テンションと雰囲気
今俺は、同僚や後輩、加えて上司達の生暖かい目を受けながら仕事をしていた。
ちなみに言えば、俺が出社してから六時間。ずっとこの目に晒されている。
「優、聞いたよ!仕事増やすのやめたんだって?」
「……」
ついでに言えば、この質問も二桁を超えた。どうやら、俺の噂が他の部署の社員にも伝わったようだ。そんなに俺は有名だったのかって話だが。
――さて、そんな目線や質問に耐えながら仕事をこなしていると、気付いたら定時になっていた。
ため息を吐きながら、俺は立ち上がる。
「「おお!」」
この場にいる社員全員が期待の篭った声を上げた。
「今日はもう帰ります」
「「きたぁぁぁああ!」」
今度は歓声を上げ始めた。
色々なところでハイタッチなどが起こっている。
……やっぱり、こいつらがおかしいな。俺は正常だ。
もう社員は無視しつつ、俺は会社を後にした。
――ダルい帰宅の道を終え、家に着いた。玄関をくぐり、地下室への扉を見ると鍵がキチンと掛かっている。
どうやら、恵は逃げていないらしい。一安心だ。
様子を見るべく地下へ降りる。すると、一階にいる時には聞こえなかった、ゲームの爆音や恵の声が聞こえてきた。
「め、恵?」
「あ、優先輩!ちょっと手伝ってくださいよ!このボスが何回やっても倒せないんです!」
恵は結構前に発売した、闇の魂達3をやっていた。ゲーム名を決して英語にしてはいけない。
このゲームを作っている会社が作るゲームは、難しい事が有名でクリアできずに心が折れる人が多い。俺も途中で挫折した。
恵はボスの攻撃を喰らってしまい、体力が無くなった。画面には貴方は死んだと映っている。
「あー、そいつ強いよな」
「なんですかアイツ!飛び込んでくる攻撃が避けられないんですよ!」
「そいつだったら、近づいて後ろに張り付くと楽だぞ」
「えー、優先輩やってみてくださいよー!」
そう言ってコントローラーを渡してきた。
ゲームをやるのは三年ぶりぐらいだ。上手く出来るか?
少しウキウキしながらコントローラーを握る。
が、ボス前の雑魚敵に殺されてしまった。
「え…優先輩。ボスにすら行けないんですか?」
「ち、違う!久々だったからだ!」
その後も二回雑魚敵に殺されて、四回目にしてやっとボスに辿りついた。
「ほら!行っただろ!三回は慣れるためだから、実質初見だぞ!」
「さっきまでの三回は無かった事になったんですね…」
若干呆れているが、無視して進める。
最初の内は、ボスと距離を取って様子を見ることに徹した。慣れてきたところでボスと近距離戦に挑む。
「見てろ、こうやって近づきつつ…」
「近づきつつ?」
ボスとの距離が近づいた途端、避けるのが難しくなった。…俺が下手になっただけか
回復することも出来ないまま、呆気なく死んでしまった。
「……」
「近づきつつ、死ぬんですね!」
「ッグ!」
めちゃくちゃ悔しい。しかし、ぐうの音も出ない
十分前の、自慢げに語っていた自分を殴りたい…
その後も交代してやりつつ、ボスと戦い続けた。
「優先輩!その位置危ないですよ!」
「今位置変えたら死ぬって!」
――
「回復回復!なんで攻撃ばっかなんだよ!」
「うるさいです!今が攻め時なんですよ!」
――
「そうそう!そこ回避です!」
「ああ!ミスったぁぁぁあ!」
「なんで今避けなかったんですか!?」
みたいな口論を繰り返して、一時間半が経った。
流石にこれだけやっていると、惜しいところまで持っていけるようになった。
――そして、数多の試行回数を重ねて、とうとうその時が来た。
あと数ミリのHPを残したボスに、最後の一撃を喰らわす。
「…優先輩!やりましたね!」
「ああ、やったな…!」
二人で勝利の喜びを分かち合う。
テンションは無事にバグっており、何故か抱き合っていた。
だが無情にも、数秒にしてテンションは元に戻ってしまう。二人して硬直し、互いに顔を見合う。
「優、先輩…?なんで、わたし達抱き合っているんですか…?」
「…なんで、だろうな…。強いて言えば、このゲームのせいじゃないか?」
「…」
「……」
どうすれば良いのか分からず、どちらも動けないでいると、どこからともなく腹の音がした。
「…」
「…飯にするか」
「そうですねっ!」
恵はさぞ楽しそうに頬を釣り上げていた。
腹の音は間違いなく俺なので、恥ずかしくなってくる。
「…作って来る!」
俺は逃げるように一階へと上がっていった。
今日のご飯のメニューを考えながら、先程の事を考えないようにしながら。