20th pinch 踊る魔王(代打)
聖都から北西に四日ほど歩いた距離にある、小さな村。
のどかとも寂れたともとれるその村に、とある危険が迫っていた。
「うわぁ! た、大変だー! ま、魔王の軍が攻めてきたぞ!!」
そう叫んだのは、その村に近い森の茂みから飛び出した一人の少年。
フードで頭を隠しながらも、懸命にそして有らん限りの声で叫ぶ彼の言葉は、森と隣接する田畑で作業をする大人たちへとたちまちに伝わった。
昼間ということもあり、その数は想定よりは少なかったけれど、それでも片手以上の人数はいる。
「なんだって!?」
「でも、村には魔物避けの結界があるから安心だろ?」
少年の言葉に半信半疑になりつつも、大人たちは突然の強襲の知らせに戸惑っているようだった。
ここで私の出番である。
「今よ! エルドラ、お願い!」
「はっ!」
森の茂みの中で様子を窺っていた私は、エルドラへの掛け声と共に勢い良く踏み込んだ。
その瞬間。
背後にいたエルドラの唱えた呪文で暴風と土煙が舞い上がる。
そして風に身を任せた私は、無事に目標地点だった柵へと足蹴りを喰らわせることができた。
捲れ上がる土と、掘り起こされた柵。
倒れた柵に嵌め込まれていた黒い石が跡形もなく消滅したことを見届けて、私は辺りを見渡した。
土煙が収まって視界が鮮明になった頃には、既に村人の姿は近くになかった。
けれど、これも私に与えられた役割のひとつ。
それに。
観客が一人もいなくても全力投球を見せるのがプロの仕事だと、父親が言っていた気がする。
私は大きく息を吸い込んで、声を張り上げた。
「ふははは! 脆弱な人間どもめー!!
この程度の結界で、私の力を防ぎきれると思ったか!? 魔族の恐ろしさ、ここで味合わせてやるー!」
うん。まさにラスボスって感じを出せたと思う。
私が高笑いを浮かべていると、村の方から玲也たちが現れた。
「そこまでだ! 魔王!!」
「来たか、勇者よ!!」
いつぞやの模擬戦よろしく、玲也と対峙する。
そして私は懐に入れていた巾着から、およそ中には収まりきれていないであろう長さの長剣を取り出した。
まさに某漫画に出てくる近未来アイテムのようだ。
(賢者ってこんなこともできるのね……)
長剣を握りながら、私は改めて魔法という概念を実感する。
これはどちらもアルバートから借り受けたもので、剣の方は宝剣とも呼ばれている代物らしい。
宝剣と言われても、まったくどういうものかは存じ上げないが、アルバート曰く〝私と相性がいい剣〞なのだそうだ。
呼吸を置いて、私へと斬りかかってくる玲也。
真剣がぶつかり、甲高い音と共に火花が舞った。
「……おい、ねーちゃんっ。もうちょっと真面目にやってくれよ!」
すべて順調だと思っていた私の耳元で、玲也が文句を告げる。
少々語気が強めで、怪訝な顔が私へと向けられた。
「棒読みが過ぎるぞ!」
「なっ!? 私だって真面目にやってるわよ!」
私も小声で言い返す。
そして向かい合っている玲也の背に、数分遅れて到着したエルシーリアの声が掛けられた。
彼女が祈りの呪文を唱えると、玲也へ加護が与えられる。
「ここは私たちに任せて、皆さんは逃げてください!」
どうやら、まだ近くに村人がいたらしい。
まあ、それはそれで好都合だった。
つばぜり合いを演じていた私と玲也は、エルシーリアの言葉を受けて合図を送り合う。
「……じゃあ、あとは打ち合わせ通りに」
私の背後から、再びエルドラの魔力弾が放たれた。
◆
「ご無事でしたか、勇者様。それで、魔族は……」
村へ戻ってきた玲也へ恐る恐るそう聞いてきたのは、この村の長である老人だった。
「ああ、村長。どうやら奴らは、北の森へ逃げたみたいだ。深追い出来なくて……悪いな」
「いえいえ。たまたま村にご滞在中の勇者様にお力をお貸ししていただいただけで、我らにとっては十分すぎます。
