ナル 後編
「グギャ・・・!」
「よしっ!」
石が顔面にクリーンヒットしたゴブリンは、赤い軌跡を描いてその場に倒れた。
この前先輩冒険者のゲルトさんにもらったアドバイスのおかげで、なんとかゴブリンを倒せるようになった。
少しだがレベルも上がっているので、このまま行けばダガーで倒せる日も近いかもしれない。
「さっ・・・角を回収しなくちゃ」
逃げながら戦っていたので、ゴブリンは等間隔に転々と倒れていた。
今日倒したのは六体。
依頼は五体だから一体多いけど、そのぶん追加報酬がもらえるからきっちり回収していく。
「よっ・・・んっ・・・」
カリンッ。
角は付け根の部分にダガーの切先を突き刺して、てこの原理で動かすと結構簡単に取れる。
意外とこの感触は癖になる。
「よいっ・・・しょ」
「シャア!!」
「うわぁっ!!」
角をとろうとゴブリンの死体の傍らにしゃがみこんだそのとき、死んでいるはずのゴブリンが飛び掛ってきた。
シャッ・・・。
「んぐっ!!」
ゴブリンの雑な作りの剣が僕の頬を切り裂く。
咄嗟によけたから傷は浅いが、作りが雑なぶん痛い。
グシャ!
「イギィ!」
飛び掛ったゴブリンが地面に着地するのと同時に、引き抜いたダガーでゴブリンの背中から心臓を突く。
いつもなら避けられてもおかしくない攻撃だったが、石のダメージがまだ残っていたのか、動きが鈍くなっていたので助かった。
「し・・・死んでるよね」
念のためもう一回心臓を一突きしてから、角を回収して急ぎ足で森をでる。
「はぁ、怖かった・・・」
死をあんなに近くに感じたのは初めてかもしれない。
運が悪ければあの一撃で死んでいた。
何回か深呼吸して、気持ちを落ち着ける。
僕がゴブリンを狩っているのは、街からすぐ近くの森なので、帰るまでにはさほど時間がかからない。
街は僕の住んでいる村と違ってちゃんと壁もあるから、魔物の住む森の近くでも攻撃されないのだろう。
街の高い壁を眺めながらそんなことを考える。
「とりあえず、報告して・・・」
おばさんが帰るまでにはまだ少し時間があった。
それまで何をして時間を潰そうかと街を見回しながら考える。
あれもいい、これもいいと見ているうちにギルドについてしまう。
カランカラン。
ギルドに入るとまず受付まで歩いて行く。
「おかえりなさい、依頼はどうでしたか?」
「はい、達成しました」
いつものお姉さんにゴブリンの角を六つ渡す。
「はい確認しました、依頼達成お疲れ様です・・・最近、順調ですね」
依頼達成の手続きを済ませるとお姉さんはニコッと笑ってくれる。
このお姉さんの笑顔を見ていると元気がわいてくる。
「お姉さんのアドバイスのおかげです」
「お姉さん?・・・ああ、私はアリアです、気軽にアリアって呼んでください」
「アリアさん・・・」
なんだろう、この気持ちは・・・。
その名前を呼ぶだけで勇気が湧いてくる。
これが、これが・・・恋ってやつですか?
