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異世界の魔王に代打で召喚された!~だけど、魔族の待遇改善に努めてから還ります~  作者: 都辻空


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16th pinch 死者の森


 聖都から人目につかないように移動すること約二日。


 無事に追手を逃れて玲也とエルシーリアの二人と合流できた私たちは、レイスラント聖国とナシラ公国との国境に位置する西の森――通称・死者の森の目前へと辿り着いていた。


 エルシーリアが用意してくれた鍵のおかげで、逃亡中ずっと不自由を強いられていた〈魔封じの手枷〉からも解放される。


「これで、もし周辺に探査魔法がかけられれば、居場所がバレてしまうのですが……」


「その時は仕方ないわ。今までバレなかっただけ重畳よ」


 それに、ここまで追手がないという状況は、勇者と聖女として活躍する二人のおかげでもあった。


 二人は脱獄し行方をくらませた私たちを追う連合軍に対して、逃げた方向を偽って推理し、彼らの捜索を東方へと誘導したのだ。


 そして自分たちが西方――つまりは私たちがいる本来の方向の捜索を買って出て、こうして密かに合流したというわけ。


「――あそこが、死者の森です」


 小高い丘の上からエルシーリアが指差した先には、鬱蒼と生い茂る森が広がっていた。


 それはまさに樹海という言葉が相応しい光景で、普通だったら決して入りたいとは思わないだろう。


 実際問題、森の周囲には霧が立ち込めており、容易に攻略ができる雰囲気ではなかった。


 エルシーリア曰く、この森には件の噂以外にも『一度足を踏み入れたら、二度と出ては来られない』と云われるほど複雑に入り組んでいるのだという。


「調書を取った村人の話では〝この森を生きて抜け出て塔へと辿り着いた者にのみ、賢者はその叡知を授ける〞のだそうです」


「……」


 不穏な言葉に私は思わず息を飲む。けれど、今はあとのことを考えている余裕も猶予もない。


 私は悩む頭を横に置き、呼吸を整えた。


「行きましょう」


 エルドラを先頭に、私と玲也、エルシーリア、ジャックス君とクリストフさんが続く。


 とは言え前進するごとに霧が濃くなっていくため、私たちはゆっくりと纏まって進むしかなかった。


 それに、日が高い頃に森へ入ったものの、いざ入るとなると木々が生い茂っているせいで陽光が当たらず、周囲はとても薄暗い。


 霧の影響か陽光が当たらないせいか、足元の土も湿っていて、歩く度に靴が地面へとめり込んでいて歩きにくかった。


 一体、私たちは今どの辺りまで来ているのか。


 そう考えていた、その時。


「……えっ?」


 不意に、後ろを歩いていたエルシーリアが立ち止まった。

 彼女につられて、他の全員も足を止める。


「今、誰かの声が聞こえませんでしたか?」


「声? 聞こえないけど……」


 玲也が眉をひそめながら周囲を見渡した。


 暗い森の雰囲気も相まって、ただ風で木葉が揺れる音すら不気味に感じてしまう。


「――いや、後ろから誰かくる」


「もう追い付かれたの!?」


 一瞬にして全員に緊張が走った。


 かちゃり、かちゃり。


 金物が擦れるような音とともに、霧の中から現れたその正体が判明した。


 人間だ。それも一人ではない。

 両手で足りない数の人間たちが、霧の奥からゆっくりと私たちの方向へ歩いて来ていたのだ。


(でも……何かおかしいわ……)


 彼らが着ている服はバラバラで、連合軍のどの国の軍服でもなかった。


 違和感の正体に最初に気付いたのは、エルシーリアだった。

 彼女はその場の全員に聞こえるように声を張り上げる。


「あれは――不死者(アンデッド)です!」


「何ですって!? 魔物!?」 


 一歩後退りながら、私は彼女へと訊ねる。


 確かに、霧の濃さもあって判然とはしないものの、向かってくる人間の表情や身体からは生気のような活気は感じられなかった。


「いいえ。彼らは元は人間……ですが、何らかの原因で現世への未練が残り、魂が朽ちた身体に囚われているのです。


 未練が成就しない限り、彼らが自ずと消滅することはありません」


 とは言うものの、目の前に向かって来ている連中のほとんどが鎌や斧などの農具や剣を持っている。


 これでは〝危害を加えられない〞という確信が持てなかった。


 ……例え、元が人間だったとしても。


「倒すしか、方法はないんでしょうっ!?」


 私は立ち止まって、死せる亡者たちを視界に入れる。

 

 その距離はざっと十数メートル。


(B級映画のゾンビだったら、後から後から湧いて出てくるんだけどね!?)


 足がすくみそうになる私とは対照的に、玲也と目配せをしたエルシーリアが頷いて答えた。


「……準備がかかりますが、時間をいただければ」


 (ロット)を握るその手は震えている。

 けれどそんなことおくびにも出さず、彼女は凛として立っていた。


 だったら、私がすべきことは……


「――ってことらしいので、エルドラ、レイヤ。私たち三人で時間を稼ぐわよ!」


「御意」


「ああ!!」


 頼りになる二人の返事が私の背中を押してくれた。


「クリストフさんとジャックス君は、聖女さまの護衛と後方支援をよろしくねっ」


「承知しました」


「はっ、はい!」


 私は身体に魔力を行き渡らせる。


(って言っても、私ロクな魔法使えないんだけどね!!)


