と持たない人間がいる。
そしてその力は時として、血を分けた子孫へと遺伝することもあるという。
しかし。
先代皇帝のエドヴァルドは魔力を持っておらず、その嫡子であるレーヴィスも以前会った時は魔力を持っていなかったそうだ。
エルシーリアはそう短くかいつまんで説明したあと、「でも」と続けた。
「でも、周りに魔道具も沢山あるし、気のせいだったのかも……」
「リア――」
玲也が口を開いて言葉を続けようとした、その時。
「お二方」
二人にレーヴィスの視線が向けられた。
「いかがされました?」
「な、なんでもないよ。そっ、そう! この国は魔道具が多いなって話してて……」
玲也が取り繕うように言葉を並べる。
「俺、あんまり魔道具には詳しくないんだけど、珍しくてさ」
その言葉を聞いたレーヴィスは小さく頷いた。特に怪しまれてはいないようだ。
「ええ。我が国はご存知の通り、大陸の北方に位置していますので、他国との交易に扱えるものが然程多くないのです。
それに、同じ北方に位置するナシラ公国とは違って、領内で採掘できる精霊石の量も僅かですので。
なのでその分、他の分野で国力を培う必要があるのです」
だからこそ、魔道具の開発に力を注いでいるのだそうだ。
魔道具であれば、どのような国や町にとっても必需品と言える。
玲也のいた世界でいうところの、車を走らせるためのガソリンがこの世界では〈精霊石〉と飛ばれ、車が魔道具といったところだった。
「ここ数十年は皇宮主導で魔道具の開発を取り組んでいます。
よろしければ、あとで皇宮内の魔道具工房をお見せしますよ」
「へえ! それは観てみたいな!」
「ちょっと、レイヤ!」
玲也の服の袖をエルシーリアが掴む。
その表情は〝目的を忘れるな〞と言いたげだった。
彼はエルシーリアに笑いかけ、問題ないと笑顔で伝えた。
「あー。そう言えば……」
そして玲也は咳払いをひとつしたあと、視線を向けたレーヴィスへと言葉を投げる。
「一つ聞いてもいいかな?」
「ええ、一つと言わずに、何でもお聞きください」
「じゃあ、お言葉に甘えて。この間、帝国から来た黒い騎士のことなんだけど……」
「はい。あの者がいかがいたしましたか?」
「いや。帝国に戻るって聞いたから、ここにいるかなって。
ほら、俺たち協力して魔王を追い払ったってのに、ろくに挨拶も出来てなくてさ」
「そんなことでしたか。あの者なら帝都の西方に魔獣の群がいるとの報告を受けて討伐に向かっているはずです」
「我が国の主戦力のひとりでもありますので」とレーヴィスがにこやかに告げる。
「ご用なら、戻り次第呼び出しますが――」
「ありがとう。じゃあ、そうしてもらおうかな。でも、帝都近くに魔獣が出るなら、俺たちも――」
玲也がそう提案しようと口を開いたが、案の定返ってきたのは断りの言葉だった。
「いけません。あなた方は我が国の来賓なのですから」
戦力の提供を丁重に断られた。
これは、暗に〝勝手に国政に干渉するな〞ということだろうか。
それほど魔獣の出現はこの国にとって日常茶飯事のことなのかもしれない。
微妙な空気が広間に流れる。
「……わかりました。では、よろしくお願いします」
そう口を開いたのはエルシーリアだった。
レーヴィスはにこやかな表情で彼女を見やった。
「はい、勿論です。
そうそう。聖女様はいかがですか? 勇者様とご一緒に工房へいらっしゃいますか?」
「いいえ。私は遠慮させていただきます。……長旅で、少し疲れていますので」
そう言って、エルシーリアの視線は玲也へと向けられた。
「……」
玲也も僅かに頷いてそれに応える。
「そうですか。それではすぐに部屋へ案内させましょう」
レーヴィスは脇に控えていた役人と女官に二人をそれぞれの部屋に案内するように告げた。
