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現場での緊急対応

 剣吾の服に触れ、繊維を軟化させて引き裂く。あらわになったのは灰色の肌。いや、石だ。尾羽が突き刺さった箇所から、まるで垂らした墨が広がってゆくかのようにじわじわと、だが確実に石化が広がっている。

 玉乃は羽を片手でつまみ、もう片手で意識を失い動かぬ兄の胴体に触れた。目を閉じ、集中する。意識を触れた箇所から感知する「硬度」へと向ける。羽も肉体も同じような石へと変化しているが、僅かながらに硬度の差があるのだ。別の物体であるが故に生ずる差異。それは、厚みで言うなら薄く伸ばされた金箔程度の差でしかない。だが、玉乃には分かるのだ。否、感知しようとしているのだ。

 玉乃の触れた箇所から、羽が元来の柔らかさを取り戻し、刃のように硬く切り立っていた羽弁が風になびく。

 羽は羽軸の根本ではなく先端から突き刺さっているので、腹腔内で羽弁が逆撫でされた形になり、剣吾の傷口はずたずたに引き裂かれた状態だ。そこに羽弁が絡まり、たとえ石化という現象がなくとも引き抜くのは至難の業である。無理に引き抜いても絡まった羽弁が体内に残ってしまう。玉乃は慎重に、羽と、絡まってしまった肉体のほんの僅かな部分だけを軟化させてゆく。


 玉乃と同じく剣吾に触れている鏡也が、肉体が溶け落ちてしまわぬよう、いつでも硬化させる準備を整えていた。が、その必要はないだろうという確信が彼の中にはある。自分の役割は硬化ではなく、玉乃が集中できるよう側にいることだ。だからこそ、いつでも硬化できるよう気を張っていなければならない。玉乃に声はかけない。

 発動する力のベクトルが逆であるだけで、ほぼ同じ能力を有する鏡也。触れていれば彼にも硬度の変化が分かる。細胞一片、羽の細い繊維一本、そのレベルで玉乃はギリギリの調整をしていた。肌寒い季節であるにも関わらず玉乃の額には汗がにじみ、頬を伝って顎から落ちる。


 羽を持つ方の手が、ゆっくりと上へ動き始める。中で千切れてしまわぬよう、慎重に、ゆっくりと。薄い被膜を破らぬように、澄んだ泉を濁さぬように、寝たばかりの赤子を起こさぬように。息すら殺し、全神経を集中させて。少しづつ、確実に。

 玉乃にとって、それはまるで無限に続くかのような時間であった。時の流れがひどくゆっくりと感じられた。


 実際は五分とかかってはいなかった。極度の集中が、時間認識の齟齬を生んでいたのだ。ずるり、と忌まわしき羽が剣吾の体から引き抜かれた瞬間、玉乃は疲労のあまり気を失いそうになった。


 瞬時に傷口を鏡也が塞ぐ。急いだのは、この後すぐにやらなければならないことがあるから。

 立ち上がる。同時に右拳を左掌に叩き付ける。響いた音は硬く、まるで金属のようだ。鋭く深く息を吐く。駆ける。踏み込む。コカトリスに向かって。

 鏡也の動きに気付いた真文が、コカトリスの拘束を解き身を引く。飛び立とうとするコカトリス。だがもう遅い。鏡也の拳は目前にまで迫り、体を起こし切るよりも先に頭部を捕らえた。硬化した拳を叩き込むだけではない。接触の瞬間、鏡也は持てる力の全てをコカトリスの体へと流し込んだのだ。即ち、無制御の硬化作用。

 コカトリスは吹き飛ばされた。体から聞き慣れぬ音を立てながら。北国に住む人ならば聞いたことがあるかもしれない、それは湖や海が急速に凍ってゆく際の音だ。軋むような、割れるような、硬い音。そうして地面に叩きつけられたコカトリスからは、大きな岩が落ちたような音がした。

 もう、羽ばたくことも、目蓋を閉じることすらできない。羽毛の先端に至るまで鏡也によって硬化させられたコカトリスは、ついに自らが「石化」させられたのであった。

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