ナル 前編
「ただいま~」
「おかえりなさい、ナル、試験の結果はどうだったの?」
家に帰ると母さんが何気ない感じで聞いてくる。
どうせ、僕なんかが冒険者認定試験に受かるはず無いと思っているのだろう。
確かに僕は運動は苦手だし、魔法も得意ではない。
でも、そんな僕でも・・・。
「じゃじゃーん!受かったよっ!」
僕は母さんに一枚の紙を見せながら、満面の笑みで言った。
そこには黒いインクで確かにこう書かれていた。
あなたにDランク冒険者の称号を与えます。
と。
ランクとはS、A、B、C、Dと5段階に分かれていて簡単にその冒険者の力量をあらわしたものだ。
依頼をたくさんこなしなおかつギルドから出される昇格試験に合格するとランクアップを認められ、ランクが上がればそのぶん高難易度の依頼を受注でき、報酬も上がる。
僕のDランクは一番低いランクだけど、それでもこれからコツコツがんばっていけばBランクくらいまでなら・・・。
「すごいじゃない!ほんとに受かったの?」
母さんが僕から紙を奪い取るように見て、嬉しそうに笑った。
「うんっ!近くの街に小さいギルドがあるからそこから依頼は受けられるって!」
「そっか、ナルは昔から冒険者になりたいって言ってたもんね」
「か、母さん・・・何も泣かなくてもいいじゃないか」
母さんは僕のことを抱きしめながらおめでとうと言ってくれた。
嬉しいけれど恥ずかしい。
「あっ、そうだ」
「?」
母さんはすっと立ち上がるとニヤニヤと笑いながら家の奥に入っていった。
しばらくすると、何かを持って戻ってくる。
「はいこれ」
母さんが僕に差し出したのは板金のあてがわれたブーツと手袋、それとダガーだった。
「これ、どうしたの?」
「ナルが受かったら渡そうと思ってたのよ」
「買ったの?」
「まあね」
うちは母親と二人暮らしだ。
父親は物心ついたころにはすでに死んでいた。
だから、お金に余裕は無いはずなのに・・・。
「ありがとう・・・僕、母さんのこと絶対守るから!」
「えっ・・・うん、頼んだよ」
母さんは僕の言葉に、一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐにニコッと笑ってそう返してくれた。
「か、母さん、何か手伝うことある?」
「あ、えーと、薪をわってきてくれる?」
「う、うん!」
何だか照れくさくて日が暮れるまで薪わりをしていた。
「よしっ」
母さんにもらったブーツの靴紐を結ぶ。
昨日、認定試験が終わったばかりだけど、僕は早速街にいって依頼を受けてみようと思う。
「気をつけるのよ?」
「大丈夫だって、いってきます!」
母さんは心配性だ。
確かに街に行くまでの道で魔物が出るかもしれないけど、ここらの魔物は比較的弱い。
一番強いのでもゴブリンくらいだ。
まあ、今の僕にゴブリンが倒せるかといえば少し怪しいけど、でも危ないときは逃げればいい。
命さえあれば何とかなる。
コツコツ弱い魔物を倒していけば、いつか僕のレベルも上がってゴブリンくらい簡単に倒せるようになるんだから!
焦らなくても、大丈夫。
そんなことを考えながら、馬車に乗り込む。
街まで歩いていくのは大変だから、街まで野菜を売りにいくおばさんの馬車に乗せてもらうことにした。
おばさんと他愛も無い話をしながらゆっくり街までの道を進む。
街に着いたのはお昼ごろだった。
「ナルも冒険者かい」
「うん」
「がんばって来るんだよっ!」
「ありがと!」
バシッと僕の背中を叩きながら笑うおばさんにお礼を言って、ギルドへと走る。
ギルドは街の中心にあって、竜の頭部に剣が刺さったマークの描かれた旗が目印になっている。
「ほぇ・・・」
村では見たことの無いほど大きなその建物を思わず見上げてしまう。
「・・・」
いざ入ろうと思うと緊張してしまう。
でもここまで来たのだからやるしかない。
「すぅ・・・はぁ、うんっ」
カランカラン。
一度、大きく深呼吸して一気に扉を開けた。
扉を開けたときのベルの音に驚いたが、平然を装ってクエストボードまで歩いて行く。
クエストボードとは依頼の張り出されたボードで、ここから依頼を選んで受付で手続きをしてもらうのだ。
平然を装ってはいるけど、動きがカクカクしてしまう。
Dランクで受注できるのは、薬草採取、ゴブリン討伐の二つだけだった。
「うーん・・・ゴブリンかぁ」
薬草採取は簡単だけどうまみは少ない。
ゴブリン討伐は命の危険があるけどうまみは多い。
・・・。
「・・・こっちにするか」
悩んだ結果、薬草採取の紙を取りかけていた手を止めてゴブリン討伐をとった。
理由としては、早く強くなりたいのと、たくさん報酬をもらって母さんに楽をさせたいから。
「お、お願いします」
ゴブリン討伐の依頼が書かれた紙を受付に出す。
「はい、ゴブリン討伐ですね、冒険者カードはお持ちですか?」
「あっ、はい」
カクカクした動きで冒険者カードを渡す。
冒険者カードとは冒険者の名前、ランクなどが書かれた金属製のカードのことだ。
「お気をつけて」
受付のお姉さんが慣れた手つきで手続きを済ませると、そんな言葉とともに僕の冒険者カードが返却された。
僕はカードを受け取ると、少し急ぎ足でギルドの外へと出る。
カランカランッ。
ドアのベルの音と受付のお姉さんの笑顔に送られて今、初めての依頼がはじまった。