10th pinch 姉弟の意地
ご覧いただきありがとうございます! 遅くなってしまい申し訳ありません。
戦闘シーンは難しいですね……。
「勝負は一対一の一本勝負。相手の口から〝参った〞と言わせるか、どちらかの膝を地面に着かせた方を勝ちとします」
「……」
連合軍の陣の一角の開けた空間で、私は勇者となった弟の玲也と対峙していた。
勿論、向こうは私のことを姉の〝あ〞の字ほども思っていないのだろう。外見も違うし仕方がないことではあるけれど。
「……まさか、親善試合で剣術勝負を飲むとはな」
剣術での勝負を提案してきたのは玲也の方だった。
途中までは魔法と剣術を組み合わせようという話にもなったのだけれど、私はそれを飲まなかった。
「魔法を使えば、あなたを簡単に倒すことができますから。
私たちにはあなた方と争うつもりはないという、誠意です」
「……そうかよ」
再三、こちらに戦う意思はないと伝えても、それが受け入れられないのなら、どうすべきか。
(……そんなの、ひとつしかないじゃない)
木刀を握る手に、力が入る。
――やるしかない。
「それでは試合――始めっ!」
ヴィック氏の掛け声と共に、先に動いたのは玲也の方だった。
玲也は、私と比べて全体的に運動は得意な方ではあるものの、その熟練度はどれも低かった。運動部系の部活に入ったこともなかったし。
確か、玲也が中学校の時。
修学旅行で北海道を訪れた際に木刀を土産として家に届けられてから、たまに家の庭先で素振りしているところを目撃した程度だった。
バチン。
重なる木刀。
真剣勝負ではないとはいえ、手から腕に衝撃が伝わった。
(結構、腕に来るわねっ)
私は自分の頬がひきつるのがわかった。
「……なんの、真似だ?」
唯一私の行動に違和感を覚えた玲也が、一旦距離を置いて目論み通り私に尋ねてくる。
私は距離を詰めて玲也へと駆け寄った。
「はぁっ!」
再び重なる木刀の合間で、弟に私はそっと耳打ちする。
それは、真剣味半分、意地悪半分のちょっとした賭けだった。
「幼稚園の時は、相田さおりちゃん」
「?」
合点がいっていない玲也へ、私は間髪入れずに続ける。
「小学校の時は、一年二組の木村まどかちゃん」
「……っ!?」
その見開かれた目に、さらにもう一押し。
「『魔剣に負けない!』のヒロインのエリナ」
「……っ!!?」
本当はもう何作品かのヒロインを出したかったけれど、登場作品を覚えているのはひとつだけだった。
私が彼女たちの名前を告げる度に見開かれるその瞳を見て、弟が何かに思い至ったのだと確信する。
けれど、その口調は事態を飲み込めていないようだった。
「な、なんで、お前が……それを……っ!」
それは、今の弟君にとっては、少し恥ずかしいかもしれない遍歴。
「ほんとは、私が知らないだけで、まだまだいるわよね? 宮内玲也くん」
「俺の名前……!?」
その顔が赤いのは、鍔迫り合いを演じているからという訳では無さそうだ。
私と弟の玲也の年齢差は七歳。
だから、弟が幼い頃はよく私が面倒を見ていたのだけれど、幼子というのは、思ったことをそのまま口にする生き物だった。
〝僕、大きくなったら、さおりちゃんとけっこんする!〞
そんなことを言っていた、幼稚園時代。
小学校に入ってからは、あからさまにそんなことは言ってこなかった。けれど、学校行事での各写真を見るとその視線の先はまるわかりだった。
