高速船
暴走兵士が迫ってくる中、ほとんど死を覚悟しながらクラムを抱きしめて唇を重ねた。
と、その時、。
暴走兵士の上にフワっと網が……被さってきた。俺たちが船に着地した時に使ったヤツだ! マストの間に張ってあったと思ったが、。
そして、その網が暴走兵士をからめとって、、、すーっと上に持ちあがる。
暴走で知能が落ちているせいか、暴走兵士は何がおきているのか分からないと言わんばかりに網の中で回りを見まわしている。網自体は暴走兵士を傷つけるような物では無い……が。
上を見ると何人もの船員たちが網を操っている。帽子をかぶった船長風の男がなにやら大声で指示を出していて、それに従って船員たちが網につなげたロープを引っ張っている。
だいぶ持ち上げられてから、暴走兵士は、ようやくブチブチと網を引きちぎり始めた。彼の力だと簡単にちぎれる。だが、手足に絡まってすぐには脱出できない。そうしているうちに、船員たちは帆を張る横棒に添って移動して、網ごと暴走兵士を海に向かって放り出した! 細い船体だから少し持ち上げれば海へ落すのは簡単だ。むしろ船上に戻す方が難しいぐらい。
結構な波が上がって暴走兵士が海に……。
ほぼ、同時に船長が何か叫ぶと船の帆が次々におろされていく。おろされた帆は風をはらんでいっきに膨らみ船を加速……。急加速で俺は危うく甲板を転がりそうなり、慌てて手摺にしがみついた。
海を見ると捨てられた暴走兵士が、派手にしぶきをたてて、ばちゃばちゃと暴れている。泳ぎは知らないのかな? 藻掻きながら船に近づこうとしているようにも見えるが、船は暴走兵士をおいてスルスルと加速していき。暴走兵士は後方に取り残され、やがて見えなくなった。
なんだか、拍子抜けかな。意外と、そういうもの?
俺は魔法の疲労感で、かなりぐったりだが……。
抱えていたクラムに「大丈夫か?」と、聞いてみたが、。
クラムは「肋骨を何本かやられたようだが、たいした事は無い。」そう言いながらポケットから回復薬を取り出して飲み「これで、明日には治る。」 そう言った後、さきほどの事を思い出したのか少し恥ずかしそうに笑った。
船のぎりぎり先端まで逃げていた聖女が戻ってきて、海に向けて手を合わせて、なにやら祈っている。たぶん、兵士の供養なんだろう。
船長風の男が艦橋の上から降りて来て、壁に空いた大きな2つの穴を見ながら、。
「派手に壊してくれたなぁ。」
俺に言ってるのか? 俺のせいじゃないぞ!
船長「それで、誰が修理費を出してくれるのだ? 上部甲板より上の客室の大半が壊れてしまった。
こりゃ航海の費用だけもらっても割に合わん。」
この状態で金の話しかよ。
聖女がため息をついて、。
キャヘマ「約束通り共和国の港まで行って頂ければ仲間が修理費を出してくれる……かもしれません。」
何処へ行くって?!
俺「そ、それは困る。セクタの港まで行ってくれれば、俺たちが倍の金額を出そう!」
船長は少し考えていたが「倍とは景気の良い話だが、。口約束って事かな?
金の保証があるのは、どっちだ?」
信用されてない?
キャヘマ「私たちがあなたを雇ったのですよ。前金も渡しているはずです。
口約束にしても私に従うのが道理でしょう。」
船長「それは、そうだが、ほんとうに金はあるのか?」
俺に抱きかかえられていたクラムが意外に元気に立ち上がって「ここに現金があるよ。口約束じゃなく現金だ」
どこに?
そう言いながらクラムが汚れた士官服のボタンを外すと、内側に沢山の金貨が並んでいる。
鎧じゃなくて金貨?
船長「すごいな。どれぐらいあるのだ?」
クラム「ルナの話しだと50万ゴールド 」
どうりで重いと思った。 ってか、どういう装備? ルナリスは何を考えていたの?
船長が急ににっこり笑って、。
船長「それだけあれば修理代をさし引いても相当あまるな。
分かった。それを全て出してくれるなら坊ちゃんに従うぞ。
なんでも言ってくれ。」
良かった。これで帰れる。ってか、坊ちゃんじゃなくて嬢ちゃんだけどね。
俺は疲れきっているし、後はクラムにまかせれば良いか。俺よりは元気みたいだし、。
クラム「なんでも?」
坊ちゃんはスルー?
船長「あー、なんでもだ!
だが、先に言っておくが客室は、ほとんど壊れてしまって残ってない。
遠くへ行くには不自由かもしれんぞ。」
キャヘマ 「私の部屋は?」
船長「聖女さんが、ここへ来るときに、使っていた部屋も壊れたよ。
一人部屋は全滅だ。残っているのは上級の二人部屋がひとつだけ。あそこだけは上の階だったから無事だ。」
クラム 「 二人部屋かぁ。 」
いや、部屋はどうでも良いから、すぐに帰ろうね。
クラム 「なんでもって言ったよね?」
船長「あー、50万ゴールドあれば、何処へでも行ってやる!
