第五章 天気雨
土日を挟んだ月曜日、今日は快晴の予報だ。雨上がりの太陽の光は湿度が単に高くなるだけで心地よくはない。
「翔君。この前はごめんね。誤解してたみたいで。事情を沙織から聞くことにするよ……」
朝の始業前、翔のもとへまいかが珍しく話しかけてきた。
「そうか、よかった。しかし沙織はまだ来てないんだよね」
いつもいるはずの時間をとうに過ぎても来る気配はない。
「何か連絡とかは?」
「ないよ。むしろこっちが聞きたいよ」
始業のチャイムが鳴っても来ず、先生から風邪になったと聞いた時は、先日の雨のせいだろうかとか、あのときの話のショックなのだろうかとかいろいろと思い当たる節があった。
昼休みも何事もなく、放課後になり二人はお見舞いに行こうという話になった。
近くのコンビニで体によさそうな飲み物などを買って彼女の家への道を急いだ。
「ずいぶんとなれた足取りだね」
先を急ぐ翔にまいかが言う。
「中学の頃はよく通ったからな」
久々の晴天のおかげか、いつもは静かなこの時間帯でも外には子ずれの母親などが公園にいた。
「ここだね」
三階建ての小さなアパートの一室のインターホンを鳴らす。
水玉模様の子供っぽいパジャマ姿をした沙織が玄関を開けた。顔は火照っていてふらふらとした様子で、二人を部屋に入れる。
「様子を見に来ようと思って。急でごめんね。飲み物とか買ってきたよ。沙織、大丈夫?」
「うん、熱は下がったし、大丈夫。雨に当たったし……健二君の家から帰るとき」
「そうだね」
あの時、発狂気味に叫んでいたまいかは自分が恥ずかしく思えてきた。
沙織の部屋は華やかなカーテンで掛け時計、勉強机などが学生らしいレイアウトだった。
「台所借りるね」
「うん、いいよ。ありがと」
沙織は、疲れを隠すようにベッドに座り込む。
「大丈夫か」
「うん、大丈夫」
言葉が揺れている。翔もベッドに腰かけて寄り添う。
「金曜に言ったこと、自分のタイミングでいいから言える?」
「うん、言える」
台所の方から、ガラスコップの擦れる音と足音が聞こえる。翔は思わずベッドから立ち上がる。
「おまたせ」
「ありがと~」
部屋の中心に折りたたみ式のテーブルを出す。
「コップに入ったレモン色の飲み物が蛍光灯に反射する。
「いただきます」
「明日、学校に来れそう?」
コップを持ったまま、まいかはベッドに座る沙織の横に腰かけた。
「うん、明日はいけそう」
にこりと子供っぽく笑みをこぼした。冷たいレモンティーが沙織の熱い体を冷やす。
ふぅと一息つくと、沙織は厳しい表情で翔に一言、
「少し席を外してくれる? 明日話すつもりだったけど、今、話すよ」
といった。
「うん、わかった」
彼は静かに部屋から出た。
数分ののち、部屋の奥から、「入っていいよ」と沙織の声が聞こえてきた。彼女の部屋をそっと覗いた。沙織は胸にうずくまっているまいかの頭をやさしくなでていた。まるで母と子のような印象を翔は受けた。
「翔君と沙織の間には、私が入る余地なんてないんだね。私、沙織のつらさとかなんにもわかってなかった」
「ううん、大丈夫だよ」
まいかは、静かに頬に涙の放物線を描いた。
「それじゃあ、僕らはそろそろ帰ろう」
「うん、そうだね。じゃあ、お大事にね!」
二人はそれぞれ、帰路に就くことになった。
「人の痛みってわかるのは難しいね」
帰りがけに独り言のようにまいかが呟いた。
「そうだね。実際、その人にならない限り、本当にその人の痛みはわからないだろうね。疑似体験でも出来たらいいんだけどね」
「そういうものなのかね」
まいかは感傷的に沈みかかっている太陽を眺めた。




