2nd pinch 始めからクライマックス
ご覧いただきありがとうございます!
長らく投稿を止めていた作品ですが、完結は保証いたしますので、何卒よろしくお願いいたします、
〝聖都に光の柱が立った〞という報告があってから、約一ヶ月。
魔王城の会議室とも呼べる部屋には、円卓とそれを囲む十三人の魔族たちがいた。
円卓の上にはこの世界のものと思われる世界地図が置かれ、その上に周辺諸国の戦力を模した駒が、国ごとに配置されている。
そこから読み取ることができるのは、今私たちがいる魔族領は、三つある大陸のなかでも一番大きい〈ウネスゲア大陸〉の南部一体に位置しているということと、隣国である人間の国とは大きな〈テノト大河〉と呼ばれる河で隔てられているということだ。
私はまるで大河ドラマのワンシーンだと思ったけれど、誰にも通じないだろうし口にはしなかった。
「――報告は以上です。いかがいたしますか? 陛下」
この数週間、各々が集めてきた情報が報告される。
最後の報告でそう言葉を締めたのは、魔族きっての知恵者、エルドラだった。
漆黒の艶めく長い髪に、吸い込まれそうそうなエメラルド色に輝く瞳。
整った顔立ちと少し影を帯びた瞳は、ちょっとだけ私のタイプだ。
ジークリンデの話だと、エルドラは魔族のなかでは中堅層の800歳。
と言っても、数百年前――先々代の魔王の統治時代に多くの魔族が人間との戦いで命を落としたから、1000歳を越える魔族は大分少ないのだそうだ。
「もちろん、戦争は絶対ダメだからね」
そうきっぱり宣言した私へ、十二人全員の視線が集まる。
各々が何か言いたげな表情をしていたけれど、ここでも口を開いたのはエルドラだった。
「ですが陛下、先ほどの報告にもあったように、テノト大河の対岸には、すでに連合軍が陣取っているとのことです。
現状把握する限り、異界人はまだ到着していないようですが、人間は総じて武装蜂起しており、完全に我々を敵視しております」
エルドラは地図上のある一点を指差した。
そこは隣国――つまりは人間の国々との国境にある〈テノト大河〉だ。
なんでも、この大河の名の由来にもなった、テノトという一人の魔族の魔法の影響で、一度渡ろうものなら数日海にも似た大時化になるという曰く付きの場所だった。さすがはファンタジーの世界。
だから人間たちが今すぐこちらへ攻めてくる、ということにはならないみたい。
「聞こえなかった? どんなことがあっても、戦争はダメ絶対!」
最後の部分を強調してそう告げる私自身も、無理を通そうとしているのは理解していた。
人間の国と地続きで接しているのは大陸の山脈地帯だけで、他の大陸とは海で隔たれている。
加えてその海には魔物が棲んでいるというのだから、迂闊に海を渡ることはできないんだとか。
「そうは仰っても……人間たちが先にこちらに攻めてくるとなれば、それはやむを得ないことなのでは?」
エルドラの言う通り、例え立地的には有利でも、先手を取られてこちらへ乗り込まれてしまえば、戦闘は避けられない。
(これは詰み……だよね?)
現状、かなりピンチな状況には変わらなかった。
こちらの暦はよくわからないけれど、一刻の猶予もないのは火を見るより明らかだ。
もしこれが小説の世界だったとしたら、物語はいよいよクライマックス。
全世界の結束を兵力で示した人間側の攻防に対して、征伐される側の魔族の私たちにはそれを止める手立てがない。
逆に魔王城へと来る勇者を迎え撃つべく、魔王直属の四天王なんかが動き出す、なんて展開もありえそうだ。
でも、ここは異世界。
そして、魔王は私(代打だけど)。
(……だとしても、なんとか戦争を回避するしかないじゃない!)
地球出身、平和主義者な私が決意を固めた瞬間、まるでそれを読んだ様に、エルドラから釘を刺された。
「ですがこちらの言い分を告げようにも、このままでは向こうから〝勇者〞が来るのを待つしか、方法はありません」
けれど、逆にエルドラのその言葉がヒントになった。
どうしちゃったの私。今日は冴えてるんじゃない!?
「――そうよ、それだわっ」
「へ、陛下?」
意気揚々と円卓に手をついて立ち上がった私を、円卓の魔族たちは不思議そうに見つめていた。
「何か名案でも?」
「ええ、エルドラ。あなたの言う通りよ。
《〝勇者〞が来るのを待つ必要》なんてないのよ!」
私は閃いた名案を声を張り上げて唱えていた。
「こちらから向こうに行けばいいんだわ!」
目を丸くする魔族たち。あれ、言葉は通じているよね?
円卓の魔族が問うてくる。
「……それは、我が軍から人間に攻めいるということで?」
待って、なぜそうなるの!
私は人差し指を立てて皆の注目を集める。
「その逆よ。私たちが人間に、和平を求めにいけばいいんだわ!」
会議室の時が止まった。いや、誰も魔法で時間を止めてないよね?
