これからの非日常
「いやいや…は?」
思わず二回聞き返してしまう。先程までの怒りは、どこぞへ飛んでいった。
まあ元々、人生で怒った事など数えられる程しかないので、怒るのは得意ではない。俺が怒らないというより、友達に恵まれていたのだが
「誤魔化さなくて良いんです!わたしが優先輩の弱みを握ってしまったから、改心…とは違いますね、わたしが諦めるまで監禁する気ですね!?」
「は、はぁ…」
あまりの言い分に、俺はアホ面を晒す。それでも恵は止まらない。掠ってもいない推論をぶつけてくる。おまけに、顔は生き生きしてるし。
…何がそんなに楽しいのか。こいつは馬鹿なのか?本当に監禁するぞ
「追い詰められたら閉じ込めておくとか、優先輩も地に落ちましたね!いいですよ!わたしは絶対に屈しません!まあ未だにトラウマも克服出来ていない人が、長く持つとは思いませんがね!」
「……」
その言葉に、俺はまた反応してしまう。
…反抗の意思を見せつつ煽ってくるとか、こいつ本当に根性あるな。
けれど、本当どうしようか。このまま恵を解放してしまえば、痴漢から拉致未遂へと姿を変えた罪が俺に帰ってくるだろう。
家の前での出来事はだいぶ声が大きく、聞こえてた可能性もある。目撃者だっているかもしれない。
…俺はまだ示談を諦めてない。その為に、ここで家から出すのは悪手か。
思考が終わり恵を見ると、まだ俺に対して何か言っていた。
「だいたいですね!わた…し…は」
恵は俺と目が合う。と同時に、恵の顔が引き攣る。
「ど、どうしたんです…か?そんな覚悟決めたような目して」
「…いや、恵の言う通りなんだよ。理由は違うが、恵を監禁しようと思ってな」
少しおどけた様に言う。
そして、恵を掴んでいた――もはや撫でると言っても良いほど、力は入っていなかったが――手に再度力を入れて、恵を誘導する。
恵は後ろを大人しく付いてきている。
「この家にはちょうど地下室があってだな。監禁するにはもってこいなんだ。」
「あのー、優先輩?冗談とかじゃ…ないんですか?」
「おいおい、自分で監禁される理由を語ってただろ?覚悟は出来てそうだったじゃないか。まあ安心してくれ、衣食住はちゃんと提供してやるよ」
そう言いながら、地下室の前に着く。
地下室への扉は、取っ手型の両開きなので、鍵がついていない。これは後々考えておこう。
…先程から隣で恵が騒いでいる。
「優先輩?聞こえてますかー?優ー先ー輩!」
「大丈夫。この扉は後で鍵付けとくから」
「そういう事聞いてませんよ!」
恵を意に介さず扉を開ける。少し埃っぽいが、大丈夫な範囲だろう。
恵を引っ張り、先へ進む。扉の先は階段が続いている。
階段を降りると、正面と右手側に扉がある。
恵は、階段を降りている間ずっと「せんぱーい?考え直しましょうよー。ねーえー、優せんぱーい」と騒いでいた。全部無視したが。
「正面の扉が恵の暮らす部屋だ。右の方はトイレだから、自由に使ってくれ」
「真面目に説明しないで下さいよ!嫌ですよ!こんなジメジメしたところ!」
「安心しろ。中は快適だ」
言いながら扉を開ける。中はとても暗かった。
手探りで電気をつけるボタンを探す。少しすると手に感触があったので、ボタンを押す。
「わぁ〜」
「すごいだろ?」
恵が感嘆の声を漏らす。
部屋は10畳ぐらいで、広い方だろう。
テレビに冷蔵庫、ソファにベット。本棚に漫画がびっしり詰まっている。流石に台所は無いが、娯楽で使われるものはだいたい揃っている。
これらのものは、大学時代の友人達と買い集めた物だ。
友人達が家に来た時、地下室を見せたら男心をくすぐったらしく、割り勘をしながら買っていたら、こんな具合になっていた。
全体的に埃を被っているが、問題ないだろう。
「ご飯は俺が作って持ってきてやる。風呂も入りたいなら言ってくれ。俺が連れて行く」
「監禁っていうか、天国にいる気分…世話してくれるならずっとここにいたいです〜」
恵は心を掴まれたのか、幸せそうな顔をしている。
良し、このまま恵を満足させながら、示談に持ち込もう。このちょろさなら、そんなに時間はかからないのではないか?
