11th pinch 和平会議
テノト大河の連合軍を馬車で出発すること、四日と半日。
レイスラント聖国の首都――通称、聖都レイトラルに私たちが着いたのは、夕暮れ時になってからのことだった。
私たちが驚いたのは、その生活水準の高さ。
道中の町の景観や宿場町の様子からも、ある程度までは想像しいていたのだけれど、聖都の町並みその日ではなかった。
街路に並ぶ街灯には煌々と灯りが点され、人々の帰路を優しく照らしている。
その光景は、どこか故郷の町の風景を思い出させた。
「あの中には〈精霊石〉っていう鉱石が入っていて、道具に仕込まれた魔法陣が示す通りの動きをするんだよ」
馬車で私がその灯りを目で追っていたことに気付いた玲也が、この世界の人間は〈精霊〉の加護が宿った〈精霊石〉という鉱石を用いて生活しているのだと教えてくる。
由来は、かつて大陸全土にいたという精霊たちが、人間への友好の証として遺したと伝わる鉱石なんだとか。
そしてその〈精霊石〉を用いた道具は魔法具と呼ばれ、人々の生活を潤しているのだそうだ。
どうやら科学技術が発展している現代日本とは違い、こちらの世界――特に人間の住む国々では、魔法が人々の生活に根差すものとなっているようだ。
そして私たち和平使節団の面々は、聖都近郊にある迎賓館へと通され、文字通りの歓迎を受けた。
出来立ての豪華な料理。
大人十人が一度に浸かっても申し分ない広さの浴場。
ふかふかの羽毛が詰まった枕にベッド。
文句のつけようがないほど、完璧なもてなしが用意されていたことに私はただただ驚くばかりだった。
それから到着の翌日以降は、和平会議が開催されるまでの間、私たちは迎賓館での逗留を余儀なくされた。
そして、レイトラルに滞在すること約二週間。
聖都の中心部に位置する聖レイトラル教会の昼を告げる鐘が鳴り響くなか、教会に隣接された集会室へ向かう渡り廊下を抜けて、私たちはその扉の前に立っていた。
「大丈夫か?」
隣に立っていた玲也が、そっと耳打ちしてくる。
私はそれに静かに頷いて、後ろで私よりも緊張しているジャックス君へと話しかけた。
「リラックスして、ジャックス君。書記の仕事は、これまで通りで大丈夫だから」
「はいっ」
そして、ここまで私たちを先導してきた壮年の男性が、扉をノックし声を張り上げる。
「魔族領、和平使節団大使ジークリンデ=イルメラ・フォン・ヴァルテンブルク陛下ならびに使節団御一行、勇者レイヤ様をお連れしました」
開かれた扉の奥に広がる集会室には、既に先客たちがいた。
即ち、カスト王を始めとする連合軍へ派兵した諸外国と、この聖教会の代表者たちの計七人だ。
これから、ついに和平の交渉が始まる。
広い集会室には長テーブルがロの字型に並べられ、窓側から三名、一名、三名という順で席についていた。
私と玲也の席は空いているテーブルに用意された二つの椅子だとわかる。
そして、その後ろには一人掛けの机が用意されていた。そこがジャックス君の席だ。
私は座る前に、集会室にいる全員に対して会釈をする。
「皆様、本日はこのような場を設けてくださり、誠に感謝申し上げます。私は魔族領、和平使節団大使兼魔族の王ジークリンデと申します」
けれど、席に着こうと椅子に手を掛けた私へ、それを止める声が掛けられた。
「ジークリンデ殿。誠に申し訳ないが、その前に……」
そう口を開いたのは、向かいのテーブルに一人で座る青年と呼べる若い男性。
纏っている祭服から、彼が聖国からの代表だと人目でわかった。
彼の視線の先には先程の壮年の男性がおり、手に持つ盆の上には何かを載せている。
盆の上に載っていたのは、一組の腕輪だった。
「……これは?」
腕輪に目を向けながら、私はその青年へと疑問を口にする。
「それは〈魔封じの鎖〉です。一時的にではありますが、貴女の魔力を封じさせていただきます」
「……」
私の背後にいた和平使節団の三人は何も言わなかった。
それは、昨日の段階で彼らに起こりうるべき事態についてある程度話していたからだ。
(……正直、こんなものがあるとは思っていなかったけど)
とはいえ、これは想定内。
「わかりました」
