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いつでも後進! どこでも後進! 俺は何でも後ろ向き! いざ、back! back! back!

作者: 橘塞人

 夕暮れ迫る放課後、赤くなり始めた太陽が体育館裏を眩しく照らす。そこに一組の少年と少女が立っていた。少年は無表情のまま、少女は緊張した面持ちのまま、しばしの時が過ぎる。

 何故、自分はこのような場所に呼び出されたのか?

 少年、吾妻太郎(あがつま たろう)はしばし声を出さない少女、水上麻里(みなかみ まり)をチラッと見ながら、その理由を予測していた。

 呼び出し。それは喧嘩だろうか? お前ウザイんだよ。ブッ殺すぞ! そう言って、殴りかかってくる。ぶちのめしにやって来る。そうなのだろうか?

 とは言うものの、その可能性は薄いと太郎は思った。自分は嫌われてるとは思っているが、喧嘩が弱いと馬鹿にされていないとも思っていた。男子より女子が弱いとは必ずしも言えないが、女子一人に喧嘩を売られる程にナメられてもいないと思っていた。

 それに、そうならば先手必勝。今頃殴られている。殴られ、それに対して反撃している頃だ。よって却下。

 では、何か言いづらいことを伝えようとしているのだろうか? そうだ。そうに違いない。

 太郎は考える。よくよく見てみれば、何か言おうとしているのだけれど、なかなか切り出せないでいるように見えなくもない。それすなわち、何かを自分に言おうとしているのだ。それは何か?


 嫌なことだな。


 太郎は即座にそう思った。愛の告白だなんて甘いことは考えない。言いづらい=悪いことだと決め付ける。自分の悪事を暴き、それをネタに脅そうと思っているのだ。何かしら嫌なことをさせようと思っているのだ。ああ、そうだ。そうに違いない。間違いない。

 太郎はそう思っていた。だから、身構える。そしてその頃には少女、麻里の覚悟も出来ていた。麻里はグッと足を半歩踏み出して、伝えたい事を太郎に伝えようとする。

「吾妻君、お話があります」

「な、何だ?」

 悪いこと、自分の人生が一発で駄目になるような悪事を犯した記憶は、太郎にはなかった。だが、記憶が無いだけかもしれない。忘れてしまっただけかもしれない。そんな自分の悪いこと、もしくは恥ずかしいことを彼女は知っているのだ。

 そう思い、太郎は緊張し始めた。

 緊張&緊張、微妙に異なる空気の中、麻里はその言葉を紡ぎ出す。


「好きです! 私と付き合って下さい! 私の彼氏になって下さい!」


 と。愛の告白をしたのだ。

 それは予想外。太郎は全く想定していなかった出来事。そんな出来事を前に、太郎の頭の中は真っ白になった。そして、思わず大きな声で叫ぶ。叫んで問う。



「何処だ!?」



 と。


「え?」


 その太郎の言葉は、麻里にとって予想外だった。と言うか、訳が分からなかった。『ホント?』とか、『マジかよ!』といった、疑問や感嘆の言葉はあるんじゃないかと思っていたが、『何処だ!?』という言葉は、それのどれにもあてはまらない。

 よって、謎。だが、そんな麻里に答を言うように太郎は言葉を付け加えながらもう一度叫ぶ。



「ドッキリカメラは何処だ!? 俺は騙されんぞ!」



「…………」


 そう。疑問とか、感嘆に至る前に、太郎は否定していたのだ。ある訳ないと。

 そのことに、麻里は気付かされる。そして、それは心外であった。本気で告白しているのに、そうやって自分の想いをあっさりと否定されたからだ。

 自分は、吾妻太郎が好き。彼氏にしたい。

 その想いに嘘はない。ドッキリじゃない。そんなものは、何処にもない。だから、麻里は太郎にもう一度丁寧に伝える。


「私は、吾妻太郎君のことが好きです。大好きです。だから、私の彼氏になって下さい。本気です。ドッキリなんかで、そんなことなんかしません」

「…………」


 ドッキリじゃない?

