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愛されたいと願うなら  作者: 雪川 白
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最終章 愛されたいならば

 昼過ぎからぽつりと振り出した雨はやがて本降りになった。

「私、傘持ってきてない……」

 と、憂鬱そうに沙織は外をにらんだ。

「私の折り畳みでよければ入って行こう?」

 晴れるように、沙織の表情が明るくなった。

――今日はまいかと沙織にあえて合わない日だった、と翔は貸し出し用の傘を差しながら思う。この前の時は、となりが少し暖かい気がしていた、とも同時に感じた。

 せっかくだからと前回同様に駅前のアイスシューを買っていくことにした。


 ほぼ、同時刻、相合傘をしながら沙織とまいかは家へと向かった。

「ごめんね、狭くて」

「ううん、こちらこそ、入れてくれてありがとう」

 肩同士がぶつかりながら二人は家へ急いだ。

――荷物片手に翔が健二の家に着くころには雨は少し弱まっていた。このままやむという予報も出ていた。

「よー」

 この前ほどの感動がなくてもそれほど会えない馴染みに会えるのはうれしいものだ。

「アイスシューを買ってきた」

「まだ、残りがあるんだがね」

 濡れて傘を傘立てに入れて、玄関からリビングへと向かう。

「話って? 今日は、まいかと沙織はいつも通りだったけど」

 心当たりのない話について聞かれるほど厄介なことはない。

「腕の傷、見なかったのか」

 失望じみた顔で健二は翔の買ってきたアイスシューを口に放り込んだ。

「まあ、気づかなかった」

「あきれた。昨日、沙織のお見舞いにいったんだって? まいかの帰りが遅いから聞いたらそうだって聞いたんだ。その帰り、まいかに何か言っただろ」

翔は、険しい顔つきで見つめている健二にうっとおしさを感じつつも、昨日の発言を振り返る。

「あっ」

 うっとおしさなど吹き飛んだ。

「別に責めるわけじゃないから」

「そ、そう」

 気分を紛らわせようとアイスシューを口に入れるもただ冷たいだけにしか感じない。

ガチャリと音を立ててドアが開く。

「おかえり」

「お兄ちゃん、ただいま、沙織もつれてきたよー!」

 やや控えめに沙織は挨拶をする。

 まいかはアイスシューの残りをもらうと寝室で話すといい寝室に入った。

「まいかと沙織が来た」

 二人はしばらく、何も言わなかった。

「あ、そうだ。あいつらに飲み物持っていこう」

「それなら僕が行く」

 ――沙織はまいかと話しているうちに何か、不安のような恐怖のような感覚を覚えた。

「私、そろそろ帰るね」

 逃げるように部屋から出ようとすると、その傷だらけの腕で思いっきり掴まれた。

「思い出、作るんじゃないの?」

 口元は笑っていたが、目元は笑っていなかった。

「離して……!」

 思わず、振りほどいてしまった。その反動で、まいかがベッドに倒れる。

「ふふっ、もー、乱暴だなぁ」

 と、まいかがいつもの調子で笑い、おこしてーと仰向けになったからだから両手を天井に向かって伸ばす。

「もう、びっくりしたよ」

 沙織がまいかの手をつかんだ瞬間、感じたこともないような強い力でベッドに押し倒された。

「困惑してる、沙織もかわいい、よ」

 彼女の手には、いつの間にかにカッターナイフが握られていた。鋭く光る刃とマイカの目に、体が震える。

「痛みってね、その人じゃないと全部わからないでしょ。でもね、一つだけ、だれでもわかる、平等な痛みっていうのを私、見つけたの」

 沙織を抑える力をそのままに、まいかは腕の包帯をほどく。

 褐色色の肌に大きく赤黒い線がいくつも入っている。思わず、沙織は目を背けた。

「怖がらなくていいよ。沙織のことは、こんな風にズタボロにはしないから」

 カッターナイフの刃を少しずつ伸ばしていく。

「血の色って、正義でもあり、愛でもある。そう思わない?」

「……翔、君」


――締め切った部屋のドアがゆっくりと開いた。

 二人ははっとした。

「しょ、翔君!」

 飲み物を両手に持った彼に、沙織は呆然としているまいかの抑止を振りほどいて抱き着いた。涙にもならない涙を流した。

「翔君は沙織を傷つけただけじゃ、物足りないってことかな」

 覚悟を決めたといわんばかりにまいかはナイフを構える。

「言ってる意味が分からないんだけど」

「うるさい……! 翔君は、沙織を守る守るって言いながら、結局のところは独占と変わらないじゃないの」

「僕は別に、沙織が弱いから、守りたいってわけじゃない。沙織だから、守りたい。まいかは、沙織が弱いから、守りたんじゃないのか」

「そんなのただのわがままよ。ね、沙織、こっちに来てよ」

 沙織は、より強く翔の腕にしがみついて離れない。

「そっか。じゃあ、私がそっちにいくね」

 足取りは軽く、むしろ速足で、笑いながら。

――鈍い音がした。赤い血がぽたりと床に広がる。

「痛っ……」

「翔、君……」

 急所は外れたが翔はあまりにも大量の血に思わず笑ってしまった。まいかも意識が切り替わる、悪魔が取り除かれたように青ざめていた。

「大丈夫、傷浅いし。まいか、包帯とか、消毒液とかあれば、持ってきてほしいんだけど」

 言葉を遮るように、沙織がゆらっと立ち上がる。

「あ、あんた、何してんの」

 翔の腕から滴る”正義”か”愛情”を抑えながらも怒りがこみあげてくる。

「ご……ごめん、なさい」

 精一杯の声で、まいかはつぶやくだけだった。

「ごめんなさい? 何言ってんのよ!」

 一歩、まいかに近づく沙織に対して、翔が言う。

「大丈夫、だよ」

 翔は痛いと思うのをこらえて、沙織を抱きしめた。

――数時間して翔は包帯を巻いたまま、何気ない顔でアイスシューをほおばっている。健二にも、数分のドラマチックな出来事を伝えた後のことである。

「私、間違ってた」

「うん。でも、気持ちは同じなんだよね」

 四人、リビングに集まって大粒の涙を流した。沙織とまいかを慰めながら。

「私もごめん。まいかの気持ちをわかっていなくて」

「うん、私こそ……」

 衝動的に、カッターナイフを手首に当てたまいを健二が止める。

「違うのはやり方だけだ」

 守るとは、時に傷つき、方向を見失うこともある。正しいも、間違っているもない。そこに愛情が絡むと、案外簡単に道ができる。後ろにしか道はできないと誰かが言った。

 しかし、愛情は道こそ作らなくても、前を照らす指標にはなる。

 それは、雨上がりに照らす太陽のように。それは雨の降っているときにその光はもう芽生えていることを、知っているかどうかの差に過ぎない。


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