1つ前に進む
俺の嘘を信じた恵には悪いが、冤罪で捕まるのも嫌だからな。……まあ、誰も嬉しいとは思わないか。
「こっちの方に交番があったはずだ」
俺は当然の様に南口に向かう。そのまま、交番がない道を選ぶ。
……俺は追い詰められると簡単に嘘をつけるようだ。なんだかショックを受けた気がする。
「優先輩、わたしが会社を辞めてから何かありましたか?」
恵の方から話を振ってくるとは、恵も落ち着いてきたのだろうか。
「まあ…ぼちぼちだな。強いて言えば、少し仕事が増えたかな」
「え…優先輩、わたしがいた時も相当働いてましたよね…?あれ以上働いてるんですか…?」
若干引いている気がするが…それでも良い傾向だろ。少しでも話題を明るい方向へ持っていくんだ。
頑張るんだ俺、目指せ和解。
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二人で歩き、駄弁っているこの光景は、まるで大学生に戻ったかの様だった。
お互いに軽口を叩き、たまに冗談を言う。心なしか優の目にも生気が戻っている気がする。
まあ、今の関係性は痴漢の被害者と容疑者だが。それでも、今はだいぶ良い調子だろう。
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二人は談笑をし、すぐにまた話題が変わる。
まるで関わることがなかった分をここで発散する様に。
しかし、楽しい時間には終わりがある。この楽しい時間も終わりが来たらしい。
歩いて20分ばかりがだった頃だろうか。恵が唐突に話を変える。
「ていうか、交番まで遠すぎませんか?」
「あ、あれ?おかしいな。そろそろ着くと思うけど」
咄嗟にそう言ったが、流石に無理があると自分でも思う。
…どうすれば良いのだろうか。かなり打ち解けたと思うが、それでもまだ許してもらうには足りないだろう。
言い訳を考えていると、恵がハッと思いついた様にスマホを見出す。
…スマホで地図でも見ているのだろう。ていうか、最初から気づけよとは思うが。
追い詰められ、視線を巡らせていると、前から自転車を漕いでいる警察官が見えた。
(マズイ‼︎もし恵があの警官を見たら…!)
必死に脳を働かせ、気を逸らす方法を考える。
自転車に乗った警官は途中で曲がる事なく、俺たちの方へ向かってくる。
刻一刻と迫ってくる警官を止める術などなく、とうとう警官が恵の視界に入ろうしていた。
「先輩!どこ向かってるんですか!全然違いますよ!」
俺の方に体を向け、スマホを近づけてくる。恵は、わたし怒ってますよと体全体で表現している。
問題だった警官はちょうど恵の背中を通過していた。
…助かった…のか?
しかし、まだピンチは続いている。交番の言い訳を言わなければ。
「ごめん…実は10分前ぐらいからだいぶ迷ってた…」
強がりで迷ってたと言えなかった作戦にした。男子なら良くやるだろ?
…まあ、苦しいが。
恵は、何をいっているんだこいつは、という視線を向け、沈黙していた。
やっぱり無理があるか…?
「まあ、優先輩ですからね。住宅街に入った辺りでおかしいなとは思ってましたよ」
不機嫌な顔を崩し、慈愛に満ちた笑みを溢す。いつもの可愛げのある顔からはギャップのある笑みだった。
…しかし、どうやら誤魔化せたようだ。
「ほんとに面目ない…」
そのまま歩みを止める事なく、道を曲がる。もはや、どっちが先導しているか分からない。
まあ、時間を稼げているだけいいだろう。
会話から意識が外れ、周りの光景が目に入ると、既視感が強いことに気が付く。
よく見てみると、俺の住んでいる街区である事が分かった。気付かぬ内に、自分の家の近くまで来ていたようだ。
「そういえば、先輩。なんでわたしの告白断ったんですか?」
恵が不意に話を振る。
気付けば、雰囲気も先程のような穏やかなものではなく、剣呑なものになっている。
俺は自分の表情に注意しつつ答える。
「恵も知ってると思うけど…事故に遭ったんだよ」
「知っていますよ。サークル内で知らない人はいませんよ」
あっさりと言う。若干、俺の表情が歪んだ気がしたが、すぐに戻る。
「その頃の俺は、だいぶ酷くてさ…付き合うとかは考えられなかったんだ」
「なら…今なら良いんですか?」
冗談を言う様に軽く、頭で考えてるとは思えない程、薄っぺらい言葉が返ってくる。
思わず声を荒げそうになるが、なんとか抑え、冷静を心がけ喋る。
「まだ…そういうのは考えられない…だから…ごめん」
2回目になる返答をする。まだ不安定なところがあるんだ。そんな俺を近くに置いてはいけないだろう。
一応、恵の為でもある。
「はぁ〜、いつまで引きずるんですか?」
けれど、この言葉には無理だった。
冷静な心はどこかへ飛んで行く。作り上げた顔も崩れていた。
「なに…言ってんだよ。引きずるとかじゃ、ないだろ…?」
「三年経ってるんだから、前を向く頃だとは思いませんか?優先輩は気付いてないかもですが、この道中、ずっと苦しそうな顔してますよ。会社にいる時も、でしたが」
そんな自分の気持ちの押し付けのような言葉に、無責任とも言える言葉に、心が軋んだ。
心臓が、働き過ぎなぐらい振動しているのが分かる。
「お前に…お前に!何が分かるっていうんだ!俺は一度の事故で両親を失ってんだ!お前が勝手に前を向く時を決めるんじゃねぇよ!」
声は抑えたが、だいぶ大きくなってしまった。
恵は冷めたような目で俺を見ると
「…そういえば痴漢の連行中でしたね。こんなくだらない話はやめて、早く行きましょう」
「こんな…話…」
煽っているのかと思うほどの言葉に、我を忘れる。
俺は恵の手を強引に掴むと、力強く引っ張る。
ここからは普通に犯罪だ。しかし止まらない。
冷静でない俺の頭は、だいぶおかしかった。
少し先にあった自分の家の鍵を開け、恵を家の中に放り込む。
すぐに扉を閉め、鍵をかける。恵の手は掴んだまま、扉に押し付ける。
恵は、手の痛みに顔を歪めていた。
「…優先輩、何するんですか。手…痛いです。」
「……」
恵の痛み苦しむ顔を見たら、何故だか冷静になってきた。自分のした行為に罪悪感すら覚えてくる。
案外、俺に悪事は向いていないんだな。
…しかし、激情に任せ、家に連れ込んでしまったが、これは言い訳のしょうがない。
どうしようかと迷っていると、恵が口を開く。
「まさか…優先輩…。」
「……」
…なにを言われるのだろうか。
俺に失望したと、暴言を交えながら絶叫でもされるのだろうか。
いや、まずは謝罪すべきか。
「恵…ごめ」
「わたしの事を監禁するつもりですね!!」
「……は?」
いや…は?
ほのぼのガチ勢の方、おまたせしました。次回からほのぼのが増えます