 私に出来ることはせいぜい〈影纏い〉で姿を消すことくらい。


 前にバルナバス戦でやったという空を飛んだり、水の球を出すことができれば多少の戦力にはなると思うんだけど。


 その時。

 厳戒態勢を敷く玲也が、剣を握る手を強めた。


「何か来るぞっ!」


 玲也のその掛け声とともに、不死者の群れの中から一つの影が物凄く速いスピードで飛び出してきた。


 それは薄暗い森の中に溶け込むような、黒衣を纏った人物だった。


 被っていたフードから露になったその相貌は男性のもので、短い黒髪に鋭く黄金に光る眼。そして高く掲げられた手の先に鋭く伸びた爪が目に映る。


 加えて開いたその口許から垣間見えた犬歯は、ある怪物を想起させた。


「吸血鬼!?」


 目にも止まらぬ速さで私たちへと近付いたその男の動きに対応したのは、他ならぬ玲也だった。


 吸血鬼の鋭く伸びた爪と玲也の長剣がぶつかり合い、宙に火花を散らせる。


「なんて魔力なの……」


 吸血鬼の持つ魔力量は人間を遥かに超えていた。下手をすれば、魔族であるエルドラやクリストフさんに及ぶ程の威力だ。


 そんな存在を目の当たりにして、私は一瞬にして全身に鳥肌が立っていた。


 その時、背後からエルシーリアの声が聞こえた。


「――皆さんっ! 離れてください!」


 彼女の声を聞いたレイヤが、剣を振り払って吸血鬼との距離を開く。


 エルシーリアの唇から、不思議な言葉が紡がれた。

 聞いたことのはない言葉。けれど、私にはその意味が理解出来ていた。


「《母なる大地に生まれし穢れなき魂よ 今、父なる天へと至る扉は開かれた

 汝を導く福音の(こえ)を聞け 祝福された聖なる(ホーリー・)鐘の音(ベル)》――っ!」


 彼女のその掛け声と共に、森の頭上から聞こえる不思議な鐘の音。


 そして霧が立ち込めているはずの薄暗い視界に、どこからともなく光の粒が満ちていた。


 その光の粒はまるで意思を持っているかのように不死者の軍勢へと向かい、彼らを包み込んでいく。


 やがで光が収束したかと思うと、その場にいた不死者たちは武器や鎧、服等を遺して消えていた。


「やったのね!?」


 私が歓喜の声を上げると、玲也が慌てて口を開く。


「ねーちゃん、それフラグっ!」


 玲也のその言葉の意味を理解したのは、視界の端で僅かに動くその姿を見た時だった。


 不死者と共に光に包まれたはずの吸血鬼が、今もなお消えることなくその場に倒れていたのだ。


 そして、その場に〝嫌な雰囲気〞が再び充満していく。


 目を凝らして吸血鬼の背後を見ると、少し離れた霧の中から、再び不死者の群れが現れていた。


「陛下! この数じゃ、きりがありませんよ!」


「……ここは、一旦退くしかないわね」


「でも退くってどこに!?」


「とりあえず走るのよ! 全速力で!!」




 しばらく走っていると、幸いなことに前方に寂れた古い建物が見えて来た。


 とは言え漆喰らしき白い壁はところどころ朽ち欠け、森の中にひっそりと佇むその建造物は、今は誰も寄り付いていないようだ。


 息を整えながら、私たちはその建物の中へと入る。


 建物の中はただ広い空間となっているだけで、身を隠せる机や椅子などはほとんどなかった。


 加えて天井は抜け、上には薄暗い霧が広がっている。


「ここは、なんの建物なのかしら?」


「恐らくは、数百年前使われていた教会でしょう。あれは〈聖女〉の彫像です」


 祭壇と思われる奥の一段高い場所に、女性の彫像が置かれている。


 顔の上面や肩、足の所々が欠け落ちているものの、女性がこちらへと手を差し出すポーズをしているのがわかった。


「この像は……聖女ルリアのものですね」


 エルシーリアが、かつて聖女は世界を勇者や仲間たちとともに世界各地へ巡礼の旅に出たという話をかいつまんで教えてくれた。


「勇者アルバート、聖女ルリア、剣士ロイ、賢者クルーガー。今から三百年ほど前、この四名が魔王討伐の旅に発ったのです」


「ああ……あの時の……」


 エルドラが何かを思い出したように小さく口を開く。


「我々がこちらへと来た時、先代と何度か相対した人間がいましたが……その者たちでしょうね」


「……」


 果たして、欠けてしまった彼女の面立ちはどのようなものだったのだろうか。


「――って、もうそろそろ、悠長に休憩している暇はないみたいだぜ」


 殿を勤めていたレイヤが、教会の出入り口付近の壁にピタリと身体を押し付けていた。


 朽ちた壁の隙間から、こちらへと向かって来る不死者の群れが見える。


「聖なる教会のバリア……なんて、流石に期待できないわよね?」


 視線を投げた先のエルシーリアが苦笑を溢した。


「信仰篤い聖国の教会なら、多少は望めると思いますが……」


(そうですよね……)


 私は、深呼吸してもう一度打開策を巡らせる。


(相手は吸血鬼……だとしたら……)


「ねえ、エルシーリアちゃん」


「はっ、はい」


 私は彼女へとある質問をした。


 エルシーリアは目を瞬かせて戸惑いながらも頷く。


「えっと……可能ではありますが……」


「そう。それじゃあ、私が合図したら――」


 これはあくまでも推論で、確証はなかった。けれど、相手が吸血鬼だというのなら、一縷の望みはある。


 迫り来る不死者と吸血鬼。

 そのどちらも退ける方法を。


「――みんな、お願いがあるの」


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