中学校に入ってからはサブカル、特に漫画やラノベにはまったらしく、リビングで読む姿を度々見かけていた。
その時はなんとも思っていなかったのだけれど、今思い返せば、毎巻違うタイトルだったのに、似たような容姿の女の子が本の表紙を飾っていたことで、この結論に至ったのだ。
「どの娘も可愛かったよね。髪が長くて、美少女で……」
私が口にした彼女たちの共通点として、髪が長く、美少女だったことが挙げられる。
そしてそれは、先程現れた彼女にも当てはまるのだ。
私は最後の一押しを告げた。
「よかったわね? 念願の異世界にこれた上に、エルシーリアちゃん見たいなド真ん中の娘に会えて。
ねえ、玲くん?」
「その、呼び方っ!?」
その一瞬で、手元の木刀に物凄い力が入り、私は大きく後ろに飛び退く。
「その、口調……ま、まさか……でも、その姿は……」
動揺してる玲也に、私はもう一度仕掛けに行った。
三度重なる木刀。
力比べでは男子の玲也の方が上とはいえ、この精神攻撃の前には動揺を隠せていないようだった。
私は、今度は周囲に聞こえるように告げる。
「さあ、本気でかかって来なさい、勇者レイヤ」
「――っ!!」
玲也が木刀越しに力を入れたのがわかった。
「はあぁあ!!」
そして振り上げられる寸前、僅かに手元の木刀に込める力を緩めた。
傍目から見れば、きっと私が剣を取り零したように映っているだろう。
数秒の後。
私が持っていた木刀は、からんという音を立てて地面に転がった。
私は両手を静かに挙げ、目の前に立つ勇者を見ながら言葉を告げる。
「――〝参りました〞。私の敗けです。流石ですね、勇者さん」
その日の夜。
魔王である私と勇者の親善試合の健闘を讃えて、ささやかながら小さい宴が催された。
もしことの経緯を知らない者がはたから見たら、魔族との前哨戦を控えた決起会に映るのかも知れない。
カスト王の計らいで、ひとつの天幕を私たち魔族が使っていいことになり、私たちはその好意に甘えて連合軍の布陣の中で一夜を過ごすことになった。
「それでは、これで失礼します」
明日以降のスケジュールを確認するために訪れていた指令部の天幕から出た私は、用意された天幕への帰路に着いていた。
そして、歩く度に私の背中に向けられる、いくつもの視線。
「……」
正直いって、すべての人間がカスト王のように、私の言葉を信じてくれている訳ではなかった。
食事を摂る際も、陣の中を歩いている際も、どこか冷たいような、鋭い視線を感じている。
きっと、それはエルドラやクリストフさん、ジャックス君も少なからず感じているはずだった。
(でも、きっと、これで間違ってない……)
私たちは、この視線を変えるためにここにいるのだ。
そんな私に、近づいて来る、ひとつの足音。
「よっ! ねー……じゃなかった、魔王!」
そう言って私の肩に腕を伸ばしたのは、玲也だった。
互いの正体を知っているとはいえ、今の互いの立場を考えているのだろうか。
「……やあ、勇者レイヤくん。君もヴィックさんに呼ばれたのかな?」
「ああ。もう終わったけどな」
そのあと、玲也は不意にこんな提案をしてきた。
「なあ、ちょっと散歩しようぜ」
玲也に連れられてやって来たのは、テノト大河の河川敷。
近くに軍の天幕が張られているとはいえ、人の姿は見受けられなかった。
(……うーん。何を話したらいいんの?)
