一度目の死
「はぁっ!!」
男が大声とともに振り下ろした剣はゴブリンの頭蓋骨を易々と砕き、その勢いのまま肉を裂いて、その胸に到達しようかと言うところでようやく止まった。
斬られたゴブリンはその場に力無く倒れこみ、真っ赤に染まった大地にいくつも転がる肉塊のうちの一つに成り下がる。
「・・・もっと」
男は一振りで剣についた血を払うとその剣を鞘にしまい、ぶつぶつと呟きながら歩き出す。
その姿は異様という一言に尽きる不気味なものだった。
バラバラに壊れてしまわないのが不思議なほどに傷ついたボロボロの鎧。
魔物の硬い皮膚を叩ききるために作られた重く無骨な鉈のような剣。
血で真っ赤に染め上げられた体を引き摺るようにふらふらと歩く姿は亡霊のようである。
「おいっ!見ろよ、面白いもんがいたぜっ!!」
後ろで響く野太い声に男は振り返る。
そこには十数人ものオークが立っていた。
オークは薄緑の肌をした大柄の魔物で、その身体能力は人より劣る知能を補っても有り余るほどに優れている。
「冒険者だ・・・一人か?」
「ああ、俺がやるっ」
「いいや、俺が見つけたんだ!俺がやる」
オークたちはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら、男の周りを囲む。
そして、誰がこの男を殺すのかを言い争っている。
「俺だ!」
「いや、俺がやるっ!」
「言い争ってろ、馬鹿共め!この人間は俺のもんだぁぁあああ!」
「おいっ、ずるいぞっ!」
しばらくそんな言い合いが続くと、痺れを切らしたオークのうちの一人が周りのオークを押しのけて男のもとへと走っていく。
その巨大な体躯が地面を踏みしめるたびにドッドッという鈍い音と振動を生んだ。
「もらったぁ!!」
オークが満面の笑みで剣を構える。
男はふらふらとしているだけで剣を引き抜く様子すらない。
・・・ドサッ。
真っ赤な血飛沫のなかに倒れこむ人影が写った。
「なっ・・・」
刹那、オークたちの自分が殺したかったという落胆の表情が緊張と恐怖に歪んだ。
血飛沫の中に立っているのはオークではなく、あの男だったからだ。
「な、なぜ・・・どうやって!貴様、剣も抜いていなかったではないか!!」
ガチャ・・・ガチャ・・・。
男はオークの質問に答えることは無く、一歩一歩ゆっくりとオークに近づいていく。
歩くたびにボロボロの鎧が音を立て、血の水溜りが真っ赤な水滴を宙に浮かせた。
「こ、殺せぇ!!」
「「「うぉぉおおおお!!」」」
一人のオークが叫ぶのとほぼ同時に周りのオークたちが抜刀して、男に向かい構えをとる。
「おいっ」
「「「おうっ!!」」」
オークたちは目を合わせると、何かを察したように男に向かって切先を向けた。
「「「おらぁぁあああ!!」」」
グサッ!
五人のオークが一斉に男を突き刺した。
ポチャ・・・ポチャ・・・。
傷口から血が滴り落ちる。
「はっ・・・ははは、何だたいしたことねぇじゃねぇか!」
「お、おう」
オークたちは拍子抜けしたように安堵の笑みをこぼす。
「はぁぁあああ!」
「なっ・・・!」
だが、次の瞬間にはその首は宙を舞っていた。
「はぁ・・・はぁ・・・んぅっ!!」
シャッ・・・カランカラン。
男は自分の体に刺さった剣を一本ずつ抜く。
「なんなんだ・・・なんなんだよ!!」
オークたちはその表情を恐怖に歪め後ずさりした。
その隙を狙って、男は一気に斬り込む。
十数人いたオークが最後の一人になるまでにはさほど時間がかからなかった。
「おい・・・やめてくれ・・・もうしねぇから!」
カランカランッ・・・。
最後の一人になったオークは視界の端に写る仲間の死体を見ると、恐怖に涙を浮かべ武器を捨てて逃げ出した。
男はその様子を見ると、足元に転がっていたオークの剣を一本拾い上げ、オークに向かって投げつける。
「ぁぁぁああああああああ!!!」
投げられた剣は綺麗にオークの膝の裏を突き刺し、容易に貫通した。
男は焦る様子もなくゆっくりと、蹲るオークのもとへ歩み寄る。
「ひぃっ・・・あっ・・・い・・・や、やめ」
男は痛みで何が何だかわからなくなっているオークの髪の毛を掴み無理やり立たせると、その首めがけて無骨な剣をフルスイングした。
「はぁ・・・もっ・・・と」
男は地面に転がったオークの首を視界に納めると踵を返して歩き出そうとするが、その場に倒れこんでしまう。
その意識はゆっくりと闇の中へ沈んでいった。