13th pinch 新しい目標
投稿がずれてしまい申し訳ありません。
「ちょっ……待てって!」
背後から玲也の制止を求める声が聞こえた。
それでも、私は足を止めずに通りを抜ける。
脳裏には、この聖都へ到着した初日に、ヴィック氏から告げられた言葉が浮かんでいた。
『聖都に滞在される間は、迎賓館からの外出はご遠慮ください』
現在この世界では、私たち魔族の存在は恐怖の元凶であり、忌むべき存在とされているのだ。
そんな中、私たちが不用意に聖都の人たちに関わり、万が一にでも正体が露見するようなことがあれば、彼らに不要な混乱と不安を生むことになる。
だからこそ聖都へ来て二週間。
今日まで迎賓館から勝手に外へ出たことなどなかった。
けれど。
《――……!》
今もなお、何かに抵抗し続ける声は聞こえていた。
どうしても放っておくことはできなかったのだ。
(――確か、こっちの方……っ)
私は声を辿り、路地の細い道を縫って進んでいく。
やがて辿り着た少し広い路地裏の広場には、大人の男と小さな少年がいた。
少年は十歳かそこらの年齢で、自分より身長が倍以上もある男の膝へすがりながら頼み込んでいる。
「お願いだから! それ、やっと買えたものなんだ! だから返して……っ」
少年がすがる男の手には、拳大の石が握られていた。
(あれは……)
その石が放つ不思議な魔力は、私が聖都に来てから何度も見ていたものと同じだった。
「さっきからうるせえな。この〈精霊石〉は俺が拾ったもんなんだよ。これのどこに、お前の名前が書いてるって言うんだ?」
「……っ」
男に強く睨まれた少年は、言い返すことができない悔しさからなのか、ただ目に涙を溜めて、唇を噛み締めている。
そしてその口許は確かに動いていなかったものの、私には彼のその声が聞こえていた。
《ぶつかって来たのはそっちじゃないか! 僕が石を落としたところ見てたはずなのにっ!》
「ああ? なんだよ、その目はっ」
「うわっ」
男に肩を押され、体格や力で敵わない少年は、数歩後ろまで飛ばされて地面に尻餅をついて転んでしまう。
(……やっぱり……)
私はひとつの答えを出して、その場から一歩踏み出した。
「……」
「……なんだよ、ねーちゃん。何か用か?」
男の睨むような視線が私へと向けられる。
「いいえ。たまたま通りかかった者です。通ってもよろしいですか?」
私はさも明るく告げ、二人が見つめるなか、彼らの後ろにある路地を指差して告げた。
「あ、ああ……」
私はしらけた顔をする男の反応を気にすることもなく、その前を通りすぎる。
そして、男とすれ違う瞬間。
「消えた!? ……うっ!?」
私は〈影纏い〉で姿を消し、男の腹に膝蹴りを食らわせた。
今回は、前回のバルナバスのように気配を読まれるようなことはなく、見事なクリーンヒットが決まる。
突然の見えない相手からの攻撃に驚いた男は、なす術もなく背後の地面に仰向けて倒れ込んだ。
(……これも、魔族の身体だからだよね?)