「――あれ、私、何か変なこと言った?」
賛同が得られない状態を、私は飲み込めずにいた。
それをエルドラが首を振って答える。
「……いいえ。陛下、少なくとも、人間の同種族間の話であれば、なんら問題はないでしょう。
ですが我々は創生の頃より生まれし魔族。そして我々はかつて、多くの人間たちを屠りました。人間たちが恐れて当然の存在なのです」
エルドラの危惧するところは、私の想定内だった。
「なら、あなたに聞くわ、知恵者エルドラ。我が父、ベルガスヴラドから私の代で、誰か人間に危害を加えた者はいた?」
「いいえ。知恵者の名に懸けて、おりません」
私は間髪を開けずに、続く言葉を投げる。
「では、創生より人間と和平を結ぼうとした魔王は?」
「……おりません」
私の問いの真意に気付いたのか、一瞬の間を開けて答えたその表情は一段と苦いものになっていた。
自分でも、無茶苦茶を言っているのは承知の上だ。
けれど何もせずにこのまま時間が過ぎれば、確実に全世界の国々から魔王討伐軍は編成され、魔族領へ攻めてくる。
いくら穏健派の魔族とはいえ、降り掛かってくる火の粉は払うだろうし、そうなれば人間との遺恨は増すばかりだ。
ならば、こちらから和平を結びに行けば良い。
こちらには何も含むところはないと、両手を上げてそれを示せば――
「ですが、そう簡単にことが運ぶでしょうか?」
円卓皆の不安を、エルドラが代弁する。
私はそれぞれの顔を見渡し、一呼吸置いて告げた。
なるべく、彼らの不安を煽らないように。私の案は名案だと示すように。
「――世界の平和のためには、やるしかないわ」
聞いたことがる。出来るか出来ないかではない。やるしかないのだ。
そうすれば、〝戦争が怖くて逃げ出した〞本物の魔王・ジークリンデがこちらへと戻ってこられる。
まだいくつかやるべきことはあるけれど、それらが叶ったら、私はもといた世界へ還れるのだ。
◆
《えっ!? 私がいない間に、そんなこと決めたの!?》
会議が終わり、歩きながら私が先ほどの会議で決まったあらましをかいつまんで説明すると、開口一番にジークリンデの声が私の脳内で叫ばれる。
「ちゃんと会議が始まる前に、リンデのことは呼んだわよ? ちゃんと聞こえてたでしょ?」
本当なら、会議には彼女についていてほしかった。彼女の《声》は周りには聞こえないし、私の知らないことで助言がもらえるからだ。
するとジークリンデはお決まりの《だって》という言葉を紡ぐ。そのあとに、私のよく知る人物の名前を告げた。
《聞こえていたけど、夕飯時で瑠璃さんと一緒に買い物していたから……》
「……」
そうか。
今そっちは夕ご飯時なのかと、私は家で過ごした夕食の光景を思い出した。
母の苦手料理である和食の献立でさえ、今では恋しいと思ってしまう。
(……って、今は感傷に浸ってる場合じゃないでしょう!?)
そう。今大事なのはそこじゃない。
私が地球へ還る前に、しなければならないことのひとつ。
それは家族――弟の行方を探すことだった。
(玲也……)
私がジークリンデによってこちらの世界へ飛ばされた時、近くにはもう一人いたのだ。
それが、私の七歳年の離れた弟である玲也だった。
ジークリンデの話では、私の魂が彼女の魂と入れ替わったのは、彼女が私の身体と魂に狙いを定めたせいであり、おかげなのだという。
けれど玲也はそれに巻き込まれただけの一般人であり、ジークリンデは彼に対して何一つ干渉をしていないという。
つまりは、こちらの世界で玲也の入れ替われる魂も身体もないのだ。
だから《もしかすると、〝身体ごとこちらの世界に来ているかもしれない〞のかも》というのがジークリンデの推測であり仮説だった。
現に、玲也は向こうの世界で行方不明となっている。
母は「夏休みだし、友達の家にでもご厄介になっているのかしら? それだったら連絡ぐらい寄越してほしいわ!」と特に慌てた様子ではなかったそうだ。
けれど、それがいつまでも通用するほど、現代日本の世の中は平和ではない。
(待っててね、玲也。必ず、お姉ちゃんが助けてあげるから!)
だから今私に出来ることは、ジークリンデの推測を信じて、一刻も早く玲也を見つけることなのだ。
もしかしたら、案外本人は憧れていた異世界に来ることが出来て喜んでいるかもしれないけれど。
あの弟のことだから、下手したら〝還りたくない〞なんて言い出す可能性もある。
でも、私たちはあの世界に――私たちの帰りを待つ家族のいるあの場所に――還らなければならない。
もちろん、その過程で戦争を無事に回避してからの話になるのだけれど。
「やるべきことは山積み、か……」
ひとつずつ積み重ねていこう。
まずは、人間の国へ行く和平使節団員の募集からだ。