「おう、ナルじゃねぇか」
「ほんとだ、ナル君だ」
「あっ!えっ!いや!・・・ど、どうも」
ジーンさんたち三人が話しかけてくれる。
なぜか物凄く焦ってしまった。
アドバイスをもらって依頼を達成できた日からお礼を言いたくてギルドで待ってみたりもしたが、結局会えなかった。
「上手くいっていますか?」
「はい!ゲルトさんにいただいたアドバイスのおかげで!」
「それはよかった」
ゲルトさんが優しい笑顔で言う。
本当にかっこいい。
「あの、本当にありがとうございました」
「いえ、いいんですよ、冒険者とは命をかけて戦う仕事ですから、やはり助け合っていかなければ」
こういう人になりたいな。
そんなことを心のそこから思えた。
「おいおい、なんかよぉ・・・」
「うん、なんかねぇ・・・」
ジーンさんとシエナさんがそんなゲルトさんのことを見ながら不満げな顔で見て言う。
「なんですか?」
ゲルトさんはそんな二人を見て苦笑いをした。
「「ゲルトだけ尊敬されててずるいよなぁ」」
二人はぶぅぶぅと頬を膨らませながら言った。
ゲルトさんはやれやれと両手をあげて、溜息を吐いた。
「あはは・・・あ!すいません、僕そろそろ」
「おっと、こちらこそ・・・ん、ちょっと待ってください」
走り出した僕のことをゲルトさんが止める。
「はい?」
「その腕はどうしたんですか?」
僕の血で汚れた腕を指差して、ゲルトさんが言った。
「ああ、これですか、これは・・・」
依頼中にあったことを手短につたえる。
「あはは!ナル、それでやられたのか?」
ジーンさんが大笑いしながら言う。
「ちょっと、笑っちゃダメよ」
「そうですよ、ジーン・・・ゴブリンはそのような罠をよく使うので確認は必須ですね」
てっきりシエナさんにも笑われるかと思ったら、ジーンさんのことをまじめな顔で注意していた。
「げっ・・・なんだよ、俺が悪者かよ」
ジーンさんがバツが悪そうに言う。
「シエナ、お願いできますか」
「もちろん!」
シエナさんが僕の腕を優しく掴むとまじまじと見つめる。
なんというか、少し子どもっぽいイメージだったけど、よく見るとすごく美人だ。
「うん、大丈夫・・・剣に毒は塗られてなかったみたいね、ナル君運いいっ!」
「え!?毒?」
「なんだナル、知らないのか?ゴブリンの武器にはよく毒が塗られてるんだぞ」
嘘・・・。
今頃震えが出てくる。
「ナル君?顔色悪いわよ?」
「だ、大丈夫です」
「まっ、ナル君も何か用事があるみたいだし、ちゃっちゃと回復しちゃいましょうか」
「・・・回復?」
「ええ、シエナは回復魔法が使えるんですよ」
ゲルトさんがそういうと、シエナさんは僕の傷に向かって両手をかざした。
「ふんっ・・・ぬぬぬ・・・」
「・・・すごい」
僕の腕が緑色の光に包まれて、傷が塞がっていく。
その綺麗さに感動してしまう。
「はいっ、もう大丈夫」
シエナさんは傷が塞がったのを確認すると、傷があった場所を優しく撫でながら言った。
まるでお母さんみたいだ。
「あ、ありがとうございます!」
「いいのよ・・・ふふん」
僕に優しく微笑みかけたあと、ジーンのほうを見て満足げに笑ったシエナさんを見て、いつも通りのシエナさんだ、と思った。
「くっそぉ・・・あ!そうだナル、これやるよ」
「え・・・なんですかこれ」
「毒消しの薬だ、ゴブリンの毒にやられると傷口が緑色っぽくなるんだけどな、そこにかけるとたちまち毒が消えるぞ・・・まあ、毒にかかってから30分以上たったら聞かなくなるから、そこは気をつけてな」
「え、ありがとうございます!!でも、いいんですか?」
「おうっ、可愛い後輩だからな・・・はっ」
今度はジーンさんがシエナさんのことを見て満足げに笑う。
「なる、止めてしまってすいませんでしたね、もう大丈夫ですよ」
ゲルトが二人のことを見て呆れたように溜息をしたあと僕に言う。
「あ、すいません!本当にありがとうございました!」
カランカランッ!
僕は三人にお辞儀をしてから急ぎ足でギルドを出る。
「まだ、間に合うかな・・・」
気付いたら、おばさんとの約束の時間が近づいていた。
でも、行きたいお店があるから、そこによってからおばさんのいる正門まで向かおう。
傾きかけた日を見ながら、そう決めた。
「はぁはぁ・・・」
「ナル、どうしたんだい?そんなに息を切らして」
正門に着くとおばさんが驚いたように聞いてくる。
「間に合いそうに無かったから・・・」
「なんだい、少しくらい遅れてもいいんだよ?」
「ううん、おばさんに迷惑はかけたくないから」
「そうかい・・・ん?なんだいそれ?」
おばさんは僕の持っている紙袋を見ながら言った。
「あ、これ?・・・お母さんにプレゼントしようと思ってネックレス買ったんだ」
「あんたって子は・・・本当に親孝行だね、じゃあ急いで村に帰らないとね!」
おばさんはその目に涙をためながら言って、御者台に乗り込んだ。
僕はそれを見て、馬車の荷台に後ろ向きに座った。
異変が起きたのはしばらくして、馬車が村に近づいたころだった。
その異変に最初に気付いたのは前を見ていたおばさんだった。
おばさんの声に僕も振り向いて気付いた。
村のほうから煙が上がっていたのだ。
なにか物凄く嫌な予感がする。
「おばさん、僕先行くね!」
僕は馬車から飛び降りて走り出した。
馬車は体力を使わないのはいいけど、速度は遅い。
だから、この距離なら走ったほうがいいと判断したのだ。
「はぁ・・・はぁ・・・」
あそこだ!
