15th pinch 投獄、そして脱獄
鉄格子で隔てられた牢の中に、唯一の光源である松明の明かりが差し込んでいた。
それは時折、火の粉を舞い上がらせながらぱちぱちと音を立てはぜている。
「――なんで教会に地下牢があるのよっ」
両の手で鉄格子を掴みながら、私は誰に言うでもなく悪態をついた。
社会や歴史の授業では、礼拝堂や聖堂、墓所ってのが教会の地下にあるのがセオリーなんじゃないの?
……まあ、ここは異世界ではあるけれども。
「ひとまず、皆が無事で良かったですよ。これを無事って言うならですけど」
私の背後で、同じくこの牢に囚われていたクリストフさんの声が聞こえた。
振り向くと、彼は両側の壁端にそれぞれあるベッドの片方に腰を掛けながら、自虐にも似た笑いを誘ってくる。
「そこ、うるさいぞ」
牢の入り口に立っていた衛兵が警告の声を上げた。
「……」
私は鉄格子を掴んでいた手を離し、もう片方のベッドへと腰を掛ける。
今朝方――と言っても、さほど時間は経っていないけれど――迎賓館から聖教会へと連行された私たちは、長い螺旋階段を降りて地下の牢へと投獄された。
エルドラとジャックス君も、壁向こうにある別の牢にいるはずだ。
ただ、分厚い煉瓦の壁があることに加え、牢の入り口に牢番の兵がいるせいでろくな会話もできなかった。
「……いつまでこのままなんですかね」
私は向かい合うクリストフさんだけに聞こえる声量で、そっと疑問を口にする。
視線を落とした手首には、昨日の会議でも填められた〈魔封じの手枷〉がカチャリと音を鳴らしていた。
同じものはクリストフさんにも付けられている。この手枷は迎賓館からの連行時、私たち全員に付けられていたのだった。
「教会の目的は、我々の身柄を拘束することでしょうから……今日のところは安全だと思いたいですね」
裏を返せば、明日はどうなるかわからない、ということでもある。
「でも、なんで私たちが……」
罪状は聞いていた。
〝帝国の皇帝殺害ならびに強盗の容疑〞だそうだ。
「どうやら、我々には皇帝陛下を殺害するに足る動機があると判断されたのでしょう」
「動機って、まさか……」
荒らげそうになる声を堪えて、その後の言葉を飲み込む。
(昨日の会議で、和平交渉に反対されたから?)
まさか。そんなことで殺害を企てるなんてあり得るわけがないのに。
「残念ながら、こちらには証拠がありますからね」
「あの魔剣……」
気になるのは、全員が握らされたあの短剣だ。
「魔族にしか抜けない剣……聞いたこともないですね」
クリストフさんは考え込みながら言葉を続ける。
「そもそも、我々魔族は武術よりも魔法を得意とする者が多いですし」
「そうなんですか?」
私の疑問にクリストフさんは頷いた。
「ええ。先代魔王のベルガスヴラドくらいですよ、好んで大剣を扱っていたのは」
けれど、私は以前ジークリンデから聞いた内容との違いに眉をひそめた。
「でも、先代は〝人間との戦争を止めるように〞って言ってたんですよね?」
「ええ。ですが先代は、数百年ほど前まで先々代の命もあって、こちらでかなり暴れていたんですよ。
落ち着いたのはその後からです」
(ジークリンデの父親って、一体何者なのよ……)
命令だからとはいえ、人間の領土へ攻め込んだと思ったら、今度は自分が魔王になるなり戦うなと命じたり……謎過ぎる。
私はひんやりとした煉瓦造りの壁に背中を預け、牢の天井を見上げた。
(……どうしてるのかな、リンデ)
ふと、これまでずっと考えないようにしていた彼女の存在が頭に浮かぶ。
ジークリンデとは、いまだに意識のパスが繋がらないでいた。
けれど、それでも私たち二人の間のパスが消えたわけではないことは感覚的にわかっている。
まるで、互いにぴんと張った糸電話を持っているのに、向こうの電話口に彼女がいないというのに似ていた。
その時。
「これは、閣下! このような場所へお越しくださるとは……」
牢番の男が外からの来訪者に敬礼をする声と音がした。
「ええ。囚人と話しておくべきことがあるのでね」
そう聞こえた声の主が、牢の扉の前へとやってくる。
見覚えのある祭服。
そして松明の明かりに照らされて見えたその顔は、昨日の会議にも出席していた人物のものだった。
「あなたは……ルジェクさん?」
「申し訳ありません、魔王陛下。このような場所にご足労いただきまして」
申し訳ないと口にする割りに、その表情から謝罪の感情は一切感じられなかった。そこには、ただただ悪意が読み取れる。