 その言葉を、太郎は少し信じるようになった。見渡しても、それらしきものは何処にも見えなかったからだ。ドッキリ企画なら、既にここら辺で出てきてもおかしくない頃合いでもある。と言うことで、これはドッキリ企画ではない。

 では、何だ?



「そうか。罠か! ハニー・トラップか! 俺は騙されんぞ!」



「え~!」


 罠に違いない。

 太郎は思う。ドッキリで自分をからかう企画でなければ、自分を騙して、陥れる為の罠であるに違いないと思ったのだ。

 危なかったー。

 太郎はホッとした。ここで調子に乗って抱きついたりしたら、痴漢呼ばわりされていたのだろう。そして、いかつい男連中が出て来て、ボコボコにされるのだ。その上で、その犯罪を黙っている代わりにどうこうしろと強制され続ける。そんな羽目になるのだ。地獄街道一直線だ。

 そう思い込むが。


「罠、ハニー・トラップって何ですか?」


 そんなつもりは毛頭無い麻里からしてみれば、その言葉も訳が分からない。これもまた予想外だったのだ。つか、普通ありえない。

 だが、太郎の中では高確率の事。


「愛の告白というシチュエーションで俺を良い気分にさせておいて、俺の弱味をGETして、そこから色々とつけこむ気なんだろう。分かってるんだ。騙されないぞ。美人局なんかにひっかかってたまるものか」

「つ、つ、もたせ?」


 美人局。女が夫や情夫と相談の上で、他の男を誘惑して、それを口実にその夫や情夫がその男から金品を脅し取る事。以上、著者の部屋に転がっていた古い国語辞典より。

 その言葉の意味は、麻里は知っていた。だが、その言葉を発せられるとは思わなかった。予想外だ。自分は本気で告白しているのに、その相手はその想いを否定し、犯罪の手段じゃないかと言っているのだ。非常に心外である。


「そ、そんな訳無いでしょう? ここには、私と吾妻君、ふ、二人しか居ないじゃないの。そんな風になっては、い、いないでしょう?」


 自分と相手以外、ここには誰も居ない。その言葉を受けて、太郎は辺りを見渡す。じっくりと、その両目で見渡す。


「んーーーー。確かに」


 人気の無い体育館裏には、他には誰も居なかった。言われた通り、二人きりだ。


「でしょう?」


 そう。美人局とは、現場を押さえてこそ意味がある。どうのこうの脅したところで、現行犯以外では何かしらの証拠が無いと、シラをきられてしまっては、それ以上何もつっこめないからだ。

 ここでは、現場を押さえる者は居ない。ならば、美人局の線も違うのだろう。太郎は納得する。だが、疑問がまた生まれる。それでは、何なのか? 何故、彼女は告白のようなマネを自分に言い出したのか?

 そうやって、また思考に戻った太郎は、次の事柄を思いつく。悪いことだった。

 それはイジメ。もしくは罰ゲーム。何らかの強制力によって、彼女はこの学校で、いや世界で一番醜いこの吾妻太郎に愛の告白をしなければならなくなったのだ。可哀相に。それで、もし俺が首を縦に振ろうものならどうなっていたのやら。その気になっていたら、どうなっていたのやら。まあ、俺は自分の身の程を知っているから彼女にしてみれば不幸中の幸いか。

 そんなことを思いながら、太郎は真面目な顔をした。そして、励ます。



「強く生きろよ。君はきっと独りじゃない。やまない雨がないように、絶望ばかりが続くのが人生じゃない。孤独ばかりが続くのが人生じゃない。君の味方になってくれる人は、何処かに居る筈だからさ。そして、幸運の女神がいつか君に微笑んでくれる筈さ」



「は?」


 麻里はますます訳が分からなくなった。

 何故、愛の告白をしただけだというのに、返事も無いままにこのように励まされなければならないのか? 独りじゃないとか、味方は居る筈だとか、幸運の女神とか、一体この男は何を考えて物を言っているのだろうか?