この船の速度なら太洋を渡って西の大陸でも10日で行けるぞ。」
何処?
クラム「私とヒロタンを、その部屋に泊めてくれ。後はどうでも良い。 」
船長「どうでも良い? 行先は?」
クラム 「どこにも行かなくて良いよ。」
俺 「へ??」
船長「 はぁ? 」
キャヘマ 「何を言ってるの? 私は、どうなるのですか?」
まいったな。クラムは何を考えているのだ。
俺「クラムは落ち着いて考えてくれ。みんなが待ってると思うぞ。早く帰って……」
クラム 「良く分かってるさ。戻っても私の番は来ない。
ここでだけだ。」
船長「何処へも行かないと言われても、。
この船に残ってる水と食料は予備を入れても20日分だ。
お客さん向けの良い食事だと12日分程度、。海の上にはあまりいられないぞ。」
クラム「う~ん。」
船長「あと、その聖女さんも、お客さんだから、なんとかしてあげてくれないか?
お嬢さんみたいだから船員の3段ベッドだとつらい……かもしれんぞ。 」
クラム「部屋は無いのだろ?」
船長「提案なんだが、坊ちゃんと、そこの細い兄さんなら一つのベッドで大丈夫だと思う。
上級の客室のベッドは大きいからな。
そうすれば、もう一つのベッドに聖女さんが寝れるだろ? 」
クラムがすぐに「それだ! おじさん、良い事を言うね。」
ちょっと待て! 俺とクラムが一緒に寝るの?
船長「あー。物わかりの良い坊ちゃんで助かるよ。 聖女さんも良かったな。 」
キャヘマ「え、。えぇまあ。でも、その、。 」
船長「決まりだ! もう、日が暮れるから、どちらにしても今晩は、このあたりに停泊する。
壊れた部分の応急修理もあるしな。
行先は明日、決めてくれ。」
まあ、いいや、。上級船室なら椅子ぐらいあるだろうし、俺はそこで寝よう。
崖からは離れてしまって、ルナリスとの通信は無理なんだが。
まあ、今更か。
俺「船長は、どこで寝るのだ?」
船長「俺は艦橋の操舵室に、ハンモックを吊って寝るよ。慣れてる。」
クラムが服の金貨を外して船長に渡す。そして、船員の一人が俺たちを、上級船室というのに案内してくれた。暴走兵士がぶち壊した階の一つ上にあって、無事だったようだ。その分、窓からの眺めも良い。
部屋の中には、たしかに言われた通りベッドが二つ。でも上級と言っても船の中のせいか、そんなに余裕は無かった。長椅子でもあればと思ったが、。
二人がベッドで寝るとしたら俺の場所は無さそう。
クラム「私とヒロタンが、こっちのベッド。 」
そういうクラムに顔を向けたキャヘマが
キャヘマ「金貨があって見えなかったのですが、その空挺兵さんの体って、。 」
俺 「船長は誤解していたが、クラムは女なんだよ。 」
キャヘマ「やはり、。
いけません!
むしろ、私がヒロタンと同じベッドで、、、。うぐ 。」
また、光ってますけど。
キャヘマ「これは外して……。」
クラム「外して良いのか? 聖女なんだろ?」
クラムの言葉にキャヘマが凍り付いてる。
聖女の話しを聞いてたの? 何処でだろう……
まあ、いいや、。
俺「二人で、この部屋を使ってくれ。 俺は船長に言って、他の場所で寝る事にするよ。」
俺は船員用の三段ベッド……か、ハンモック?
だが、部屋を出ようとする俺にクラムが抱き着いてきた。
クラム「だめだ! 今しか、私の番は無い。
お願いだから、いかないで! ここでしか、。 」
なんだか泣きそうに見える。
キャヘマが……、。
キャヘマ「あなたが空挺兵なら女としての恋愛は無理でしてよ。分かっているのじゃなくて? 」
なにやら知っている風なのが気になる。
クラム 「私はヒロタンに任務を解除されてる。 」
キャヘマ「ありえません! そんな事ができるのは……、。」
クラム 「むしろ聖女のあんたこそ、妙な事を言っていたよね。
聖女が清王の涙を外すなんて、その言葉だけでも火あぶりだろ?」
クラムの言葉に、氷ついたようなキャヘマだったが。
キャヘマ「なるほど。先ほどのイデルアへの言葉で、もしやと思ったのですが。
やはり、そういう事なのですね。 」
クラム「短期間のレベル上げには信仰が必要だからね。
里でも経文は受け継がれていたし、もちろん全て覚えてる。
堕落したあんたらのとは違う本物の経典だよ。」
キャヘマ「タングレンの異端追放者……、でしたっけ?。こんな島にいたとは。」
クラム「確かにタン・グレン様は最初の里長だが。追放? 何の話しだ?