突然設けられた姉弟の親睦タイムに、少なからず私は話す話題を考えあぐねていた。
こちらに来る前の私たち姉弟は、可もなく不可もなくといった仲だった。
共通の趣味があるわけでもないし、年齢も離れている。
特に私が大学に入った以降は、ゼミやバイトの両立などであまり家でも顔を合わすタイミングがなかったことから、昔に比べて交わす言葉数も減っていた。
ある程度人から離れたところで、河川敷の草の上に腰を降ろす玲也。
「はぁ……せっかくの異世界転移なんだから、俺が活躍できると思ったのにさ……」
私もそれに倣ったところで、不意に玲也からそんな言葉が聞こえた。
悲嘆に暮れる、というより、どこか諦めたような口調だった。
「えーと……ごめんね……?」
「なんでねーちゃんが謝るんだよ」
むすっと口を尖らせながら、玲也が告げる。
「ねーちゃんだって、こっちに来てから色々あったんだろ?」
「そりゃ、まあね」
「俺さ、異世界に来て、めっちゃ嬉しいことばっかでさ――」
それから玲也は、自分がこの世界で経験した経緯をすべて話してくれた。
聖都の神殿で〈召喚〉された時のこと。
そこで〝聖女〞という立場のエルシーリアと出会ったこと。
神の加護を受けていて、魔法と剣の才能があると言われたこと。
聖教会に伝わる宝剣の封印を解いたこと。
宝剣の力を強めるために、〈地〉〈水〉〈火〉〈風〉四つの精霊の加護を持つ四人の王に会って認められたこと。
そして、倒すべきと言われていた魔王と出会ったものの、その魔王の中身が実の姉であったこと。
今までたくさんの経験してきたと話す弟の表情は、夜空の下とはいえ、とても輝いていた。
「まあ、〝お前の使命だ〞って言われた目的がなくなって、ちょっと手持ち無沙汰な気もするけど……。
それでも、俺は俺に任されたことを果たして見せるさ」
そう言いきる弟は、私が知ってる彼ではないような気がした。
それは、弟がこの世界に来て変わったからなのか。
それとも、私が弟のことをわかっていなかったからなのか。
どちらにせよ、玲也とこうして話すのはとても久しぶりな気がして、嬉しかった。
「……良かった」
これで、私の〝弟を見つける〞という目的のひとつは達成されたのだ。
残す課題は、魔族と人間の和平を締結させること。
そして――
「あとは、もとの世界に還る方法を探すだけね」
「――え?」
不意を突かれたと言わんばかりの声を上げたのは、他ならぬ玲也だった。
「何よ。戦う必要もなくなったんだし、この世界に残る必要なんてないでしょう?」
私がそう言うと、途端に玲也の顔が暗くなる。
それは〈神の右目〉――月の光が雲に隠れたからだけではなかった。
「……やだ」
「は?」
沈黙の後に返ってきた言葉は、頭の片隅で予想はしていたものではあった。
けれど、まさか本当に言うなんて。
「何言ってるの? 還るわよ。玲也」
「やだ。俺は還らない」
そう告げる玲也。
顔を僅かに背け、視線を合わせないようにする姿は、まるで駄々っ子のようだった。
「だって、還り方とかも、まだわかんないだろ?」
「……そうだけど、あんたは家に還りたくないわけ?」
あちら側には、私たちの両親も友人もいる。
それに、私たちはあちらの世界で死んでいるわけではないのだ。
還る方法がわかれば、またもとの生活に戻ることができる。
それなのに、弟は首を横に振った。
「もしわかったとしても、ねーちゃん一人で還れば?」
「はい?」
「だって、ここは異世界なんだぜ。こんな機会もうないし、めっちゃ楽しいじゃん!」
「あんた、小説の読みすぎ。楽しいだけじゃないでしょ」
現に、この世界では戦争まで起こりかかっていた。
もし、それをどうこうする力があったとしても、危険なことには変わりない。
そんな危険に自ら飛び込もうとするなんて。
玲也はまだ高校生とはいえ、モノの分別がつかない年頃ではないはずだ。
「もしこの先で、和平の締結が無事に済んだら、私はもとの世界に還る方法を探すわ。
だから、玲也。それまでにしっかり考えておいて。良いわね?」
玲也が真剣に考えていないとは言わない。
けれど、向こうの家族を捨ててでもこの世界に残る道を選ぶのは、私には考えられなかった。
「……わかったよ」
伏し目がちながらも返ってきた返答に、私は一旦は胸を撫で下ろした。
結局、親睦を深めるどころか、溝ができたまま、私たち姉弟は互いに夜を明かすことになったのだった。