玲也との親善試合で薄々気付いていたけれど、どうやら、単純な力業で魔族の身体を持つ私が不利を被ることはないようだった。
とはいえ、武道経験もない女子の蹴りにここまで威力があるとは思わなかった。
若干、地面の上で情けなく呻き声を上げる男に対して、申し訳なく思ってしまう。
とはいえ、小さい子に手を上げるのは見過ごせない。
カラン。
男が地面に打ち付けられたその拍子に、手からこぼれて地面へと転がった〈精霊石〉。
そして転がった先にいて、それを拾ったのは私だった。
私は〈影纏い〉を解いて、少年へと振り向いて訊ねる。
「そこの僕」
「はいっ」
いきなり現れた私に驚いたのか、彼は肩をびくりと震わせていた。
「聖都でこれと同じような〈精霊石〉を買えるお店はどこにあるのかな?」
私の問いに首を傾げながらも、少年は答えてくれる。
「ちゅ、中央通りに、専門店がいくつかあります……でも、今やっているのは〝クリルの店〞っていうお店だけです」
「ありがとう。そうね……だったら、これから私はそのお店へ行って、買い物がてらこの落とし物を届けてこようかな。
そこに運良く、落とし主が現れるかも知れないし」
「!」
少年の瞳が見開かれた。
「ふざけんな! それは、俺のもんだ。今すぐ返しな」
声のした方に立っていたのは、先程豪快に転んだ男だった。
腹に手を当てながら、私の手にある〈精霊石〉を指差している。
「この石をあなたが買ったという証拠は?」
「はあ? んなことより、さっきまで俺が持ってただろうが!」
「……とは言っても、残念ながら、私は落ちたものを拾っただけですから。
それとも、この石にはあなたのお名前かかれているんですか?」
私は一応石をくまなく見てみる。けれど、当然そんなものはどこにも書かれていなかった。
「この女――っ」
男はどこにそんな余力があったのか、そんな叫び声を上げながら私へと殴りかかって来た。
否。正確には、来ようとした、その時。
「警備隊さーん、こっちです! 早く!」
私が来た路地の方から、そんな声が聞こえる。
「ちっ。くそっ……覚えてやがれ!」
悪態をつきながら男はそう言い残して路地に走り去っていった。その場には、私と少年が取り残される。
(うわぁ、今の、よく聞く台詞だ……)
しかして、私ははたととある事実に気付いてしまった。
「……って、ちょっと待って!? 私がここに居たってことバレたらヤバいんじゃ……」
「ああ。バレたらヤバいな」
いつの間にか、玲也が目の前に立っていた。
その態度から、先程の警備隊を呼ぶ声は玲也の狂言だったと判る。
「玲也っ!?」
「血相変えて出ていくから、何かと思えば……」
「……すみません」
溜め息混じりな玲也に見つめられ、私は小声ながら謝罪した。
そして玲也に事情を話し、私の代わりに中央通りの〈精霊石〉を取り扱う店へ、拾った〈精霊石〉を届けてもらうことになった。
きっと今頃は、玲也がお店の人に話を着けたところだろう。
そしてそこにあの少年が出てきて、落とし主であるとわかり一件落着……になっているはずだ。
(交番のお巡りさんがいないと、これだけ不便なんだね……)
中央通りに面した広場の隅の木陰で玲也を待ちながら、私はそう思い至る。
犯罪の抑止力とはまさにこのことだ。
そこにいてくれるだけであんなにも安心感があったなんて。
(……でも、どうしてあの子の声が聞こえたんだろう)
あの少年からは、魔力を扱う能力は感じられなかった。
私はもう一度、目を閉じて感覚を耳に集中させる。
木々の葉を揺らす風の音。
通りを歩く人の足音。
広場の中心では、子供向けの人形芝居が行われていた。
語り部の紡ぐ物語に、観客の子供たちが真剣に耳を傾けている。
それは、魔王を倒す勇者の旅の途中の物語だった。
はじめは一人だった勇者の旅が、聖女や賢者と出会い、仲間として迎えていく。
そして迎える最高潮。
魔王との対決。
勇者を応援する子供たちの声援のなかに、またあの声が聞こえてきた。
《かっこいいな、勇者って!》
《僕も勇者になりたい!》
《どうして魔王は悪いことばっかりするんだろう?》
どれが誰のものなのかも、その声の想いの強さかどれ程なのかもわからない。
けれど、それは確かに誰かの心の声だった。
そして、またひとつ。
《魔族なんて全滅させちゃえ!》
まるで自分自身にその言葉を向けられたような気がして、肩がびくんと震えた。
「うわっ! ビックリした……もう戻ろう。あいつら、きっと心配してるぞ」
玲也が戻ってきてそう告げる。
集中が途切れたのか、もう誰の心の声も聞こえなかった。
「……うん」
迎賓館への帰路の途中。
私は思いきって、玲也へと訊ねてみることにした。
「ねえ、玲也」
「ん?」
隣を歩いていた玲也の視線だけがこちらへ向けられる。