 麻里には最早何が何だか分からなくなっていた。だが、それを訊く気にはなれなかった。もう、疲れた。何かをしようとする気力は潰えてしまったのだ。


「も、いいです」


 麻里は去っていった。もう、太郎と付き合う気は失せていたのだ。彼に関してはもう、どうでも良くなっていた。ただ、彼女の中で一つ疑問が残っていた。

 自分はふったのか、それともふられたのか?

 分からなかった。しかし、少しその事を考えて結論に至る。やっぱり、どうでもいいじゃないかと。もう終わったことなのだ。




◆◇◆◇◆




 翌朝のことだった。太郎は危機に直面していた。彼女、水上麻里の友人が詰め寄って来たのだ。麻里が告白することを知っていた彼女は、その結果が芳しくなかったのも知っていた。麻里の良いところを知っている彼女としてみれば、それは非常に納得のいかないことだった。

 それ故に怒っていたのだ。カンカンに。


「吾妻君、おはよう」


 麻里の友人、上野真琴(うえの まこと)は、微笑みをもって太郎に挨拶をした。だが、目は笑っていなかった。大切なことだからもう一度。顔は笑顔だったけれど、目は笑っていなかった。


「お、おはよう?」


 プラス感情は全く察知出来なくとも、他人のマイナス感情を察するだけは天才的な太郎は、この真琴は何らかに怒っているのだと察した。超不機嫌なのだと察した。

 それを感じ、少し後ずさる。物理的には殆ど動いてなくとも、心情面ではザザザザーッと後ずさっていた。軽く42.195km位。


「ねぇ、吾妻君?」

「な、何かな? 上野さん」

「ちょ~っとお話いいかなぁ?」

「良くないです」


 上野真琴、彼女は水上麻里の友人である。とても仲の良い親友である。それは、太郎の近辺でも有名な事だった。

 それを踏まえると、とても嫌な予感がするので、太郎は即答で断ったのだ。まだまだ朝のホームルームまでには時間はあったし、これからその時間までにやらなければならない事も特に無かったのだけれど、そんな事はノー問題である。理由が無ければ、これから作ればいいのだ。

 だから断る。却下。却下。却下。

 しかし……


「はいはい。いいから、こっち来ましょうねぇ~」


 真琴は、太郎をずるずるとひきずるように教室から外に連れ出す。最初から太郎には拒否権は無かったのだ。訊ねる形にしたのは、ただの形式だけだったのだ。

 それで屋上。太郎は、真琴に屋上に連れ出されていた。まだまだ日光によって暖められていない風が、少し肌寒く感じられていた。


「吾妻君」


 少し間を置いて、真琴は話を切り出す。すぐに本題に取り掛かる。


「貴方は彼女、もしくは片想いの人とかがいるのかしら?」


 訊ねる。


「別にいないけど?」


 これは本当だ。そのような人は、太郎にはいない。自分が人類史上屈指のブサイクと思い込んでいる太郎は、そのような感情を抱く事さえも悪だと感じているからだ。

 俺は、死ぬまでこのままなんだろうな。

 そう思った瞬間であった。


「げふっ!」


 太郎の鳩尾に、激しい痛みが走った。

 激しい痛みに一瞬思考を飛ばされた太郎は、よろめきながらその現状を把握しようと試みる。腹を襲っている激しい痛み、その近くにある真琴の拳。そう。真琴によって腹を殴られたのだと、太郎は理解した。


「なななな、いきなり何をする?」


 彼女に殴られる謂れは無い。多分。

 太郎はそう思っていたのだ。あるとすれば、自分の存在そのものが、彼女にとって我慢ならなかったのだと思っていた。だが、それも今更のような気もする。その理由で殺す気ならば、もっと早い時期にやっている筈なのだから。

 では?