それに、北の森は魔物の巣窟。他の村や町とは反対方向ですので、しばらくは安心でしょう」
エルシーリアの指示で各自家に避難していた村人たちが、外が静かになったためが徐々に家から姿を表し始めた。
「……とは言え、村の結界に綻びがあったことに気付かなかったのは、我々の責任です。どうか報酬を受け取っていただきたいのですが……」
「もし結界の綻びに気付けなければ、魔物が村へ押し寄せていたかも知れません」と続ける村長に言葉を掛けたのは、歩いてきたエルシーリアだった。
「いいえ。私たちは魔王を討つためにこちらへ来たのです。なので報酬はいただけません。
それに今のお話では、この村は時折、森の魔物から襲撃を受けるのでしょう? そのお金は村の修繕に使ってください」
彼女の言葉を聞いていた村人全員が目を丸くする。
勇者と共にいる彼女が聖女と呼ばれている存在なのは知ってはいたものの、皆が皆その聖人的な振る舞いを垣間見て驚嘆していた。
「そうでした。あと、結界は私の方で簡易的にですが張り直しておきましたので、この村の神官にそうお伝えください」
「いやはやなんと……わざわざ聖女様にしていただけるとは、これ以上に有り難いことはありません」
まさに幸運続きの出来事である。
「それじゃあ、俺たちはもう行くな! それこそ、その金で魔獣退治の依頼を出してもいいかもしれないぜ!」
勇者と聖女は、別れを惜しむ村人たちに手を振り、魔王を追って北の森へと向かっていった。
それからすぐのこと。
「村長! 大変です!! 北の森で、ま、魔物が大量に……っ」
村長たちの許へ、勇者と聖女の二人と入れ替わりで巡回していた一人の村人が帰ってきた。
その表情はなんとも神妙な面持ちだったことから、村長は眉をひそめながらも心配はないと口を開く。
「やはり魔物が来たか。しかし先程、聖女様が結界を張り直してくださったから安心じゃぞ」
魔物の襲来は村にとって日常茶飯事のことではあった。
そのためにある結界石での結界である。
しかし、巡回していた村人から帰ってきたのは予想外の言葉だった。
「い、いえ。実はそうではなく……魔物が北の森の中で大量に倒されておりまして……」
「なに? 魔物が? まさか勇者様が……?」
それまでのやり取りを聞いていた別の村人が首を傾げる。
「でも、勇者様は北の森には入ってないって……」
「それじゃあ、一体誰が……」
その場にいた村人全員が考え込んでいた。
しかし。
「僕知ってるよ!」
そう声を上げたのは、それまで大人たちの会話を聞いていた一人の少年だった。
「あのねっ! 〝まおうさま〞が全部、倒してくれたんだよ!」
「!?」
少年の思わぬ発言に、大人たち全員が驚愕する。
「こら、お前ったら! こんなときに嘘言うんじゃないよ!」
「嘘じゃないもん! 僕を助けてくれて、村の近くまで送ってくれたんだもん!」
母親に窘められながらも、少年は毅然と自分の身にあったことだと主張した。
「でも実際、村に被害は出てないしな……」
不幸中の幸いとも言うべきか、魔王の攻撃で壊された結界石が嵌め込まれた柵というのは、以前魔獣によって大部分が壊されていたものだった。
かねてよりその撤去作業をしようと思っていたのだが、存外に地中深く打ち付けられていたことから、人手が足りかなったことから断念していたのだ。
しかし今回の勇者と聖女の活躍のお陰で、魔王の奇襲を食い止めるだけでなく、結界の張り直しも叶った。
まさに願ったり叶ったりな現状だった。
だが。
そもそも魔王の襲来がなければ、たまたま滞在していた勇者たちも応戦はしなかっただろうし、結界の張り直しもなかっただろう。
これは、幾つもの偶然が重なった。
そういうことだ。そういうことにしよう。
(でも、そんな……まさか、ねぇ?)
村人たちは一様に思いながらも、こんな不思議なこともあるものだと互いに顔を見合わせるだけで、それ以上深読みすることはなかった。




