17th pinch 吸血鬼の正体
「――って作戦なんだけど、どうかな?」
私は考えた作戦を皆へ説明し、その反応を伺った。
皆、他に案はなしというような表情を浮かべている。
そして私は、エルシーリアへと訊ねた。
「この作戦で一番危険なのはエルシーリア、あなたよ」
一時的にとはいえ、一人になる状況が生まれてしまう。だから無理にとは言えなかった。
けれど、エルシーリアは首を横に振って言葉を続ける。
「私は大丈夫です。それに、危険で言えばジークリンデさんも同じはず。危険を顧みずに、万事を成せるとは思いません」
「……ほんと、頼もしいわね」
痩せ我慢している私とは大違いだ。
「――それじゃあ、皆。よろしくね!」
私は作戦の決行を告げる。
私の考えた作戦はこうだ。
まず、教会の前にエルシーリアが待機する。
先程の行動から推察するに、吸血鬼は不死者とは違って素早く、そして私たちに対して敵意が見受けられた。
敵意があるということは、裏を返せば私たちを〝敵〞と認識するだけの知性を持っているということだ。
だからこそ目の前に一度戦闘を行った相手がいれば、再び攻撃を仕掛けてくるはず。
そして吸血鬼の狙いがエルシーリアへと定まるその間に、玲也とクリストフさん、エルドラとジャックス君の二組は教会の裏から表へ回り込み、必要なら不死者の群れを足止めする。
もし吸血鬼が彼女を敵として認識しなければ、その時は何か他の条件があるという訳だから、玲也たちが加勢し対応する。
私は出入り口の壁際により、彼女が来るのを静かに待った。
(――来たっ!)
外で、エルシーリアと思われる足音がこちらへと向かってくる。
よし。第二段階だ。
もし吸血鬼が囮のエルシーリアに食いついた場合。エルシーリアは教会へと逃げ込み、狭い出入り口に吸血鬼が来るよう誘導する。
そして吸血鬼が教会に入ってきたタイミングで、私が奴と一対一に追い込む。
加えて、エルシーリアには魔法の準備をしてもらい、私の合図でそれを発動する。
……とまあ、言うは易く行うは難しの案ではあったのだけれど。
出入り口で入れ違う彼女と目配せを交わした。
彼女は小さく頷いて、祭壇の方へと駆けていく。
そのすぐ後、風を切るような音が朽ちかけた扉を木っ端微塵に粉砕した。
(なんて威力なの!?)
でも、私だってここで退くわけにはいかない。
扉がなくなった出入り口に、その影が現れる。
(今だ……っ!!)
私は意を決し、て吸血鬼に体当たりを仕掛けた。
そしてその背中に回り込み、ガッチリとホールドする。
(加えてっ!!)
私は〈影纏い〉を発動させた。
〈影纏い〉は私の身体に影を纏わせ、姿を見えなくする方法。
応用すれば、私が触れているものを一時的に拘束することもできるのだ。
「……っ!?」
吸血鬼の身体は氷のように冷たく、その上すごい強い力で振りほどこうとしてくる。
けれど。私は意地でも放さなかった。
「今よっ! エルシーリア!!」
「はいっ!」
祭壇で最後の準備を終えていたエルシーリアに合図を送る。
背後で、彼女の詠唱が聞こえた。
「《我らは闇の落とし子にして 救いを求める迷い子なり 冥暗包むその道行きに ただ一筋の光あれ
今ここに 天照す恩恵を 日華の導き》――っ!」
すると。
視界が急に明るくなった。
見上げた吹き抜けの天井のその先。そこには、閉ざされていたはずの空があった。
それまでの厚い霧が型抜きのように円く切り抜かれ、青空が映し出されている。
そして〈神の左目〉とも呼ばれる太陽の光が、巨大な火の塊となって私と吸血鬼に降り注いだ。
熱い。
けれど、私は吸血鬼を掴む腕を離さなかった。
「ジークリンデさん!」
エルシーリアの私を呼ぶ声が聞こえる。
(あはは……嘘吐いちゃってごめんね……)
この作戦の唯一の欠点は、誰かが吸血鬼を足止めしなくてはいけないということ。
その役目は、私以外にいなかった。
(……こう言うのって、やっぱり言い出しっぺがやるものでしょう?)
