22nd pinch タイムリミット
(……ここは、どこ?)
目蓋が重くて、思うように開かない。
それは身体も同じだった。
まるで水の中に沈んでいくような、浮かんでいるような不思議な感覚。
そして不自由なはずなのに、決して不快には思わなかった。
僅かに開いた薄目に映る世界は暗く、本当に目を開けているのかわからない。
すると、どこからか声が聞こえた。
《……せ……》
それは小さく、けれど確かに聞こえた声。
水底から揺蕩う泡沫のように、一つ二つと声が頭の中へ流れてくる。
《……眼を…………ませ…………》
私が目を開けると、見覚えのある天井が映り込んだ。
ここは――
「……賢者の塔?」
ぽつりと口をついて出た。
そして視界の端にいたエルドラと目が合う。
「気がつかれましたか、陛下」
私は倒れる直前のことを思い出し、エルドラに彼の安否を確認しようとした。
「ジャックス君は!? ――痛っ!!」
けれど。
思いきり起き上がったからか、全身が激痛が走った。
これは打ち身や筋肉痛どころの騒ぎじゃない。
それでも、私は心配そうに駆け寄ってくるエルドラに眼で訴える。
「クロムウェルなら――」
エルドラの視線の先――私が寝ていたベッドの隣に作られた簡易ベッドに、ジャックス君の姿があった。
顔色は悪いが、胸は確かに動いている。
ほっと胸を撫で下ろした私に、奥の部屋からアルバートと一緒にやって来たクリストフさんたちが状況を説明してくれた。
ジャックス君は手当てで出血は収まったはよいものの、いまだに意識が戻っていないらしい。
そして。
「一点、ご報告しなければいけないことが……」
一通りの説明をしたクリストフさんに代わって次の言葉を告げたのは、この塔の主であるアルバートだった。
「この坊主、呪われているぞ」
「呪い?」
言葉をそのまま聞き返した私は、もう一度ジャックス君を見た。
呪い? どうして?
私の心の疑問に答えたのは、賢者たるアルバートだった。
「こいつがここに運ばれた時には、すでに呪いがかけられていた。
――原因は、これだな」
そう言ってアルバートが投げて寄越したのは、どこかで見たことのあるい短剣だった。
私が抱いた疑問を、クリストフさんが口にする。
「これは皇帝殺害に使用されたものと同じ型の短剣です」
「!?」
どこかで見覚えがあったのはそのせいだったのだ。
「ですが……皇帝殺害に使われた短剣は、教会が保管しているはずです」
それまで大人たちの後ろに控えていたエルシーリアがそう言葉を告げる。
「なぜ帝国の騎士がこの短剣を持っていたかは不明です。ですが……」
その隣にいた玲也もいつになく難しい表情をしていた。
「この短剣にかけられていた呪いはとても強力なものでね」
アルバートの発した言葉に、そこはかとない不安を感じる。
「なに?」
「……もって、あと三日だそうです」
「そんな……っ!!」
「すみません。私の聖力も及ばず、ジャックスさんの呪いを解呪することはできませんでした……」
エルシーリアが申し訳なさそうな声で言った。
「貴方のせいじゃないわ。元々は私を庇ってジャックス君は怪我をしたのだし……」
それに、あの短剣に呪いがかけられていたというのも、偶然ではないのだろう。
「その呪いを解く方法はないんですか?」
私がアルバートに訊ねると、彼は肩を竦めながら頷いた。
「うーん。あるにはある」
「それはなに!?」
身を乗り出した私の身体にまた激痛が走る。それでも、聞かずにはいられなかった。
「この短剣の呪いは恐らく、呪いをかけた本人にしか解けない類いのものだ」
「それって、あの騎士のこと?」
「いや、お前たちの話を聞く限りじゃ、その線は薄い」
「どうしてそんなことがわかるの?」
「呪いってのはな、本来、力なき者が自分より強者に向けてかけるもんなんだ。武力や権力なんてもので敵わない相手ってことだな」
アルバートが一呼吸置いて口にする。
「でだ。この短剣の呪いの対象は〝人間〞になっている」
「!?」
その場の全員が眼を見開いていた。
全員の思いを代表して、私が彼に訊ねる。
「どういうこと?」
「さあな。そこまではわからん」
両手を掲げ、〝お手上げ〞のポーズをとったアルバート。
「あなた、賢者じゃないの?」
「お前、賢者じゃないのかよ」