私はお盆から腕輪を手に取り、自分の両腕に着ける。
その拍子に、身体が一瞬鉛でもくくりつけられたかのように重くなったような感覚がしたものの、手を何度か握り、それ以外の不調がないことを確認した。
そして後ろの三人へ向けて〝大丈夫〞という意味も込めて両腕を挙げる。
クリストフさんとの猛特訓の賜物で、辛うじて人が発する生命力を知覚できるようになった私は、今の自分の状況を当てはめながら納得した。
恐らく、この場にいる七人の人間のなかで、魔法を使えるのは三人。
半数以上が魔法を使えない状況で、魔王が攻撃系の魔法を放てば、確実に参加者の半数は死亡する。
それを恐れての抑止力なのだろう。
「これで問題はありませんか?」
「ええ……席にお着きください」
腕輪による拘束を平然と受け入れた私に対して、集会室の席に座る大人たちはほとんどが無表情だった。
唯一、カスト王だけは軽快な口笛を吹いていたくらい。
私は昨日、監視という目的で迎賓館を訪れた玲也の話を思い出す。
(なるほど……これは玲也から聞いてた通り、すごい人たちそう……)
席に着いた私は、あくまで然り気無く、この場にいる七人の代表たちそれぞれに視線を向けた。
この和平会議の参加国は、レイスラント聖国、フィート王国、アルセド王国、ナシラ公国、ディマクタ連邦共和国、そしてヴェルゲン帝国の六つ。
連邦共和国の代表二名を除いて、各国からは首相クラスか外交官が一名ずつ参加しているはずだ。
先程私へ話しかけた青年が、今度は開催国ならびに議長国としての立場であるレイスラント聖国の代表として口を開いた。
「それではこれより、魔族領と連合軍との和平会議を始めます。
議長は私、レイスラント聖国第一聖教会主席司祭である、ルジェク=ブルシークが勤めさせていただきます。
まずは、本会議の提唱国である魔族領代表から、改めて目的をお願いします」
「はい」
私は立ち上がって、息を小さく吸い込んだ。
「本会議の目的は、現在テノト大河へ布陣してる連合軍の速やかな撤退、及び、皆様方人間の国々と我々魔族間での和平条約の締結です。
その理由として、我ら魔族には、人間ならびに人間の国への敵愾心ならびに侵略の意志はなく、反対に、これからは人間と魔族間で、友好的な関係を築いていきたいと思っているからです。
以上となります」
席に座ると、ルジェクが続ける。
「それでは、連合軍参加の各国から、それぞれ意見を伺いたいと思います。
発言の意図がある場合は必ず手を挙げ、私が指名するのをお待ちください。それ以外での発言は、会議の妨害として対応させていただく場合がございます」
「どうぞ」というルジェクの言葉のあとに、挙げられるいくつかの手。
「アルセド王国代表マタラディ外交官」
窓際の端に座っていた、恰幅も服装も良い男性が発言を許された。
マタラディと呼ばれたその外交官は、席に座ったまま、私たちの方を見ることなく告げる。
「我々としては、既に多くの冒険者ギルドへ〝魔族討伐〞の依頼を発注しており、かなりの資金を捻出しています。
今それを反故にするとなると、彼らに対し賠償問題が発生しますので、負担額についてお話しさせていただきたいですね」
続いて発言を許されたのはカスト王だった。
「俺――いや、フィート国の意見としては、派兵を中止することは吝かじゃない。おおむね和平を支持する」
次に発言を許されたのは、連邦共和国の片方で、人間側では唯一の女性であるジュネビア代表だった。
「そうですね。我々、連邦共和国としても、派兵にはかなりの資金を要していますから。賠償金……という訳ではありませんが、保証していただきたい」
「クェーラ殿はいかがですか?」
もう一人の代表であるクェーラ代表は、小声ながらも手を挙げて発言する。
「……はい。ぼ……私どもの領地からは、兵ではなく物資を提供することになっていたので、特に問題は……っ! でっ……ですが、既にいくつかの荷は前線に送っているので、その保証をしていただきたくっ」
そこで次に手が上がったのは、ナシラ公国のナシラ大公だった。