だから、皆にはエルシーリアの魔法が発動する間際には、拘束を解除して逃げると説明してはみたけれど。
実際問題、そんな簡単にはいかなかった。
私が手を離した瞬間に、きっと吸血鬼はエルシーリアへと向かうか逃げる方法を取るだろう。
だったら、せめて今ここで仕留められるようにするしかない。
私は〈影纏い〉を地面に這わせて、私たち二人を固定した。
「……あなたの縄張りを荒らしてごめんなさい! でも、私たちだって、退けないのよっ!」
もしかしたら、この森はこの吸血鬼の縄張りだったのかもしれない。
だから不法に侵入してきた私たちを、敵として認識しているのかも。
本当なら対話できたかもしれない相手を、今私は自分たちの都合で傷付け、滅ぼそうとしている。
それは相手にとって、これ以上ない理不尽かつ不条理な現実だった。
そして今私を襲うこの痛みがその罰であるのなら、甘んじて受け入れよう。そう覚悟していたはずなのに。
(あれ……これ、もしかして……私ヤバイ、かも……)
魔族であるジークリンデの身体は、物理的な攻撃に対して多少の耐久があった。
けれど、灼熱の塊が肌を焼く痛みは、尋常ではなかった。
意識ははっきりしているのに、身体の感覚がずっと遠くにあるような感じがする。
その時。
私のすぐ近く――背後で誰かの気配がした。
それは知っているような、知らないような、不思議な感覚だった。
(――誰……?)
けれど、その存在を確かめようにも、身体はおろか首を動かすことも出来ない。
次に目覚めた私の視界に映ったのは、再び霧に包まれ行く空だった。
いつの間にか空へと伸ばしていたその手は、何も掴めていなかった。
霧の流れから、然程長い間は気を失っていなかったのがわかる。
あの時、一瞬死を覚悟したけれど、さすがは魔王の身体だ。
私が身体を起こそうとすると、クリストフさんの声が聞こえその動きを制止した。
「まだ安静になさってください」
「え、私……」
全身が痛い。というか痒い。
「へいが……っ! よ、良がったです……っ」
涙声のした方を見ると、私の横でジャックス君がぽろぽろと頬を伝う涙を拭きもせずに泣いていた。
「聖女さまが、炭化しかけている貴女の身体を治癒術で戻してくれているのですよ」
横になった私の身体には、クリストフさんの上着がかけられていた。
確かに。伸ばしていた私の手は、真っ黒に焦げている。
ジャックス君の反対側には、安堵の表情を浮かべるエルシーリアがいた。
彼女が掲げる杖の先から、淡い魔力の放出を感じる。これが、クリストフさんの話していた回復系の魔法ということなのだろう。
「……あいつは……?」
私は何より気掛かりだった存在を口にした。
もといた世界では、吸血鬼の弱点とされている陽光。
それをもろに浴びたのだ。
けれど。
「う、そ……」
僅かに向けた視界の端に映る光景は、信じられないものだった。
身体が石炭のように黒く焦げているというのに、その吸血鬼はうずくまっているだけで、その呼吸はしっかりと確認できた。
玲也とエルドラが私たちの間へ入って、臨戦態勢に入っている。
(そんな……陽光を浴びせても死なないなんて……)
とは言え、その様子はどこか違和感があった。
「……ア……」
か細く静かに紡がれるその声。それはまるで、誰かの名前を呼んでいるように聞こえた。
「……ル、リ……ア……」
その視線の先にあったのは、あの彫像。
顔も定かではないその彫像の人物の名を口にしたのは、エルシーリアだった。
「……もしかして、聖女ルリアのことですか?」
すると、吸血鬼は無言の末に深い溜め息を吐き、諦めにも似た声を出した。
「………そう、か。君たちも、彼女ではないんだな」
次に吸血鬼が深呼吸をすると、黒い皮膚はみるみるうちに肌色へと戻り、漆黒に染まる髪と赤い瞳が鋭く光っている。
私に比べて、その身体には火傷跡だけではなく傷跡すら残っていなかった。
「……っ!?」
玲也とエルドラが攻撃態勢を取った、その時。
「安心しろ……俺はもう、お前たちと戦うつもりはない」
いつの間にか黒衣のローブも見事に元通りになっていた吸血鬼は、両手を上に挙げ、横たわる私に視線を投げて静かに言った。
「お前が魔王だろう? 俺がお前たちの捜し人の賢者だ」
「はい!? ――痛っ!?」
勢いで起き上がった私の全身に痛みが走る。
「――吸血鬼が、賢者ですって!?」
驚いているのは私だけではなかった。
エルシーリアも目を丸くしている。
なんでそんなややこしいことになってるのよ!
