03 旅立ち
「魔神王か……今の状態では魔人にも勝てぬな」
幾星霜の時も封印され続けたラスクレア。その力は、以前とは比べ物にならないくらいまでに失われている。
「ふむ。どのみち封印が解けた今、ここに留まる理由もないか。力を取り戻すついでに、外の世界を見て回るのも悪くない。まずは、姿じゃな」
深い洞窟の奥に封印されていた為、外の世界がどのように変わったのかも知ることが出来なかった。
魂を喰らえば少しづつ力を取り戻せる。ラスクレアは、そのついでに外の世界を見てみたいと思っているが龍の姿のままではゆっくりと世界を見る事すら叶わない。
「姿は、あの娘に似せれば問題なかろう『人化』」
そう言うとラスクレアの体を黒き霧が包み込む。
徐々に霧が晴れると、そこには、漆黒の髪を腰まで伸ばし、炎を思わせる赤眼を持つ10歳程の少女がいた。その少女は髪と目を除けばセフィラという少女に瓜二つである。
「この姿であれば問題もなかろう!名はラスクレアではマズイか……ふむ。クレアじゃ!今日からクレアと名乗るぞ!後は……話し方は、まぁよいか」
龍の姿から少女の姿へと変わり、クレアと名を変えたラスクレア。
その顔は、これからの起こる事を楽しそうにしている少女にしか見えない程の笑顔を浮かべている。
「よし!では、旅立つとしようかの!」
地面に刺さったままの魂喰剣【ソウルイーター】を抜き、洞窟の出口へと歩いて行く少女クレア。
龍から人間へと姿を変えた少女の冒険が、ここから始まる。はずだった……
「ラスクレア様ぁぁ!ラスクレア様ぁぁ!!」
洞窟の出口の方から、背中に黒翼を生やした何かが全力でラスクレアを呼びながら飛んできている。
「ラスクレア様ぁぁ!いませんかぁぁ!?」
背中に黒翼を生やしながら飛んできている何かがクレアの近くまで来る。
その表情は必死のもので、瞳には涙を浮かべている。
「ラスクレア様ぁぁぁ!!」
「何度も呼ばずとも聞こえておるわ!妾はここにいる」
「……え?女の子!?」
その少女は、先程ラスクレアに助けを求めたセフィラであった。
セフィラは少女の前で止まり、少女に驚愕しながら観察する。背はセフィラよりも小さく、漆黒の髪に赤眼の少女。セフィラはその少女が普通の少女にしか見えなくて驚きを隠せない。
それもそのはず、こんな洞窟に少女一人でいるはずもない。否。いれるはずがないのだ。
この洞窟に来る前には、魔物がいる森を抜けなくてはならないうえに、この洞窟にも魔物はいるし盗賊等も時折姿を見せる。
セフィラも魔物から身を隠しながら、何度も死ぬ思いをしながらたどり着いたのだ。
そんな場所に少女一人でいるなど本来なら考えられない事である。そう普通の少女なら。
「えっと……君は一人で来たの?ここは危ないから、お姉さんと一緒に出よう?大丈夫!お姉さんこう見えても強いんだから!」
先程まで涙を浮かべながら飛んで来た少女の台詞とは思えない事を言い、その瞳の涙を拭き、クレアの前で胸を張るセフィラ。
「はぁ……妾に用があったのでは無いのか?先程から何度も呼んでいただろう」
「へ?」
「妾がラスクレアじゃ。まぁ驚くのも無理は無いか」
「え?でも、ラスクレア様は龍で、あなたは女の子で……」
「ふむ。見た方が早いか『解除』」
そう言うと、少女を黒き霧が包み込む。
先程まで少女だった姿が、みるみる変わっていき霧が晴れると邪龍ラスクレアの姿があった。
「これでわかったであろう?妾がラスクレアじゃ」
「ラスクレア様!?ほ、本当だったのですね!申し訳ございません!!ですが、何故人の姿に?」
「まぁ良い。龍の姿では行動するのに不憫であろうと思うての」
「そういう事でしたか!でも、何故女の子に?それに何だか、私の小さい頃にそっくりなような……」
「最後に喰ろうたのが、お主の魂だったからの。それを元にしたからお主に似ておる」
「何か妹が出来て気がしてしまったのは、そう言う事ですか」
「ふむ。よくわからんが、もう良いじゃろ。『人化』」
ラスクレアの言葉に納得したセフィラが何かを言っていたが、気にしない事にして、先程と同じようにラスクレアの体を黒き霧が包み込み少女の姿に戻る。
「で、妾に何か用があったのではないか?」
「そ、そうです!聞いてください!」
ラスクレアと別れ洞窟を出たセフィラは、そのまま走って村へと帰ろうとした時に「飛べたらもっと早く村に着くのに」と思ったら背中から黒翼が生えたそうで、驚きながらも全速力で村へと帰った。
村へ戻ると既に魔物の群れが村へと攻めてくる直前で、村の前では村への侵攻を防いでいる数人の村人がいたが魔物が村に攻め込むのは時間の問題だった。
そこで慌てて戦っている村人に加勢しようと、上空から背中の大剣を抜き魔物に向かって降り下ろした。
だが、その衝撃が凄まじく目の前の魔物だけでなく、後続の魔物達も吹き飛ばしてしまう程の威力だった。
自分の力に呆然としながらも、魔物の群れはそんな事知らずに攻めてきている。
その事に気付き意識を戻したセフィラが、一方的に魔物を殲滅するだけだった。
その姿に村人は
「じゃ、邪龍の巫女だ!」
「巫女様が救いに来てくださった!」
「おぉお巫女様!世界を魔神王の手からお救いください」
「巫女様抱いてくれぇぇ!」
「こんな村より魔神王を!」
と散々な言われようだったらしく。
村を助けようとしただけなのに、村人達から魔神王を倒してくれと拝み倒される始末に。
村に居づらくなって魔物避けの結界を村に張り、そのままラスクレアの元に戻って来た。
「ということです!」
「ふむ。お主も大変だったの」
「私はただ村を助けようとしただけなのに……邪龍の巫女だー!なんて言われて、魔神王を倒してくれなんて……ぐすん……」
話ながらも、また瞳に涙を浮かべるセフィラ。
そんなセフィラの肩にクレアは満面の笑みで手を乗せた。
「魔神王を倒せば、お主はまた村で暮らせるのだろう?ならば話は早い。魔神王討伐頑張るのだぞ!」
「何で他人事なんですか!?」
「冗談じゃて」
「もう!ラスクレア様は酷いです!」
「しかし、今の妾では魔神王はおろか、部下の魔人にも勝てぬ故に力を取り戻す必要がある」
「力をですか?それって、魂……ですよね?」
「さよう。魔物、天使、人間。その魂が妾の力を取り戻す為に必要でな」
「でしたら!ハンターになりませんか?」
「ハンター?」
「はい!簡単に言うと、魔物を倒して人の助けにもなってお金も貰える職業です」
「ふむ。ハンターか。色々と都合が良さそうじゃしな、力を取り戻すついでそのハンターとやらになってみるかの」
「はい!私もついていきますよ!嫌だと言われても、ついていきますけどね」
「う、うむ。妾一人ではまだ弱いからの!勝手にするがよい」
「はい!一緒に魔神王を倒しましょう!」
困惑しながらも、セフィラと行動することを承諾したクレア。
意図せずに魔神王を討伐する事になった少女セフィラとクレア。
少女二人の冒険が、ここから始まるのであった。