18th pinch 禁術の代償
時は遡ること、今から約三百年前。
聖剣に選ばれた勇者アルバートは、聖女ルリア、剣士ロイ、そして賢者クルーガーと共に魔王討伐の旅へと発った。
しかしその行く手には、魔王の配下であるベルガスヴラドとその弟のリーンハルトが率いる魔族軍が立ち塞がり、旅は過酷を極めることとなる。
魔族の進行が進む中で繰り広げられる、死闘に次ぐ死闘。
その前線で疲弊するアルバートたちは、多くの魔族を討ち滅ぼし、なんとか魔族領へとあと一歩のところまで辿り着いた。
そして。
その旅は、唐突に終わりを迎えることになる。
ある日から突然魔族の進行が止まり、魔族による強襲もぱったりと鳴りを潜めたのだ。
こうして、世界に平和が訪れた。
突然に、そして唐突に。
この予期せぬ事態に、アルバートや仲間たちは当初困惑していた。
けれど、国へ戻ると人々は彼らが魔族を倒したのだともてはやし、凱旋式の用意すらしていた。
確かに、長い旅の中でアルバートたちが魔族を討ち取っていたことに変わりはない。
しかし自分たちが真の英雄なのだと、さすが選ばれた勇者であると称賛される度に、真実を告げようとしたアルバートの心は揺らいでいた。
真の英雄ならば、魔王を討ち取らなければならない。けれど、自分たちは魔王どころか魔族領にさえ足を踏み入れていなかったのだ。
称賛を受ける度、賛辞を貰う度、彼の心には虚しさだけが込み上げていた。
自分はなんのために魔王討伐の度へと出掛けたのだ?
自分のため? 故郷のため? 愛する者たちのため?
そのどれもが正解であって、間違っていた。
それに気づいたのは、世界に平和が戻ってからはや数ヵ月が経った頃のこと。
共に旅をしていた仲間の聖女ルリアが行方不明となり、消息を絶ったのだ。
彼は行方不明になった彼女を探すため、同じくかつて共に旅をした賢者クルーガーの許を訪ねた。
しかし不死者の森に居を構える賢者の許を訪れた彼を待っていたのは、賢者の力『世界の叡智』を継承するための儀式だった。
賢者は既に、生きる意味を見いだせなくなっていたのだ。
「この身体になって理解したよ。この世界は『世界の叡智』を持つ者に強力な加護を与えている。
……本人の意思に関係なくな」
その口ぶりから、彼が意図せずその力を得てしまったと言うのが読み取れた。
「俺はただ、ルリアの居場所が知りたいだけだった。なのに……」
しかし『世界の叡智』を継承した彼に待っていたのは、聖女が既にこの世にいないという事実だった。
そして更なる衝撃が彼にもたらされる。
――死ねなかったのだ。
現実に絶望し、いくら自殺を試みても、どれだけ死に至る毒を呷っても、そして太陽の光で塵となるはずの吸血鬼に身を落としても、『世界の叡智』をその身に継承している以上、彼が安らぎの眠りを手にいれることなど出来なかった。
けれど、現実は常に無情なことばかりが起こる。
うちひしがれている時に限って、次から次へと不運は舞い降りてくるのだ。
死にたい彼の許には、生きたいと願う者たちが死者の森に住まう賢者の噂を聞き付けて訪ねてきた。
中には、不死者に殺され、望みが叶うこともないまま息絶えたものもいるだろう。
けれど、人の願いは時に強力な力となりえるのである。
不死者の群れを辛くも逃れ、決死の思いで彼の許に辿り着いた人間たちの懇願を叶えていくうちに、彼は本当に賢者となっていた。
「何度も何度も、他の奴にこの力を押し付けようと思った。だが、出来なかった……」
元々は聖剣に選ばれた勇者。
人々を救うために生きた彼が、自らと同じ苦痛を他者へ与えることが選択肢としてはあれど、選ぶことなどできなかったのだ。
そして結局、その後数百年もの間を一人で生きた彼は、やがてひとつの答えに辿り着いた。
「それがお前たちの存在だ」
いつのことだったか。と、彼は語る。