「まあ、落ち着け。話は俺の塔でしよう」
私たちにそう告げて、吸血鬼は身を翻した。
ついてくるように促すその視線の先は、教会の奥の祭壇を一瞥したようにも見えた。
深い霧の中。
先頭を吸血鬼が歩き、その後を私たちがついていく。
かくいう私は、エルドラに抱き抱えられていた。
エルシーリアの術のおかげで七割方は回復していたものの、エルドラの物凄い剣幕に押されてしまったのだ。
(まあ、この身体は元々リンデのものだし……)
今更ながら、この身体の本来の持ち主であるジークリンデに悪い気がしてきた。
傷跡が残らなければいいんだけど。
森をさらに奥へと進んでいくと、不意に煉瓦の壁へと突き当たる。
「《――――》」
その壁が遥か頭上へと伸びる塔の根幹であると気づいた時には、すでに吸血鬼が何かの呪文を唱えていた後だった。
すると、辺りの視界が一瞬にしてどこかの部屋の中へと変わる。
「ようこそ、賢者の塔――またの名を不死者の塔へ」
塔の中は広く、様々なものが置かれていた。
調度品などは一通り揃っているようで、私たちは部屋にあったソファへと案内される。
私はエルドラの一存で、三人掛けのソファに寝かせられた。
「まあ、本当はお前たちを試すことはしなくても良かったんだがな」
人数が分なかったのか、不揃いのティーカップがソファ前のローテーブルに置かれる。
「おかげで久しぶりにいい運動になった」
(……あれがいい運動ですって!?)
眉間にシワを寄せる私を置き去りに、エルシーリアが質問した。
「それは、あなたが〈千里眼〉を持つ賢者だからですか?」
「ああ。それもある」
「賢者クルーガー。あなたに折り入ってお願いがあるのです。その〈千里眼〉を――」
「ちょっと待て」
賢者がその先の言葉を遮った。
「確かに俺は賢者ではあるが、クルーガーの爺じゃねえよ」
「え? それは、どういう……」
疑問を隠せない私たちに、賢者は「改めて」と自己紹介をしだした。
「俺の名前はアルバート。数百年前は勇者をやっていた者だ」
「なっ、なんですって!? あなたがあの!?」
エルシーリアの驚愕な叫びが部屋に響く。
この部屋のほとんどは魔族か異世界人であるため、その驚き具合がいまいちつかめない。
つまりは――
「あなたは、元勇者で現賢者?」
「その後に、〝兼吸血鬼〞ってのもつくな」
玲也が冷静に判断し言葉を述べてくれる。
そんなややこしい。
「最初が勇者なんだろ? どうしてそんな状況になったんだ?」
「まあ、久しぶりの来客だ。たまには昔話をするのもいいか……」
そう言って、元勇者であり現賢者兼吸血鬼のアルバートは自身のここへ至るまでの半生を語り出した。




