笑えない夢オチ
「――ぐはっ! はあ、はあ、はあ、はあ」
呼吸の仕方を必死で思い出す――。
肺の横隔膜を上下運動させ、大気中の酸素をヘモグロビンに吸収し……。俺はいったい何をやっているんだ……?
勉強机で目を覚ました。
机の上には物理の問題集と教科書が開いたままになっている。
「ひょっとして……」
夢オチ――?
階段を降り一階リビングの扉を開けると、俺の両親はぬくぬくとコタツに入ってテレビを見ていた。名前も知らないお笑い芸人が、番組を盛り上げようと必死になっている。どうでもいいような内容のテレビを両親は笑いもせず見続けている。
受験戦争真っ只中の俺は、いつもその姿を見るとストレスが増してしまうのだが、今日は違った。
「……なあ、俺って、ひょっとして、生まれてこなかった方がよかったのか?」
転生じゃなかった。
あれは……。
「バカなこと言ってないで、早く寝ろ」
親父はこっちを見向きもしない……。
「いや、寝るのにはまだ早いわ。せめて一時まで勉強してから寝なさい」
いつもいつも勉強勉強って……。
「――俺は、本当は生まれてこなかった方が良かったのかって聞いてるだろ!」
ずっと気になっていたんだ。俺の誕生日と、一度だけ聞いた両親の結婚記念日――。
急に大声を出す俺を怒るかと思ったが、……ぜんぜんだった。
「変な夢でも見たのか? 勉強のし過ぎじゃないのか?」
「仕方ないわねえ……。もう、今日は早く寝なさい」
両手を拳にして立ち尽くす俺の方を親父が一度振り向いた。あの夢は……ただの夢だったのか? 俺が赤ちゃんの時のことと、関係はなかったのか……。だったら、これ以上立ち尽くしていても時間の無駄だ。
扉を閉めようとしたときだった。
「……もし、「そうだ」と言ったら、どうするんだ?」
低い親父の声がリビングに響いた。
「……あなた」
……もし、そうだとしたら……。
幸の薄そうな親父の顔には、今日も仕事の疲れが見て取れる。毎晩遅くまで働いて帰ってくる親父。……大学は卒業していないとだけ聞いていた。
……もし、そうだとしたら……。
「父さん、母さん……。僕を産んでくれて……ありがとうございます」
「はあ?」
「え?」
転生なんて――まっぴらごめんです。
――とめどなく涙が滝のように溢れ零れ、恥ずかしかった――。
テレビでは、お笑い芸人がお尻をプラスチックのバットで叩かれ、ヒーヒーのたうち回っていた――。
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この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。