〈千里眼〉を有している彼は、やがてここへ魔王が来ることを知ったという。
「お前たちに協力すれば、俺は死ねる。そういう予言だ」
「そんな……何かの間違いです」
私にはそんなこと出来ないし、出来るわけがない。
けれど、私の言葉は軽く一蹴された。
「いいや。時期にわかるさ」
そして自身の目を私たちに見せつけるかの様に見開き、告げた。
「俺は、お前たちがここへ来ることになった理由も、その望みもすべて知っている」
「じゃあ、本当にあなたは知っているんですかっ? 〝皇帝を暗殺した犯人が誰なのか〞を!?」
はやる私にアルバートは頷いてみせた。
「ああ、勿論だ」
そして、ゆっくりとその口から犯人の名前を紡ぐ。
「――犯人はお前たちだ」
「なんですって!?」
「そんなバカな!?」
「……」
「えっ!?」
「どういうことですか?」
皆一様の反応を見せていた。
「間違いない。俺の〈千里眼〉が観測たのは、お前たち魔族の姿だ」
私の横にいたエルドラの金色の眼が鋭く尖る。
「貴様、これ以上一言でもふざけたことを言ってみろ。今すぐ――」
私はエルドラを手で制した。
「待って、エルドラ。この人が本当に私たちの訪問を知っていたのなら、嘘を吐いたところで何の利益にもならないわ。
それにアルバートさん。あなたは今、こう言いましたね? 〝私たち魔族の姿〞だと」
「ああ」
アルバートはどこか怪しげな笑みを浮かべながら頷く。
「まさか……」
私の意図を汲んだエルドラが言葉を飲み込んだ。
一方で、ジャックス君や玲也たちは首を傾げている。
「何のことですか? 陛下」
「賢者アルバート。もうひとつお訊きします……人間領にはまだ、魔族がいるのですか?」
「ああ。現にここ数百年の間、この森に数人の魔族が迷い込んだようだがな」
その口ぶりから、この森へと迷い込んだ彼らとアルバートに面識がないことが窺えた。
間違いない。アルバートの言葉を信じるのなら、皇帝殺害の犯人は魔族ということになる。
あの魔剣を扱える条件である〝魔力を持っている者〞を満たしているのだ。
「でも、どうして魔族が皇帝を……?」
その理由がわからなければ、どうしょうもない。
「さあな。行動は観測えても、心理までは視ることはできない」
「……打つ手なし、ってわけか」
玲也の溜め息が聞こえた。
私が次の手を考えようとした、その時。
「あ、あのっ!」
そう言いながら一歩前に出たのは、ジャックス君だった。
全員の視線が彼へと向かう。
「それじゃあ、せめて……その魔族の行方だけでもわかったりしないんでしょうか!?」
そうか。
行動が観測えるなら、その後もわかるはず。
「あー、残念なんだか……それは無理だ」
アルバートが申し訳無さそうに言った。
「それがな、奴は消えちまったんだよ。まるで煙のように忽然とな」
(そんなことって……)
私がエルドラへ視線を向ける。
すると彼は首肯していた。
「……恐らく魔族であるならば、陛下と同じ〈影纏い〉の原理を用いれば可能なはずです」
「そっか……」
そうだ。相手も魔族。
私に出来ることなら、向こうも出来ると考えて良さそうね。
「じゃあ、今度こそ打つ手なしってわけね……」
差し掛けた光明が再び雲間に隠れてしまった。そんな気分だった。
「……いえ、陛下。まだ手掛かりは残っています」
「どういうこと? エルドラ」
眉をひそめる私をよそに、エルドラがとある人物へと向き直る。
「……いい加減、白状したらどうだ? クロムウェル」
「えっ?」
その人物――ジャックス君がピクリと肩を振るわせた。
「エルドラ? ジャックス君がどうしたのよ」
私は訳がわからず、エルドラへと説明を求める。
けれど彼はこちらを向かず、その瞳はなおも静かにジャックス君を見据えていた。
「――お前は、いつまで陛下を偽っているつもりだ?」
エルドラの低く冷たい声が、部屋に響いた。