さあ、ここからが本番だ。
玲也が案内されたのは、中庭のような開けた場所だった。
中庭と一言で言っても規模はとても大きく、その中心にはレンガ造りの建物があった。
周囲のコントラストと合間って、その存在は一際目立っている。
そしてその建造物へと近づくにつれて、帝国は寒冷な地方である関わらず、周囲の空気は熱と湿り気を帯びているのがわかった。
「こちらが魔道具の工房です」
彼をここまで連れてきた役人がそう告げる。
開け放たれた扉から見える工房の中には大きな炉がひとつあり、その煌々と燃え盛る炎が遠くからでもよく見えた。
工房の中にはいくつものテーブルや棚、そして魔道具がところ狭しと並べられている。
そして中央のテーブルの椅子に腰を掛ける一人の姿があった。
その人物は小太りの男で、こちらへと背を向けて何かの作業を淡々と行っている。
「……なんだ?」
突如発せられたその声はしゃがれており、工房の外にいる玲也へ向けて告げられているようだった。
「えっと……俺は……」
椅子から立ち上がって振り向いた男の齢は初老をいくらか過ぎた頃のようで、髪と同じ茶色の顎髭が特に印象に残る。
その雰囲気は、まさに職人だった。
上は半袖、下はエプロン姿に身を固めた男は片目にルーペをつけており、手には何かを握っている。
「イサークさん。こちら、魔王討伐にいらした勇者の――」
「ああ。聞いている」
役人からイサークと呼ばれた男は、玲也を一瞥すると短い言葉を並べた。
「鋳造工のイサークだ」
無愛想な声でイサークが名乗る。
「レイヤだ。よろしく」
玲也はつい、いつもの癖で手を相手の前へ差し出していた。
「……」
握手という文化はこちらの世界でも存在していたが、結局その手が握り返されることはなく、玲也の手は虚しく空を掴んだ。
「お前に〝工房内を見せるように〞と先触れが来ている。好きにみるといい」
それだけ言い残し、イサークは元いたテーブルで自らの作業を再開する。
「……はーい」
一応許可は得た、という認識でよいのだろう。
玲也はその中に一歩足を踏み入れ、端から時計回りで見ていくことにした。
工房内には天井に届くほどの高さの棚がいくつも置かれており、段一つ一つにもやはり多くの魔道具が飾られている。
その数は、目算でも三桁を越えているように思えた。
それらは術者が使うような杖から家庭で使いそうな鍋や日用品の類いまで、本当に幅広い種類の魔道具がところせましと並べられている。
「すごいな……これ全部、あんた一人で作ったのか?」
「まあな。といっても、ここにあるのは試作段階のものもある。ここで鋳型を造って、生産自体は帝都内の他の工房に回している」
なるほど。
言わばこの工房は、魔道具を大量生産するための試作品の研究所というところなのだろう。
「けど、魔道具の利用には〈精霊石〉が必要なんだよな?」
それはほんの些細な疑問から生まれた言葉だった。
魔道具のほとんどには〈精霊石〉を嵌め込むための窪みが設けられている。
その問いに対し、イサークがさもありなんとばかりに次の言葉を口にした。
「ああ。あれがなきゃ、こいつらはただのガラクタに過ぎん」
職人気質なのかと思っていたが、イサークの口ぶりは、自作であるはずの魔道具に愛着も自信もないようにも聞こえる。
「でも、帝国は元々〈精霊石〉の採掘量が少ないんだろう?」
「そうだな。もっとも、俺は他の国のことはわからんが」
イサークの背中から声だけが返された。
(なんだ? この違和感……)
先程のレーヴィスの言葉を鵜呑みにするのなら、帝国の〈精霊石〉の採石量は僅かだと言うことだった。
だが。
「……」
えもいわれぬ何かが、胸の中でざわめいている。
その原因が何であるか、この時の玲也には分からなかった。




