くるもの
俺がチャプチャプ浮かぶ「羊水」から、外の声が伝わって聞こえてくる。
『今、なんて言った?』
男の声だ。声から若い男だと分かる。
ちなみに俺も男だ。まだ見えたり触ったりできないが、両太ももの間にちっちゃいモノが付いている。
『やばいのよ。……最近、くるものがこないの』
『はあ?』
聞き捨てられない台詞に、ウトウト眠りかけていた目をハッと見開く。
くるものがこない……?
新聞か? それとも、定期的に届くサプリメント? ガス代や電気代の領収書……。
なぜだろう……嫌な汗が頬を伝って流れ落ちる。羊水の中なのに……。
『どうすんだよ』
どうすんだって……お前のせいじゃねーのか。会話から想像すれば、高校生だった俺でも察することができる。
……しばらくの沈黙が、俺には何時間にも感じた……。
『堕ろすわ』
――な!
――なんだと! ――チョ待てよ!
『金はあるのかよ。俺はねーぞ』
――いや、そこかよ! いきなり金の問題かよ!
もっと他にも大きな問題があるだろーが! たとえば……俺はもう、立派な一人の命なんだぞ――! これは一つの殺人行為なんだぞ!
俺が生まれれば、大金儲けができる、「金のなる赤ちゃん」なんだぞ! ――金ちゃんなんだぞ~! だから、しっかり産んでくれよ! その先はなんとか一人で生き抜いてみせるからよお!
大人びた巧みな話術で生き抜いて見せるからよお!
急に羊水全体が酸っぱくなってきた。鼓動も早くなり、今までの「無敵」とは程遠い母体の不安がダイレクトに俺にも伝わってくる。
怖い――。ガクガク震えてしまう――。真っ暗なダンジョンの狭い落とし穴に落ちて身動きできないような怖さだ――。
『親に相談するわ。一緒に来てよ』
『――マジかよ!』
相談すればどうなるか……。だが、相談しなければどうなるか……。この二人は分かっているのだろうか。
……まあ、俺にだってどうなるか分からないのだが。
『それ、本当に俺の子か?』
『――!』
……俺は悟った。
こいつ……最低だな。地獄にでも落ちればいい。自分の子じゃなかったら、連絡すら取れなくなるんじゃないだろうか。思いっ切り引っ叩いてやればいいのに。
……だが、そんな責任も取れないような男と遊び感覚で関係を持ち、怒るどころかメソメソ泣いているこの女も同等だ。
お似合いのカップルだ。
……避妊をおろそかにしやがって……。
つづく
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