恵はキョロキョロと部屋を見ながら、ウロウロしている。すると、なにか見つけたのか、しゃがんでいる。
「優先輩、これなんかどうですか?」
そう言いながら持ってきたのは、自転車のタイヤにつけるチェーンロックというやつだ。
…もしかして、地下室への扉の鍵のこと言ってんのか?
なんでこいつ自ら監禁への道歩んでの?ちょっと前まで嫌がってたじゃん
「あ、あぁ。いいんじゃないか?そこら辺に鍵もあったと思うんだけど…」
「ほんとですか?まだ見かけてませんね」
「鍵なかったら錠として働かないだろ。探すの手伝ってくれ」
チェーンロックがあった辺りに腰を下ろし、を見回す。ぱっと見見当たらないが…
「あ!それっぽいのありましたよ!」
「お、まじか!ナイス恵!」
恵を見ると、ベットの下を漁っていた。
ん…?ベットの下?ベットの下って確か…ハッ!
マズイ‼︎マズイマズイマズイ‼︎
「お、おい…恵…?そんな埃っぽいところ、漁ったって何も出ないぞ…?」
「大丈夫ですよ〜。ほら、なんかありますよ!」
そう言って、出てきたのはダンボールだった。
ヤバイ…あの中には…
「そ、それ…埃やばいな。俺が確認してやるから、こっちに渡してくれ…な?」
「ん、なんでです…か…。あ〜、はいはい」
俺の顔を見た恵は、何かを、察したらしい。察してしまったらしい。
悪い笑みを浮かべると、そのダンボールを開け始める。片付けておけば良かったと、今になって後悔が…
「はぇ〜、優先輩もこういうの持ってるんですね〜」
ダンボールから出て来たのは、数々のR18ディスクだった。
「違うんだ!それは、サークルの奴らが来た時に置いていったやつで!決して俺のではない!」
「けど、優先輩が好きだって言ってた女優さんのもありますよ?」
「なっ!なんでそんなの知ってんだ!?坂本か!坂本が言ったのか!?」
「嘘です。普通にカマかけました」
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”」
なんでこいつはこういう時だけ頭回るんだよ!普通に引っかかったじゃねーか!てか、ここ来てからリラックスし過ぎだろ!
恵は本を物色し始めた。死体蹴りはやめてくれ…
「てゆーか、表紙見てると監禁調教モノ多くないですか?優先輩…まさか、わたしにもこの本みたいな事…」
「しねーわ‼︎何言ってんだよお前は‼︎」
「ほんとうですかー?こんな可愛い女の子を監禁しといて?」
「なんなんだお前…なんでそんなテンション高いんだよ…?」
待ってくれ。恵が来てからまだ10分前後だぞ?少なくとも数日は留めておきたいが、こんな調子で持つのか?俺の心労やばくない?
恵はしばらく笑っていたが、満足したのか、ポケットから鍵を取り出した。
「はい、チェーンロックの近くにありましたよ」
「俺の苦労はなんだったんだよ…」
鍵を受け取る。かすかに温もりが…っていかんいかん。さっきのテンション引っ張ってるな。
そういえば腹が減ったな。こいつのせいか。
「取り敢えず、ご飯作って来るわ。待っててくれ」
「はーい。待ってまーす」
そう言い、上へ上がって行く。
はあぁ、なんか苦労しそう。もう監禁やめようかな。