「それを言うと、我が公国は物資の補充を重点的に担っているため、クェーラ殿と同じように、既に手配済みの物資に対する費用については保証していただきたい」
大方の意見が出揃ったところで、ルジェクが最後の一人に訊ねた。
「あなたはどうですか? ヴェルゲン皇」
手を挙げた後に発言したのは、会議の参加者のなかでナシラ大公と並んで威厳のあるヴェルゲン帝国のヴェルゲン皇帝だった。
「……我が国は、魔族領から一番遠くに位置しており、まだ出立していないとはいえ、派兵の準備も既に整っていた。帝国も、それ相応の保証を連合軍に求める」
ここまで意見が出揃って、一番問題に上がったのが保証、保証、保証……と金銭面での問題だった。
これは、地球での歴史をみても当然の結果でもある。戦争には多額の費用がかかるのだ。
そして敗戦国は、戦勝国に搾取される弱い立場でもある。領土然り、賠償金然り。
ただ、連合軍発足の要因を作ってしまったとはいえ、魔族は人間と開戦していない。
だから各代表も〝魔族領に保証を求める〞とは一言も言っていなかった。
それをやんわりとオブラートに包んで全責任はないと発言した上で、私はもう一度口を開く。
「――また、我々の国には、貨幣という文化がありません。なので、皆さんが仰る賠償金の問題については、何か代用できるものであればそちらで補填させていただきたい」
〝平和を金で買うのか〞……そんな野次が飛んできそうだったけれど、現実は違った。
私の言葉に、その場にいたほとんど全員の目の色が変わったのだ。鈍く鋭い色に。
ルジェクは咳払いしたあとに、言葉を続けた。
「……なるほど。であれば、魔族領にある資源の一部等はいかがでしょうか? 例えば〈精霊石〉など」
「〈精霊石〉ですか?」
私は一瞬、眉をひそめ、その言葉の真意を考えた。
〈精霊石〉。
それを用いた魔法具を使うだけで、例え魔法が使えない人間でも簡単に魔法が使えるようになる、奇跡が秘められた石。
(そう言えば……)
けれど以前に聞いた玲也の話で、その〈精霊石〉には、唯一欠点があったことを思い出した。
それは一定の魔法を行使すると、磨耗し消滅するということ。
それは言わば、電化製品を扱うための電気のようなもの。
どんなハイテクな電化製品でも、それを動かす動力がなければガラクタに同じというわけだ。
私が後ろのエルドラに顔を向けると、僅かに首肯が返ってくる。
「……残念ですが、我が魔族領でそういった鉱石が採掘されるという報告は受けておりません」
そもそも魔族は、大気中の魔素か自身の生命力を魔力に変換することで、魔法が使える種族だ。
例え〈精霊石〉があったとしても、己の力で強者の地位に立とうとする性質の魔族が、そんなアイテムを使うとは考えられない。
第一、魔族には人間のように魔法具を作るという発想はみたことがなかった。
けれど、ルジェクからの返答は驚くべきものだった。
「ですが……魔族領へ行ったことのある人間が、そう過去に証言しているのです。〝魔族領には〈精霊石〉がある〞と」
「それは本当ですか?」
「はい。その人物について詳細は伏せますが、魔族領の西端にある山脈に〈精霊石〉があるという話です」
恐らく、議長国のルジェクが言うということは、本当のことなのだろう。
けれど、それが事実であるかどうかは、今関係なかった。
その可能性が示唆されている現状で、一度〝ない〞と否定した私が調査を拒むことは、即ち和平交渉の決裂を意味する。
「……わかりました。本件については魔族領へ戻り次第確認し、追って報告させていただきます」
交渉事でもっとも重要なのは、その合意地点だ。
相手方との交渉をどれだけ有利に運び、結果的にどれだけ〝自分の目的〞へと近付けられるか。
今回の私たち和平使節団でいえば〝和平を結ぶこと〞がそれに当たる。
(否定が悪手なのはわかるけど、どうしたら……)
ここは外交交渉の場でもあることから、相手の提案をすべて否定することは避けたかった。
「もし、〈精霊石〉の存在が確認された場合は――」
そう私が口にした時、不意に集会室の扉が開く音がして、次に言葉が響いた。
「――お待ちください」
振り向いたそこには、そう異を唱えた一人の少女が立っていた。




