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愛されたいと願うなら  作者: 雪川 白
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第二章 交差点・分岐点 

翔と沙織は、駅から少し歩いた閑静な住宅街の一角の小さな家のインターホンを鳴らした。

数秒後、重たそうな玄関が空き、二人にとっては懐かしい顔が現れた。

「久しぶり。今日、あいにくの雨だな。さ、入って」

 変わっていく人、変わらない人。この違いは何だろうかというそんな哲学じみた問いに二人は誘われた。来客時の出迎え方も、ジーパンに青いチェック柄の上着という服装も、健二は変わっていない。

「健二君、最近はどう?」

 リビングに着くまでのたった何秒かでも三人にとっては大切な時間だ。

「まあ、軌道にはのってきているよ。中学のころ、IT系の資格を取るのに二人が応援してくれたから、かもな」

「健二らしくないよ。でも、仕事の方が順調でよかった」

 と、三人は笑い合った。彼は家計の事情で在宅ワークをしつつ、通信制の高校に通っている。

「相変わらず、両親は忙しいのかい」

 三人の会話が途切れると、その空間には空気のすれる音すら聞こえてくるほど静かになる。

「まあな。というか、お菓子とか用意してなくて悪い。妹に頼んだんだが、思ったより帰ってくるのが遅くて」

「というと思って、駅前で買ってきた」

 一時でも楽しく過ごすために買われた冷たい英雄は心を温めるのに、一役買っていた。

「そういえば」

 健二は思いつめた表情で二人を見つめた。

「二人は、まだあれをやっているのか」

 そういわれて、翔は沙織を痛めつけてきた時間の長さを痛感した。

「少し、お手洗い借りるね」

 翔の瞳に何かを語る沙織は、リビングを出た。

「何か、あったのか」

 すべてを察した様子で、それにも関わらず何も知らない顔で翔を見つめた。

「昨日、友達に、沙織の友達に見られてさ」

「そう。それで、その子は――何か言っていたのかい」

 翔は、何も言わずに、静かにうなずく。

「僕には沙織に近づくなと。沙織が傷つかないよう、守るって」

「それを翔は望んでいたんじゃないか」

 翔の寂し気な顔を一言だった。

「そうだけども――」

 言葉をさえぎるように、玄関が空き……見覚えのある顔が翔の目を貫いた。

「ごめんっ、遅くなって。お兄ちゃんのお友達さん、もう来て……」

 目線がかち合う。濡れたスーパーのビニール袋が無力にも廊下の床に崩れ落ちる。

「え、なんで。健二の妹って、まいか、なの」

「お兄ちゃんの、友達って、翔、なの」

 二人とも世界が反転したように呆然とお互いを見つめ合っていた。

「お互いのことは知っていたのに、そのことは知らなかったのか。親が、経済的な理由で離婚して、一応、氏は別々、だしな――もしかして、見られたのって、まいかだったのか」

 まいかは、”兄”の発言に驚きを隠せなかった。彼女は静かに健二の方へ近づくと力いっぱい、彼のほほを叩いた。むかつきよりもあの悲劇にを知っていたのにも関わらず止めてくれなかった、その失望感、悲しみの方が上回っていた。

 彼女は、恥じらいなど忘れて、泣き叫んだ。

「なんで……なんで!」

 ずっと、そればかりを高く叫ぶマイカを健二は、翔と沙織の友人として抱きしめた。

「まいか、今までいろいろ話せずにいて申し訳ない。でも、まいかの沙織を守りたい気持ちで、マイカからすれば異常に思える翔の行動がもう終わるんだよ」

「意味がわからないよ、お兄ちゃん。沙織のことも知ってるの?」

 自分の質問に、自分が答えた。ハッと、涙が引っ込んだ。

「沙織も、中学時代の……。今もしかしているの?」

 途端に光がはいってきたように目を細め、健二は静かに彼女を見つめるばかりだった。

 まいかは、無言で彼から離れると、ためらい気味に周囲を見回す。

 いてほしいような、いてほしくないような。その姿は悲観的であって、それを面詰するなど、到底無力に思えた。

「いないのか、そうだよね、いないよね」

 と、安堵した様子で、廊下にだらしなく横たわる袋を取りに後ろ姿を見せた。その姿こそ、まいかの本当の姿のように、翔には見えた。どこか黒々しく鬱々しい様子こそ、心の中の実態とも言えそうだった。

 翔には彼女の気持ちが手に取るように分かった。大切な友達が傷つけられそれを自分が守れる。けれども、だれかが何かをまだ隠しているような不安にも押しつぶされそうになる。守りたい相手の事が自分では何もわからない。罪悪感にも似ている感情が自分の周りの空気を鋭くそして冷たくする。

「飲み物買ってきたけど、お茶がいいかな、それともコーヒーがいい?」

 振り向いた時の彼女の顔は、目の奥にまで刺さりそうな笑みだった。

「あー、えっと、コーヒーで」

「うん、わかったよ」

 この一瞬でまいかの心境にどんな変化があったのか、二人にはわからなかった。

「ちょっと、トイレに――」

 無言がこれほど怖いと思ったことはないと翔は耐えかねてリビングを出る。コーヒーを飲んだらすぐに帰ろう。一応、健二には会えたし、調子もよさそうだということが分かったわけだから、悔いはない。施行を巡らせているとふと、自分の失言に気づいた。

――トイレには沙織がいるのではないか。

 リビングに戻るとしても、沙織はどうすればいい。このタイミングで、実は沙織もいましたとなれば、自分が殺されかねない、そんな気がしてきた。今日の放課後のあのまいかの表情は今でも鮮明に思い出せる。

――遠くから足音が聞こえてきた。ガチャリ。思わず、トイレの中に入ってしまった。

「ひゃっ!」

 いきなり視界に入ってきた翔の後ろ姿に思わず、声が漏れる。

「いや、ごめん……振り向いてもいい?」

「だ、大丈夫」

 困惑した声を合図に翔はゆっくりと振り向いた。制服姿のまま、代わり映えしない様子でトイレの便座に腰を下ろしていた。

「少し、考え事してて……、ずっと待ってた? ごめんね、今出るからね」

 どうやら、リビングの声は届いていなかったようだ。

「いや、今はいい。それより、少し、話がある」

 赤面する状況には似合わない、重々しい声が小さな個室に沈んでいった。

「え、ここで?」

 ゴクリ、とのどを鳴らし、静かに翔は首を縦に振った。



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