「私たちはなにもしていません。厳重に抗議いたします」
それでも私は丁寧に返答した。
ここで心象を悪くしても仕方がないのだし。
「証拠は揃っているというのに?」
ルジェクの目が細められる。
「貴女ではなくとも、同じ魔族である三人にも犯行は可能です」
「……私の部下がそのようなことをする訳がありません」
絶対にあるわけない、と声を大にして言いたかった。
昨日はジャックス君と夜遅くまで打ち合わせをしていたし、エルドラもクリストフさんも魔王の掲げる〝和平〞を汚すような真似はしない。
それだけ魔王という存在が、彼らにとって絶対であるからだ。
辛うじて頭に浮かんだ抵抗を口にする。
「ヴィック師団長の話では、あの短剣は魔力を持つ者であるのなら、誰でも抜ける代物であると聞いています」
「では、我々人間の中に犯人がいると?」
「……可能性は否定しません」
勝手なことは言えない。
でも、私たちの無実は訴えたかった。
和平を望んでいる私と、魔王である私に使えている彼ら。
ここを無事に切り抜けないと、和平なんて到底夢のまた夢なんだ。
(だから……)
例え、今にも潰えそうな夢だとしても。
ここで諦めるのは絶対に間違っている。
解決の糸口となる言葉を探す私にかけられたのは、ルジェクの非情な言葉だった。
「判決は明日下される予定ですので、それまでここでお待ちください。魔王陛下」
それから、どのくらいの時間が経ったのか。
いつの間にかベッドで眠っていた私は、誰かに起こされる形で目を覚ました。
「……クリストフさん? どうかしたんですか?」
「誰かが来たようです」
寝ぼけ眼の私の目が一気に覚める。
「誰かって……」
時間は夕方なのか、夜なのか、はたまた朝方か。
いまだに燃え続ける松明からは、時間の経過が読み取れなかった。
もしかしたら、先刻のルジェクの口振りからして〝判決〞を言いに来たとしても過言ではなかった。
重なる足音が、徐々に近付いてくる。
松明の薄明かりに照らされて靡く服は、祭服だった。
けれど。
「あなたは……エルシーリアさんとレイヤッ!?」
そこに立っていたのは、聖女のエルシーリアと勇者と呼ばれている玲也だった。
目を丸くして驚く私に対して、彼女は口許に人差し指を押し当て、口をつぐむようジェスチャーをした。
「皆さんをここからお出しします」
彼女の言葉と同時に前に出た玲也が、腰に携えていた剣を牢の錠前へ振るう。
すると錠前はいとも簡単に壊れ、カチャンと小さい音を立てながら地面に落ちた。
「隣の牢にいるお二人も」
私が言うよりも前に、エルシーリアが口にする。
隣の牢へと行くと、エルドラとジャックス君は既に起きていた。
「陛下っ。ご無事でしたか!?」
「ええ。あなたたちも無事そうでよかったわ」
二人と合流した私たちは、玲也とエルシーリアに連れられて牢に来た時に上った螺旋階段へと急いだ。
けれど、不自然なことに牢番や衛兵と遭遇することはなかった。
私の疑問を表情から感じたのか、エルシーリアが説明をしてくれる。
「これは精神制御魔法の一種です。
この時間帯は他の人間の当番である、と皆に暗示をかけたので、当分は誰も近寄らないはずです」
本来は禁術に相当するのですが、と苦笑を溢す彼女の表情は既に何かを決意しているものだった。
牢から一番近い階段を上った先。
そこには少し開けた空間があり、向かいの壁にはまた上へと続く螺旋階段が繋がっていた。
けれど玲也たちは階段ではなく、右手にある暖炉へと向かっていく。
煉瓦造りの暖炉は大人一人が中に入れそうなほどの大きさで、横幅よりも奥に広がっていた。
玲也が暖炉の奥へと入り、驚く私たちをよそに、その中の煉瓦をひとつずつを剣の柄で叩き始めたのだ。
そして、ある煉瓦を叩いてかに気付いた玲也は、それを思いきり奥へ押し込んだ。
すると、煉瓦の一部がまるで扉のように壁の奥へと動いた。大きさは、大人一人がしゃがんで通れるくらい。
「これは?」
私の問いに答えたのはエルシーリアだった。その表情はどこか悪戯っ子の面影が残る笑みを浮かべている。
「子供の頃に教えてもらった、秘密の抜け穴です」
それを通ると、教会の裏手へと出るのだそうだ。
「議長国とはいえ、各国へ呼び掛けて連合軍を発足させ、勇者レイヤをこの世界に喚んでしまったのは、私たち教会――いえ、我が国です。
加えて今回のこの騒動――私たちの預かり知らぬところで何かが起きているのは間違いありません」