私たちは自ら国を出ただけだ。誤った信仰を拒否するために。
あんたが本物の聖女なら、どちらが正当な信仰か分かるはずなんだけどね。」
良く分からん。いつものクラムと違う厳しい感じだし。
だがキャヘマは妙に納得して
「なるほど。そうかもしれません。聖典革命以降の枢密院は国を守るためと言って……。」
クラム「……、。認めるの? どうしてそれで…… 」
キャヘマ「他にも、。あなた以外にも、あの島にいるという事でしょうか? 」
クラム「たぶん、……、もういない。 」
キャヘマはしばらく考えていたが、。
キャヘマ「分かりました。まずは取り引きです! 」
クラム「ん? 」
キャヘマ「あなたに協力します。ですので、私の清王の涙が外せる事は黙っていてください。」
クラム「協力? 」
キャヘマ「ヒロタンを、そこに寝かせましょう。
それが、あなたの望み……ですよね。 」
何を言ってるの? どうやって?
キャヘマ「少しの間、ヒロタンを抑えていてください。」
え?
クラムは躊躇したようだが、キャヘマの強い言葉に、うなずいて俺を羽交い絞めに。
あれ? 肋骨が折れてるのじゃないの? まだ、治って無いよね?
俺「おい! やめろ!」
レベル的にパワーが違いすぎる。クラムに抑え込まれると俺は動けない。
キャヘマが動けない俺に近づき、清王の涙を俺の額に近づける、……、と、頭の中で何かが爆発して……、。
そのまま意識を失った。
気が付くと朝のようだった。やわらかいベッドの上で気分は悪く無い。
船の波が感じられる。
そして、……、。すぐそばで丸くなったクラムが静かに寝息を立てている。
隣のベッドが聖女さん……かな。
良く分からないが、俺はクラムと寝ていた?
やがてクラムが目を覚ました。少し恥ずかそうに「お、おはよう。ヒロタン」と挨拶する。
昨夜は何も無い……よな?
俺がクラムにおはようを返すと、その声でキャヘマも目を覚ました。
部屋に用意されていた給水機みたいな物で顔を洗っていると若い女性の水兵が来て、食事の用意が出来ていると告げてきた。そういや、昨日はろくに食べていないからお腹が空いている。
士官食堂のような所に案内されて、そこで3人で朝ごはんを食べる。食事係のメイドっぽい女性の水夫が持ってきてくれたパンとスープと干し肉、それに魚は意外においしい。魚は、この船で釣った物らしい。しばらく、このあたりで待っていたから食料の現地調達をしていた?
この船の客船としてのサービスは良い感じだ。高速みたいだし良い船だと思う。
それはともかくキャヘマとクラムは、一晩で急に仲が良くなってる。俺には理解できない話をしているし。
キャヘマが俺に向かって「クラムに聞いたのですが、エミャルさんですか? その人がいると、あなたは多くの魔力が使えるのですって? 」
あれ? クラムは知ってたの?
キャヘマ 「つまり、その人も連れて行けば良いのですね。 」
クラム 「でも、船は、しばらくここにいるよ。 今晩も、。 」
今晩も何をするの?
キャヘマ 「クラムもレイモンへ一緒に行く! ならばよろしいのじゃなくて?」
勝手に決めるなよ! どこへ行くって?
キャヘマ 「クラムの言う通りなら理由を話せば、ヒロタン……さんは私たちに協力してくれるでしょう。 」
知らんわ!
クラム「エミャルも一緒に行くのだろ? それだとダメだ。」
何がダメなの?
キャヘマ 「クラムに足りないのは自信と積極性です。 あと服も良くありません。
それは兵士の服でしてよ。」
クラム「そうかなぁ。」
キャヘマ「良く考えてください!
負ける前提で考えているようですが、そのエミャルさんに対して、あなたが勝てる要素もあるのじゃありませんか?」
クラム「う~ん。そもそもエミャルの何処が良いのか、さっぱりなんだが。」
キャヘマ「でしたら、クラムが勝てるでしょう! 一緒に旅をすれば、その間に! 」
クラム「そうかな? 」
キャヘマ「あなたは十分に敬虔な使徒です。聖女である私が保証します。
一緒に行けば……。 」
何を言ってるのだ?
クラム「分かった。一緒に行くよ! そして…… 。」
俺を見つめて、何を考えてるの?
キャヘマ「では、一度、島の港……に戻る事にしましょう。
そして、そのエミャルさんを連れてレイモンへの旅に出発します。」
俺「何を勝手に決めてるのだ? 俺は行かないぞ。」
キャヘマ「あなたには世界を救う使命があります!」
俺「はあ?」
そういや偽勇者をやっていたが、。
キャヘマ「レッドドラゴンが暴走すれば世界が滅びるでしょう。
それを止めるために、あなたが必要です!」