あの丘を越えたら村だ。
「はぁっ・・・はぁっ・・・」
もう・・・少し。
「見えたっ・・・」
村の全体が見えた瞬間、頭の中が真っ白になった。
力なく膝から崩れ落ちる。
僕の目に映ったのは、真っ赤に燃え上がる村だった。
「・・・母さん!」
真っ白な頭にただ母さんの顔だけが浮かぶ。
丘を駆け下り、自分の家へと走る。
周りにはいくつもの死体が転がっていた。
バンッ!
「母さん!母さん!どこにいるの?」
乱暴に扉を蹴破ると燃え上がる家の中に入り、母さんを呼ぶ。
熱い。
息をするたびに喉が焼けそうだ。
「母さん!・・・くっ」
これ以上は無理だ。
とてもこんなところにはいられない。
家の外に出て、裏庭にまわる。
母さんは裏庭が好きだった。
そこの花壇に咲いた花をよく眺めていた。
「母さん・・・母さん!」
・・・。
そこには確かに女の人が倒れていた。
母さんと同じ髪の色。
母さんと同じ髪型。
母さんによく似た体型。
「違う・・・」
なにが。
「あれは母さんじゃない」
あれは母さんだ。
「違う・・・違う違う!!」
・・・母さんが死んだ。
「違うっ!!!」
一歩ずつその死体に歩み寄る。
そこに倒れていた死体の顔を見て、膝から崩れ落ちる。
倒れていたのは確かに母さんだった。
お腹についた傷口は緑に変色している。
「これ・・・はっ!」
僕は急いでポーチの中を漁る。
どこいった!どこいったんだ・・・。
ポトッ。
僕の前に一つの小瓶が落ちる。
「あった!」
それはジーンさんにもらった毒消しの薬。
それを震える手で開けて、母さんの傷口にゆっくりとかける。
間に合え、間に合ってくれ!!
みるみるうちに肌の変色は治っていった。
「よしっ・・・よしよしよしっ!!」
ただただ、必死だった。
「母さん、もう大丈夫だよ・・・もう」
・・・。
「母さん?・・・ほら、目を開けてよ・・・」
意図せず、僕の喉がなる。
恐る恐る、母さんの口に耳を近づけた。
「・・・」
なんで・・・なんでだよ。
「毒は消えたじゃないかっ!!!」
涙が溢れ出てくる。
真っ白だった頭が、黒いドロドロとしたもので染め上げられていく。
「ぁあ・・・ああ・・・ぁぁあぁああああぁああああああ!!!」
無意識に喉から叫び声が溢れ出てくる。
「グギャギャギャギャギャ」
後ろで汚い笑い声が聞こえる。
ここ最近毎日のように聞いていたゴブリンの声だ。
僕はゆっくりと振りかえる。
「お前らがやったのか?」
「お前、も、ああなる・・・グギャギャギャギャ」
ゴブリンが喋れるとはしらなかった。
・・・どうでもいいか。
喋れようと・・・喋れまいと・・・。
「僕が殺すんだから」
一瞬・・・。
まさに一瞬だった。
僕はゴブリンの懐に飛び込み、ゴブリンが武器を振り上げる前にその心臓を抉った。
力が要るんだ・・・大切なものを守るためには。
力が要るんだ・・・ヤツラを根絶やしにするには。
もっと・・・もっともっともっと。
「もっとぉおおお!!!」
殺す、壊す、消す。
ヤツラを皆。
僕の手でっ!!