そう言いながらその抜け穴を通るよう、彼女は私たちへと促した。
玲也を先頭に、私、エルドラ、クリストフさん、ジャックス君、そしてエルシーリアが続いて進む。
しばらく登り坂気味の暗い一本道を進んで行くと、遠くから絶え間ない何かの音が聞こえた気がした。
近づくに連れてそれは大きくなり、前方にも薄く光が差し込んでくる。
やがて辿り着いた出口の先は、大きな滝の裏側だった。
「すごい……」
そして暗い道のりから見えた僅かな光は、滝壺に反射した月光だったと理解する。
エルシーリア曰く、ここは聖教会から西に離れた場所で、時間にして約数時間歩いた距離だという。
「私たちは一旦教会へ戻ります。皆さんと一緒に居なくなったとなれば、まず怪しまれますし」
「ありがとう、二人とも。でも、どうして……」
「俺もリアも、ね……あんたたちが殺ったって思っちゃいないってことだよ」
実の弟だけでなく、会って数週間のエルシーリアにも信じてもらえていたことはとても嬉しかった。
「もう時期、精神制御魔法の効果が切れる頃です。なので、皆さんに一つお願いがあります」
感極まりそうになる私に、エルシーリアはひとつのお願いを口にした。
それは、いまだに私たち四人に付けられていた〈魔封じの手枷〉についてだった。
「それを身に着けている間はどんな魔法も使えませんが、同時に魔力を感知されることもありません。
なので聖教会からの追手を撒く間、それを身に着けていてほしいのです」
「それはいいけど……私たちはこれからどこへ行けば……」
追手を巻くと簡単に言っても、向かう先が決まっていないのなら無謀な話だ。
「もしこのまま逃げ切れたとしても、私たちの無実を証明しなきゃ、和平なんて到底叶いっこない。
皇帝殺害の真犯人が誰かわかれば別なんだろうけど、それを知る術なんてこの中の誰も持ってないわよね……」
第一、皇帝暗殺なんて大それた犯行を一体どこの誰がやったのか。
動機と呼べるものが他の人間にあったとして、関わりが昨日今日の私たちには知る由もなかった。
もし玲也とエルシーリアの二人に犯人の心当たりがあるのなら、脱獄の手引きなんて危険な真似はしないだろう。
私の言葉に皆は沈黙で答えていた。
名探偵と呼ばれるくらいに頭がよいならまだしも、私の精神は女子大生。
推理小説は何作品か読んだことはあるけれど、私自身は頭脳明晰でもなければ推理が得意というわけでもなかった。
「知らないことなんて分かるわけないしな」
玲也が頭を掻いて溜め息を吐く。
「――いいえ、魔王様。わかるかも知れません」
そう言ってこの場の全員の視線を集めたのは、それまずっと静かだったジャックス君だった。
「どういうこと? ジャックス君」
「人間の世界では〝知識を統べる者〞がいるはずです」
「それって……」
彼の言葉に反応したのは、エルシーリアだった。
他の面々は二人に視線を投げて続く言葉を待っている。
「この世界に伝わる、古い御伽話です。魔王を退治するために旅立った勇者は、戦士、聖女、賢者を仲間にして旅をし、様々な悪と戦ったのだと」
口を開いた彼女は、こう続けた。
「その仲間の一人でもある賢者は、過去・現在・未来すべてを見通す力〈千里眼〉を持っていたとされているのです」
「で、その賢者とやらはどこにいる?」
半信半疑といった口ぶりで、エルドラが彼女へと訊ねる。
「この国とナシラ公国の国境に位置する西の森――通称、死者の森の中にある塔に住んでいるとされています」
「でも、それってあくまで、御伽話の中の話なんでしょう?」
魔王、勇者、聖女……とくれば、もはやなんでもありな気もするけれど、今実在性が乏しい情報を信じて動くのは危険な気がした。
私の問いに頷いたエルシーリアは「ですが」と続ける。
「はい。ですが、数十年に一度ほどの頻度で『教会の祈りでも治らなかった不治の病の人間を、死者の森に住む賢者が治した』という噂を聞くのです」
彼女の所属している聖教会が関係しているという噂話。
「教会が調書を行ったところ、その方たちは皆一様に多くを語りたがらなかったそうで、詳しいことは私もわからないのですが……。
決まって〝賢者様が治してくれた〞と言っていたのだとか」
自分は調書に目を通しただけですが、と言葉を終えるエルシーリアの真剣な表情はその出来事が実際にあったことだと私たちに認識させるには十分だった。
「……行ってみるしかないわね。その死者の森ってところに」