私の言葉と同時に、玲也も似たことを口にしていた。
「この短剣――魔剣からはな〝精製した者が人間を恨んでいる〞ってことしかわからない。それに、知ったか振りしないのも大事だろ?」
外界と接触を絶っていた賢者の言葉はとても達観していて、血が頭に上っていた私を現実へと引き戻していく。
「それだけ、私が彼から恨みを買って――」
そう言いかけて、私ははたと気付いた。
「あの騎士が、魔剣を持っていた……?」
なにか、途轍もなく重要なことを見逃している気がする。
私が頭を悩ませていると、玲也が口を開いた。
「今のところ、手がかりは帝国かやって来た騎士が皇帝暗殺の同じ凶器を持っていたってことくらいか」
私は、今自分が思っていた疑問を口にする。
「ねえ……そもそも、あの騎士はどうして私のことあんなに恨んでいたのかしら?」
「それは、ジークリンデさんに皇帝暗殺の容疑がかけられているからでは……」
エルシーリアが首を傾げながら言った。
「それよ。そもそも、どうして皇帝はこの短剣で殺されたの?」
「それは、魔剣の呪いの対象が人間だからで――ん?」
玲也が自分でそう言いながら言葉を止めた。
続く言葉をクリストフさんが続ける。
「人間を呪いの対象とした短剣を皇帝と魔王に使う者がいる、ということですか?」
「そうなるな」
仮定された事実にアルバートが首肯した。
「それにあの時、あの騎士は私にこう言った。〝お前のせいで俺たちは〞って。
もし私が本当に皇帝殺害に関与しているなら、どうして〝俺たち〞になるのかしら?」
「俺たちの皇帝が亡くなった、とか続くんじゃねーの?」
「皇帝はそんなに人望が厚い人物だったの?」
私の問いに答えたのはエルシーリアだった。
「帝国は多民族国家ですから、統率能力には長けた人物だとは伺っています。ですが、その治世は主に、恐怖政治にも似ていると……」
「帝国、か……」
渦中の国。
きっと、犯人を私たちだと決めつけているに違いなかった。
そんなとき、玲也が「じゃあ」と言葉を告げる。
「一旦、俺たちは騎士と合流してくるよ」
「危険じゃないの?」
「大丈夫。俺たちが繋がってるってことは知られてない。それに、あの短剣を持ってた本人に聞くのが一番早いだろ?」
「それはそうだけど……気を付けてね」
玲也とエルシーリアの二人は、賢者の塔を後にした。
事態が急変したのはその日の夜のこと。
「あの騎士が、帝国に戻った?」
玲也たちから渡された通信用の魔道具から聞こえた彼らの言葉をまとめると、そんな内容だった。
《はい。なんでも、火急の用件とのことで》
二人が件の騎士と待ち合わせ場所としていた宿へ戻ると、そう言伝てが残されていたそうだ。
《明日、俺たちは帝国へ行ってみる。そしてあの騎士がどこであの剣を手に入れたのか調べてみるよ》
《だから、それまで皆さんは待っていてください》
「でも……」
時間はあまり残されていない。
私がそう思っていると、通信機ごしの玲也が見透かしたように告げる。
《大丈夫。前に俺たちは帝国近くまで行ったことがあるんだ。そこまで転移で行けば半日もせずに帝国につける》
だからそれまで、体調を万全にしておくこと。
そう二人は言い残して、通信は途絶えた。
ジャックス君の呪いのタイムリミットまで、あと三日。
(――ジャックス君は絶対に助けて見せる!)
私が一人、ベッドで未だ目覚めぬジャックス君を見舞いながら、そう決意をしたその時だった。
《環奈!?》
頭の中に響く声。
それはとても懐かしい人物の声だった。
「!? ジークリンデ!?」
《良かった~! やっと繋がったよ~!》
魔族領で聞こえなくなってから早数週間。
この身体の本来の持ち主であるジークリンデは、泣きそうな声で良かったと連呼していた。
「何してたのよ、今の今まで!!」
久しぶり過ぎて、ついつい声をあらげてしまう。
《そんなに怒んないでよぅ、環奈~ぁ》
「だって……」
以前の彼女の口癖が口をついて出ていた。
わかってる。ジークリンデのせいじゃないんだ。
《事情は大体わかってる。ごめんね、環奈が大変な時に私、何も出来なくて……》
私の心を知ってか知らずか、いつになく優しげな彼女の声が聞こえた。
そして私は、ずっと考えていたことを口にする。
「……リンデ。お願いがあるの」