「……玲也がこの世界に来た時、皆から〝魔族を滅ぼせ〞って言われたりした?」
「なんだよ、ねーちゃん。いきなり……」
玲也は一瞬だけ砕けた言い方になったけれど、そのあと少しの間沈黙を作った。
「……まあ、召喚されて出会い頭に〝魔王を倒してほしい〞とは言われたかな。魔族は人間の脅威だからって」
「……そっか。そうだよね」
人間と魔族の違いはたくさんある。
特に魔族の本能は人間のそれとは異なり、より強さを求める傾向にあるのだ。
そして魔族が恐れられる原因には、きっと魔王の存在も大きく関わっているはず。
「このまま上手くいって、もし和平条約が締結されたとしても、きっと魔族は人間に忌み嫌われたままだと思うの」
例え今回の条約の締結がされて、人間と魔族両種族が手を取り合うという構図が出来上がっても、それはあくまで表面上の話。形だけの話だ。
それがいつ、何かの拍子に崩れるともわからない。
カスト王のように言葉の真否が判るのではなく、先程の私のように他人の心を覗き見できるなら、人身掌握も容易に出来てしまうだろう。
けれど、それが最善策であるとは思えなかった。
(……もう、なるべくあの力は使わないでおこう)
心の声が勝手に聞こえてくるのはどうしようもないけれど、私から望んで他人の心を覗くようなことはしない。
「まあ、俺も魔族のことは、他の皆から聞かされただけのことしか知らなくてさ。
でも、今回エルドラたちみたいな魔族がいるって知って、結構話せる奴らも多いんじゃないかって思ったんだ。
だから、同じように皆の意識を少しずつ変えていけばいいんじゃない?」
「……今の、魔族を知らない?」
そうだ。
昔話の魔族のイメージが、そのまま今の魔族へと反映されているのなら。
「……よし、決めた」
私はその場で足を止めた。
玲也もつられて立ち止まり、私へ向けて振り返る。
「形だけの和平じゃなくて、世界の人たちにきちんと魔族の皆のことを知ってもらう。それで、魔族に対する意識を改善させる。
元の世界に還る方法を探すのはそのあと」
条約締結のお膳立てだけして、私が元の世界へ戻るのは簡単だ。
けれど、それでは人間に対しても魔族の皆に対しても無責任なことで、仮にも魔王の身でしている私が取っていい行動じゃない。
「〝やると決めたら最後まで〞だな」
玲也が我が家の家訓を口にした。
姉弟揃って同じことを考えていて、笑いが込み上げてくる。
「俺もそれに賛成。最後まで付き合うよ、ねーちゃん」
「あれ? 前は〝還りたくない〞って言ってなかったっけ?」
「あっ! そう言う意味の賛成じゃないって! あれは――」
言質を取るつもりはなかったけれど、数週間振りの姉弟の会話で言葉が弾む。
そうして私たちは、久しぶりに笑い合いながら帰路に着いた。
◆
誰もが寝静まるような時間。
聖都の一等地にある宿泊施設のとある階の一室には、ヴェルゲン帝国皇帝であるエドヴァルド=ラーク・ヴェルゲンが必要最小限の人員を率いて滞在していた。
異国の皇帝は、窓際で今日開かれた会議を振り返る。
「……聖女の乱入はあったが、概ね計画通りだ」
空の上には、真実を見抜くと言われている〈神の右目〉が浮かんでいた。
だが、いかな全智の神とて、この計画を止められはしない。
本来であれば今頃、開戦の狼煙が上がっていたはずだった。
だのに、あの魔王であると言う小娘によって計画は中止せざるを得なくなったのだ。
「……もうすぐ、魔族領の〈精霊石〉は我が国のものになる」
もし開戦し連合軍が勝利したとなれば、派兵も補給物資も多く負担している帝国が一番に賠償金を得られる。
そうなれば、魔族領での〈精霊石〉の採掘権を獲得できる上に、長年高額な金額で〈精霊石〉を輸入していたナシラ公国との取引を解消できるのだ。
空想の中の算用とはいえ、エドヴァルドには確証があった。
彼は不適な笑みを浮かべながら、手元にあったグラスの中のワインを一口含む。
そして背後にいる人物へと告げた。
「では手筈通り、明日教会に着いたら、お前は――」
しかし、振り向いた先にいた人物は、エドヴァルドにとって予想もしない行動を取ったのだった。
「お前は……何を――っ」
一瞬感じた、鋭く鈍い痛み。
エドヴァルドが言い終えるよりも前に、その胸には黒い何かが突き刺さっていた。
そして、突き刺さっていたそれが、容赦なく引き抜かれる。
彼が自身の胸へ視線を向けると、空いた跡からは赤黒い液体が溢れ、服を染めていた。
「……」
それがワインではなく、己の血であることに驚愕と絶望を抱きながら、帝国の皇帝はその場に崩れ落ちる。
事件が発覚するのは、その翌日のこと。
そしてその疑いは、現場に残されたとあるものがきっかけで、迎賓館にいる少女へと向けられるのだった。