「じゃあ、何でアンタは麻里の告白を断ったのよ?」


 真琴は問う。


「酷薄?」

「………」

「げふっ!」


 無言でもう一発拳が飛んだ。まあ、当然である。


「あたしが言うのもナンだけど、あのコはとってもいいコなのよ。一体貴方はあのコの何処に不満があるって言うのよ?」


 真琴は問う。彼女から見れば、麻里は素晴らしい少女であった。そんな少女が恋をした。ならば、その相手に他に恋人、もしくは好きな人が居ない限り、その恋は叶うだろう。そのように思っていた。だから、この結果には納得がいかなかったのだが。

 その張本人である太郎は訳が分かっていない。そもそも告白されたと思っていない。


「不満? 何のこと?」

「え? アンタ、麻里に『好き』って告白されたんでしょう?」


 もしかしたら、その告白が無かったんじゃないか? 何かしらの事情があって、伝える事が出来なかったんじゃないか?

 真琴はチラッと思った。が、それを太郎は否定する。


「言葉ではね」


 一応、好きと言われた事に変わりはない。もっとも、それを太郎は完全な嘘だと思い込んでいるのだが。

 だが、その言葉に真琴は少しホッとした。勘違いで殴ってしまった訳ではないから。


「ほら、見なさい。で、吾妻君はどう思ったってのよ?」

「ん、そうだなぁ」


 罰ゲームであのようなことを言わなければならなかった水上さん。

 彼女は何も悪くないのに、心の中では悔しさで泣き続けていたことだろう。出来ることならば、愛の告白はちゃんと好きになった人に対してしたかった筈だ。

 太郎はそう思った上で答える。


「可哀相、かな?」

「は?」


 真琴は訳が分からなかった。彼女や好きな人が他にいる場合は、迷惑と思うだろう。麻里が好みの異性とは全然違うというのならば、告白された事自体は嬉しくても、ちょっと戸惑うだろう。麻里の告白が、仮にとてつもなく失礼なものだったとしたら、もしかしたら怒りの感情が芽生える可能性もなくはない。

 しかし、可哀相?


「何で可哀相って思うのよ? 変でない?」

「え、そう?」


 普通の人からすれば変。ただ、それは太郎にとっては当然の感情であった。


「だって、罰ゲームか何かでそんな事をやらされたんだろう? 水上さんは。全く酷いことだよ。それで、もし俺がその気にでもなったらどうするってんだ? この学校随一のブサイクに寄られるんだぜ? 最悪じゃないか。そんな人生で最大の汚点となってしまうような、ゲフッ!」


 真琴の拳がまた炸裂した。


「何かウザイ。最低」

「そうさ。俺は最低さ。この世で一番の駄目人間さ。人を愛する資格なんてない。嗚呼、もしかしたら、生きる価値もないかもしれない。あ、人の笑われ者としてならあるかもね。しかしっ!」


 自虐的な言葉を饒舌に話す太郎を背に、真琴は屋上から校舎の中に戻っていった。それ以上太郎の相手をする気にはなれなかったのだ。その道中で、心の底から思う。

 彼の言葉に従う訳じゃないけど、あれは駄目な人間だ。見てくれはともかくとして、心が死んでいる。嗚呼、麻里よ。何故、あんな男を好いてしまったのだ? 男の趣味が悪いなぁ。

 そう思ったのだった。




◆◇◆◇◆




 その日の帰り道、太郎はいつも通りに独りで帰路に着いていた。街中の景色を見渡しながら、そのいつも通りの風景を見ながら、太郎は何も変わらないと感じていた。変わらず、自分を嘲笑っていると感じていた。


「ああ、あれが吾妻太郎か。相変わらず醜い容姿をしている。この世のものとは思えねぇ」

「心も最低らしいぜ。まあ、あのグチャグチャの見た目通りだよな。最悪だ。あはははは」

「あんなに生まれたら、俺だったら自殺するぜ。よく生きていられるものだ」


 そのように言われている気がしていた。それもいつも通りだ。

 実際は何も言われていないのだけど。話題にも上がっていないし、見られてもいないのだけど。

 俺は最低だ。最悪だ。

 太郎は思い込んでいる。そして笑うのだ。

 アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ……


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